すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ

文字の大きさ
8 / 64
第一章 出会い編

出会い編 8

しおりを挟む
8.


 ここ最近、柊一郎は心ここにあらずといった様子だった。仕事も手に付かず、というわけではないが明らかにボーッとしている。
 朝起きて出かける準備をしていたはずが、いつの間にか会社の自席に着いていて仕事をしているということもしばしば。常である出勤経路は体が覚えているのだろうが、仕事はルーティン的に基本的なやる事はあっても、毎日同じ事をするというわけでもない。柊一郎は営業であるため書類仕事ばかりではないし、客先へ出向くことが殆どだ。それにもかかわらず無意識に仕事をこなしていて。そしてまた気が付くと古書店の前でニャーを腕に抱いている。柊一郎は会社にいたのにと首を傾げるが、折角のニャーとの逢瀬を満喫しなければと思い、ニャーを撫で頬をすり寄せ、いつも通り癒やされつつ、それでも意識は店内へと向ける。そうしてまたふと気が付くとニャーと別れ、いつの間にか自室でカップラーメンを食べている、という状況が当たり前になりつつあった。
 もちろん柊一郎の思考を占領しているのはあの古書店の店主で。意識して考えているのではなく、無意識にあの店主のことを考えている。これではいけないと思いながらも意識しているわけではないので柊一郎にはどうすることもできなかった。
 
「……い……かい、犬飼!」
 自分を呼ぶ声にハッとして声の方へ目を向けると木村の飽きれたような視線とぶつかった。
「あ……呼びました?」
「あ、呼びました? やないわ! 呼んだわ! 何回も!」
 そうだった仕事中だった、と思いながら木村の形相に苦笑して素直に謝った。木村が本気で怒っているわけではないと分かる。柊一郎を見る目が心配だと言っていて、柊一郎はフッと笑う。
「すみません。ボーッとしてたっす」
「……お前なんかあったんか? 最近いつもそんな調子やん」
 溜め息を吐きつつも、こうして気に掛けてくれる木村に柊一郎は温かい気持ちになった。犬飼柊一郎という個人を見てくれて、気に掛けて心配してくれる本当に優しい人だと心底思う。
「なんかあったというか……なにもないというか……」
 珍しく口篭る柊一郎に、木村はわけが分からないと言いたげな表情をしながら手にしたボールペンを指で回して弄んでいる。
「なんやねんそれ……」
「……いや、なんでもないっす。ほら、さっさと仕事してくたさいよ」
 一瞬、話してしまおうかとも思ったが、仕事中だし、となんとなく躊躇い誤魔化した。しかし、こうしていつもの軽い調子で話せた事に安堵する。木村の、優しさを押し売りをしないところや、外見を気にせず後輩として接してくれるところが本当に心地いい。真の友達とはこういうものなのかもしれない、と思った。
「お前なぁ……それはこっちのセリフやろ」
「はいはい。じゃあ仕事仕事」
「何でお前が偉そうに言うねん! 納得でけへん!」 
 そう言って言葉から連想するほど大声を出すわけでもなくブツブツと愚痴らしき事を呟きながらパソコンに視線を戻す木村に笑い、午後からは客先まわりだしさっさと書類仕事を片付けてしまおうと手を動かす柊一郎の頭の中には、やはりあの店主の顔が浮かんでいた。
 最近では脳が勝手に色々な表情を作り出し、笑顔の店主まで出てくる始末。四六時中店主の事を考えているにもかかわらず、やはり柊一郎の仕事の手が止まることはなかった。

 そしてこうした日常が続いていたある日のこと。ふとこのままではいけないと、柊一郎は急に自分の気持ちを再確認しようと思い立ち、休日に古書店へ行ってみることにした。というのも今まで古書店に通っていたのは平日だけだったのだ。
 会社からさほど遠くない古書店は柊一郎の住んでいる家からは距離がある。しかしそうも言っていられない状況だと判断した柊一郎は決心して、相変わらずあの店主の事を考えて木村に叱咤され心配されながらも平日の仕事をこなしていった。
 
