世間が何を言おうとも、私たちは夫婦です。

蒼キるり

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夫が働かない夫婦

26話

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 仕事から家に帰ると、ふわりと夕食のいい香りが漂ってきた。
 そのことに頬を緩ませながら、早足で我が家に入る。私の給料ではちょっぴり背伸びしてローンを組んだ戸建て一軒家は帰ってくるたびに、幸せを感じることが出来る。
 真っ先に向かうのは寛ぐ為のリビングではなく、この食欲を刺激する香りが漂って来ているキッチンだ。


「ただいま!」


 キッチンのドアを開けてすぐにそう言うと、私の夫の優也がくるりとこちらを向いた。
 ちなみに優也は、フライパン片手に楽しそうにフライ返しでハンバーグをひっくり返している最中だった。器用だなぁといつ見ても感心してしまう。
 最低限の料理は出来なくもないけど、優也みたいに楽しく料理なんて想像もつかない。


「おかえり、菜穂」


 柔らかく微笑んでそう返事をしながらも、手馴れた様子でハンバーグに火を通していく。
 じゅう、と魅力たっぷりの音と共に香ばしい匂いが漂ってくる。今すぐにでも食べたいくらいだ。熱々で火傷してしまうからしないけど。
 服に匂いがつくから着替えて来なよ、と優也に苦笑いと共に言われてしまった。
 確かにいつもなら、ちょっと顔を覗かせてただいまの挨拶だけした後はそうするけど、今日は渡すものがある。


「はい、これ。頼まれてたいつものドレッシング。そこのスーパーで買って来たよ」

「ああ、そうだった。ありがとう。買い忘れちゃって」


 申し訳無さそうに受け取るから、私は大きく首を振った。
 そもそもサラダにドレッシングが必須なのは私の方だ。優也はドレッシングがなくても生野菜が食べれるらしい。尊敬だ。


「私なんかしょっちゅう会社に忘れ物しちゃうから大丈夫だって。優也の買い忘れなんて可愛いものだよ」

「うーん、それは大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫」


 私の軽い口調に優也はくすくすと笑った。
 それから優也はハンバーグにソースをかけながら私に言う。


「手、洗って来なよ。もう夕食は出来るから」

「うん、いつもありがとう」

「……こちらこそ」


 優也が何か苦いものを飲み込んだみたいに複雑な顔をして無理に笑う。
 それには気づかない鈍感なふりをして、私は素直に洗面所へと向かった。
 先々のことはさておき、私の目下の目標は優也にあんな顔をさせずに笑ってお礼を受け取ってもらうことなのだ。

 石鹸を使って丁寧に手を洗いながら、仕事帰りの私の顔を鏡に映す。
 うん、大丈夫。ちゃんと笑えてる。優也を安心させるためには、まず私が笑っていなくてはいけない。とりあえずは大丈夫。

 私たち夫婦のうち、働いているのは私だけだ。
 優也は働いていない。家のことをしてくれている、いわゆる専業主夫というものだ。
 そのことは私たちはお互いに納得をしているし、私はそのことを歓迎と共に感謝している。
 それでも優也にとっては引っかかることがあるらしく、時折あんな顔をするのだ。
 私はこんなに幸せなのに。どうして優也は……
 放っておくと際限なく沈んでしまう思考を止めるように、蛇口をぎゅっと捻って水を止めた。
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