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41話
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深緑色のツタによって逆十字に張り付けられたサクラコ。
ツタは手足だけでなく次第に腹部胸部首元まで、サクラコの着用していた地味な紫のジャージが隠れてしまうほどにみっしりと覆い被さった。
しかしサクラコとしてはツタの感触が一切生じていないために、特に息苦しくも痛くもなかったため、なんだか変な気分だった。これも夢の影響なのだろうか。
「ああ、そこまで覆い被さっちゃうとあんまりエロくないよね。せっかく出た触手なのに」
「まったくだ触手損も良いところだ」
サクラコはそのような軽率な発言が耳に入ってきたため語気を荒げた。
「ちょっと、アベリア! シャクヤク! 何を場違いなことを言っているのですか!」
「あ、ごめーん、聞こえちゃった?」
「もう……」
サクラコはただでさえ身体が上下反転したせいで頭に血が逆流しているような不快感を帯びてきているのに、その不快感が更に加速しそうになる。
しかしそれにしても今のやり取りはやはりおかしいとサクラコは思った。
無論エロいとかエロく無いとかそんな端ない事ではない。そう、声の届く距離の話だ。サクラコとアベリアらは今、声がギリギリ届くか届かないかぐらいの際どい位置関係なのである。あんなアベリアのボソリと言った一言がここまで軽快に耳へ入ってくる訳がないのだ。
したがってこれもつまり夢の影響?
サクラコがそのように思慮していると、金髪の青年が酷く苛立った調子で声を張り上げてきた。
「お前等俺を舐めてるのか! 俺は今全員この場で死んでもらうと、そう言ったんだぞ!」
だがメンバーはさして意に介していないようだ。
それもそのはず。
ここが現実世界でありこの青年が連続殺人鬼というならば、メンバー共々緊迫の表情に包まれていたことだろう。
だがここは我々の領域。
即ち夢の中なのであった。
園芸師が花に集る虫が怖くて作業ができない。
そんな話があるだろうか。いや。
「シャクヤク? ここはあんたが連れてきたあんたの夢で間違いないんでしょ?」
久方振りに口を開いたアズサが言った。
「ああ」
それに対してシャクヤクが素っ気なさすぎる具合に短い返答をした。
まるでアズサから「あんた」と言われて少し気落ちしているようにも聞こえる声色だった。
対するアズサはシャクヤクにまるで興味がないような調子で続けた。
「はっ。あっそ。なら、もう細かい事は良いわ。後で考えれば。とにかく、こんなのさっさと終わらせてあげる。早く現実に戻ってアロエにも事情を聞かないといけないし」
――?
サクラコはアズサのそんな態度は大変アズサらしいと感じたし特に異論もなかったが、しかし後半の物言いに違和感を感じた。アロエにも事情を聞かないといけない? 今あなたのすぐ傍に当の本人が珍しく、しおらしい雰囲気で突っ立っているのだけど……。
台詞から間髪入れずにアズサはこちら側へと動き出す。どこからともなく生じた愛用の短刀が何時の間にか右手に握られている。
近づいてくるアズサへ青年は敵対心を剥き出しにして言い放った。
「おい、それ以上動くなアズサ! ……。まぁ良い。止まらぬならばその品の良い顔もグチャグチャにしてやる」
だが青年のそのような脅し文句を物ともしないアズサは、その握っている短刀にフィッという鋭い音を立てながら空を斬らせ、撓らせている。
「は? まるで私と親しい風な言い振りね。どっかで会ったっけ? まぁでもどっちにしろ……。私、あんたみたいな女顔の男タイプじゃないから!」
突如サクラコは視界がグニャリと歪むような錯覚を受けた。
思わず目を瞬く。そしてそれが終わったかと思うと、目の前の光景に思わず見惚れた。
星降る夜空の下。
暗闇に溶け込んだままサラサラと揺れる黒髪。月明かりに照らされる彼女のシルエットは、逞しさと美しさが共存していた。
そしてその像がなんと一つではなく、計七つに横並びとなり、清く棚引いていたとあっては、感嘆させられるほかない。
無論、既にサクラコは既知である。これはアズサの技であり、それが生み出した虚像。即ち幻影。
しかし、仮にそれが幻だとわかっていても、ここまで凛と艶めく女の七つのシルエットが、見事綺麗に横一線となり、視界の端から端までピタリと嵌め込まれたとあっては、青年を含めメンバー全員が息を飲むのも無理は無かった。
さて忽然と生じたアズサの虚像。
この七体には若干の差異がある。
それは手にしている得物の長さである。
銀色の刃がギランと妖しげな威光を放っているのはどれも同じだが、その刃の長さは左の像から順に徐々に長くなっている。最も右のアズサの虚像が握っているのは最早短刀と呼ぶには相応しく無く、よもやれっきとした日本刀である。
さてこの違い。光の屈折などなら起こる単なる目の錯覚なのか。
金髪の美青年、女顔と揶揄されたフリージアと似通った容姿、更に全く同じ服装をした青年。
即ちグラジオラスは苦悩と焦燥に包まれていた。
