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第1章
ぼくのミニチュアドール2
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幼女の母親の顔に、ありありと書かれている。「いい年した男が人形を持って買い物に来るなんて、おかしい。子どもたちと関わらせたくない」と。
しかし幼女は「お兄さん、見せて」と頑固に手を出してくる。
周りの買い物をしている人たちの視線がぼくに刺さり、肩身の狭い思いをする。
「……はい」
そうしてぼくはポケットの中にいたミドリを彼女たちに見せることにしたのだ。
「ぼくが作った人形です。世界に、たったひとつしかないものなんだ」
「わあ、かわいい! これ、自分で作ったの!?」と幼女の表情が明るくなる。
「あら、本当。すごいわね」
幼女の母親もミドリを見たら、さすがに反応がよくなった(それでも、ぼくが自分で作った人形と買い物をする「変わり者」という印象は変わらないが)。
「子どもの頃から手先が器用なことが取り柄で、ドールハウスなんかのミニチュアを作ったりしています。SNSでは少し名前を知られています。といっても、これは『人形を作ってほしい』と知人から言われて作ったものなので、普段作っているものとは違いますし、人形師の方々の作品と比べたら劣りますが」
「えーっ、お兄さん、ドールハウスを作れちゃうの!? 小さいフォークやナイフ、お花とかを?」
目を丸くしている幼女の言葉にうなずく。
「食器に食べ物、花なんかの小物にクッションやテーブル。家の外観に内観、全部手作りで作っているよ」
すると彼女は「すごい、すごい」とその場で飛び跳ねた。
「ねえ、このお人形、もっと間近で見せて」
ぼくと幼女の母親は同時に「えっ」と声をあげる。
「何言ってるの。このお人形は、お兄さんの大事なものなのよ」と子どもを危険にさらしたくない母親が頬を引きつらせる。
見ず知らずの人間が作った人形だ。普段、どんな用途に使っているかわからないし、どんな薬品が塗られているかと警戒しているのだろう。
ただの人形ならいざ知らず、魂や心が宿って人間のように人の言葉を話し、手足や目を動かすミドリを、むやみやたらに触らせるような真似はしたくなかった。ぼくはミドリを自分の胸へ抱き寄せた。
「だって、お母さん、このお人形すっごくかわいいんだもん! ねえ、お兄さん、お願い……!」
「こら、わがまま言わないの!」
「なんで!」
手を合わせて懇願する幼女の願いをかなえなかったら突然、泣き出したりするのだろうか?
そうしたら周りの大人たちから「あいつ、女の子を泣かせてるぞ」とジロジロ見られてしまう。
店員も何があったのかと思って駆けつけてくるかもしれない。最悪バックルームまで連れて行かれ、警察を呼ばれる恐れも……。
よくない展開を考えて、ぼくは表情を強張らせた。
すると普通の人形のふりをしていたミドリが「いいよ、優馬。おれは平気」と小声で伝えてきた。
幼女の母親の鋭い目線に怯えながら、おれは「少しだけだよ」と震える手でミドリを幼女に手渡した。
「ありがとう!」と幼女はミドリを受け取り、夢中になって眺めていた。
「すみませんね、うちの娘が無理を言ったりして」
「いえ、いいんですよ。お気になさらず」
ぼくと幼女の母親は和やかに会話するように微笑んだ。
本音を隠した建前の会話を職場以外でもしなきゃいけないことに頭や胃が痛くなる。
「あっ、駄目。取っちゃ駄目だってば!」と幼女の泣き声に似た悲鳴に、はっとする。
「あー……」
み、ミドリー!
赤ちゃんは、よだれまみれの手でミドリの身体を鷲掴み、幼い姉から無理やり奪い取ったのだ。口には真珠みたいに小さな生えかけの歯がチラチラ見える。
赤ちゃんは見るものすべてを口に入れ、歯が生えるときはむず痒くて、なんでも噛むと聞いたことがある。
あんなもので思いきり噛まれたら、ひとたままりもない。そもそも振り回されたり、手足を引っ張って取られたり、床に投げつけられたらミドリが死んでしまう。
「お人形は、おうちにもあるでしょ! もうお兄さんに返してあげて!」
素早く幼女の母親が、赤ちゃんの手からミドリを取り上げ、自分の服で丁寧に拭ってからぼくの手に戻してくれた。
すると赤ちゃんは顔をくしゃくしゃにして大声で泣き始めたのだ。耳をつんざくような泣き声に鼓膜の奥が痛くなる。
「ごめんなさい、唾液まみれにしてしまって。もう、なんて謝っていいんだか……」と幼女の母親は真っ青な顔色をして何度も頭を下げてきた。「お人形は大丈夫かしら? 弁償するのに、お金が掛かってしまうわよね」
「ああ、いいんです。首がもげたわけでもないですし。返してもらえただけで充分です」
そうして、そそくさとその場を去り、レジで会計を済ませた。
家に帰ったら風呂に入って汗やホコリといった汚れを落とす。
ミドリは、お風呂に一緒に入れるタイプの人形ではない。なので石鹸水に浸したティッシュで身体を拭いてもらい、その後水に浸したティッシュで石鹸を落としてもらった。髪は薄めた柔軟剤で洗うのを手伝った。
そうして、久しぶりにキッチンに立って料理を作ったのだ。おそらく三、四ヵ月ぶりになるだろう。
