元神の少女に恋を教えたら、その愛が世界を救う力に。変人だらけの仲間と紡ぐ、終焉に抗う僕らの日常と奇跡の物語

papa

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第二部:絆の証明 - 仲間と守るべきもの

第13話:忘れられた約束の番人

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***

数日後。
翼の運転するワンボックスカーが、町の喧騒を背にして山道へと入っていくと、車窓を流れる景色は目まぐるしくその表情を変えていきました。

整備されたアスファルトは次第にひび割れ、道端のガードレールは赤錆に覆われ始めます。
木々の緑は、人の手が入った明るいそれから、光を拒むような深く暗い色へと沈んでいくのでした。

「不法侵入のリスクを冒して、呪われた村の現地調査? 割に合わないわね、まったく」

助手席に座る氷川玲子は、圏外になったスマートフォンの画面を忌々しげに見ながら、深くため息をつきました。

「そう言うなよ、玲子さん!ロマンのためだろ!」

後部座席から健太が身を乗り出します。

「私はロマンじゃなくて、成功報酬で動くの。今回は企業の不正を暴くっていう、弁護士としての『実利』があるから付き合ってあげてるだけよ」

その隣では、大輝がノートパソコンの画面に表示される、異常な数値を示す地磁気センサーのデータと睨めっこをしています。
リナは、後部座席の一番奥で、静かに窓の外を眺めるソラの横顔を、心配そうに見つめていました。

そして雄斗は、ソラの隣に座り、彼女が時折、自分の胸にそっと手を当てるのを見逃しませんでした。
あの写真を見て以来ずっと続いている、微かで、しかし確かな「ざわざわ」とした気配。
それがこの場所に近づくにつれて、少しずつ強まっているのを、彼もまた感じていたのです。

やがて車は、これ以上進めないという地点で行き止まりになりました。
エンジンが切られると、世界から、ふっつりと音が消えました。

ドアを開けて外に降り立った一同を、完全な沈黙が迎えます。

鳥の声がしない。
虫の音も聞こえない。
木々の葉を揺らすはずの風の音すら、まるで分厚いベルベットのカーテンに吸い込まれてしまったかのように、耳には届きませんでした。

空気は濃密な湿気を帯び、土の匂いと共に、どこか梔子(くちなし)に似た、むせ返るような甘い花の香りが混じっています。
そこは、時間がその歩みを止め、外界から完全に隔絶された空間でした。

目の前には、苔むした石段が続き、その上には、朱色もほとんど剥げ落ちた、朽ちかけの鳥居が立っています。
まるで、忘れ去られた世界の入り口のように。

「ここが、『眠りの村』…」

翼がごくりと唾を飲みます。
その時でした。

鳥居の、深い影の中から、すっと一人の少女が姿を現したのです。

緋色の袴に、清浄な白衣。
巫女装束を身にまとった、腰まで届く艶やかな黒髪の少女。
人形のように整った顔立ちは、この世のものとは思えぬほど美しい。
しかし、その怜悧な瞳には、侵入者に対する強い警戒心と、刃物のような鋭い敵意が宿っていました。

彼女は、まるでずっとそこにいたかのように、一行の前に静かに立ちはだかりました。

「この先に、あなたたち部外者が踏み入れてよい場所はありません」

鈴が鳴るような、しかし氷のように冷たい声が、沈黙の空間に響きます。

「障(さわ)りに触れたくなければ、お帰りなさい」

「私たちは不法侵入の意図はないわ。この土地の所有権について、正当な調査に来た者よ」

玲子が、即座に前に出て法的正当性を主張します。
しかし、少女──静(シズ)は、その言葉を鼻で笑いました。

「法など、この山の理(ことわり)の前では無意味。あなたたちも、あの者たちと同じでしょう。この地を金で穢し、力を奪おうとする者たち」

静の敵意は、この土地を買い占めたアルゴ・インダストリーの人間たちと、雄斗たちを混同しているようでした。
彼女は、冷たく言い放ちます。

「問答は無用。それでも退かぬというのなら、この村の呪いが欲しいと見える」

その言葉は、単なる脅しではありませんでした。
彼女がそう口にした瞬間、ソラは肌で感じていたのです。
静の周りに漂う、研ぎ澄まされた刃物のような「チクチクした空気」。
それは、玲子のそれとは質が違います。
自分を守るためではなく、この場所そのものを守るための、純粋で、揺ぎない拒絶の意思でした。

玲子の法律も、健太の情熱も、大輝の論理も、この少女の前では通用しない。
膠着状態。
誰もが、為す術もなく立ち尽くしていました。

その時でした。

雄斗のTシャツの裾を掴んでいたソラの手が、そっと離れました。
そして、彼女は一歩、また一歩と、静に向かって歩き出したのです。

ソラの頭の中に、ある光景が浮かんでいました。
郵便ポストの前で、俯いて震えていた、孤独な老人。
その老人をかばうために、警察官の前で、必死に事実ではない言葉を紡いだ雄斗の姿。
「思いやり」という、論理を超えた温かい力。

あの時の雄斗みたいに。

ソラは、嘘のつき方を知りません。
複雑な言葉で、自分たちの正当性を説明することもできません。
しかし、彼女の中には、たった一つの、純粋な想いがありました。

この人の、この場所を大切に思う、その心を傷つけたくない。
私たちは、敵ではないと、ただ伝えたい。

その想いが、彼女を動かしたのです。

ソラは、静の目の前で、ぴたりと足を止めました。
そして、ぎこちない、しかし誰よりも深く、深く、その小さな頭を下げたのです。
泥と苔の匂いが、彼女の鼻をかすめました。

「私たちは、この場所を、傷つけません」

それは、祈りにも似た、ひたむきな声でした。
何の計算も、何の裏もない、ただありのままの「誠意」の塊。

その、あまりにも純粋な行動に、静の表情が、初めて揺らぎました。
これまで対峙してきたアルゴ・インダストリーの人間たちが見せた、尊大さ、欲望、欺瞞。
そのどれとも違う、目の前の少女が放つ、透明な存在感。
静は、ソラの澄み切った瞳の奥に、嘘や偽りの色が一片たりともないことを、見抜いていたのです。

静の敵意が、完全に消えたわけではありません。
しかし、彼女の心の扉を固く閉ざしていた錠前が、カチリと小さな音を立てて外れたのは、確かでした。

やがて静は、ふいと顔をそむけると、小さな声で、しかしはっきりと告げました。

「…ついてきなさい」

それだけを言うと、彼女は一行に背を向け、鳥居の奥、神社の境内へと続く、薄暗い石段を登り始めました。

ソラが自らの意思で示した、たった一つの「敬意」。
それが、沈黙の村を守る、孤高の巫女の心を、ほんの少しだけ開かせた瞬間だったのでした。
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