姉と弟の短編集

蒼キるり

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かくしてダンジョンは彼女の城となる[前編]

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 たまにしか会えない父に連れられて訪れた家になぜか僕だけ入れてもらえなかった。
 仕方ないので、近くを探索していたら柵の向こうにたくさんの羊を見つけた。うちの近くに飼われているのは鶏くらいだから物珍しくて、近くに座ってふわふわの毛を眺めた。
 羊が一匹、羊が二匹、暇つぶしにそう数えていた時だった。僕は運命の人に出会った。


「眠りたいの?」


 白銀の髪をなびかせながら、女の子がそう僕の顔を覗き込みながら言った。
 え、と僕が馬鹿みたいに口を開けて彼女を見返していると、ゆる、と目を細めて笑った。
 いつのまにこんなに近くまで来ていたのだろうと、どきどきとうるさい心臓を押さえながら思った。


「だから羊を数えてたのかと思った」


 彼女は母の持ってるペンダントに嵌め込まれたオブシディアンのように黒く透ける瞳で僕を見ていた。


「子守唄、歌ってあげようか?」


 彼女はそう言って無造作に僕の隣に座った。ただ草の上に座っているだけなのに、彼女のためにあつらえられた玉座に座っているようだと思った。
 夏の一番最初に生える葉っぱの緑と、穏やかな日の海の青を、スプーンで軽やかに混ぜたような鮮やかな色のワンピースを着た彼女は僕の顔をまじまじと見ていた。


「かわいい子」


 そう言いながら頬に触れられた。白い指は、じん、と体に染み込むように冷たかった。


「私の膝の上で眠っていいよ」


 ねーむれ、よいこよー、まるまるふとったひつじのむねにー、うもれてないてー、ねむりなさいー、なぐさめてあげるわ、だれよりさきにわたしがねー、ゆめのなかであいましょうー。

 気がついたら、その子の膝の上で眠っていた。僕はあまり寝つきがいい方じゃなくて、夜もベッドに入ってからも眠れないことが多いのに、こんなふうに一瞬で眠れるなんてまるで魔法みたいだと思った。


「私のこと、こわい?」


 僕の頭を膝に乗せてくれていた彼女は笑いながらそう言った。寂しそうな顔だった。


「なんで?」

「私は魔法使いだから」


 魔法使い、初めて会った。話には聞いたことあるけど。森の中を彷徨ってもそうそう見つかるものじゃないと思ってた。
 そうか、この子は魔法使いなのか。物語の中では全てを手に入れることができる生き物なのに、寂しくなったりするのか。僕がそばにいられたらいいのに。


「こわくない。毎晩してほしいくらい。眠れないときが多いから」

「かわいそうに。どうして眠れないの?」

「……本とかに、こわいのが乗ってることがあるから。ま、魔物とか」


 ふふ、と彼女は軽やかに笑った。そしてまるで杖を振るように指を立てる。


「そんなの、私が吹き飛ばしてあげるのに」

「すごい」

「あーあ、毎晩あなたに子守唄を歌えたらいいのに」


 それは流れ星が降ってきたかのように、鮮烈で魅力的な提案だった。


「そうしてよ」


 もしそうなったなら、世界で一番素敵なことだ。母はもう僕とは一緒に寝てくれない。寝込んでいることが多いし、そうでなくとも母は父の訪ればかりを待っている。
 お前はちゃんと男の子だったのに、私はちゃんと産んだのに、どうしてあの人は結婚してくれないの。と僕を責めるように母は言う。たまにくる父には絶対に言わないのに。絶対に嫌われたくないというふうに微笑んでばかりなのに。


「結婚して」


 気づいたら、そう口走っていた。だってそれは僕が知る唯一の、同じベッドで眠る理由だったから。


「結婚したら、ずっと一緒なんでしょ。同じ家に帰ってくるんでしょ。他の家で眠ったりしない。ずっと一緒にいられる、そうなんだよね?」


 僕は必死だった。慌てて体を起こして彼女の顔を見ながら言う。彼女の白い髪が風になびく。彼女は僕をじっと見ていた。


「ぼくと結婚して、ずっと一緒にいて」


 ふ、と彼女は笑った。そうすると初めて年相応の幼い顔に見えた。


「いいよ」


 結婚しようね、と彼女は小指を絡めて言った。
 誓いのキスを見ていたのは丸々太った羊たちだった。


***


 夜明けの頃にはダンジョンに着いていたのに、昼前になっても中に入れないとは思ってもいなかった。
 まさかダンジョンに入るのに許可がいるとは……しかもこんなに時間がかかるとは。まあ無法地帯にならないように審査は必要か。
 それに僕たちが入れないのは、条件を満たしてないからだし。


