すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ

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第二章 友達編

友達編 4

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 その日柊一郎は会社近くの得意先に来ていた。広い応接室でゆったりとした座り心地のいい、素人でも高級だと分かるであろうソファーに座り双方の契約書の内容を確認していた。特にたいした要望や指摘もなく、しかし後でいざこざが起きないようにしっかりと細かく話し合う。それは営業マンとして当然ではあるが、柊一郎は人一倍念入りに行うようにしていた。それは得意先でも新規顧客でも同様で、柊一郎が相手から信頼を得ている理由のひとつだった。
 契約書の隅々まで確認し疑問点に答え相手の理解と納得を確認すると、そこでようやく印を貰う。話が長い、しつこい等と思われないのは柊一郎の話術と人柄と顔だったが、柊一郎はそんな事を考えたこともなくただただ誠意を持って仕事をしているだけなのだった。柊一郎は忙しい合間を縫って時間を割いてもらってるのだと常に心に留めている。
 そして滞りなく契約を終えると持ち帰り書類を鞄に入れ一息つく。
「社長、契約ありがとうございました」
「いやいやこちらこそ。いつもいい商品をありがとう。これからもよろしく頼むよ」
 柊一郎はにこやかなイケメンスマイルで定例ともいえる挨拶を交わすと立ち上がろうと鞄を持つ。しかし社長は手で柊一郎を制した。
「もう少しゆっくりして行けばいいじゃないか。お茶のおかわりは?」
 一見柊一郎と世間話をし情報を収集しようと企んで引き止めているかのようなやり取りだが、この社長にそんな裏はない。ただ柊一郎とお茶を飲んで仲良くなりたいだけなのだ。そしてあわよくば自分の娘をと、まぁある意味裏があるとも言えなくはないが、それを分かっている柊一郎は困った表情をして社長に視線を向ける。
「社長とお話をしていたいのは山々なんですが……これから会社に戻って急ぎの書類を作らないといけないんですよ……」   
 本当に残念だというような表情を作り柊一郎がそう言えば社長もまた残念そうな表情になった。
「……そうか。それなら仕方がないなぁ。犬飼くんを困らせることはできないからね」
「本当にすみません。お誘いありがとうございます。是非またの機会にお願いします」
 柊一郎はそう言って困った表情を残したまま微笑んで名残惜しそうな社長を横目に会釈すると、しつこいまでに見送られながら得意先を後にした。
「……悪い人ではないんだけどな」
 呟いて、賑やかな通りに面した得意先を出ると夏の熱気に顔をしかめながら人波を避けて会社へと向う。今日は会社から遠くない所で良かったな、と思いながら歩いて、ふと車道へと視線を向ける。人は多いが大通りではなく、平日の日中でそこまで交通量は多くない。視線を向けた先に歩いているサラリーマンと同じくらいの速度ではないかと思うほどに道路の端をゆっくりと走るスクーターが目に入る。そのスクーターのシートの後ろには物を入れるのであろう大きめのリアボックスがついている。そのリアボックスには手を加えているのだろう、通常のものよりも遥かに大きい。そして柊一郎が凝視しているのはスクーターを運転している人物が背負っているリュック。リュックはクリアで中が見える仕様になっていて――見る限りだと背中にくっついていない表面はプラスチックで出来ているようで、こんもりと曲線をキープしている――そのリュックから黒い猫が顔と手を出して愛嬌を振りまいているのだ。周囲の視線を釘付けにして、携帯で写真を撮られている。完全に見覚えのあるその美猫に目を疑う。
「……え? ニャー……?」
 柊一郎は一度目を瞬かせ、再びスクーターへ目を向ける。やはり、どう見てもニャーだ。ということは。
「い、犬山さん……? ええ?」
 あまりにも遅いスクーターを運転しているのはあの店主ということになる。柊一郎は急いでスクーターを追いかけた。しかしいくら遅いとは言っても少し距離がありすぎた。スクーターは先の角をゆっくりと曲がってしまう。流石に仕事を放り投げて追いかけるわけにもいかず、柊一郎は帰りに古書店で聞いてみようと思いながら後ろ髪引かれる思いで会社へと戻っていった。

 そしてその日の夕方。柊一郎は定時で会社を後にして、脇目も振らずに古書店へと急いだ。どうしても昼間の事が気になって仕方がなかったのだ。どこへ何をしに行ったのか。店主の事を知らなすぎることに焦燥感が募る。
 店主があの商店街から出る事があるなど夢にも思わなかったのだ。普通に考えれば商店街から出ないなんてことがあるわけないのに、どうしてそう思い込んでいたのか。スクーターに乗るなんて知らなかった。もっと、もっともっと店主の事を知りたい。柊一郎の胸にその想いが湧き上がった。これまで他人に興味を持ったことなどなかったのに。店主と出会ってから、自分も知らなかった自分の性格や性質がどんどん顔を出し驚くばかりだった。
 急いだ柊一郎は通常よりも早く古書店に着き、招き猫をしているニャーを目にして声をかける。
「ニャーお疲れ」
「ニャニャー!」
 ニャーからの返事に少しずつ落ち着いてきた柊一郎はいつも通りにニャーを抱き上げ背中を撫でる。目を細め喉を鳴らして気持ちよさそうにしているニャーは本当に可愛い。しかし今日はこれで満足してはいられない。柊一郎はふぅ、と息を吐いてニャーを抱いたまま店内へと入って行った。
 
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