なぜならアズサがこのような特異な技を使用するなどという情報はボタニカルの連中から聞き及んでいなかったからだ。
元よりそこまであの浅見真澄の配下連中に期待はしていなかったが、まさかアズサとやり合う可能性など想定していなかったために単純にそこが痛手となってしまった。
そもそも、シャクヤクさえ表れなければこの大馬鹿メンバー達が勝手にやり合って全て終わりだったのに。
だがグラジオラスの中に少し退屈な心情があったのも事実だった。アロエを強姦者に仕立て上げるなどよくよく考えればチープでつまらぬ作戦であると彼はどこかで思っていた。どこかでこのような予想外の展開に期待していたのかもしれない。
さて。
グラジオラスは気を取り直して思考した。
虚像。であるとすればこの七つに横に並んだ影の内、一つが本物のアズサということだろう。
ならば狙うべきは当然本物。
グラジオラスは更に地面からツタを発生させる。
そしてそのツタを器用にまとめ上げ、一つの鉄球にも似た丸いボール状のものを造り上げる。この球の大きさを考えれば三人分くらいには同時に命中させられるだろう。二つ作ればほぼ七分の六で必中となるが、サクラコにもツタは使用しているし、残りの連中の為にも無駄使いはできない。
そう、夢の中とは言え自身の精神力には限界がある。過度な創造を繰り返せば脳が死に至る。特にフリージアの裏人格に過ぎないグラジオラスは、脳を彼女と半分に分けあっているようなものである。それでもフリージアの精神がどういうわけか完全に眠っている今ならばある程度の無理も効きそうではあったが、しかし、今後の展開に予想がつかない以上やはりリスクは避けるべきであるといえた。
構えるグラジオラス。編み込まれたツタのボールが、空中で急速に回転し始める。そのスピードと質量を考えれば、命中すれば間違い無く致命傷になるだろう。
グラジオラスはそのボールの行き先を決めた。といっても、とても単純な理由だ。
アズサが元々所持していた短刀のサイズ。それはだいたい計7体の像の内、左から三番目ぐらいだった。
最も右のシルエットが持つ殆ど日本刀のような長刀。アズサがあんな長さの物を現実で所持していた記憶はない。つまりあれほどにはっきりとした造形を今思いつきで生み出すなど不可能だ。
従って球が狙う先は無論左から三番目とその左右。
そして万が一に備え、右側のシルエットの動きを警戒しておけば良い。
悩む猶予はもうなかった。
アズサの七つの像はノロマな歩調ではあるが、ゆらり揺らめきながら、まるで宵闇を喰らっていくかのように近づいてきていた。
「はあああああ」
グラジオラスは球に力を込めて、限界まで回転率を上げ、そしてニヤリと口を歪めると、その球を放った。
ツタは手足だけでなく次第に腹部胸部首元まで、サクラコの着用していた地味な紫のジャージが隠れてしまうほどにみっしりと覆い被さった。
しかしサクラコとしてはツタの感触が一切生じていないために、特に息苦しくも痛くもなかったため、なんだか変な気分だった。これも夢の影響なのだろうか。
「ああ、そこまで覆い被さっちゃうとあんまりエロくないよね。せっかく出た触手なのに」
「まったくだ触手損も良いところだ」
サクラコはそのような軽率な発言が耳に入ってきたため語気を荒げた。
「ちょっと、アベリア! シャクヤク! 何を場違いなことを言っているのですか!」
「あ、ごめーん、聞こえちゃった?」
「もう……」
サクラコはただでさえ身体が上下反転したせいで頭に血が逆流しているような不快感を帯びてきているのに、その不快感が更に加速しそうになる。
しかしそれにしても今のやり取りはやはりおかしいとサクラコは思った。
無論エロいとかエロく無いとかそんな端ない事ではない。そう、声の届く距離の話だ。サクラコとアベリアらは今、声がギリギリ届くか届かないかぐらいの際どい位置関係なのである。あんなアベリアのボソリと言った一言がここまで軽快に耳へ入ってくる訳がないのだ。
したがってこれもつまり夢の影響?
サクラコがそのように思慮していると、金髪の青年が酷く苛立った調子で声を張り上げてきた。
「お前等俺を舐めてるのか! 俺は今全員この場で死んでもらうと、そう言ったんだぞ!」
だがメンバーはさして意に介していないようだ。
それもそのはず。
ここが現実世界でありこの青年が連続殺人鬼というならば、メンバー共々緊迫の表情に包まれていたことだろう。
だがここは我々の領域。
即ち夢の中なのであった。
園芸師が花に集る虫が怖くて作業ができない。
そんな話があるだろうか。いや。
「シャクヤク? ここはあんたが連れてきたあんたの夢で間違いないんでしょ?」
久方振りに口を開いたアズサが言った。
「ああ」
それに対してシャクヤクが素っ気なさすぎる具合に短い返答をした。
まるでアズサから「あんた」と言われて少し気落ちしているようにも聞こえる声色だった。
対するアズサはシャクヤクにまるで興味がないような調子で続けた。
「はっ。あっそ。なら、もう細かい事は良いわ。後で考えれば。とにかく、こんなのさっさと終わらせてあげる。早く現実に戻ってアロエにも事情を聞かないといけないし」
――?
