君の歌声が世界を調律するまで ――忘却の森の少女と、ランクの消えた冒険者たち――

あめとおと

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光が、木の葉の隙間からこぼれ落ちて、銀色の髪を透かしている。

エルネは世界樹の根元に座り、膝の上で喉を鳴らす大きな「白猫」――もとい、この聖域の守護獣である白銀の虎、ビャクの頭を撫でていた。

視界の端には、半透明の羽を震わせる風の精霊たちが、彼女の鼻歌に合わせて楽しげに輪舞を踊っている。


ここは「忘却の森」。

神の使いとされるルミナ一族が、数千年にわたって外の世界から隔絶して暮らす聖域だ。

一族の者は皆、透き通るような白い肌と、魔力に反応して虹色に揺らめく瞳を持っている。

「ねえ、ビャク。あっちの山を越えた先には、もっと広い海があって、そこには見たこともない大きな魚がいるんだって。本で読んだわ」

ビャクは「ふん」と鼻を鳴らした。

この森の外は穢れに満ち、争いばかりだと長老たちは言う。

けれど、エルネの胸の奥には、ここではないどこかの記憶が、澱のように、けれど鮮烈に沈んでいた。

前世。

そう呼ぶべき記憶の中の自分は、白い天井ばかりを見つめて死んだ。自由に歩くことも、風を感じることもできず、ただ物語の中だけで世界を知った。

だからこそ、この新しい人生で、神の使いなんていう大層な肩書きを与えられても、彼女が欲しかったのは祈りの時間ではなく、自分の足で土を踏み締める自由だった。

「私、決めたの。明日、聖霊祭のどさくさに紛れてここを出るわ」

エルネがそう呟くと、周囲の精霊たちがざわめいた。

彼女の持つ固有スキル『聖域の歌詠み』は、その感情を魔力に変えて世界に干渉する。

決意の言葉が、物理的な熱量を持って空気を震わせた。



翌日。

森が祭りの歌声に包まれる中、エルネは準備していた麻の袋を背負い、結界の境界へと走った。

追っ手は来ない。

皆、彼女が聖域の最深部で祈りを捧げていると信じているはずだ。

「……行くわよ」

結界の膜を通り抜けた瞬間、肌を刺す空気が変わった。

少しだけ埃っぽく、それでいて生命の匂いが濃い、外の世界の空気。

彼女が目指したのは、街道を数日歩いた先にある王都アステリア。

そこには、実力さえあれば誰でも世界を回れる「冒険者ギルド」がある。

数日の旅は、エルネにとって驚きの連続だった。

道端に咲く名もなき花、襲いかかってきた牙狼(ウルフ)を、ビャクが一声吠えるだけで追い払う光景。

そして何より、自分の中に眠る力が、外の世界では「異常」であることを知る。

彼女が喉を潤そうと枯れた井戸の前で小さく歌えば、水精霊たちが狂喜乱舞して、濁った水を聖水へと変えてしまった。

「……まずいわ。少し自重しないと」

そう自分に言い聞かせながら、彼女は王都の巨大な石門をくぐった。

冒険者ギルドの建物は、酒と汗と、そして高揚感の匂いがした。

扉を開けた瞬間、荒くれ者たちの視線が、場違いに美しい少女へと注がれる。銀の髪に、宝石のような瞳。

そして、その背後に控える、馬ほどもある巨大な白虎。

「……迷子か、お嬢ちゃん?」

カウンターに座っていた隻眼の男が、にやりと笑って声をかける。

エルネはひるまなかった。

むしろ、前世で憧れた「受付嬢」の姿を探して、背筋を伸ばした。

「いいえ。冒険者の登録に来ました。名前はエルネです」

受付の女性は、驚きで目を丸くしながらも、一枚の魔力紙を差し出した。

「あ、はい……。では、この水晶に手を触れて、魔力を流してください。それで適正と初期ランクが決まります」

エルネは深呼吸をした。

(抑えて、抑えて……。普通の女の子っぽく……)

彼女がそっと水晶に指先を触れた。

その瞬間、ギルド内のすべての灯火が、青白く爆ぜた。

水晶の奥底から、黄金色の光が渦を巻いて溢れ出し、天井を突き破らんばかりの柱となって立ち昇る。

「……なっ!?」

「おい、水晶が溶けてやがるぞ!」

悲鳴のような声が上がる中、エルネは慌てて手を引いた。

水晶はどろりと形を失い、魔力紙には、本来ならFランクを示す文字が刻まれるはずの場所に、見たこともない神聖な紋章が浮かび上がっていた。

「あの……私、普通にランクFから始めたいんですけど」

エルネが困り顔で言うと、ギルドマスターらしき大男が奥から飛び出してきた。

彼は崩壊した水晶と、涼しい顔で座る聖獣ビャクを交互に見て、頭を抱えた。

「お嬢ちゃん、あんた……。神殿の聖女様が軍隊引き連れて探し回るような『奇跡』を、こんなところでぶっ放してくれたな」

こうして、平穏な旅を望んだはずのエルネの冒険は、最悪に派手な幕開けを迎えた。

けれど彼女の瞳は、これからのトラブルを予感して、かつてないほどキラキラと輝いていた。

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