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或る男の嫉妬 6
しおりを挟む夕暮れが街を包み、窓の外は淡い橙から深い藍へと染まっていく。
午前中、幸助と愛を交わし合い繋がって――朝っぱらから、と思わなくもないが、むしろ朝だからかもしれない――予定どおり一緒に朝食兼昼食を食べたあとは二人揃って執筆へと移った。
次の締め切りまではまだ時間がある。そう思いながらも一葉は机に向かい、原稿に万年筆を走らせていた。
静かな筆音と、湯気を立てる珈琲の香り。
けれど、集中しようとするたびに、頭の奥で幸助の言葉が繰り返し響いてくる。
『作家としても、男としても、どっちもな』
あの言葉を聞いたあとから、胸の奥に残っているものがある。
愛しさと同時に、切なさ。幸助には偉そうなことを言いながら、と自嘲する。
自分が愛されるほどに、幸助の痛みも増えていくのではないかという、不安。自分にとっては愛の証であっても、果たして幸助にとってはどうなのか。
嫉妬することが辛いということは一葉にも分かっている。苦しいし、悲しいことも、分かっている。
一葉とて幸助の立場で考えれば、それだけで嫉妬するのだから。そうでなくとも、実際に幸助は女性に人気がある。即売会をしても客は女性ばかりだ。
そのことに、嫉妬しないはずはない。幸助は俺のなのに、と思って胸の中に黒い感情が広がるのだから。
時計の針が九時を指し、ぽーんと音を鳴らす。
一葉はふぅ、と息を吐くと原稿を閉じ、ペン先を拭ってから、立ち上がった。
書斎を出て廊下に出ると、薄暗い灯りの向こうに応接間の明かりが洩れている。まだ原稿中だろうか、と思うがとりあえず行ってみようと明かりの方へと向かう。
遠くもない応接間の前まで来ると、一葉はゆっくりと細く襖を開けて覗き込んだ。
肘掛け椅子に腰を下ろし、煙草を燻らせていた幸助と視線がぶつかる。
「よかった。原稿中かと思って迷ったんだけどね」
一葉はそう言いながら襖を開けて部屋の中へ足を踏み入れた。
「もう、こんな時間か」
幸助は視線を時計に向けるとそう言って、また一葉へ視線を戻す。
その表情は昨日よりもずっと穏やかで、一葉は少し安心した。
「原稿、進んだのか?」
「うん、少しだけ。でも、今日はあまり集中できなかった」
「……俺のせいか?」
一葉は首を横に振って微笑んだ。
「違うよ。幸助のこと、考えてた」
その言葉に、幸助の手が一瞬止まった。
煙草の先が、ゆっくりと灰皿に押しつけられる。
「それは俺のせい、ってことだろ……でも、俺も。おまえのこと、ずっと考えてた」
低く掠れた声。けれど、優しい愛のこもった声。
その声音だけで、一葉の背筋をかすかに震わせた。
幸助が徐に立ち上がる。高い背の影が、部屋の灯りの下で伸びる。
その影が一葉の足元に重なった。
そして、二人の距離が、ゆっくりと近づく。
「……まだ、少し不安なんだ」
「不安? どうして?」
「一葉は、俺を選んでくれてる。分かってる。でも、時々、本当に俺でいいのかって思う」
一葉はその言葉を聞きながら、幸助にそっと手を伸ばした。
自分よりも高い位置にある幸助の頬に触れる。指先が、少しだけ震えている。
幸助に、そう思わせているのは自分なのか。愛する人を、傷付けている。その事実に胸が痛む。そして、自分も幸助と同じ事を思っていることに気付く。結局は、二人とも同じ想いなのだ。そう思えば、何も不安に思うことはない。
「幸助」
「……ああ」
「俺も同じ気持ちだったよ。でも……だからこそ、そんなこと二度と言わないで。俺も言わない」
一葉の声は静かだった。
けれどその奥にある熱は、確かに燃えていた。
次の瞬間、幸助の腕が一葉の身体を強く引き寄せた。
すぐに唇が触れ合う。最初はただ確かめるように、そして次第に、溶け合うように深くなっていく。
夜の静寂が、二人を包み込む。