サクラコはアズサのそんな態度は大変アズサらしいと感じたし特に異論もなかったが、しかし後半の物言いに違和感を感じた。アロエにも事情を聞かないといけない? 今あなたのすぐ傍に当の本人が珍しく、しおらしい雰囲気で突っ立っているのだけど……。
台詞から間髪入れずにアズサはこちら側へと動き出す。どこからともなく生じた愛用の短刀が何時の間にか右手に握られている。
近づいてくるアズサへ青年は敵対心を剥き出しにして言い放った。
「おい、それ以上動くなアズサ! ……。まぁ良い。止まらぬならばその品の良い顔もグチャグチャにしてやる」
だが青年のそのような脅し文句を物ともしないアズサは、その握っている短刀にフィッという鋭い音を立てながら空を斬らせ、撓らせている。
「は? まるで私と親しい風な言い振りね。どっかで会ったっけ? まぁでもどっちにしろ……。私、あんたみたいな女顔の男タイプじゃないから!」
突如サクラコは視界がグニャリと歪むような錯覚を受けた。
思わず目を瞬く。そしてそれが終わったかと思うと、目の前の光景に思わず見惚れた。
星降る夜空の下。
暗闇に溶け込んだままサラサラと揺れる黒髪。月明かりに照らされる彼女のシルエットは、逞しさと美しさが共存していた。
そしてその像がなんと一つではなく、計七つに横並びとなり、清く棚引いていたとあっては、感嘆させられるほかない。
無論、既にサクラコは既知である。これはアズサの技であり、それが生み出した虚像。即ち幻影。
しかし、仮にそれが幻だとわかっていても、ここまで凛と艶めく女の七つのシルエットが、見事綺麗に横一線となり、視界の端から端までピタリと嵌め込まれたとあっては、青年を含めメンバー全員が息を飲むのも無理は無かった。
さて忽然と生じたアズサの虚像。
この七体には若干の差異がある。
それは手にしている得物の長さである。
銀色の刃がギランと妖しげな威光を放っているのはどれも同じだが、その刃の長さは左の像から順に徐々に長くなっている。最も右のアズサの虚像が握っているのは最早短刀と呼ぶには相応しく無く、よもやれっきとした日本刀である。
さてこの違い。光の屈折などなら起こる単なる目の錯覚なのか。
金髪の美青年、女顔と揶揄されたフリージアと似通った容姿、更に全く同じ服装をした青年。
即ちグラジオラスは苦悩と焦燥に包まれていた。
なぜならアズサがこのような特異な技を使用するなどという情報はボタニカルの連中から聞き及んでいなかったからだ。
元よりそこまであの浅見真澄の配下連中に期待はしていなかったが、まさかアズサとやり合う可能性など想定していなかったために単純にそこが痛手となってしまった。
そもそも、シャクヤクさえ表れなければこの大馬鹿メンバー達が勝手にやり合って全て終わりだったのに。
だがグラジオラスの中に少し退屈な心情があったのも事実だった。アロエを強姦者に仕立て上げるなどよくよく考えればチープでつまらぬ作戦であると彼はどこかで思っていた。どこかでこのような予想外の展開に期待していたのかもしれない。
さて。
グラジオラスは気を取り直して思考した。
虚像。であるとすればこの七つに横に並んだ影の内、一つが本物のアズサということだろう。
ならば狙うべきは当然本物。
グラジオラスは更に地面からツタを発生させる。
そしてそのツタを器用にまとめ上げ、一つの鉄球にも似た丸いボール状のものを造り上げる。この球の大きさを考えれば三人分くらいには同時に命中させられるだろう。二つ作ればほぼ七分の六で必中となるが、サクラコにもツタは使用しているし、残りの連中の為にも無駄使いはできない。
そう、夢の中とは言え自身の精神力には限界がある。過度な創造を繰り返せば脳が死に至る。特にフリージアの裏人格に過ぎないグラジオラスは、脳を彼女と半分に分けあっているようなものである。それでもフリージアの精神がどういうわけか完全に眠っている今ならばある程度の無理も効きそうではあったが、しかし、今後の展開に予想がつかない以上やはりリスクは避けるべきであるといえた。
構えるグラジオラス。編み込まれたツタのボールが、空中で急速に回転し始める。そのスピードと質量を考えれば、命中すれば間違い無く致命傷になるだろう。
グラジオラスはそのボールの行き先を決めた。といっても、とても単純な理由だ。
アズサが元々所持していた短刀のサイズ。それはだいたい計7体の像の内、左から三番目ぐらいだった。
最も右のシルエットが持つ殆ど日本刀のような長刀。アズサがあんな長さの物を現実で所持していた記憶はない。つまりあれほどにはっきりとした造形を今思いつきで生み出すなど不可能だ。
従って球が狙う先は無論左から三番目とその左右。
そして万が一に備え、右側のシルエットの動きを警戒しておけば良い。
悩む猶予はもうなかった。
アズサの七つの像はノロマな歩調ではあるが、ゆらり揺らめきながら、まるで宵闇を喰らっていくかのように近づいてきていた。
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