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しおりを挟む「……くっ、殺せ! 聖剣を花に変えるなど、これほどの屈辱……っ!」
膝をつき、ユリの花束を握りしめたまま震えるフェリクスに対し、エルネは小首を傾げて微笑んだ。
「殺すなんて、そんな物騒なことしませんよ。お花、とっても似合ってます」
エルネがそっと彼の手を取り、
失われた聖剣の魔力――ではなく、その根底にある「騎士の誇り」を浄化するようにハミングを重ねる。
すると、フェリクスの鎧の傷までが修復され、彼の心に巣食っていた神殿の妄信が、春の雪解けのように消えていった。
「お、おい……フェリクスの野郎、顔が真っ赤だぞ」
カイルが呆れたように鼻を鳴らす。
リィンも杖を収め、ため息をついた。
「エルネにかかったら、どんな頑固な聖騎士も、ただの迷子の子犬ね」
結局、フェリクスは「貴女のような危険(?)な存在を放っておくわけにはいかない」という、
お決まりの建前を口にしながら、エルネたちの旅に加わることになった。
神殿への報告? 「追跡中である」とだけ書いた伝書鳩を、彼は震える指で飛ばした。
一行がたどり着いたのは、北の果て、永久凍土に閉ざされた「クリスタル・バレー」。
そこには伝説に語られる古代都市『エリュシオン』が眠っているという。
「ここから先は、ただの寒さじゃないわ。魔力そのものが凍りつく、絶対零度の世界よ」
リィンが警告する通り、吹雪はもはや物理的な凶器となって一行に襲いかかる。
フェリクスは花に戻った(エルネがさらっと直した)聖剣を振るい、結界を張って風を防ぐ。
「エルネ殿、私の背後に! このフェリクス、命に代えても……っ!」
「あ、フェリクスさん、大丈夫ですよ。ビャクが温めてくれてますから」
エルネは巨大化したビャクのふかふかの毛に埋もれ、
前世の「こたつ」を思い出しながらぬくぬくとしていた。
その姿に、聖騎士としての面目を失いかけたフェリクスが少しだけ肩を落とす。
やがて吹雪の壁を抜けた先、一行の目の前に現れたのは、巨大な氷のドームに包まれた、青白く輝く都市の遺跡だった。
「……これが、古代文明。失われたはずの魔動工学の結晶……」
リィンが息を呑む。
建物はすべてクリスタルでできており、幾何学的な紋章が刻まれている。
だが、そのすべては沈黙し、都市の中心にある「巨大な歯車」も凍りついて止まっていた。
「ここ、とっても悲しい音がするわ」
エルネには聞こえていた。
凍りついた都市の底で、かつてこの街を動かしていた古代の精霊たちが、長い眠りの中で震えている声が。
彼女は都市の中央広場、ひときわ巨大な「時の歯車」の前に立った。
「みんなを、起こしてあげなきゃ」
エルネが深く息を吸い込む。
今度は、これまでの慈愛の歌ではない。
凍てついた時間を無理やり動かすような、力強く、そして情熱的な「生命の鼓動(パルス)」を刻む歌。
彼女の足元から、心臓の鼓動に似た黄金の衝撃波が幾重にも広がっていく。それは絶対零度に閉ざされた空気の粒子を激しく震わせ、凍てついた空間に「熱」という名の情報を叩き込んでいく。
振動。
共鳴。
彼女の声が氷の壁を透過し、古代の回路に火を灯していく。
歌声が最高潮に達した瞬間、エルネの瞳が七色に輝いた。
「起きて、エリュシオン! 旅人(わたし)たちのために、道を開いて!」
ゴゴゴゴゴ……!
地響きと共に、凍りついていた巨大な歯車がゆっくりと回転を始めた。
都市のあちこちから青い光がラインとなって走り、氷が蒸発していく。
凍りついていた噴水が熱を帯びたお湯となって噴き出し、
誰もいなかった街並みに、古代の防衛ゴーレムたちが「歓迎」のポーズをとって整列した。
「ありえない……神話時代の遺物を、歌一つで起動させるなんて……」
フェリクスはもはや驚く気力もなく、エルネの背中に見える「神の光」をただ見つめていた。
だがその時、都市の再起動に反応するように、空に巨大な「光の魔法陣」が展開された。
『――不法侵入者を確認。聖域の無断起動を検知。神罰を執行する』
無機質な声と共に、空から降ってきたのは、神殿が崇める「天使」の姿をした、巨大な魔動兵器だった。
「エルネ殿、下がって! 本物の『神罰』が来る!」
フェリクスが叫ぶ。
しかし、エルネは楽しげに空を見上げた。
「天使さん? ちょうどよかった。私、聞きたいことがたくさんあったんです!」
神殿が恐れる神罰すら、エルネにとっては「お喋りな友達」に過ぎない。
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