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32話
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最も最初に思い付いた短絡的な案を率直に説明してしまうとするならば、彼はアロエを殺すつもりだった。
彼にとっては、アロエのガサツな態度も時折見せる男らしい部分もすべてが憎悪の対象であり、同時に妬み嫉む対象でもあった。しかしながら、アロエの殺害を彼女が望まないことはわかっていたし、そんな彼女の気質を見透かしているからこそ、逆にグツグツと噴火山のマグマの如く脳天に湧き上がる「怒」の感情が収まることを知らなかった。
そうして彼はグルグルと、不吉に絡まる螺旋階段を上がったり下がったりするような鬱々とした思考輪廻の中で、折衷的な考え方を見出すに至った。
簡単に言語化するならば、殺人未遂だった。
アロエを殺さずに、殺した充足感を得られるぐらい屠り、身体的にも精神的にも、圧倒的な屈辱を残すこと。それならば彼女の手を汚すこともなく、牢に幽閉されることもないという自信があった。ボタニカルの事情について、核心的な部分まで触っているのは自分だという自負が彼、フリージアのもう一つの人格、グラジオラスにはあったからだ。主人格であり彼が溺愛するフリージアの存在が、ボタニカルにとって必要不可欠な存在であるということは彼には見え透いていた。既にボタニカルの足元を見るだけのゆとりがあったのである。
したがって、当然のことながら、グラジオラスはフリージアに嘘を吐いた。
「アロエと少し話したいことがある。明日車の編成を調整するようアベリアに頼んでほしい」
そうして迎えた当日。
無論のことグラジオラスは、アロエの車両に相席して早々暴れ出すことなどやろうはずもなかった。
特段何をするでもなくフリージアの深部に潜み、機会を伺った。
アロエは取り立ててフリージアに言を発するでもなく、ただ黙々と後部座席に鎮座する天体望遠鏡を傷つけぬよう安全運転に徹していた。
フリージアはフリージアで、時折、今日の天候や今から行く先の山の事など、当たり障りのない話題をぽつぽつと断続的に話すのみで、三号車車内は酷く物静かだった。それは一般的に他者が見解を示すとすればまるでお互いに冷え切ってしまった恋人同士のような「気不味い雰囲気」に他ならなかった。
暫くして、三号車は二号車と同じく買い出しのためスーパーに到着した。
と、そこでフリージアが手洗いに寄った際、グラジオラスはフリージアに進言した。
「俺は今日とても酒が飲みたい気分なんだ。アベリアもかなりイケる口だ。誘っておいてくれないか」
さて、それを聞いたフリージアが単純に「私も今日はいくらかお酒を嗜みたいです」とそのような示唆をすれば、普段そんな粋な発言など絶対にないフリージアを思い、アベリアのテンションが向上しない訳がなかった。
結果として、二号車は三号車と離れることとなったわけだが、実際のところ、既に一号車に対しても幾らか布石は打っていたし、他に不自然さを際立たせずに離脱することができる案をグラジオラスは幾らでも保持していた。
こうして、いよいよ一同の目を離れ真にアロエと二人きりとなったグラジオラスはフリージアに「代わってくれ」と一言述べた。
さて、多重人格障害。ここにおけるグラジオラスとは、フリージアが生み出したフリージアの別人格である。即ち彼もまた、フリージアの一部に過ぎない。しかしながら、グラジオラスという別人格が生み出された要因は、他ならぬフリージアが無意識化に抱えきれなくなった膨大で途方もないストレスを肩代わりさせるためである。したがって、グラジオラスが行う行為や行動、思想思考をフリージアが共有してしまうのは本末転倒となる。そのため、グラジオラスが主人格として舞い降りた時、フリージアにはその間の記憶は一切抜け落ちてしまうこととなる。そして、この論理で行けば、フリージアが主人格として表出している場合、グラジオラス側はその間の記憶は抜け落ちることになるはずだが、実際にはそうならなかった。あるいはフリージア自身が無意識化にそうならないように仕向けた。
フリージア自身にとって、ただ抱きかかえたストレスをもう一つの人格に押し付けてしまうというだけでは不十分だったのである。
彼女は、グラジオラスという存在を、あくまで本当に存在する別人として自身が認知しているという位置関係とすることを望んでいたのである。それは、フリージア自身が既に父母、兄姉も失い、絶望的な孤独感に苛まれていたことからくる欲求から生じるものであった。
かくして、グラジオラスはフリージアの絶対的な相談役となり、結局のところ、フリージアが主人格である間も彼は裏の人格として常に存在し続け記憶を共有した。そしてグラジオラスが主人格として表出する際は、フリージアの主人格は記憶を共有しないという、すなわちグラジオラスがその間何をやっていたかはフリージアは全く憶えていないという、グラジオラス側にとって圧倒的に優位な状況が創り上げられてしまった。そうして、フリージアの預かり知らぬうちにグラジオラスの知能・思想は飛躍的に向上し、いつしか本当に独り歩きするもう一人の生命が生まれてしまった。しかし、そこに関してフリージア自身は、ただ大切な私だけの友達が増えたと、そんな楽観的な捉え方しかできていなかったのは事実であった。
また、この日フリージア自身が、たかだか一泊程度の小旅行と言えど大きな期待と高揚感で密かに心躍っていたことは語るべくもなく、グラジオラスも今回の旅行を楽しみにしていると事実述べていたため、何の疑念を湧くこともないのは仕方のないことではあった。
