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第六章 『梅雨明けの日に』

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 うちはお小遣い制ではなく、必要なものがいる時にお金をもらっていたのだが、外には出かけないし、物欲もない私は、ほぼお金を使ったことがなかった。

 当時、中学校でスリッパがなくなったのは三度、でもその三度立て続けになくなったスリッパを買うために、私はちょくちょく母にお金を貰った。

 買うお金がなくて、てきとうな理由をつけてお金をもらったのが、近い日に三度もお金が必要だと言った私が、おかしいと思ったのかもしれない。

 両親が学校へ行ったことにより、大っぴらないじめは格段と減ったものの、私は余計に孤立する結果を生み、根暗な性格は加速した。

「両親が鳰さんのことを嫌うって、俺は、それは違うと思う」

「……でも」

「こんなに素敵な鳰さんのことを、嫌うはずないじゃないですか」

 心配そうな顔で私を見る奈古君は、残りのはしまきを食べ終わると、先程のように私の左手に、右手を重ねてきた。

「鳰さんは、鳰さんが自分で思っているより何倍も、素敵な女性ですよ」

 嬉しい、という気持ちよりも、目頭がじんわり熱くなり、私はじっと目を伏せる。

「俺は鳰さんと出会えて、良かったなって、思ってます」

「……あ、ありがとう」

「恥ずかしいこと言ってると思うけど……本心です」

 私の手を握る奈古君の右手に力が入り、見るとギュッと握りしめられている。

「俺で良かったら、いつでも何でも聞くので、気にせず頼って下さいね」

「む、っつも年下なのに……?」

「頼りないですかね」

「そ、そんなことはないけれど」

「……鳰さんの近くにいたいです」

 手を繋がれ、こんなことを言われ、奈古君は私のこと……と思わず思ってしまうような状況の中、私は今、物凄くドキドキしていた。

 思い出したら暗くなるような過去のことを言っても、奈古君の態度が変わることはなく、寧ろ不思議と包み込まれている。

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

 言われて目線を上げると、酷く優しい目をした奈古君がこちらを見ており、途端にギュッと胸が締め付けられた。

「も、もう少しだけ……一緒に、過ごしたいです」

 言葉にした私に、奈古君は一瞬目を見開いたが、また表情を緩め大きく頷いたのだった。

「鳰さん、どこに行きたいですか?」

「……え、っと……」

「どうしましょうかね。嬉しいな」

 嬉しい……と、奈古君と今同じ気持ちで過ごせることが、私も嬉しくて。





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