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第一章 出会い編
出会い編 5
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5.
古書店から会社に戻り、自席に座った柊一郎は同時に机に突っ伏した。たった一度しか見ていないあの古書店の主が脳裏に浮かんでくる。驚いて固まっていたあの顔可愛かったな……何に驚いたんだろう……他にはどんな表情をするんだろう……笑顔とか絶対可愛いよな、と思ってカァッと顔が熱くなった。俺は今、人に見せられないくらい赤くなってるのかもしれない、と思いながらも真面目な柊一郎は始業のチャイムと共に仕方なく顔を上げる。
「あれ? 犬飼熱あるんか? 顔が赤いで」
柊一郎の赤くなった顔に目敏く気付いた隣席の先輩、木村に声を掛けられ柊一郎は視線を向けた。
木村は――木村もなかなかの整っている顔で、どちらかというとやんちゃな面影を残す可愛い感じの顔立ちだった――柊一郎の桁外れに整った外見など全く気にせず接してくれる数少ない一人で、柊一郎はなかなか気に入っている。先輩に対して気に入っているという表現もどうかとは思うが、言葉通り柊一郎は木村を気に入っているのだ。
「……木村さん。おつかれっす」
「お疲れさん。で、具合悪いんか? 大丈夫なんか?」
関西弁で話す木村は当然関西人で、普段はふざけたことも言ったりするが基本的に面倒みが良くて優しく、周囲の羨望や明らかな好意に疲弊している柊一郎をいつも気にかけてくれる、会社では唯一の人だ。柊一郎にとって気楽に話せる人というのは希少で、木村のような人はとても貴重なのだった。
「別に体調わるいとかではないっすけど……」
「けどなんや。元気ないやん……」
「……いや、何でもないっす。そんな事よりサボってないで仕事した方がいいっすよ」
「ハァ!? お前なぁ……人がせっかく心配したってるいうのに……」
「はははっ。ご心配どうも。でも、大丈夫だし」
もしかするとそのうち木村に相談することもあるかもしれないな、と思いながら木村との会話のお陰で何とか平静を取り戻した柊一郎は気を取り直して仕事に取り掛かったのだった。
そしてその日の夕方、仕事を終えた柊一郎は商店街の入口を抜け犬山古書店に向かって歩いていた。
ニャーが視界に入る距離まで来たところで不意に足先に落ちている空缶を見つけ、柊一郎は少しムッとした表情で空缶を拾い上げ辺りを見回す。
「あ、あった」
そう言って自動販売機の脇に設置されているゴミ箱を見つけると拾った空缶を捨てて、少し憤りながら再び古書店へと足を向けた。
この商店街は懐かしい雰囲気で昭和を思わせる保守的な町並みでレトロという言葉がしっくりくるが、だからといって、古くさい汚いといったところがない不思議な場所だ。道は石畳で普段からゴミ一つ落ちてなく、きれいに清掃されている。商店街の住民達が毎日交代で清掃活動を行っているようだった。いつも井戸端会議をしている奥様方が明日の掃除当番お願いね、などと言っているのを聞いたことがある。偏見だろうかと思いながらも、商店街にゴミを捨てるなど外から来た人に違いない、と柊一郎は結論付けた。
「あの空缶をお年寄りが踏んで転んだりしたらどうすんだよ……だいたいゴミはゴミ箱にって園児でも分かるだろ……」
柊一郎は空缶を捨てた見知らぬ誰かにブツブツと文句を言いながら犬山古書店の前まで来ると、ニャーにこういう言葉を聞かせてはいけないなと思い、にこやかにニャーに手を伸ばした。ニャーも当然柊一郎に気付いていて伸ばされた手に擦り寄ろうとする。しかしその手は触れる直前で引っ込んでいってしまった。
「ニャー!(にゃんで引っ込めるニャ)」
柊一郎はニャーの不服そうな声にハッとして苦笑する。
「あ……ごめん。さっきゴミ拾ったから、手汚いと思って」
