【完結】追放された地味令嬢、実は王国唯一の“魔力翻訳者”でした 〜役立たずと言われましたが、もう契約は終了です〜

あめとおと

文字の大きさ
2 / 11

第2話 役立たずを拾ったのは、王国で一番怖い公爵でした


 王都を出る馬車は、驚くほど静かだった。

 護衛もいない。
 見送りもない。

 王太子の元婚約者とは思えない扱いに、思わず苦笑が漏れる。

(……本当に、終わったのね)

 窓の外では、石畳がいつの間にか土道へ変わっていた。

 王都の白い城壁が、遠ざかっていく。

 胸が痛むと思っていた。
 けれど実際には、不思議なほど穏やかだった。

 三年間。
 私はずっと「証明」し続けていた。

 自分は役立たずではないと。

 けれど――もう証明する相手はいない。

「本日の終着は、クロイツェル領境です」

 御者が告げた。

 聞き慣れない地名に、私は顔を上げる。

「……辺境、ですね」

「ええ。魔導研究施設がある以外は何もありませんが」

 研究施設。

 その言葉に、少しだけ胸が動いた。

 ◇

 到着したのは、夕暮れだった。

 想像していた“辺境”とは違う。

 巨大な石造建築。
 幾重にも重なる魔法陣。
 空中を漂う光の結晶。

 王都の魔導塔よりも、ずっと実験的で――自由な空気。

「ここが……?」

「クロイツェル公爵家直属、北方魔導研究所です」

 門が開く。

 その瞬間。

 ――ビキィン。

 頭の奥で、何かが軋んだ。

「……え?」

 視界の端に、歪んだ魔力が見えた。

 結界術式。
 だが構文が崩れている。

 魔力の流れが逆転しかけている。

(危ない……!)

 考えるより先に、私は走っていた。

「お、お嬢様!?」

 門柱に刻まれた魔法陣へ手を伸ばす。

 触れた瞬間、言葉が流れ込んできた。

 古代魔法語。

 意味。
 構造。
 意図。

「第三節が誤訳されてる……!」

 私は指で空中に文字を書く。

 魔力が淡く光る。

「契約対象を“固定”じゃなく、“循環”に――」

 修正。

 たった一文字。

 次の瞬間。

 暴れていた魔力が、すっと静まった。

 風が止む。

 光が安定する。

 そして――

「……は?」

 背後から、低い声がした。

 振り返る。

 黒い外套を纏った青年が立っていた。

 銀灰色の髪。
 鋭い眼差し。
 感情を読み取らせない表情。

 周囲の研究員たちが、一斉に姿勢を正す。

「公爵閣下!」

 私は息を呑んだ。

 ――クロイツェル公爵。

 つまり、この研究所の主。

 青年――アルヴィン・クロイツェルは、壊れかけていた結界と、私を交互に見た。

「今、何をした?」

 責める声ではなかった。

 純粋な確認。

「……術式の誤訳を、修正しました」

「誤訳?」

 研究員たちがざわつく。

「この結界は宮廷監修だぞ」
「最高位術式のはずだ」

 アルヴィンは一歩近づいた。

 視線が、真っ直ぐに突き刺さる。

「説明しろ」

 逃げ場はない。

 けれど――なぜか怖くなかった。

「古代語の“保持”が、現代語訳で“固定”に置き換えられています。本来は循環型維持式です。固定すると魔力圧が蓄積して、いずれ破裂します」

 沈黙。

 研究員の一人が青ざめた。

「……三ヶ月前から出ていた異常値と一致する」

「まさか……」

 アルヴィンの目が細くなる。

「誰に習った?」

「独学です」

「……独学?」

「魔法は、読むものだと思っていたので」

 しばらく、彼は何も言わなかった。

 ただ、じっと私を見る。

 値踏みではない。

 観察。

 理解しようとする視線。

 それは――初めて向けられる目だった。

「名前は」

「リリア・フォン・エルセイドです」

 一瞬。

 空気が止まった。

「あの王太子に捨てられた令嬢か」

 噂は早い。

「……はい」

 否定しない。

 すると。

 アルヴィンは、わずかに眉を上げた。

「なるほど」

 そして、あっさりと言った。

「王都は、ずいぶん高価な人材を捨てたな」

 ――え。

 理解が追いつかない。

「えっと……?」

「君、行く場所はあるのか」

 私は言葉に詰まった。

 ない。

 だからここへ送られてきた。

 沈黙が答えになった。

 アルヴィンは即座に言った。

「では決まりだ」

 くるりと背を向ける。

「研究所所属として雇用する」

「……え?」

「異論は?」

 あるはずがない。

 けれど。

「わ、私……役立たずで――」

 言い終わる前に、彼は振り返った。

 少しだけ、呆れた顔で。

「今、研究所を爆発から救った人間が?」

 言葉が出ない。

「自己評価が壊れているな。後で修正しよう」

 さらりと言って歩き出す。

「部屋を用意しろ。最高等級研究員待遇だ」

 研究員たちが騒然となる。

 私はその場に立ち尽くしたまま。

 胸の奥が、じんわり熱くなるのを感じていた。

 ――初めて。

 初めて。

 何かが報われた気がした。

 夕焼けが研究所を染める。

 王都で終わったはずの人生が、

 静かに、もう一度動き始めていた。




感想 5

あなたにおすすめの小説

「醜い」と婚約破棄された銀鱗の令嬢、氷の悪竜辺境伯に嫁いだら、呪いを癒やす聖女として溺愛されました

黒崎隼人
恋愛
「醜い銀の鱗を持つ呪われた女など、王妃にはふさわしくない!」 衆人環視の夜会で、婚約者の王太子にそう罵られ、アナベルは捨てられた。 実家である公爵家からも疎まれ、孤独に生きてきた彼女に下されたのは、「氷の悪竜」と恐れられる辺境伯・レオニールのもとへ嫁げという非情な王命だった。 彼の体に触れた者は黒い呪いに蝕まれ、死に至るという。それは事実上の死刑宣告。 全てを諦め、死に場所を求めて辺境の地へと赴いたアナベルだったが、そこで待っていたのは冷徹な魔王――ではなく、不器用で誠実な、ひとりの青年だった。 さらに、アナベルが忌み嫌っていた「銀の鱗」には、レオニールの呪いを癒やす聖なる力が秘められていて……?

役立たずと捨てられた万能建築士、隣国で「聖域」を造って無双する。今さら復興のために戻れ? ご自分たちで瓦礫でも積んでいればよろしいのでは?

しょくぱん
恋愛
「お前の魔法は石を積むだけの土木作業だ」と婚約破棄されたので、城を支えていた『構造維持結界』をすべて解除して出て行きますね。今さら「城が崩れる!」と泣きつかれても、私は隣国で氷結の皇帝陛下と「世界最高の聖域」を造っていますので、一切知りません。 王国唯一の建築魔導師アニエスは、その地味な見た目と能力を理由に、王太子シグムンドから婚約破棄と国外追放を言い渡される。 彼の隣には、派手な光魔法を使う自称聖女の姿があった。 「お前の代わりなどいくらでもいる。さっさと出て行け!」 「……分かりました。では、城にかけていた『自動修復』『耐震』『空調』の全術式を解約しますね」 アニエスが去った直後、王城は音を立てて傾き、噴水は泥水に変わり、王都のインフラは崩壊した。 一方、アニエスは隣国の荒野で、呪われた皇帝レオンハルトと出会う。彼女が何気なく造った一夜の宿は、呪いを浄化するほどの「聖域」だった。 「君は女神か? どうか私の国を救ってほしい」 「喜んで。ついでに世界一快適な住居も造っていいですか?」 隣国がアニエスの力で黄金の国へと発展する一方、瓦礫の山となった母国からは「戻ってきてくれ」と悲痛な手紙が届く。 だが、アニエスは冷ややかに言い放つ。 「お断りします。契約外ですので、ご自分で支えていればよろしいのでは?」 これは、捨てられた万能建築士が隣国で溺愛され、幸せを掴む物語。 そして、彼女を捨てた者たちが、物理的にも社会的にも「崩壊」し、最後には彼女が架ける橋の『礎石』として永遠に踏まれ続けるまでの、壮絶な因果応報の記録。

忘れて幸せになってください。〜冷酷な妻として追い出せれましたが、貴方の呪いは私が肩代わりしていました〜

しょくぱん
恋愛
「君のような冷酷な女は知らない」――英雄と称えられる公爵夫人のエルゼは、魔王の呪いを受けた夫・アルフレートに離縁を突きつけられる。 しかし、夫が正気を保っているのは、エルゼが『代償魔導』で彼の呪いと苦痛をすべて肩代わりしていたからだった。 ボロボロの体で城を追われるエルゼ。記憶を失い、偽りの聖女と愛を囁く夫。 だが、彼女が離れた瞬間、夫に「真実の代償」が襲いかかる。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

月蝕の令嬢 〜妹の偽りの光を暴き、夜の王に溺愛される〜  嘘つきの妹に成敗を、ざまあ

しょくぱん
恋愛
「汚らわしいその腕で、僕のセリナに触れるな!」 公爵令嬢エレナは、生まれつき「不浄の影」を持つとして家族から虐げられてきた。 実態は、妹セリナが放つ「光の魔法」が生む猛毒を、エレナが身代わりとなって吸い取っていただけ。 しかし、妹の暴走事故を自らの腕を焼いて防いだ日、エレナは「聖女である妹を呪った」と冤罪をかけられる。 婚約者である第一王子に婚約破棄され、実家を追放され、魔物が巣食う「奈落」へと突き落とされたエレナ。 死を覚悟した彼女を拾ったのは、夜の国を統べる伝説の龍神・ゼノスだった。 「これを不浄と言うのか? 私には、世界で最も美しい星の楔に見えるが」 彼に口づけで癒やされたエレナの腕からは炭化が剥がれ落ち、美しい「星の紋章」が輝きだす。 実はエレナの力こそが、世界を再生させる唯一の「浄化」だったのだ。 龍神の番(つがい)として溺愛され、美しく覚醒していくエレナ。 一方、彼女を捨てた母国では、毒の吸い取り役がいなくなったことで妹の「光」が暴走。 大地は腐り、人々は倒れ、国は滅亡の危機に瀕していく。 「今さら『戻ってきて毒を吸ってくれ』ですって? お断りです。私は夫様と幸せになりますので」 これは、虐げられた影の令嬢が真の愛を知り、偽りの光に溺れた妹と国が自滅していくのを高みの見物で眺める、大逆転の物語。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。