かくして、グラジオラスはフリージアのその匠の技によって造られた西洋人形のように美しい身体を、感覚を慣らす様にあちこち動かすと、あっという間のうちに、アロエの意識を奪った。
彼にとっては、アロエのガサツな態度も時折見せる男らしい部分もすべてが憎悪の対象であり、同時に妬み嫉む対象でもあった。しかしながら、アロエの殺害を彼女が望まないことはわかっていたし、そんな彼女の気質を見透かしているからこそ、逆にグツグツと噴火山のマグマの如く脳天に湧き上がる「怒」の感情が収まることを知らなかった。
そうして彼はグルグルと、不吉に絡まる螺旋階段を上がったり下がったりするような鬱々とした思考輪廻の中で、折衷的な考え方を見出すに至った。
簡単に言語化するならば、殺人未遂だった。
アロエを殺さずに、殺した充足感を得られるぐらい屠り、身体的にも精神的にも、圧倒的な屈辱を残すこと。それならば彼女の手を汚すこともなく、牢に幽閉されることもないという自信があった。ボタニカルの事情について、核心的な部分まで触っているのは自分だという自負が彼、フリージアのもう一つの人格、グラジオラスにはあったからだ。主人格であり彼が溺愛するフリージアの存在が、ボタニカルにとって必要不可欠な存在であるということは彼には見え透いていた。既にボタニカルの足元を見るだけのゆとりがあったのである。
したがって、当然のことながら、グラジオラスはフリージアに嘘を吐いた。
「アロエと少し話したいことがある。明日車の編成を調整するようアベリアに頼んでほしい」
そうして迎えた当日。
無論のことグラジオラスは、アロエの車両に相席して早々暴れ出すことなどやろうはずもなかった。
特段何をするでもなくフリージアの深部に潜み、機会を伺った。
アロエは取り立ててフリージアに言を発するでもなく、ただ黙々と後部座席に鎮座する天体望遠鏡を傷つけぬよう安全運転に徹していた。
フリージアはフリージアで、時折、今日の天候や今から行く先の山の事など、当たり障りのない話題をぽつぽつと断続的に話すのみで、三号車車内は酷く物静かだった。それは一般的に他者が見解を示すとすればまるでお互いに冷え切ってしまった恋人同士のような「気不味い雰囲気」に他ならなかった。
暫くして、三号車は二号車と同じく買い出しのためスーパーに到着した。
と、そこでフリージアが手洗いに寄った際、グラジオラスはフリージアに進言した。
「俺は今日とても酒が飲みたい気分なんだ。アベリアもかなりイケる口だ。誘っておいてくれないか」
さて、それを聞いたフリージアが単純に「私も今日はいくらかお酒を嗜みたいです」とそのような示唆をすれば、普段そんな粋な発言など絶対にないフリージアを思い、アベリアのテンションが向上しない訳がなかった。
結果として、二号車は三号車と離れることとなったわけだが、実際のところ、既に一号車に対しても幾らか布石は打っていたし、他に不自然さを際立たせずに離脱することができる案をグラジオラスは幾らでも保持していた。
こうして、いよいよ一同の目を離れ真にアロエと二人きりとなったグラジオラスはフリージアに「代わってくれ」と一言述べた。
さて、多重人格障害。ここにおけるグラジオラスとは、フリージアが生み出したフリージアの別人格である。即ち彼もまた、フリージアの一部に過ぎない。しかしながら、グラジオラスという別人格が生み出された要因は、他ならぬフリージアが無意識化に抱えきれなくなった膨大で途方もないストレスを肩代わりさせるためである。したがって、グラジオラスが行う行為や行動、思想思考をフリージアが共有してしまうのは本末転倒となる。そのため、グラジオラスが主人格として舞い降りた時、フリージアにはその間の記憶は一切抜け落ちてしまうこととなる。そして、この論理で行けば、フリージアが主人格として表出している場合、グラジオラス側はその間の記憶は抜け落ちることになるはずだが、実際にはそうならなかった。あるいはフリージア自身が無意識化にそうならないように仕向けた。
フリージア自身にとって、ただ抱きかかえたストレスをもう一つの人格に押し付けてしまうというだけでは不十分だったのである。
彼女は、グラジオラスという存在を、あくまで本当に存在する別人として自身が認知しているという位置関係とすることを望んでいたのである。それは、フリージア自身が既に父母、兄姉も失い、絶望的な孤独感に苛まれていたことからくる欲求から生じるものであった。
かくして、グラジオラスはフリージアの絶対的な相談役となり、結局のところ、フリージアが主人格である間も彼は裏の人格として常に存在し続け記憶を共有した。そしてグラジオラスが主人格として表出する際は、フリージアの主人格は記憶を共有しないという、すなわちグラジオラスがその間何をやっていたかはフリージアは全く憶えていないという、グラジオラス側にとって圧倒的に優位な状況が創り上げられてしまった。そうして、フリージアの預かり知らぬうちにグラジオラスの知能・思想は飛躍的に向上し、いつしか本当に独り歩きするもう一人の生命が生まれてしまった。しかし、そこに関してフリージア自身は、ただ大切な私だけの友達が増えたと、そんな楽観的な捉え方しかできていなかったのは事実であった。
また、この日フリージア自身が、たかだか一泊程度の小旅行と言えど大きな期待と高揚感で密かに心躍っていたことは語るべくもなく、グラジオラスも今回の旅行を楽しみにしていると事実述べていたため、何の疑念を湧くこともないのは仕方のないことではあった。
かくして、グラジオラスはフリージアのその匠の技によって造られた西洋人形のように美しい身体を、感覚を慣らす様にあちこち動かすと、あっという間のうちに、アロエの意識を奪った。
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