1 / 8
1
しおりを挟む光が、木の葉の隙間からこぼれ落ちて、銀色の髪を透かしている。
エルネは世界樹の根元に座り、膝の上で喉を鳴らす大きな「白猫」――もとい、この聖域の守護獣である白銀の虎、ビャクの頭を撫でていた。
視界の端には、半透明の羽を震わせる風の精霊たちが、彼女の鼻歌に合わせて楽しげに輪舞を踊っている。
ここは「忘却の森」。
神の使いとされるルミナ一族が、数千年にわたって外の世界から隔絶して暮らす聖域だ。
一族の者は皆、透き通るような白い肌と、魔力に反応して虹色に揺らめく瞳を持っている。
「ねえ、ビャク。あっちの山を越えた先には、もっと広い海があって、そこには見たこともない大きな魚がいるんだって。本で読んだわ」
ビャクは「ふん」と鼻を鳴らした。
この森の外は穢れに満ち、争いばかりだと長老たちは言う。
けれど、エルネの胸の奥には、ここではないどこかの記憶が、澱のように、けれど鮮烈に沈んでいた。
前世。
そう呼ぶべき記憶の中の自分は、白い天井ばかりを見つめて死んだ。自由に歩くことも、風を感じることもできず、ただ物語の中だけで世界を知った。
だからこそ、この新しい人生で、神の使いなんていう大層な肩書きを与えられても、彼女が欲しかったのは祈りの時間ではなく、自分の足で土を踏み締める自由だった。
「私、決めたの。明日、聖霊祭のどさくさに紛れてここを出るわ」
エルネがそう呟くと、周囲の精霊たちがざわめいた。
彼女の持つ固有スキル『聖域の歌詠み』は、その感情を魔力に変えて世界に干渉する。
決意の言葉が、物理的な熱量を持って空気を震わせた。
翌日。
森が祭りの歌声に包まれる中、エルネは準備していた麻の袋を背負い、結界の境界へと走った。
追っ手は来ない。
皆、彼女が聖域の最深部で祈りを捧げていると信じているはずだ。
「……行くわよ」
結界の膜を通り抜けた瞬間、肌を刺す空気が変わった。
少しだけ埃っぽく、それでいて生命の匂いが濃い、外の世界の空気。
彼女が目指したのは、街道を数日歩いた先にある王都アステリア。
そこには、実力さえあれば誰でも世界を回れる「冒険者ギルド」がある。
数日の旅は、エルネにとって驚きの連続だった。
道端に咲く名もなき花、襲いかかってきた牙狼(ウルフ)を、ビャクが一声吠えるだけで追い払う光景。
そして何より、自分の中に眠る力が、外の世界では「異常」であることを知る。
彼女が喉を潤そうと枯れた井戸の前で小さく歌えば、水精霊たちが狂喜乱舞して、濁った水を聖水へと変えてしまった。
「……まずいわ。少し自重しないと」
そう自分に言い聞かせながら、彼女は王都の巨大な石門をくぐった。
冒険者ギルドの建物は、酒と汗と、そして高揚感の匂いがした。
扉を開けた瞬間、荒くれ者たちの視線が、場違いに美しい少女へと注がれる。銀の髪に、宝石のような瞳。
そして、その背後に控える、馬ほどもある巨大な白虎。
「……迷子か、お嬢ちゃん?」
カウンターに座っていた隻眼の男が、にやりと笑って声をかける。
エルネはひるまなかった。
むしろ、前世で憧れた「受付嬢」の姿を探して、背筋を伸ばした。
「いいえ。冒険者の登録に来ました。名前はエルネです」
受付の女性は、驚きで目を丸くしながらも、一枚の魔力紙を差し出した。
「あ、はい……。では、この水晶に手を触れて、魔力を流してください。それで適正と初期ランクが決まります」
エルネは深呼吸をした。
(抑えて、抑えて……。普通の女の子っぽく……)
彼女がそっと水晶に指先を触れた。
その瞬間、ギルド内のすべての灯火が、青白く爆ぜた。
水晶の奥底から、黄金色の光が渦を巻いて溢れ出し、天井を突き破らんばかりの柱となって立ち昇る。
「……なっ!?」
「おい、水晶が溶けてやがるぞ!」
悲鳴のような声が上がる中、エルネは慌てて手を引いた。
水晶はどろりと形を失い、魔力紙には、本来ならFランクを示す文字が刻まれるはずの場所に、見たこともない神聖な紋章が浮かび上がっていた。
「あの……私、普通にランクFから始めたいんですけど」
エルネが困り顔で言うと、ギルドマスターらしき大男が奥から飛び出してきた。
彼は崩壊した水晶と、涼しい顔で座る聖獣ビャクを交互に見て、頭を抱えた。
「お嬢ちゃん、あんた……。神殿の聖女様が軍隊引き連れて探し回るような『奇跡』を、こんなところでぶっ放してくれたな」
こうして、平穏な旅を望んだはずのエルネの冒険は、最悪に派手な幕開けを迎えた。
けれど彼女の瞳は、これからのトラブルを予感して、かつてないほどキラキラと輝いていた。
0
あなたにおすすめの小説
最弱と追放された俺、実は神の右腕でした。~気づけば王女も聖女も竜姫もなぜか俺に懐いている件~
たまごころ
ファンタジー
平凡な村人レオンは、勇者パーティから「最弱」と蔑まれ追放された。
だが、彼のスキル「真なる加護」は、神々が隠した最終権能だった。
無自覚のまま世界を救い、仲間をざまぁさせていくレオンに、王女・聖女・竜姫と次々惹かれていくヒロインたち。
気づけば、世界最強のハーレムが完成していた——。
ザマァあり、成り上がりあり、恋愛ありのド定番無自覚最強譚!
