【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない

あめとおと

文字の大きさ
19 / 37

第18話 遅れて届く報告(王太子視点)

しおりを挟む
王太子の執務室は、今日も静かだった。

机の上には、未処理の書類が積まれている。
どれも重要だ。どれも緊急ではない――少なくとも、そう分類されている。

「次の報告を」

呼びかけると、侍従が一歩進み出た。

「はい。まず、西門方面の流通についてです」

王太子は眉をひそめた。

「先日も聞いたな。まだ解決していないのか」

「いえ、“解決した”と報告は上がっております」

その言い方に、わずかな違和感を覚える。

「……内容は?」

「穀物の入荷遅延は、すでに解消されたとのことです。
 東回りに切り替え、納期に遅れは出ていない、と」

王太子は、書類に視線を落とした。

「費用は」

「増額しております。ただし――」

「ただし?」

「誰が切り替えを判断したのか、記録がありません」

沈黙が落ちた。

「記録が、ない?」

「はい。担当部署の報告には、“商会側の自主判断”とだけ」

……妙だ。

王城相手の取引で、商会が独断で動く?
しかも、費用増を呑んでまで?

「その商会の名は」

侍従は一瞬、言葉に詰まった。

「……それが」

「言え」

「正式な契約名義は、まだ提出されておりません」

王太子は、ゆっくりと背もたれにもたれた。

「続けろ」

「次に、西区の布問屋についてですが――」

「ああ、帳簿不備で切ったところだな」

「はい。ただ、その代替業者が、すでに納品を開始しています」

「早いな」

「ええ。あまりにも」

王太子は、指先で机を軽く叩いた。

「その業者は、どこだ」

「……それが」

またか。

「名義が、はっきりしません」

「はっきりしない?」

「商会としての登録はあるのですが、規模が小さく、
 これまで王城との取引実績が確認できないのです」

「そんなところに、任せた覚えはない」

「私どもも、そう認識しております」

報告は、すべて“問題ない形”でまとめられている。
だが、その中身は、どこかおかしい。

遅れているのは、物流ではない。
認識だ。

「……他には」

「細かいものですが」

侍従は、資料をめくった。

「市場での価格が、区域ごとに微妙にずれ始めています。
 急騰ではありませんが、調整が利いている、という印象です」

王太子は、ふと顔を上げた。

「調整?」

「はい。誰かが――全体を見て、動かしているような」

その言葉が、胸の奥に引っかかった。

(誰が?)

聖女ではない。
王城でもない。

なら――

「……例の、追放された令嬢の件は?」

侍従の表情が、わずかに強張る。

「消息は、つかめておりません」

「そうか」

王太子は、窓の外を見た。
王都は今日も平穏だ。

だが。

見えないところで、
名もない誰かが、
王城より早く動いている。

「――報告は以上です」

「ご苦労」

侍従が下がったあと、王太子は一人呟いた。

「遅れているのは……我々か」

答えは、どこにもない。
帳簿にも、報告書にも。

ただ、確実に言えることが一つだけあった。

王城はもう、
すべてを把握できてはいない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので差し上げました。ですが、檻に入ったのはあの子のほうでした

鍛高譚
恋愛
公爵家にも劣らぬ名門フォルディア伯爵家の長女セレナは、侯爵令息ルシアンの婚約者として、家の内外を支え続けてきた。 けれどある夜会で、妹ミレイユが涙ながらに“可哀想な妹”を演じ、セレナの婚約者を奪ってしまう。 婚約を失い、居場所まで奪われた――はずだった。 しかし、静かに伯爵家を離れたセレナは、これまで自分がどれほど多くのものを背負わされていたのかを知っていく。 一方で、すべてを手に入れたつもりの妹は、少しずつ思い通りにならない現実へ追い詰められていき……。 これは、奪われた令嬢が復讐に縛られることなく、自分の人生を取り戻していく物語。 そして、他人のものを奪い続けた妹が、自ら選んだ道の先で転落していく物語。 「妹に婚約者を奪われたので差し上げました。ですが、檻に入ったのはあの子のほうでした」 静かに手放したはずの婚約の先で、本当に自由を手に入れるのは――。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん
恋愛
「お前は地味で退屈、王家にとって何の役にも立たぬ女だ」 華やかな舞踏会の夜、伯爵令嬢リーゼは第二王子クラウスから衆目の前で婚約破棄を宣告された。王子の傍らで勝ち誇る愛人の男爵令嬢。実家からも見放され、リーゼに残された道は、北方辺境への追放同然の転居だけだった。 だが、彼女を招いたのは「氷の公爵」と恐れられるアルヴィン。無愛想で人嫌いと噂される彼は、七年前からリーゼに秘められた力──歴代最高クラスの聖女の資質に気づいていた唯一の人間だった。 「よく来た。──ずっと、待っていた」 厳しくも美しい北の大地で、リーゼは自分の本当の力に目覚めていく。温かい領民たち、不器用だけどまっすぐな公爵の想い。知らなかった「居場所」が、ここにあった。 一方、リーゼが去った王都では──結界が崩壊し、魔物が溢れ、国中が大混乱。 「聖女の代わりなら私が!」と名乗り出た王子の愛人は何の力もなく赤っ恥をさらし、追い詰められた王子は「戻ってこい」と命じてくる。

あなたが愛人を作るのなら

あんど もあ
ファンタジー
結婚して八年の夫が、愛人を作った。それも私の推しの女優を! 「君と違って彼女には才能がある」と言う。ならば、私も才能のある愛人を持つ事にいたしましょう。愛人の才能を花開かせる事が出来るのはどちら?

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

私より幼馴染を選んだ婚約者に別れを告げたら謝罪に来ましたが、契約を守れない貴族とは取引しませんので

藤原遊
恋愛
祖父が創立した大商会で、跡継ぎとして働いている私。 けれど婚約者は、私より幼馴染を選びました。 それなら構いません。 婚約という契約を守れない相手と、これ以上関係を続けるつもりはありませんから。 祖父の商会は隣国と新たな取引を始めることになりました。 ――その途端、なぜか元婚約者が謝罪に来るようになりましたが、もう遅いです。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

処理中です...