外では風の音がして、どこか遠くで犬の鳴く声がかすかに聞こえた。
けれどそのすべてが、遠のいていく。
この部屋の中には電球の明かりと、ただ二人の息遣いだけがあった。
「……幸助」
「ん……」
「俺ね、嬉しかったんだ。嫉妬してくれて」
「そんなこと……言うなよ……許すなよ……」
「それだけ、俺を想ってくれてるってことだから。でも、幸助は辛かったよね……ごめん」
一葉の囁きに、幸助の心と瞳が揺れる。
そこに映る一葉の姿が、あまりに美しくて、儚くて、息を呑んだ。
「……俺、本当に一葉がいないとダメなんだ」
幸助の声は震えている。一葉の胸が、また締め付けられる。
「俺だって、幸助がいないとダメだよ」
「っ、約束してくれ……この先、何があっても、俺から離れないって」
一葉は幸助を見つめて、ゆっくりと頷いた。
「離れない。何があっても、幸助の傍にいる。約束するよ。絶対に離れない」
その言葉を聞いた瞬間、幸助はもう何も堪えられなかった。
唇が重なり、熱が深く混じり合い、舌が絡み合う。
手探りのまま、互いの体温を確かめるように、指が絡む。
――愛している。
声には出さなくても、互いの鼓動がそれを語っている。
幸助は絡めた指を解くと一葉を押し倒し、その愛しい体に手を這わせていく。ああ、愛されているんだ。一葉も幸助も、そう思えた。
性急に一葉を求める幸助に、一葉は身を委ねる。全身を隈なく愛撫され、手で口で何度か絶頂に追い遣られた。一葉の体が快感に震え、幸助を求める。自分だけなんて嫌だ、と涙ながらに幸助に抱き着いた。早く一つになりたい、もっと幸助を感じたい。その想いが自然と言葉になった。
「っ、こうすけっ、も、早く……っ」
一葉の匂いと体温に包まれた幸助は、目の前が真っ白に弾け、唐突に一葉の脚を抱え上げた。
「かず、は……っ、お前、が悪いんだぞ……っ」
「っ、あ、こうすけっ! いいからっ、はや、くっ!」
「っ! くそっ……ッ!」
「――ッっ!」
早くと急かしても、十分に解された一葉の後孔は、幸助の大きく硬く育った自身があてがわれたと同時に、深くまで貫かれた。そして、愛情と快感が二人を包んだ。
***
どれだけ時間が経ったのか、気づけば二人は床に寄り添っていた。
夜風が窓を叩き、簾内がわずかに揺れる。
幸助の腕の中で、一葉は息を整えながら囁いた。
「幸助」
少し掠れた一葉の声。その色香に、ゾクリ、と幸助の背筋に快感が走る。
「……ん?」
「嫉妬してくれて、ありがとう」
「どうして」
幸助は一葉の体を抱き締めたまま動かない。
「俺だって嫉妬するから……他の誰かに幸助を見られるの、嫌だって思ってた。幸助は、俺のものなのにって思ってた」
幸助は驚いたように一葉を見た。一葉が嫉妬するなんて、微塵も思わなかった。一葉はいつだって大人で。穏やかで嫋やかで。
しかし幸助が見た一葉のその瞳の奥に浮かぶのは、穏やかな笑み。
静かな炎のように、揺らめきながらも温かい。
そして、一番濃く浮かぶのは、一葉の深く熱い想い。
「……一葉……」
「俺の気持ち、伝わった?」
「……ああ」
幸助は間をおいて返事をすると小さく笑い、一葉の肩を抱き、額に口づけた。
外の風が止み、遠くで鐘の音が響いた。
それは、深夜を告げる静かな音色。
けれど二人の時間は、止まることなく流れていく。
一葉がそっと目を閉じる。
幸助はその身体を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「……一葉。愛してる」
「うん……俺も、愛してる」
その瞬間、夜が深く静まり返る。
部屋の灯が落ち、わずかな月明かりが二人の肌を照らした。
互いの温もりだけが、互いを温められる。
過去の影も、嫉妬の痛みも、もう遠い。
ただ、今この瞬間――愛だけが、確かに生きていた。
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