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セックスをしない夫婦
13話
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自分が話したことが本になるかもしれない、というのは改めて考えるといささか緊張するものがある。
そういうことを思いつけないくらい突っ走ってここまで来たのだな、と思うとそれはそれでなんだか笑ってしまう。
詳細は追って説明してくれるとのことで、またメールすると言ってくれることにほっとしつつカフェを後にした。
随分長いこと話をしていた。私が主に話していたから、つまり私の話が長かったということになる。
自分のことを、自分の考えを、それだけ長く言えたことが嬉しかった。
例え一度限りの体験でも、嬉しいことに変わりはない。
こんなに家に帰る足並みが軽かったことは久しぶりではないだろうか。
一瞬、緑茶に合うお茶請けでも買って帰ろうかと頭によぎった。
でも少しでも早く家に帰りたくて、それは止めにした。早く正樹に会いたかった。
エレベーターが登るのがいつもよりゆっくりしているように思える。
足が自然と早くなる。ほんの数時間会わなかっただけなのに。
ああ、どうしてそんなに、と笑われるだろうか。
誰に?誰に笑われる?誰に?世間に?馬鹿馬鹿しい。
全く同じ人間がどこにいる。全く同じ夫婦がどこにいる。世間が思う夫婦像にぴったり当てはまる夫婦がどこにいる。
世間なんて、いったいどこにいる。
「おかえり、亜子」
肩で息をしながら、家のドアを開けると、正樹が待ち構えていたようにそこにいた。
いつもの笑顔よりほんの少し心配そうな顔。それもすぐに安堵に変わる。
きっと今の私が笑顔だからだろう。
「ただいま、正樹」
幸せだ。おかえり、と言われることが。ただいま、と言えることが。
誰がなんと言おうと、私はいま幸せだ。
「抱き締めていいかな」
そう思ったら、素直にそんなことを言ってしまった。
いいよ、と正樹が頷いてくれた。
私の方から正樹に手を伸ばして、正樹の身体を抱き締める。正樹も背に手を回してくる。
初めて身体を寄せ合った時よりは随分と慣れた私たちは、お互いの体温を感じながらしばらくそのままでいた。
「どうだった?」
正樹の質問に、うーんと少し悩んでから答える。
「いろいろ話したよ。思ってたよりいろんな話が出来た。だけど」
「だけど?」
「話し終わったら、ああ正樹とお茶しながらゆっくり話したいなって思った」
正樹が私の耳元でくすりと笑う。とても楽しげな響きだった。
「じゃあ、お茶にしようか」
正樹はそう言って、私の手を取った。
手を繋ぐことがこんなに安心できる人がいつか出来ると言ったら、昔の私はなんて言うだろう。
そんなことを考えながら、私は正樹と一緒にキッチンへと向かった。
そういうことを思いつけないくらい突っ走ってここまで来たのだな、と思うとそれはそれでなんだか笑ってしまう。
詳細は追って説明してくれるとのことで、またメールすると言ってくれることにほっとしつつカフェを後にした。
随分長いこと話をしていた。私が主に話していたから、つまり私の話が長かったということになる。
自分のことを、自分の考えを、それだけ長く言えたことが嬉しかった。
例え一度限りの体験でも、嬉しいことに変わりはない。
こんなに家に帰る足並みが軽かったことは久しぶりではないだろうか。
一瞬、緑茶に合うお茶請けでも買って帰ろうかと頭によぎった。
でも少しでも早く家に帰りたくて、それは止めにした。早く正樹に会いたかった。
エレベーターが登るのがいつもよりゆっくりしているように思える。
足が自然と早くなる。ほんの数時間会わなかっただけなのに。
ああ、どうしてそんなに、と笑われるだろうか。
誰に?誰に笑われる?誰に?世間に?馬鹿馬鹿しい。
全く同じ人間がどこにいる。全く同じ夫婦がどこにいる。世間が思う夫婦像にぴったり当てはまる夫婦がどこにいる。
世間なんて、いったいどこにいる。
「おかえり、亜子」
肩で息をしながら、家のドアを開けると、正樹が待ち構えていたようにそこにいた。
いつもの笑顔よりほんの少し心配そうな顔。それもすぐに安堵に変わる。
きっと今の私が笑顔だからだろう。
「ただいま、正樹」
幸せだ。おかえり、と言われることが。ただいま、と言えることが。
誰がなんと言おうと、私はいま幸せだ。
「抱き締めていいかな」
そう思ったら、素直にそんなことを言ってしまった。
いいよ、と正樹が頷いてくれた。
私の方から正樹に手を伸ばして、正樹の身体を抱き締める。正樹も背に手を回してくる。
初めて身体を寄せ合った時よりは随分と慣れた私たちは、お互いの体温を感じながらしばらくそのままでいた。
「どうだった?」
正樹の質問に、うーんと少し悩んでから答える。
「いろいろ話したよ。思ってたよりいろんな話が出来た。だけど」
「だけど?」
「話し終わったら、ああ正樹とお茶しながらゆっくり話したいなって思った」
正樹が私の耳元でくすりと笑う。とても楽しげな響きだった。
「じゃあ、お茶にしようか」
正樹はそう言って、私の手を取った。
手を繋ぐことがこんなに安心できる人がいつか出来ると言ったら、昔の私はなんて言うだろう。
そんなことを考えながら、私は正樹と一緒にキッチンへと向かった。
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