──どんなに、どんなに。

宝ひかり

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第四章 『二人だけの、音楽室』

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 部活帰り、下駄箱から外に出ると、更に雲は厚く、夕暮れで外は暗くなっていた。

 肌寒さを感じ、唯ちゃんと別れると、一人校門を出てさっさと歩いていく。

 お風呂に入って、このモヤモヤを拭いとろう。

 はぁ、と溜め息をついてゆっくり歩を進めていると、後ろでキュッとブレーキを踏む聞こえた。

 でも、特に気に留めずにいると、環菜先輩、と名前を呼ばれたではないか。

 振り返ると、自転車に乗った梓君が立っている。

「梓君……どうかしたの?」

「いや、たまたま環菜先輩見つけたから。せっかくだし、送りますよ」

 梓君は自転車を降りると、走って私の隣に並ぶ。

「いいよ、自分で帰れるし」

「偶然会った時くらい、いいじゃないですか」

「……ありがとう」

 梓君のことを考えないようにしている時に、本人が現れてしまった。

「新しい楽譜きて、部活楽しいですよね」

「うん、皆で合わせるのが楽しみ」

「俺、動画サイトで、どっちの曲も聞いてみたんですよ」

 梓君は携帯を取り出すと、サイトの画面を開く

「環菜先輩、聞きました?」

「ううん、まだ」

「じゃ、聞いてみます?」

 道の脇に自転車を止めると、鞄からイヤホンを取って耳に付ける。

 いいよ、と言う前にいつも先に行動され、私は梓君を受け入れてしまう。

 片方を梓君が、もう片方を私が耳につけ、インヴィクタを再生する。

 ……と、その時だった。

 ジャーン! と、大音量が耳に入ってきて、思わずイヤホンを離す。

「ビッ……ビックリしたぁ」

「すみません、音量MAXになってました」

 笑う梓君に、もー、となる。

「今度は、大丈夫だから」

 うちは近いからいいけれど、梓君はまだこれから帰らなくちゃいけないのに、マイペースに携帯を弄っている。

「もう今度は大丈夫です。はい」

 右イヤホンを渡され、もう一度耳に入れると、インヴィクタの吹奏楽の演奏が聞こえてきた。

 初めて聞く“音”ではなく、“音楽”に、胸が躍る。

 頭の中でリズムを取りながら、演奏に聞き入る。

 自分の携帯でもいつでも調べて聞けるのに、すっかり素敵な演奏に立ち止まりっぱなしで、音楽のイメージを想像した。

 作曲者の思いは分からないが、無限大の宇宙や、銀河のイメージ。

 だが、ふと我に返って梓君を見ると、意外ととても至近距離にいて、一気に緊張しだす。すっかり演奏に夢中になっていて、全然気にしていなかった。

 タイミングよく目が合った梓君は、静かに口角を上げて、私を見つめる。

 パチパチ瞬きを繰り返して、地面に目を落とすと、もっと下から覗き込まれた。

「何で逸らすの」

「何でって……」

「こっち見て」

 再び梓君を見ると、彼はやはり優しく笑っている。

 さっきの告白、どうだったんだろ……。消そうとしていた疑問が、また浮上する。

 でも、目を合わせたまま、聞くに聞けずにおどおどしている間に、音楽が鳴りやみ、冷静になる。

「ありがとう」

「もう一つの曲も聞きますか」

「もう遅いし、いいや」

 イヤホンを外すと、梓君より先に歩き出す。

 梓君が入部してから、何か調子狂うなぁ。椎川君とは違うドキドキに、ハラハラしてしまう。

「送ってくれて、ありがとう」

「いえ、好きでしたんで」

「じゃあ、また……明日ね」

 しかし、別れを告げ、手を振って見送ろうとした瞬間だった。

 近付いてきた梓君が抱き締めるように私に覆いかぶさると、外国人のような軽いハグをして、笑顔で手を振ってきた。

「はい、また明日」

 突然迫ってきた体は、とても大きくて、一瞬心臓が止まるかと思ってしまった。

 でも、これでもし放課後の告白を受けていたら、チャラくて遊び人なんだろうなぁ。

 本人を見る限り、そうではない、と思っているけれど……。どうなんだろ……。






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