 そして現在週末、金曜の夜。いよいよ明日は休日。今度こそはあの麗しい店主と話をしてみたい。いつも通りに帰りに古書店へ寄り、ニャーと遊んでから帰宅した柊一郎は一片の無駄もなく帰宅後から就寝までのルーティンを終わらせて既にベッドに潜り込んでいた。
 そして明かりを消した暗い部屋の中で見えない天井を見つめながら明日のことを考える。ニャーの事を話そうか、それとも本について話そうか。とても賢い猫ちゃんですねそれとも、綺麗な猫ちゃんですね、がいいか。でも本屋だし、ミステリーのお勧めを教えてください、とかの方がいいのか。
 柊一郎は話のネタを探しながら何度も脳内シミュレーションをして、まるで仕事でプレゼンテーションの資料を作っているかのように、あーでもないこーでもないと最善を目指して考え込む。そして気が付けば鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる時間になっていた。
「……マジか……一睡もできなかった……」
 柊一郎はそう呟いたが、眠れなかった事よりもこれから古書店へ行ってあの店主と顔を合わせる事に緊張と高揚感を覚え、のそのそのとベッドから起き上がった。
 洗面台へ向かい鏡を見る。イケメンだなんだと言われ、自惚れているわけではないが、事実として女にはモテていると思う。しかしイケメンの定義が分からない。まじまじと自分の顔を見るが、別に普通の顔だと思う。
「……よく分からんな」
 ため息混じりにそう呟いて、あの店主がこの顔を好きならいいのにと思いながら歯を磨き始めた。

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

冷血宰相の秘密は、ただひとりの少年だけが知っている

春夜夢
BL
「――誰にも言うな。これは、お前だけが知っていればいい」 王国最年少で宰相に就任した男、ゼフィルス=ル=レイグラン。 冷血無慈悲、感情を持たない政の化け物として恐れられる彼は、 なぜか、貧民街の少年リクを城へと引き取る。 誰に対しても一切の温情を見せないその男が、 唯一リクにだけは、優しく微笑む―― その裏に隠された、王政を揺るがす“とある秘密”とは。 孤児の少年が踏み入れたのは、 権謀術数渦巻く宰相の世界と、 その胸に秘められた「決して触れてはならない過去」。 これは、孤独なふたりが出会い、 やがて世界を変えていく、 静かで、甘くて、痛いほど愛しい恋の物語。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

天の求婚

紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。 主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた 即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

手紙

ドラマチカ
BL
忘れらない思い出。高校で知り合って親友になった益子と郡山。一年、二年と共に過ごし、いつの間にか郡山に恋心を抱いていた益子。カッコよく、優しい郡山と一緒にいればいるほど好きになっていく。きっと郡山も同じ気持ちなのだろうと感じながらも、告白をする勇気もなく日々が過ぎていく。 そうこうしているうちに三年になり、高校生活も終わりが見えてきた。ずっと一緒にいたいと思いながら気持ちを伝えることができない益子。そして、誰よりも益子を大切に想っている郡山。二人の想いは思い出とともに記憶の中に残り続けている……。

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】

まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。

或る男の渇望

ドラマチカ
BL
「一葉……これは、お前のためだけに……っ!」 作家である二人が紡ぐのは、原稿の上だけの言葉ではない。 滲むインクのように、情熱は身体に、純愛は心に刻まれていく。 執筆に取り憑かれ、狂おしいまでに一葉を求める幸助。 そして、その渇望を、全てを受け止める一葉。 激しい欲望と、穏やかな愛。 その相反するものがぶつかり合うたび、二人の絆と信頼はより深く、強く結ばれていく。 これは――情熱に焦がれ、純愛に抱かれる、二人の作家の物語。

処理中です...