そう言って柊一郎は、普段から営業マンは清潔感が大事だといって常備しているウェットティッシュを鞄から取り出し、丁寧に手を拭いてからニャーを抱き上げた。もちろん手を拭いたウェットティッシュは持ち帰るためにポケットに入れて。
「昼ぶりだなぁ。元気だったか?」
「ニャー!」
柊一郎の言葉に元気に返事をしたニャーが頬をすり寄せてくる様子に、柊一郎の頬が緩む。先程までの憤りはすっかり消え失せている。
「ニャーはすげぇな。嫌な気持ちがなくなった」
褒めるように背中を撫でながら優しく言って微笑む柊一郎にニャーはまたニャー、と鳴いて柊一郎の胸に顔を摺り寄せた。
それからも柊一郎は犬山古書店に足繫く通い、ニャーを愛でて癒やされながらも店主に神経を向けて様子を伺う毎日を過ごしていた。しかしあの衝撃の日から一度も顔を見る事ができず、やはり店内に入ってみるしかないのかもしれないと思い始めている。そもそも毎日通っているというのに未だに本を買うどころか店内にすら入った事がないのだ。流石にそれはマジのガチで失礼なのではないか、と思ってしまう。だが、いかんせん緊張してしまうのだ。
「この俺が緊張だなんて……」
いつも通りの仕事を終え、夕方のニャーとの逢瀬のために古書店へと向かっていた柊一郎はそう呟きながら溜息を吐く。たった一度しか目にしていない店主に会えないというだけで寂しさを覚えることに不思議な気持ちを抱きつつ、ニャーには癒やされているという複雑な想いで本日二度目の古書店にやってきた。ニャーはいつも待ってくれているかのように定位置にいて、柊一郎が来るとニャーっと鳴いて擦り寄ってくる。これで癒やされない人がいるのだろうかと思うほどに心が溶かされているのを感じてニャーを抱き上げた。
「……はぁ……本当にキレイだな……」
ニャーの事を言ったつもりだったが、脳裏には店主が浮かんでくる。これはなかなか重症だな、と自分で思ってフッと笑う。ニャーは何かを察したのか、ジッと柊一郎を見つめてニャニャーっと鳴いた。
古書店から会社に戻り、自席に座った柊一郎は同時に机に突っ伏した。たった一度しか見ていないあの古書店の主が脳裏に浮かんでくる。驚いて固まっていたあの顔可愛かったな……何に驚いたんだろう……他にはどんな表情をするんだろう……笑顔とか絶対可愛いよな、と思ってカァッと顔が熱くなった。俺は今、人に見せられないくらい赤くなってるのかもしれない、と思いながらも真面目な柊一郎は始業のチャイムと共に仕方なく顔を上げる。
「あれ? 犬飼熱あるんか? 顔が赤いで」
柊一郎の赤くなった顔に目敏く気付いた隣席の先輩、木村に声を掛けられ柊一郎は視線を向けた。
木村は――木村もなかなかの整っている顔で、どちらかというとやんちゃな面影を残す可愛い感じの顔立ちだった――柊一郎の桁外れに整った外見など全く気にせず接してくれる数少ない一人で、柊一郎はなかなか気に入っている。先輩に対して気に入っているという表現もどうかとは思うが、言葉通り柊一郎は木村を気に入っているのだ。
「……木村さん。おつかれっす」
「お疲れさん。で、具合悪いんか? 大丈夫なんか?」
関西弁で話す木村は当然関西人で、普段はふざけたことも言ったりするが基本的に面倒みが良くて優しく、周囲の羨望や明らかな好意に疲弊している柊一郎をいつも気にかけてくれる、会社では唯一の人だ。柊一郎にとって気楽に話せる人というのは希少で、木村のような人はとても貴重なのだった。
「別に体調わるいとかではないっすけど……」
「けどなんや。元気ないやん……」
「……いや、何でもないっす。そんな事よりサボってないで仕事した方がいいっすよ」
「ハァ!? お前なぁ……人がせっかく心配したってるいうのに……」
「はははっ。ご心配どうも。でも、大丈夫だし」
もしかするとそのうち木村に相談することもあるかもしれないな、と思いながら木村との会話のお陰で何とか平静を取り戻した柊一郎は気を取り直して仕事に取り掛かったのだった。
