レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった

あめとおと

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王都調整編

第37話 緩めるという選択

 固定された線は、夜の外縁区画に重く沈んでいた。

 見えないはずのそれが、
 今は――
 はっきりと、重さを持って存在している。

 俺は、地図を開いたまま
 一歩踏み込んだ。

「……この線、ずっと張りつめてる」

「息をしてない」

 エルディンは、地面を見つめたまま小さく笑う。

「当然だ」

「切れたら、終わりだからな」

「張り続けるしかなかった」

 その言葉に、リーナが眉をひそめる。

「……それ、あなた自身のこと言ってない?」

 エルディンは、一瞬だけ言葉を失った。

 だが、すぐに首を振る。

「違う」

「俺は、どうでもいい」

「街が――」

「街も、息切れしてる」

 俺は、静かに遮った。

「守るための線が、街の動きを縛ってる」

「気づいてるだろ」

 エルディンの指が、強く握られる。

「……分かってる」

「分かってるから、怖い」

「緩めた瞬間、壊れるかもしれない」

 地図が、警告を示す。

【固定干渉:解除不可】
【緩和提案:段階式】

「一気には、やらない」

 俺は、ペンを構えず、
 あえて手を下ろしたまま言う。

「少しずつだ」

「張力を、逃がす」

「戻る余地を残しながら」

 リーナが、周囲に補助結界を展開する。

「失敗しても、街までは届かない」

「ここで止める」

 エルディンは、ゆっくりと顔を上げた。

「……お前は、怖くないのか」

「怖い」

 即答。

「だから、一人じゃやらない」

 沈黙。

 遠くで、夜警の足音が響いた。

 街は、何も知らずに回っている。

「……やり方は?」

 エルディンが、低く問う。

「固定点を、三つに分ける」

「完全に止める場所と、少し流す場所、ほぼ自由な場所」

「線を、線として扱う」

 エルディンは、目を閉じた。

「……昔は、そんな余裕、なかった」

「だから、今がある」

 俺は、地図を
 彼にも見えるように開く。

 線は、一本じゃない。

 層になり、
 重なり、
 選べる。

「……こんな、見え方は初めてだ」

「一人だと、見えない」

 エルディンは、深く息を吸い――
 ゆっくりと吐いた。

「……いいだろう」

「もし、壊れたら」

「責任は、分ける」

 リーナが、即座に言う。

「逃げ場も、用意する」

「一人で抱えない」

 エルディンは、小さく笑った。

「……ずいぶん、優しい制度だな」

「犠牲が、多すぎたからな」

 俺は、初めてペンを取った。

【段階緩和:第一層】
【対象:固定線】

 線が、わずかに――
 たわんだ。

 音が、戻る。

 風が、流れる。

「……動いた」

 エルディンの声が、震える。

「壊れてない」

「壊さない」

「緩めただけだ」

 地図の警告が、一段階下がる。

【安定率:上昇】
【次段階:可】

 エルディンは、膝をついた。

「……十年以上」

「ずっと、止め続けてた」

「手を離すのが、こんなに……
 重いとは」

 リーナが、そっと声をかける。

「でも、離しても街は残ってる」

 彼は、何度か深呼吸し――
 ゆっくりと頷いた。

「……続けよう」

「今度は、一人じゃない」

 夜の外縁区画で、線はまだそこにある。

 だがそれは、縛るためのものではなく――
 流れる準備を始めた線だった。

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