世間が何を言おうとも、私たちは夫婦です。

蒼キるり

文字の大きさ
13 / 33
セックスをしない夫婦

13話

しおりを挟む
 自分が話したことが本になるかもしれない、というのは改めて考えるといささか緊張するものがある。
 そういうことを思いつけないくらい突っ走ってここまで来たのだな、と思うとそれはそれでなんだか笑ってしまう。
 詳細は追って説明してくれるとのことで、またメールすると言ってくれることにほっとしつつカフェを後にした。
 随分長いこと話をしていた。私が主に話していたから、つまり私の話が長かったということになる。
 自分のことを、自分の考えを、それだけ長く言えたことが嬉しかった。
 例え一度限りの体験でも、嬉しいことに変わりはない。

 こんなに家に帰る足並みが軽かったことは久しぶりではないだろうか。
 一瞬、緑茶に合うお茶請けでも買って帰ろうかと頭によぎった。
 でも少しでも早く家に帰りたくて、それは止めにした。早く正樹に会いたかった。

 エレベーターが登るのがいつもよりゆっくりしているように思える。
 足が自然と早くなる。ほんの数時間会わなかっただけなのに。
 ああ、どうしてそんなに、と笑われるだろうか。
 誰に?誰に笑われる?誰に?世間に?馬鹿馬鹿しい。
 全く同じ人間がどこにいる。全く同じ夫婦がどこにいる。世間が思う夫婦像にぴったり当てはまる夫婦がどこにいる。
 世間なんて、いったいどこにいる。


「おかえり、亜子」


 肩で息をしながら、家のドアを開けると、正樹が待ち構えていたようにそこにいた。
 いつもの笑顔よりほんの少し心配そうな顔。それもすぐに安堵に変わる。
 きっと今の私が笑顔だからだろう。


「ただいま、正樹」


 幸せだ。おかえり、と言われることが。ただいま、と言えることが。
 誰がなんと言おうと、私はいま幸せだ。


「抱き締めていいかな」


 そう思ったら、素直にそんなことを言ってしまった。
 いいよ、と正樹が頷いてくれた。
 私の方から正樹に手を伸ばして、正樹の身体を抱き締める。正樹も背に手を回してくる。
 初めて身体を寄せ合った時よりは随分と慣れた私たちは、お互いの体温を感じながらしばらくそのままでいた。


「どうだった?」


 正樹の質問に、うーんと少し悩んでから答える。


「いろいろ話したよ。思ってたよりいろんな話が出来た。だけど」

「だけど?」

「話し終わったら、ああ正樹とお茶しながらゆっくり話したいなって思った」


 正樹が私の耳元でくすりと笑う。とても楽しげな響きだった。


「じゃあ、お茶にしようか」


 正樹はそう言って、私の手を取った。
 手を繋ぐことがこんなに安心できる人がいつか出来ると言ったら、昔の私はなんて言うだろう。
 そんなことを考えながら、私は正樹と一緒にキッチンへと向かった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

曖昧な距離で愛している

山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

処理中です...