今日もわたしは、おうちで幸せに生きている

乃愛

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今日は少しだけ、潮の香りがした気がした

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午後、キッチンに立ってトーストを焼いていた。
香ばしい匂いがふわっと広がって、ふと、ある町の風景が頭に浮かぶ。

――釜山。

行ったことはないけれど、ずっと憧れていた海の街。

小さな鉄の音がカンカンと鳴る、魚市場の朝。
氷の上にずらりと並んだ貝やイカ、そして赤く光る魚たち。
おばちゃんの威勢のいい声が飛び交うその空間は、
海の香りと人のぬくもりが混ざっていた。

私は想像の中で、ビニール袋に入ったホタテのパックを下げながら、
素知らぬ顔で市場を歩いていた。

すぐ近くの屋台では、ホットクが焼かれている。
ジュワッとバターがしみ出す音。
ごまの香りと、シナモンの甘さ。

港に出ると、風が頬をなでていった。
遠くには大きな船がゆっくりと進んでいて、
灯台の赤がぽつんと海の上に浮かんで見えた。

胸の奥が、きゅうっとなる。
行ったこともない場所なのに、
どうしてこんなに懐かしいのだろう。

手帳の旅ページに、「釜山」の文字を書いた。
青いマスキングテープを縁に貼って、ページの端に小さく貝のスタンプを押す。

ほんの10分ほど、私は旅をしていた。

おうちの中にいながら、潮風を感じ、
甘いホットクの余韻を想像で味わって、
市場のざわめきの中で、静かに歩いていた。

カーテン越しの光がやわらかく、
テーブルの上にはトーストの残りと、温かい紅茶。

旅はいつも、この場所から始まって、ここに戻ってくる。

そうして今日も、私はおうちで幸せに生きている。
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