「ダメだダメだ、何度も言わせるな。このダンジョンは四人以上のパーティーを組んでないと入れねえんだよ」


 ダンジョンの番をしてる人が、呆れた口調で言う。そうこうしてるうちに僕らの後から来た人たちもダンジョンに入っていく。


「私一人で、四人分の実力は軽く超えると思うのだけど」


 困ったわ、と言いたげに首を傾げると、白い髪がさらりと揺れる。
 あの頃と同じように綺麗な髪だ。風になびかせるままだったあの頃と違うのは、魔法使いの印の黒の帽子が被られてはいるところ。


「そういう問題じゃねえよ」

「良かったら、一つ二つ、魔法を見せましょうか? そうね、本気を出せばここら一体更地にするくらい苦ではないし」

「それやったら恐喝と見做して出禁にするからな」


 残念ね、と彼女が僕に向けて悪戯っぽく笑う。今の彼女は可愛いよりも美しいが似合う人になったけど、こうするとあの頃と変わらないくらい幼く可愛らしい顔になる。


「うーん、幻覚魔法を使いましょうか。私たちが一人ずつ増えたように見えるの」

「それ、この人の前で言っちゃったら意味ないと思う」


 僕が言うと、確かにそうね、とあっさり頷かれた。
 あーあ、と彼女が言ってくるりと回る。魔法使いの印の黒のワンピースの裾がふわりと浮かぶ。


「まさか人数が決められてるなんて。こんなの本にも書いてなかったのに」


 彼女が転ばないように、手を差し伸べるとくすくす笑いながら僕の手を取ってもう一回転してくれた。


「あっ、そうだわ、聞いて。私たち、二人じゃないわ。だってね、私とこの子は一心同体。二人で一人と言っても過言ではなく」

「一人になってんじゃん」

「あら」


 僕が思わず口を挟むと、「ほんとだわ」と目を丸くして言う。そういうところもかわいい。
 どうしようか、と話していると隣から大きな声が聞こえてきた。


「どうして入れてくれないんですか! 出るのは二人でもよかったのに!」

「すぐ出ます! 仲間を見つけたら、すぐ帰ってきますから!」

「そう言われたって規則は規則なんだよ! 好きに入られて死なれたらこっちだって迷惑なんだよ。ダンジョンを墓場にする気か?」


 二人の男女が必死に訴えているが、もちろん入れてもらえる様子はない。
 どうやら最初は四人でダンジョンに入ったらしいのだが、手強い魔物に襲われ退却を余儀なくされ、怪我をした二人を担いでダンジョンを出ることが叶わず置いてきてしまったらしい。
 魔物に見つからないようにと隠れてもらっているから、迎えに行ったらすぐ帰ってくると、お高い魔法薬を手に訴えている。


「四人って言っても、そんなすぐにパーティーを組んでくれる人なんていないよ……」


 絶望でいっぱいという顔で半分泣きそうになりながら言っている。
 まあそうだろうな、僕たちもその辺にいた人たちに声掛けたけど全部断られたし。魔法使いだけならって言った人もいたけど、こっちから笑顔で断ったし。


「仕方ないわね」


 かつ、とヒールでもないのに不思議と鳴る軽やかな足音と共に彼女は二人に手を差し伸べた。そんなことをしてもらえるとは羨ましい。


「そこのお二人、ご一緒しましょう」


 彼女が鮮やかに言い、かくして僕らは超短期間の仲間となった。


「これで四人パーティーよ」


 彼女が可愛らしくピースサインを見せるので、僕も隣でピースしておいた。四人なので。
 一応中に入れてもらえたが、「次からは通せないように規則変えるよう上に直訴してやる!」と恨み言を言われた。まあ散々粘ったからな。


「本当にありがとうございます!」


 二人からはお礼を言われたので、まあ人助けにもなったしよかったかなと思っていたら、「本当によかった!」と二人で熱烈なハグとキスをし始めた。
 おお……と思っているとパッと離れて顔を真っ赤にしてぱたぱたと頭を下げて謝られる。


「す、すみません。人前でこんな、お恥ずかしい……!」


 そう言いつつも、別段悪いことをしたと思ってるふうでもない。まあ別に、悪いことではないけど。でも羨ましくはある。


「恋人同士?」


 僕の隣で彼女が微笑みながら問うた。彼女がなにを考えているのか、僕に図りきれないことが悔やまれる。


「え、は、はい。でも、あの、お二人もそうですよね?」


 当たり前のように問い返された。このダンジョンに辿り着くまでの旅路でも何度も似たようなことを聞かれ。
 彼女が口を開く前に、僕は指を絡めるように手を握った。そのまま手を引く。この二人にこれ以上関わる義務はない。


「行こう、姉さん」


 二人の目が見開かれたのがわかる。構うものか。繋ぐ手に力を込める。
 彼女は、姉は、僕の言動を咎めることなく、嫋やかに握り返してきた。
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