そしてその日の夕方、仕事を終えた柊一郎は商店街の入口を抜け犬山古書店に向かって歩いていた。
ニャーが視界に入る距離まで来たところで不意に足先に落ちている空缶を見つけ、柊一郎は少しムッとした表情で空缶を拾い上げ辺りを見回す。
「あ、あった」
そう言って自動販売機の脇に設置されているゴミ箱を見つけると拾った空缶を捨てて、少し憤りながら再び古書店へと足を向けた。
この商店街は懐かしい雰囲気で昭和を思わせる保守的な町並みでレトロという言葉がしっくりくるが、だからといって、古くさい汚いといったところがない不思議な場所だ。道は石畳で普段からゴミ一つ落ちてなく、きれいに清掃されている。商店街の住民達が毎日交代で清掃活動を行っているようだった。いつも井戸端会議をしている奥様方が明日の掃除当番お願いね、などと言っているのを聞いたことがある。偏見だろうかと思いながらも、商店街にゴミを捨てるなど外から来た人に違いない、と柊一郎は結論付けた。
「あの空缶をお年寄りが踏んで転んだりしたらどうすんだよ……だいたいゴミはゴミ箱にって園児でも分かるだろ……」
柊一郎は空缶を捨てた見知らぬ誰かにブツブツと文句を言いながら犬山古書店の前まで来ると、ニャーにこういう言葉を聞かせてはいけないなと思い、にこやかにニャーに手を伸ばした。ニャーも当然柊一郎に気付いていて伸ばされた手に擦り寄ろうとする。しかしその手は触れる直前で引っ込んでいってしまった。
「ニャー!(にゃんで引っ込めるニャ)」
柊一郎はニャーの不服そうな声にハッとして苦笑する。
「あ……ごめん。さっきゴミ拾ったから、手汚いと思って」
そう言って柊一郎は、普段から営業マンは清潔感が大事だといって常備しているウェットティッシュを鞄から取り出し、丁寧に手を拭いてからニャーを抱き上げた。もちろん手を拭いたウェットティッシュは持ち帰るためにポケットに入れて。
「昼ぶりだなぁ。元気だったか?」
「ニャー!」
柊一郎の言葉に元気に返事をしたニャーが頬をすり寄せてくる様子に、柊一郎の頬が緩む。先程までの憤りはすっかり消え失せている。
「ニャーはすげぇな。嫌な気持ちがなくなった」
褒めるように背中を撫でながら優しく言って微笑む柊一郎にニャーはまたニャー、と鳴いて柊一郎の胸に顔を摺り寄せた。
それからも柊一郎は犬山古書店に足繫く通い、ニャーを愛でて癒やされながらも店主に神経を向けて様子を伺う毎日を過ごしていた。しかしあの衝撃の日から一度も顔を見る事ができず、やはり店内に入ってみるしかないのかもしれないと思い始めている。そもそも毎日通っているというのに未だに本を買うどころか店内にすら入った事がないのだ。流石にそれはマジのガチで失礼なのではないか、と思ってしまう。だが、いかんせん緊張してしまうのだ。
「この俺が緊張だなんて……」
いつも通りの仕事を終え、夕方のニャーとの逢瀬のために古書店へと向かっていた柊一郎はそう呟きながら溜息を吐く。たった一度しか目にしていない店主に会えないというだけで寂しさを覚えることに不思議な気持ちを抱きつつ、ニャーには癒やされているという複雑な想いで本日二度目の古書店にやってきた。ニャーはいつも待ってくれているかのように定位置にいて、柊一郎が来るとニャーっと鳴いて擦り寄ってくる。これで癒やされない人がいるのだろうかと思うほどに心が溶かされているのを感じてニャーを抱き上げた。
「……はぁ……本当にキレイだな……」
ニャーの事を言ったつもりだったが、脳裏には店主が浮かんでくる。これはなかなか重症だな、と自分で思ってフッと笑う。ニャーは何かを察したのか、ジッと柊一郎を見つめてニャニャーっと鳴いた。
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