今夜のメニューは白米に豆腐とわかめのみそ汁、だし巻き玉子に焼き鮭、ほうれん草のおひたしだ。
いただきますの挨拶をして箸を手にする。
しかし幼女は「お兄さん、見せて」と頑固に手を出してくる。
周りの買い物をしている人たちの視線がぼくに刺さり、肩身の狭い思いをする。
「……はい」
そうしてぼくはポケットの中にいたミドリを彼女たちに見せることにしたのだ。
「ぼくが作った人形です。世界に、たったひとつしかないものなんだ」
「わあ、かわいい! これ、自分で作ったの!?」と幼女の表情が明るくなる。
「あら、本当。すごいわね」
幼女の母親もミドリを見たら、さすがに反応がよくなった(それでも、ぼくが自分で作った人形と買い物をする「変わり者」という印象は変わらないが)。
「子どもの頃から手先が器用なことが取り柄で、ドールハウスなんかのミニチュアを作ったりしています。SNSでは少し名前を知られています。といっても、これは『人形を作ってほしい』と知人から言われて作ったものなので、普段作っているものとは違いますし、人形師の方々の作品と比べたら劣りますが」
「えーっ、お兄さん、ドールハウスを作れちゃうの!? 小さいフォークやナイフ、お花とかを?」
目を丸くしている幼女の言葉にうなずく。
「食器に食べ物、花なんかの小物にクッションやテーブル。家の外観に内観、全部手作りで作っているよ」
すると彼女は「すごい、すごい」とその場で飛び跳ねた。
「ねえ、このお人形、もっと間近で見せて」
ぼくと幼女の母親は同時に「えっ」と声をあげる。
「何言ってるの。このお人形は、お兄さんの大事なものなのよ」と子どもを危険にさらしたくない母親が頬を引きつらせる。
見ず知らずの人間が作った人形だ。普段、どんな用途に使っているかわからないし、どんな薬品が塗られているかと警戒しているのだろう。
ただの人形ならいざ知らず、魂や心が宿って人間のように人の言葉を話し、手足や目を動かすミドリを、むやみやたらに触らせるような真似はしたくなかった。ぼくはミドリを自分の胸へ抱き寄せた。
「だって、お母さん、このお人形すっごくかわいいんだもん! ねえ、お兄さん、お願い……!」
「こら、わがまま言わないの!」
「なんで!」
手を合わせて懇願する幼女の願いをかなえなかったら突然、泣き出したりするのだろうか?
そうしたら周りの大人たちから「あいつ、女の子を泣かせてるぞ」とジロジロ見られてしまう。
店員も何があったのかと思って駆けつけてくるかもしれない。最悪バックルームまで連れて行かれ、警察を呼ばれる恐れも……。
よくない展開を考えて、ぼくは表情を強張らせた。
すると普通の人形のふりをしていたミドリが「いいよ、優馬。おれは平気」と小声で伝えてきた。
幼女の母親の鋭い目線に怯えながら、おれは「少しだけだよ」と震える手でミドリを幼女に手渡した。
「ありがとう!」と幼女はミドリを受け取り、夢中になって眺めていた。
「すみませんね、うちの娘が無理を言ったりして」
「いえ、いいんですよ。お気になさらず」
ぼくと幼女の母親は和やかに会話するように微笑んだ。
本音を隠した建前の会話を職場以外でもしなきゃいけないことに頭や胃が痛くなる。
「あっ、駄目。取っちゃ駄目だってば!」と幼女の泣き声に似た悲鳴に、はっとする。
「あー……」
み、ミドリー!
赤ちゃんは、よだれまみれの手でミドリの身体を鷲掴み、幼い姉から無理やり奪い取ったのだ。口には真珠みたいに小さな生えかけの歯がチラチラ見える。
赤ちゃんは見るものすべてを口に入れ、歯が生えるときはむず痒くて、なんでも噛むと聞いたことがある。
あんなもので思いきり噛まれたら、ひとたままりもない。そもそも振り回されたり、手足を引っ張って取られたり、床に投げつけられたらミドリが死んでしまう。
「お人形は、おうちにもあるでしょ! もうお兄さんに返してあげて!」
素早く幼女の母親が、赤ちゃんの手からミドリを取り上げ、自分の服で丁寧に拭ってからぼくの手に戻してくれた。
すると赤ちゃんは顔をくしゃくしゃにして大声で泣き始めたのだ。耳をつんざくような泣き声に鼓膜の奥が痛くなる。
「ごめんなさい、唾液まみれにしてしまって。もう、なんて謝っていいんだか……」と幼女の母親は真っ青な顔色をして何度も頭を下げてきた。「お人形は大丈夫かしら? 弁償するのに、お金が掛かってしまうわよね」
「ああ、いいんです。首がもげたわけでもないですし。返してもらえただけで充分です」
そうして、そそくさとその場を去り、レジで会計を済ませた。
家に帰ったら風呂に入って汗やホコリといった汚れを落とす。
ミドリは、お風呂に一緒に入れるタイプの人形ではない。なので石鹸水に浸したティッシュで身体を拭いてもらい、その後水に浸したティッシュで石鹸を落としてもらった。髪は薄めた柔軟剤で洗うのを手伝った。
そうして、久しぶりにキッチンに立って料理を作ったのだ。おそらく三、四ヵ月ぶりになるだろう。
今夜のメニューは白米に豆腐とわかめのみそ汁、だし巻き玉子に焼き鮭、ほうれん草のおひたしだ。
いただきますの挨拶をして箸を手にする。
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