すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ

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第一章 出会い編

出会い編 12

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12.
 

「……?」
 本を差し出した柊一郎は、店主がずっと肩越しに奥の方を見ている事が気になって振り返って店主の視線の先に目を向けた。しかし、やはり何かがいるわけではない。気配もない。疑問符を浮かべながら店主に向き直ると、下を向いてレジを打っている。髪、サラサラだな……触ってみたいな、と思っていると無意識に自分の手がピクリと動いてハッとする。
「(あぶねー! 今触ろうとしただろ俺!)」
 柊一郎がギュッと拳を握って手が動くのなんとか止めて安堵していると、店主が小さくニャーを呼んだ。なんとなくその様子を見つめているとニャーはレジが置いてあるカウンターに華麗に飛び乗り口に咥えていた紙袋を店主に渡す。店主はその紙袋を受け取ると柊一郎が購入する本を入れて下を向いたま差し出した。
「さ、三百円に、なります……」
 小さく低い声でそう言った店主に柊一郎の胸が高鳴る。可愛い。店主の白くて細く長い指が紙袋を差し出している。可愛い。可愛い。こんなにキレイな顔をしていて、こんなに低い声だなんて。可愛い。柊一郎は自分で自分の思考がおかしくなってしまったのだと思った。人をこんなにも可愛いと思う日が来るなんて信じられない。しかし柊一郎には自分が知った店主の全てが可愛く見える。これが恋なのか。
「……あ、あの……」
 随分と思考に耽っていたのか、店主がおずおずと上目遣いで声を掛けてくる。しかしながら当然視線は合っていない。さらには自分より少し背が高い――目測ではあるが――はずなのに俯き加減で上目遣いをしてくるなど、なんて可愛いんだ、とまた思考に耽りそうになるのを必死で堪え、平静を装って斜めに掛けた鞄から財布を取り出す。
「すみません。これで」
 生憎小銭がなく、千円札を渡す。手が触れる事を期待したが、カルトンが置かれているためそこに乗せた。残念だ、と思うが仕方ない。
「せせ、千円おあずかり、します……」
 また、低く小さい声でそう言って店主はその綺麗な細長い指で千円札を取りレジの空いたスペースに置く。そして相変わらずのぎこちない動きで小銭を取ると、レシートと一緒にカルトンに置いて柊一郎の方へと差し出した。
「な、七百円の、お返し、です……」
 柊一郎は店主の手の動きを見つめながらお釣りを取り財布に入れると視線を店主へと移す。俯き加減のせいか儚い表情に見える。頬を染め目を伏目がちにしている姿も美しい。
「あ、あの……これ……どうぞ……」
 柊一郎へ本の入った紙袋を差し出した店主から受け取ろうと手を伸ばす。そして支払いの時には叶わなかった柊一郎の想いが届いたのか、紙袋を手にした瞬間に店主の手が触れた。たったそれだけの事だったが、店主は顔を真っ赤にして慌てて手を引っ込めた。
「すすすすみませんっ」
「あ、いえ。大丈夫ですよ」
 心の中では、残念もう少し触れていたかった、と思いながら優しく返してにこやかに笑って見せる。が、店主は俯いて柊一郎を見てはいない。しかし明らかに動揺している店主を見て、柊一郎まで頬を染めた。二人して顔を赤くして照れている様子にニャーが呆れたようにニャーッと鳴き、二人はハッとする。
「あ、ありがとう、ございました……」
「あ、いえ。こちらこそありがとうございました」
 二人してペコリと頭を下げ、そう言うといつまでもこうしているわけにもいかず柊一郎は名残惜しいと思いながらも店を出る事にした。
「あの……また、来ます」
「っ、はい……お待ち、しています……」
 それだけの言葉を交わすと柊一郎は小さく会釈して店内から外へ出た。店主はそのまま店内に残ったが、ニャーは見送りに着いてきてくれた。
「ニャー、また明日来るから遊ぼうな」
「ニャー!」
 柊一郎はニャーの返事を聞いて笑うと手を振って自宅へ帰るべく駅へと向かった。
 来たとき同様、商店街のアーチをくぐり後ろ髪を引かれる思いでゆっくりと歩く。声、低かったなぁ……口、小さかった。でも、うるうるぷるぷるで可愛かった。柊一郎は店主とのやり取りを思い返していた。
「そういえば……一回も目が合わなかったな……」
 そう呟いて少し寂しい気持ちになったが、きっと人見知りなんだろうと思い、これからは店内にも入って毎日本を買って少しずつでもいいから言葉を交わそう。そうすればきっと、仲良くなれる。ニャーもいる。ニャーは協力してくれているような気がするし、きっと、仲良くなれる。俺の事を知ってもらって、できれば好きになって欲しいなぁ、とポジティブを発揮しながら改札を抜ける。店主の事を考えていれば行きと違ってここまでの街並みを眺める余裕なんてなかった。
 柊一郎は買った本をギュッと握って店主の触れた手の冷たさを思い出した。いつか俺の手で暖めてあげたいな、と思ってふと我に返り苦笑する。皆恋をするとこういう風に思うのだろうか。しかし柊一郎の知っている者たちはまずは自分優先で相手――即ち俺――の気持ちなど気にもとめていなかった、という事を思い出して少し気分が落ちてしまった。
「いやいや、人は人、俺は俺。終わったことよりこれからが大事だ」
 無意識にホームまで来ていた事に多少驚きつつも、滑り込んできた電車が目の前で停車し扉が開くと、来たときよりも人が増えた車内に乗り込み、空いているシートへと腰を下ろした。
 線路を走るガタンゴトンという音と乗客の話し声をBGMにして聞きながら流れる景色に目を遣るが、柊一郎の頭の中は相変わらずあの店主の事ばかり。初めて会った時よりも華奢に見えた。腕も指も脚も腰も細く、歩く時は長い脚が絡まりそうで少し危なっかしい感じがした。それなのに声は低く、男であるということを認識させる。アンバランスなようでいて、どこかしっくりくるような不思議な感覚だった。よくよく思い出してみれば、シックなエプロンの下はなかなかにカラフルな色をした服が顔を出していて、柊一郎は口の端を上げて小さく笑った。やっぱり可愛いな。仲良くなったら何処で服を買っているのか聞いてみよう、そう思っていると自宅の最寄り駅に着き電車が停止して扉が開いた。
「あ、やば」
 柊一郎は慌てて立ち上がると下車する乗客に紛れて電車を降りたのだった。

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