【完結】母が終わらせた物語、娘が選んだ人生

あめとおと

文字の大きさ
2 / 3

2

しおりを挟む
 母は、自分の過去を語らなかった。

 祈りの話も、
 王都の話も、
 聖女だったという事実さえ。

 だから私は、知らなかった。
 ――知ろうともしなかった。

 それを知ったのは、母が倒れた翌日だった。

「あなたが……あの聖女の娘さん?」

 薬草を取りに行った先で、年老いた行商人が、私の顔を見てそう言った。

「奇跡の聖女様。
 光を降ろして、人を救った方だ」

 胸が、ひどくざわついた。

 帰宅すると、母は眠っていた。
 浅く、静かに。

 私は、押し入れの奥にしまわれていた小箱を見つけた。
 中にあったのは、一枚の布切れと、古い手紙。

 ――聖女就任の証。

 そして、震える文字で書かれた一文。

『奇跡は、私の意思ではなかった』
『願われることが、怖くなった』

 指先が、冷たくなる。

 母は、奇跡を失ったのではない。
 奇跡を、手放したのだ。

 誰かの期待に応えるためではなく、
 自分と、家族を守るために。

 夜。
 目を覚ました母に、私は静かに聞いた。

「……ねえ。母さんは、幸せ?」

 母は少し驚いた顔をしてから、
 ゆっくり、微笑んだ。

「ええ。今はね」

 その笑顔は、
 かつて世界に祈られていた人のものではなく、
 ただの、一人の母のものだった。

 私は、母の手を握る。

 奇跡なんて、なくていい。
 物語の中心じゃなくていい。

 この人が選んだ終わりが、
 こんなにも穏やかなら――

 私は、次の物語を、
 胸を張って始められる。

 これは、母が終わらせた物語の、
 その先の話。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

完結 彼女の正体を知った時

音爽(ネソウ)
恋愛
久しぶりに会った友人同士、だが互いの恰好を見て彼女は……

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

【完結】誕生日に花束を抱えた貴方が私にプレゼントしてくれたのは婚約解消届でした。

山葵
恋愛
誕生日パーティーの会場に現れた婚約者のレオナルド様は、大きな花束を抱えていた。 会場に居る人達は、レオナルド様が皆の前で婚約者であるカトリーヌにプレゼントするのだと思っていた。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

処理中です...