ひきこもり娘は前世の記憶を使って転生した世界で気ままな錬金術士として生きてきます!
966
ファンタジー
「錬金術士様だ!この村にも錬金術士様が来たぞ!」
最低ランク錬金術士エリセフィーナは錬金術士の学校、|王立錬金術学園《アカデミー》を卒業した次の日に最果ての村にある|工房《アトリエ》で一人生活することになる、Fランクという最低ランクで錬金術もまだまだ使えない、モンスター相手に戦闘もできないエリナは消えかけている前世の記憶を頼りに知り合いが一人もいない最果ての村で自分の夢『みんなを幸せにしたい』をかなえるために生活をはじめる。
この物語は、最果ての村『グリムホルン』に来てくれた若き錬金術士であるエリセフィーナを村人は一生懸命支えてサポートしていき、Fランクという最低ランクではあるものの、前世の記憶と|王立錬金術学園《アカデミー》で得た知識、離れて暮らす錬金術の師匠や村でできた新たな仲間たちと一緒に便利なアイテムを作ったり、モンスター盗伐の冒険などをしていく。
錬金術士エリセフィーナは日本からの転生者ではあるものの、記憶が消えかかっていることもあり錬金術や現代知識を使ってチート、無双するような物語ではなく、転生した世界で錬金術を使って1から成長し、仲間と冒険して成功したり、失敗したりしながらも楽しくスローライフをする話です。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
辺境ギルドの受付嬢ですが、冒険者の嘘は帳簿でぜんぶバレます
蒼月よる
ファンタジー
素材の重さが申告と合わない。鑑定書の書式がおかしい。冒険者が持ち込む報告書には、いつもどこかに嘘がある。
辺境の小さなギルド支部で、受付嬢ナタリアは今日も一人、帳簿を武器に冒険者たちの嘘と向き合っている。剣も魔法も使えない。でも素材を見る目と、数字の辻褄を見抜く勘だけは、誰にも負けない。
持ち込まれた棘鱗の産地が違う。新人冒険者の目が妙に鋭い。腕のいい薬師が素性を隠している。書類を処理するだけの毎日のはずが、カウンターの向こうには不思議な人々と、小さな謎が絶えない。
一話完結の日常謎解き。辺境の受付カウンターから覗く、冒険者たちの嘘と真実の物語。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
異世界転移したので旅してみました
松石 愛弓
ファンタジー
ある日、目覚めたらそこは異世界で。勇者になってと頼まれたり、いろんな森や町を旅してみることにしました。
ゆる~い感じののんびりほんわかなんでやねん路線の地味系主人公です。
気楽に読めるものを目指しています。よろしくお願いします。毎週土曜日更新予定です。
蒼炎の公爵令嬢 〜追放された私は、最強冒険者と共に真実の力に目覚める〜
雛月 らん
ファンタジー
「お前は出来損ないだ」——家族に見捨てられた令嬢が、最強の冒険者と出会い、真の力に目覚める異世界ファンタジー!
公爵家に生まれたエリアナは、幼い頃から魔法の制御ができず、家族から冷遇されてきた。
唯一の味方は執事のポールだけ。
人前で魔法を使わなくなった彼女に、いつしか「出来損ない」の烙印が押される。
そして運命の夜会——
婚約者レオンハルトから、容赦ない言葉を告げられる。
「魔法も使えないお前とは、婚約を続けられない」
婚約破棄され、家からも追放されたエリアナ。
だが彼女に未練はなかった。
「ようやく、自由になれる」
新天地を求め隣国へ向かう途中、魔物に襲われた乗り合い馬車。
人々を守るため、封印していた魔法を解き放つ——!
だが放たれた炎は、常識を超えた威力で魔物を一掃。
その光景を目撃していたのは、フードの男。
彼の正体は、孤高のS級冒険者・レイヴン。
「お前は出来損ないなんかじゃない。ただ、正しい指導を受けなかっただけだ」
レイヴンに才能を見出されたエリアナは、彼とパーティーを組むことに。
冒険者ギルドでの魔力測定で判明した驚愕の事実。
そして迎えた、古代竜との死闘。
母の形見「蒼氷の涙」が覚醒を促し、エリアナは真の力を解放する。
隠された出生の秘密、母の遺した力、そして待ち受ける新たな試練。
追放された令嬢の、真の冒険が今、始まる!
【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。
西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ?
なぜです、お父様?
彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。
「じゃあ、家を出ていきます」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる