【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない

あめとおと

文字の大きさ
27 / 37

第26話 値段のつく噂(商人視点)

しおりを挟む
朝市の喧騒は、いつもと変わらない。
パンの焼ける匂い、果物を叩く音、値切りの声。

――表向きは、だ。

「……三割、だと?」

帳面を睨んだまま、俺は思わず声を落とした。
薬草の仕入れ値。
回復系の素材。
聖印付きの副資材。

どれも、一週間前より明らかに上がっている。

「城からの買い付けが増えましてね」

問屋の男は、曖昧に笑った。
笑いながら、核心は言わない。

(ああ、そうか)

俺は、内心で頷いた。

“聖女の奇跡が弱っている”
――その噂は、もう噂の段階を過ぎている。

城は否定する。
公式には、何も変わっていないことになっている。

だが、市場は正直だ。

奇跡が安定しているなら、
備蓄を増やす必要はない。

奇跡が確実なら、
代替手段に金は出さない。

それでも城が動いているということは――
もう、信じきれていない。

「この量、今日中に欲しい」

城の使いがそう言った時、
周囲の商人たちが一斉に目配せを交わした。

(来たな)

誰も驚かない。
むしろ、確認が取れた、という顔だ。

「値は?」

「通常の――二割増しで」

一瞬、沈黙。

そして、俺は首を横に振った。

「三割です」

使者の眉が動く。

「……強気ですね」

「今朝、もう一本、同じ話が来まして」

嘘ではない。
“同じ話”は、城とは限らないが。

使者は、少しだけ迷い、
それから頷いた。

「……分かりました」

契約が成立する。

その瞬間、
周囲の空気が、はっきり変わった。

(決まりだ)

奇跡は、
もう“前提”として扱われていない。

荷をまとめながら、
ふと、別の記憶がよぎる。

――追放された令嬢。

城を出る前、
彼女が、商会に残した言葉。

「今は、何もしないでください。
ただ、“備えて”」

あの時は、
慎重すぎると思った。

だが。

(外れたのは……)

城の判断の方だ。

市場は、嘘をつかない。
金は、正直だ。

奇跡が戻るなら、
城は余った在庫を抱えることになる。

だが、もし戻らなければ。

(……倍で売れる)

俺だけじゃない。
周囲の商人も、同じ計算をしている。

「なあ」

隣の古株が、小声で言った。

「……あの令嬢、生きてるって話だ」

「だろうな」

「次は、どこで商うと思う?」

俺は、少しだけ笑った。

「城の中じゃないのは、確かだ」

視線の先、
王城の白い塔が、朝日に照らされている。

あそこでは、
まだ“奇跡はある”ことになっている。

だが、外ではもう――
値段が変わった。

それが、答えだ。

帳面を閉じながら、
俺は、次の仕入れ先を頭の中で組み立てた。

(――潮目は、完全に変わったな)

奇跡より先に、
世界は動いている。

そして、
追放された彼女は――

きっと、その流れを、
誰より早く読んでいる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので差し上げました。ですが、檻に入ったのはあの子のほうでした

鍛高譚
恋愛
公爵家にも劣らぬ名門フォルディア伯爵家の長女セレナは、侯爵令息ルシアンの婚約者として、家の内外を支え続けてきた。 けれどある夜会で、妹ミレイユが涙ながらに“可哀想な妹”を演じ、セレナの婚約者を奪ってしまう。 婚約を失い、居場所まで奪われた――はずだった。 しかし、静かに伯爵家を離れたセレナは、これまで自分がどれほど多くのものを背負わされていたのかを知っていく。 一方で、すべてを手に入れたつもりの妹は、少しずつ思い通りにならない現実へ追い詰められていき……。 これは、奪われた令嬢が復讐に縛られることなく、自分の人生を取り戻していく物語。 そして、他人のものを奪い続けた妹が、自ら選んだ道の先で転落していく物語。 「妹に婚約者を奪われたので差し上げました。ですが、檻に入ったのはあの子のほうでした」 静かに手放したはずの婚約の先で、本当に自由を手に入れるのは――。

私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん
恋愛
「お前は地味で退屈、王家にとって何の役にも立たぬ女だ」 華やかな舞踏会の夜、伯爵令嬢リーゼは第二王子クラウスから衆目の前で婚約破棄を宣告された。王子の傍らで勝ち誇る愛人の男爵令嬢。実家からも見放され、リーゼに残された道は、北方辺境への追放同然の転居だけだった。 だが、彼女を招いたのは「氷の公爵」と恐れられるアルヴィン。無愛想で人嫌いと噂される彼は、七年前からリーゼに秘められた力──歴代最高クラスの聖女の資質に気づいていた唯一の人間だった。 「よく来た。──ずっと、待っていた」 厳しくも美しい北の大地で、リーゼは自分の本当の力に目覚めていく。温かい領民たち、不器用だけどまっすぐな公爵の想い。知らなかった「居場所」が、ここにあった。 一方、リーゼが去った王都では──結界が崩壊し、魔物が溢れ、国中が大混乱。 「聖女の代わりなら私が!」と名乗り出た王子の愛人は何の力もなく赤っ恥をさらし、追い詰められた王子は「戻ってこい」と命じてくる。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

あなたが愛人を作るのなら

あんど もあ
ファンタジー
結婚して八年の夫が、愛人を作った。それも私の推しの女優を! 「君と違って彼女には才能がある」と言う。ならば、私も才能のある愛人を持つ事にいたしましょう。愛人の才能を花開かせる事が出来るのはどちら?

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

私より幼馴染を選んだ婚約者に別れを告げたら謝罪に来ましたが、契約を守れない貴族とは取引しませんので

藤原遊
恋愛
祖父が創立した大商会で、跡継ぎとして働いている私。 けれど婚約者は、私より幼馴染を選びました。 それなら構いません。 婚約という契約を守れない相手と、これ以上関係を続けるつもりはありませんから。 祖父の商会は隣国と新たな取引を始めることになりました。 ――その途端、なぜか元婚約者が謝罪に来るようになりましたが、もう遅いです。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

処理中です...