“いらない婚約者”なので、消えました。もう遅いです。

あめとおと

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スピンオフ

番外編:彼の終わり(完全崩壊ルート)




 思い出してから、世界は壊れた。

 いや。

 正確には――

 “まともに見えていたものが、全部嘘になった”。

「……」

 書類に目を落とす。

 文字は読める。

 意味も理解できる。

 けれど。

 何ひとつ、頭に入ってこない。

 意味がない。

 全部、意味がない。

 あの選択のあとでは。

「……はは」

 乾いた笑いが漏れる。

 自分で選んだ。

 自分で、彼女を消した。

 だから。

 これは当然の結果だ。

「……会いたい」

 口に出して、理解する。

 それが、もう叶わない願いだと。

 彼女はいる。

 確かに、生きている。

 同じ世界にいる。

 それなのに。

 ――自分の知っている彼女は、どこにもいない。

「……っ」

 机を叩く。

 初めてだった。

 感情を抑えきれなかったのは。

「……返せよ」

 誰に向けた言葉かも分からない。

 神か。

 運命か。

 それとも――

 あの時の、自分自身か。

「……返せ」

 答えはない。

 当然だ。

 これは“失った”んじゃない。

 “手放した”のだから。

「……」

 立ち上がる。

 向かう先は、決まっている。

 止める理由なんて、もうない。

 壊れるなら、最後まで壊れればいい。

 扉を開ける。

 何度目かも分からない。

 あの店。

 あの場所。

 あの人。

「いらっしゃいませ」

 笑っている。

 何も知らない顔で。

 何も失っていない顔で。

 ――それが、救いであり。

 ――同時に、地獄だった。

「……」

 何も言えない。

 何もできない。

 ただ、そこに立っているだけ。

 それでも。

 彼女は、いつも通りに接する。

「今日は何をお探しですか?」

 その言葉が。

 かつての距離を、完全に否定する。

「……何も」

 かすれた声で返す。

 違う。

 本当は。

 欲しいものなんて、ひとつしかないのに。

 それだけが、もう手に入らない。

「……そうですか」

 彼女は、少しだけ微笑む。

 それだけで。

 胸が、壊れる。

 何度でも。

 何度でも。

 繰り返し。

 壊れていく。

 ――それでも、来てしまう。

 やめられない。

 やめる理由が、もうない。

 失うものなんて、とっくに全部失っている。

「……」

 今日もまた、何も買わずに店を出る。

 意味のない訪問。

 意味のない時間。

 意味のない存在。

 それでも。

 それしか、残っていない。

 外に出る。

 空は、やけに遠い。

「……終わってるな」

 自嘲する。

 もう、分かっている。

 これは、終わりじゃない。

 終われない。

 ずっと続く。

 このまま。

 壊れたまま。

 何も取り戻せないまま。

 ――彼は、生きていく。

 それが。

 彼に与えられた、唯一の罰だった。


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