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31話
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ピクルス君とはリナリアが持つ固有の能力と言っても良いだろう。
彼女は自身の夢にせよ、他者の夢にせよ、必ずこのピクルス君を登場させる。
「そうそう。私昔からピクルス大っ嫌いなんだよね。苦いし、不味いし。だから、妄想に妄想を重ねて、夢で具現化してピクルスを叩き潰してやろうと念じたら、ある時遂に、ガベちゃんそっくり顔の男の子で、しかも超ミニマムサイズの緑色をした妖精が生まれちゃった」
正確には薄黄緑色の肌をして、いつもなぜだか黒縁眼鏡を掛けリクルートスーツ姿で、背中からはその同じく薄黄緑色の綺麗な二枚羽が生えている。
「まぁ、せっかく編み出した夢の中での幻だからね。最初は叩き潰してやろうと思って、実際まぁ叩き潰そうとしたんだけど、土下座して許しを請うてくるからさ。なんか顔もガベちゃんそっくりだし愛着湧いちゃって。私はもう手塩にかけて毎夜毎夜夢を見るたびに彼を育成したよ」
「育成……ね……」
「育成だよ育成。何まるで奴隷にしたみたいに受け取ってるの。違うね、憤慨だよ。ちゃんと厳しい就職氷河期にも耐えられるよう、ほんのちょっとだけ古今東西あらゆる資格の勉強をさせただけだよ」
「夢の中で、夢の無いことをするのねあなたも……」
「うん。でもまぁ、とにかく彼はとても優秀に育ったね。今や弁護士にも公認会計士にも医師にだってなれるよ。すごいね、やったね。履歴書の枠からもはみ出すぐらいの資格所有者で本当に隙がない! まあ、夢では何の役にも立たない能力だけど」
「現実も非情だけれど、夢だって非情よね……」
リナリアはそうして冗談を言い終えると真面目な顔つきになった。
「まあでもそんな能力でも、優秀な部類だったらしく、私は夢園師に組み込まれちゃったんだけどさ」
そして一呼吸置くと、彼女は続けた。
「でもね。私はこのボタニカルがたとえ悪の組織だったとしてもさ。きっとここに来るのは星の巡りだったんだと思う。避けられないものだったんだと思う。だからね、決して恨んだりしていないし、むしろ感謝してる。ここはホント私以外変なの多いからさ。同じ穴のムジナ? 違うか。なんていうか、空気が吸いやすいんだよね。息苦しくないんだ。多分、夢に介入できる能力を持てるのって変人だけなんだよ、私以外。だから。サクラコにはこれだけは伝えておきたい。ガベちゃんを。最後まで信じてあげて」
突如リナリアがその甲高く可愛らしい声でそう懇願してきたのでサクラコはたじろいだ。
「そ、そんな、いきなり……。私は別にガーベラに敵対意識なんて持ってないわよ……。確かに少し思うところはあるけれど……」
リナリアはフッと笑んだ。
「良い。それで良い。ありがとう。サクラコのことは元々全面的に信頼してるから、これってただの念押し。全く問題ない百パーセントの状態を百二十パーセントにしたかっただけだから。あまり気にしないで」
どこまでも、一縷幼さが垣間見える可愛らしい笑顔だった。
しかし同時に。
もう悔いはない。
そう決意めいた表情にもサクラコには見え、途端異様な緊張感がサクラコを襲った。
言葉に詰まりながらもサクラコは口を継いだ。
「な、なんていうのかしら……。リナリア、もしかしてハスの言っていた次のチームCの任務、あなた何か知っているの? 私は正直に言ってそこまで深刻には見ていないし、貴方も同じような認識だと考えているけど……」
しかしサクラコがそう詰めてきても、リナリアは相変わらず達観した笑みを崩さなかった。
「別に。私だってサクラコと同じ。だけどね。人生というのは数字でははかれない嫌らしさがある。例えば。今日は十パーセントの確率で一万札を拾います。これはまず有り得ないって思うでしょ? でもね。今日は十パーセントの確率で事故に遭います。だったら。ね? すごく怖いでしょ。ただ、私が今思ってるのはそれだけ」
サクラコは眉をひそめながら語気を荒げた。
「わからないわね。その発言から察するに貴方はやっぱり何か身の危険を感じているような胸騒ぎがするわ。ここに呼び出したことも、そんな遺言めいた事を述べるためだったとするならば、私は怒るわよ? 何か少しでもあるのなら、今ここで解決すべきよ。力になるわ。悪いことは言わないから教えて頂戴」
だがリナリアは話は終わりとばかりに舌を出した。
「残念。もうタイムアップ。これ以上はガベちゃんに勘付かれてしまう。サクラコ。深く考えなくて良いよ。私だって、あの世界的に有名でスーパーな大学の卒業生なんだから。それにさっきも言ったでしょ、私はここの空気が好きだから。はやまるようなことするはずない」
サクラコはリナリアがそう述べると、はやる気持ちを強引に心中に閉じ込めて、追求を辞した。
無論全く釈然としないが、リナリアが非常に焦った顔をしているのが手に取るようにわかったからだ。
何か自分の預り知らぬ範囲でリナリアが綱渡りをしている。
昼間見たあのガーベラの思わず背筋が凍り付くような悪魔めいた表情。ヴァインの生みの親。
そして、同時にサクラコは、まだその件のチームCの任務までには猶予がある、焦ってはいけないと思った。
―――帰ったら、すぐキスツスに話を聞く必要があるわね。
だがサクラコにとってはそれが油断であり、抜かりだった。
不幸にして、チームCのメンバーとはサクラコは親交が深く、まだ事情は今後、リナリア以外からでも仕入れることができるという慢心が生じてしまった。
かくして、サクラコはリナリアとの、二度と訪れることのない二人きりの時間を終了させた。
彼女は自身の夢にせよ、他者の夢にせよ、必ずこのピクルス君を登場させる。
「そうそう。私昔からピクルス大っ嫌いなんだよね。苦いし、不味いし。だから、妄想に妄想を重ねて、夢で具現化してピクルスを叩き潰してやろうと念じたら、ある時遂に、ガベちゃんそっくり顔の男の子で、しかも超ミニマムサイズの緑色をした妖精が生まれちゃった」
正確には薄黄緑色の肌をして、いつもなぜだか黒縁眼鏡を掛けリクルートスーツ姿で、背中からはその同じく薄黄緑色の綺麗な二枚羽が生えている。
「まぁ、せっかく編み出した夢の中での幻だからね。最初は叩き潰してやろうと思って、実際まぁ叩き潰そうとしたんだけど、土下座して許しを請うてくるからさ。なんか顔もガベちゃんそっくりだし愛着湧いちゃって。私はもう手塩にかけて毎夜毎夜夢を見るたびに彼を育成したよ」
「育成……ね……」
「育成だよ育成。何まるで奴隷にしたみたいに受け取ってるの。違うね、憤慨だよ。ちゃんと厳しい就職氷河期にも耐えられるよう、ほんのちょっとだけ古今東西あらゆる資格の勉強をさせただけだよ」
「夢の中で、夢の無いことをするのねあなたも……」
「うん。でもまぁ、とにかく彼はとても優秀に育ったね。今や弁護士にも公認会計士にも医師にだってなれるよ。すごいね、やったね。履歴書の枠からもはみ出すぐらいの資格所有者で本当に隙がない! まあ、夢では何の役にも立たない能力だけど」
「現実も非情だけれど、夢だって非情よね……」
リナリアはそうして冗談を言い終えると真面目な顔つきになった。
「まあでもそんな能力でも、優秀な部類だったらしく、私は夢園師に組み込まれちゃったんだけどさ」
そして一呼吸置くと、彼女は続けた。
「でもね。私はこのボタニカルがたとえ悪の組織だったとしてもさ。きっとここに来るのは星の巡りだったんだと思う。避けられないものだったんだと思う。だからね、決して恨んだりしていないし、むしろ感謝してる。ここはホント私以外変なの多いからさ。同じ穴のムジナ? 違うか。なんていうか、空気が吸いやすいんだよね。息苦しくないんだ。多分、夢に介入できる能力を持てるのって変人だけなんだよ、私以外。だから。サクラコにはこれだけは伝えておきたい。ガベちゃんを。最後まで信じてあげて」
突如リナリアがその甲高く可愛らしい声でそう懇願してきたのでサクラコはたじろいだ。
「そ、そんな、いきなり……。私は別にガーベラに敵対意識なんて持ってないわよ……。確かに少し思うところはあるけれど……」
リナリアはフッと笑んだ。
「良い。それで良い。ありがとう。サクラコのことは元々全面的に信頼してるから、これってただの念押し。全く問題ない百パーセントの状態を百二十パーセントにしたかっただけだから。あまり気にしないで」
どこまでも、一縷幼さが垣間見える可愛らしい笑顔だった。
しかし同時に。
もう悔いはない。
そう決意めいた表情にもサクラコには見え、途端異様な緊張感がサクラコを襲った。
言葉に詰まりながらもサクラコは口を継いだ。
「な、なんていうのかしら……。リナリア、もしかしてハスの言っていた次のチームCの任務、あなた何か知っているの? 私は正直に言ってそこまで深刻には見ていないし、貴方も同じような認識だと考えているけど……」
しかしサクラコがそう詰めてきても、リナリアは相変わらず達観した笑みを崩さなかった。
「別に。私だってサクラコと同じ。だけどね。人生というのは数字でははかれない嫌らしさがある。例えば。今日は十パーセントの確率で一万札を拾います。これはまず有り得ないって思うでしょ? でもね。今日は十パーセントの確率で事故に遭います。だったら。ね? すごく怖いでしょ。ただ、私が今思ってるのはそれだけ」
サクラコは眉をひそめながら語気を荒げた。
「わからないわね。その発言から察するに貴方はやっぱり何か身の危険を感じているような胸騒ぎがするわ。ここに呼び出したことも、そんな遺言めいた事を述べるためだったとするならば、私は怒るわよ? 何か少しでもあるのなら、今ここで解決すべきよ。力になるわ。悪いことは言わないから教えて頂戴」
だがリナリアは話は終わりとばかりに舌を出した。
「残念。もうタイムアップ。これ以上はガベちゃんに勘付かれてしまう。サクラコ。深く考えなくて良いよ。私だって、あの世界的に有名でスーパーな大学の卒業生なんだから。それにさっきも言ったでしょ、私はここの空気が好きだから。はやまるようなことするはずない」
サクラコはリナリアがそう述べると、はやる気持ちを強引に心中に閉じ込めて、追求を辞した。
無論全く釈然としないが、リナリアが非常に焦った顔をしているのが手に取るようにわかったからだ。
何か自分の預り知らぬ範囲でリナリアが綱渡りをしている。
昼間見たあのガーベラの思わず背筋が凍り付くような悪魔めいた表情。ヴァインの生みの親。
そして、同時にサクラコは、まだその件のチームCの任務までには猶予がある、焦ってはいけないと思った。
―――帰ったら、すぐキスツスに話を聞く必要があるわね。
だがサクラコにとってはそれが油断であり、抜かりだった。
不幸にして、チームCのメンバーとはサクラコは親交が深く、まだ事情は今後、リナリア以外からでも仕入れることができるという慢心が生じてしまった。
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