12 / 34
第二部:絆の証明 - 仲間と守るべきもの
第12話:沈黙に閉ざされた村
しおりを挟む---
氷川玲子の、チクチクとした、しかし驚くほど的確な仕事ぶりによって、「おしゃべるな郵便ポスト」の一件は、老人が罪に問われることなく、穏便な形で幕を閉じた。
あれから数日後、その報告がもたらされた日の「カフェ・アルカナ」は、夏の終わりの気怠さを吹き飛ばすような、明るく晴れやかな空気に満ちていた。
「大企業が孤独な老人をいじめている、なんてスキャンダル、彼らも望んでいなかったってわけね。少し脅しをかければ、案外あっさり矛を収めたわ」
玲子は、まるで道端の石ころでも蹴飛ばしたかのように淡々と語るが、その手腕は見事だった。
「いやー、玲子さん、マジぱねぇっす!法律って、使い方によっては最強のロマン武器だな!」
健太が興奮気味に叫ぶと、玲子は心底うんざりした顔でコーヒーを啜り、
「ロマンと訴訟を一緒にしないでくれる?」と一蹴する。
「ありがとうございます、玲子さん!」
リナは満面の笑みで、今やサークルの守護神となりつつある皮肉屋の弁護士に感謝を伝えていた。
その輪の中心で、雄斗もまた、久しぶりに心の底から安堵のため息をついていた。
守りたかったものを、また守ることができた。
仲間という存在の温かさが、じわりと胸に広がる。
ソラは、その光景をただ静かに眺めていた。
玲子の周りに漂っていた「チクチクした空気」は、今は少しだけ和らいでいるように感じる。
仲間たちの、嬉しそうな、キラキラした空気の振動が混ざり合い、店全体が、まるで一つの大きな生き物のように、心地よい呼吸をしている。
この感覚を、彼女は気に入っていた。
その時だった。
店のカウベルが、けたたましい音を立てた。
「みんな、大変だ!見つけたぞーっ!」
息を切らして駆け込んできたのは、旅行好きのメンバー、翼だった。
その手には古びた紙の地図と、最新式のタブレットが握られており、その目は少年のように輝いている。
「見つけたんだ!地図から消された村…通称『眠りの村』だ!ネットの片隅で、ごく一部の廃墟マニアだけが噂してた幻の場所だよ!」
翼はテーブルに地図とタブレットを広げた。
紙の地図は数十年前に発行されたもので、そこには確かに、山深い場所に「宁静村(ねむりのむら)」という名の小さな集落が記されている。
しかし、タブレットに表示された最新のデジタルマップでは、その場所はただの緑色の森林地帯として塗りつぶされており、村の存在そのものが抹消されていた。
「ここ数年で、大規模な土地買収があったみたいなんだ。村の住民は、次々と村を離れて、今じゃほとんど無人。送電も水道も、公式には停止されてる」
翼が、ネットの掲示板から拾ってきたという噂話を次々と並べていく。
「村には古くからの呪いの伝承があるとか、夜な夜な森の中から赤ん坊の泣き声が聞こえるとか…」
「ロマンの匂いがプンプンするぜ!」
健太の目が輝く。
「しかし、不自然ですね。過疎化で自然に廃村になるのとは訳が違う。意図的に『消された』としか思えない」
大輝が眉をひそめる。
そして、翼が最後の、そして決定的な情報を口にした。
「その土地を、根こそぎ買い占めた企業の名前が分かったんだ。その名は──」
「──アルゴ・インダストリー」
その名がカフェに響いた瞬間、店の「心地よい呼吸」が、ぴたりと止まった。
雄斗の顔から、血の気が引いていくのが、誰の目にも分かった。
肩がこわばり、楽しげだった表情は、能面のように固まっている。
あの交差点で感じたトラウマの残滓が、彼の周りの空気を、再び重く、灰色に染めていく。
玲子もまた、鋭い目で翼のタブレットを睨みつけた。
「企業による不自然な土地買収…あなたたち、本当に面倒事を引き寄せる天才ね。きな臭い匂いがするわ」
サークルの目的は、この瞬間、単なる都市伝説の探求から、アルゴ・インダストリーという巨大な影の企みを暴くための、本格的な調査へと、その舵を切った。
カフェの一角は、即席の作戦司令室と化した。
翼が持ってきた資料をテーブルに広げ、一同はスクリーンに映し出される「眠りの村」の情報を食い入るように見つめていた。
ネット上に残された、数少ない村の写真。
苔むした石段、朽ちかけた家屋、そして、深い森の中に佇む、古びた鳥居。
ソラが、雄斗の隣から、その写真を覗き込んだ。
深い、深い緑に、半分飲み込まれるようにして立つ、色褪せた朱色の鳥居。
それを見た、瞬間だった。
ソラの世界から、音が消えた。
仲間たちの議論する声も、コーヒーの香りも、雄斗が隣にいる温かさも、すべてが遠のいていく。
理由はない。
記憶にも、ない。
しかし、その写真を見た途端、ソラの胸の奥が、すーっと冷たくなっていく。
まるで、静まり返った水面に、一滴、氷のように冷たい水が落ちて、波紋が広がっていくように。
それは、今まで感じてきたどんな「不快」とも違っていた。
玲子の「チクチク」でもなく、雄斗の「灰色の重たさ」でもない。
もっと静かで、内側からじわじわと、得体の知れない何かが湧き上がってくるような、**心地の悪い「ざわざわ」**だった。
「…どうした、ソラ?どこか、気分でも悪いか?」
隣で黙り込んでしまったソラの、顔色の変化に気づいた雄斗が、心配そうに声をかけた。
ソラは、ゆっくりと雄斗の方を向いた。
彼女の瞳は、目の前の雄斗ではなく、もっと遠くの、何か見えないものを見ているようだった。
彼女は、自分の胸にそっと手を当てた。
「わからない」
か細い声が、震えながら漏れた。
「でも、ここが…なんだか、冷たい。ざわざわ、する」
その言葉に、雄斗ははっとした。
それは、ただの体調不良ではない。
彼女の本能が、あの土地に眠る何かを、時空を超えて感じ取っているかのようだった。
雄斗は、ソラの冷たくなった手を握り、震える肩をそっと抱き寄せた。
ソラは、生まれて初めて感じる、原因のわからない心地の悪さに、ただ戸惑っていた。
それは、彼女が「不安」という感情の入り口に、無自覚に、しかし確かに、その小さな足を踏み入れた瞬間だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる