15 / 34
第二部:絆の証明 - 仲間と守るべきもの
第15話:サークルの盾
しおりを挟む
ソラの意識を飲み込もうとしていた感情の濁流は、雄斗の手の温もりという、たった一つの確かな感触によって、かろうじて押しとどめられていた。彼女がようやく呼吸を整え、震える身体を雄斗に支えられながら起こした、その時だった。
「来た…!」
静(シズ)が、険しい顔で森の奥を睨みつけた。
その言葉に応えるかのように、木々の影の中から、音もなく複数の人影が現れる。彼らは森の闇が分離して生まれたかのようだった。黒一色の、光を吸収する特殊素材で作られた戦闘服。顔を覆う無機質なゴーグル。その動きには一切の無駄がなく、まるで精密機械の部品のように統率が取れていた。アルゴ・インダストリーの実働部隊。彼らが発する圧力は、これまでのどんな脅威とも次元が違っていた。
部隊を率いるリーダーらしき男が、ソラを一瞥し、ヘルメット越しに合成音声のような冷たい声で告げる。
「対象を確認。『共鳴触媒(レゾナンス・カタリスト)』の捕獲を開始する」
その言葉には、何の感情も含まれていない。ただの作業。ただの業務。その事実が、彼我の戦力差と、対話の余地がないという絶望的な状況を、サークルメンバーに突きつけた。健太も翼も、その圧倒的な威圧感の前に、言葉を失い立ち尽くす。
一人の隊員が、銃口のような装置を一同に向けた。装置から放たれた、耳に聞こえない低周波が、その場の全員の三半規管を揺さぶり、立っていることすら困難にさせる。
だが、その絶望を最初に切り裂いたのは、この中で最も現実的で、最も夢やロマンを信じていなかったはずの女だった。弁護士、氷川玲子。彼女はよろめきながらも一歩前に出ると、その法廷で鍛え上げた、鋼のような声で部隊の前に立ちはだかった。
「許可なき私有地への不法侵入、及び威力を用いた強要行為!その装備からして銃刀法違反の疑いも濃厚ね!令状はどこ?あなたたちの所属と責任者の氏名を、代理人である私が全て記録させてもらう!」
玲子の放つ、チクチクと尖った言葉の矢。それは、法律という、彼女が唯一信じる武器だった。圧倒的な暴力に対し、論理の盾で、ほんのわずかな時間を稼ぐ。プロトコルにない「弁護士」というイレギュラーな抵抗に、隊員たちの動きが一瞬、確かに止まった。
その、玲子が命がけで稼いだ数秒を、大輝は見逃さなかった。彼は地面に膝をつきながらも、リュックから取り出した堅牢なノートパソコンを開き、凄まじい速度でキーを叩く。
「…行け」
彼の呟きと共に、手のひらサイズの小型ドローンが射出され、森の別方向へと猛スピードで飛んでいく。ドローンは、この山には生息しないはずの、大型の熊の唸り声と熱源反応を擬似的に発生させ、敵の注意をわずかに逸らした。数人の隊員が、その陽動に釣られて森の奥へと消える。
「こっちだ、間抜け!」
その隙に、翼が動く。彼はこの山を、遊び場のように駆け回って育った。土地勘は、誰よりもある。彼は敵の進路に巧みに回り込み、石を投げてぬかるみへと誘導し、獣道と見せかけて茨の茂みへと誘う。それは戦闘ではない。ただ、彼の身軽さと土地勘だけを頼りにした、必死の「遅延行為」だった。
「この神社の裏手にはな、古来より、入った者が二度と戻れないっていう『黄泉の沼』があるんだぞ!祟られても知らねえからな!」
健太の、場違いなほどの大声が響き渡る。彼の都市伝説の知識が、今、心理的な揺さぶりをかけるための、唯一の武器となっていた。それは滑稽に見えるかもしれない。しかし、この神秘的な静寂に包まれた神社で、その言葉は奇妙な説得力を帯びていた。
そして、雄斗はただ、ソラの手を固く握り、彼女を自分の背中に隠し、決して前線に出さないよう、物理的な壁となっていた。彼の背中は震えていた。しかし、その瞳には、ソラだけは絶対に渡さないという、揺ぎない決意の光が宿っていた。
ソラの目には、その全てが映っていた。
自分を守るために、恐怖に震えながらも、必死に巨大な敵に立ち向かう仲間たちの姿が。
玲子のチクチクした空気は、今や仲間を守るための鋭い剣だった。大輝の無口は、冷静な判断力に変わっていた。翼の軽やかさは、敵を翻弄する舞となり、健太の馬鹿げた大声は、士気を鼓舞する鬨(とき)の声に聞こえた。
そして、雄斗の背中は、世界で一番、温かくて安全な壁だった。
(なぜ?)
ソラの心に、純粋な問いが浮かぶ。
(私のため? 痛いのは、怖くないの?)
血の繋がりも、法的な義務もない。ただ、カフェで出会った、少し変わった人たち。彼らが、なぜ。
その答えを、ソラは知っていた。カフェのマスター、桜花が教えてくれた、あの言葉。
「仲間」。
受け取るばかりだった自分が、今、確かに彼らの「献身」によって守られている。その事実が、ソラの胸の奥を、熱く、切ないほどの温かさで満たしていく。
それは、神社の心臓で感じた、他者の苦しみの流入とは違う。自分一人のために注がれる、あまりにも贅沢で、あまりにも温かい、感情の奔流だった。
ソラの頬を、涙が伝う。それは、神社の社で流した、苦しみが故の涙ではない。生まれて初めて、守られることの幸福を知った、温かい涙だった。
敵の包囲網は、ゆっくりと、しかし確実に狭まってきている。絶望的な状況は、変わらない。しかし、その温かい涙と共に、ソラの心の中に、今までなかった、一つの強い感情が、静かに芽生え始めていた。
「来た…!」
静(シズ)が、険しい顔で森の奥を睨みつけた。
その言葉に応えるかのように、木々の影の中から、音もなく複数の人影が現れる。彼らは森の闇が分離して生まれたかのようだった。黒一色の、光を吸収する特殊素材で作られた戦闘服。顔を覆う無機質なゴーグル。その動きには一切の無駄がなく、まるで精密機械の部品のように統率が取れていた。アルゴ・インダストリーの実働部隊。彼らが発する圧力は、これまでのどんな脅威とも次元が違っていた。
部隊を率いるリーダーらしき男が、ソラを一瞥し、ヘルメット越しに合成音声のような冷たい声で告げる。
「対象を確認。『共鳴触媒(レゾナンス・カタリスト)』の捕獲を開始する」
その言葉には、何の感情も含まれていない。ただの作業。ただの業務。その事実が、彼我の戦力差と、対話の余地がないという絶望的な状況を、サークルメンバーに突きつけた。健太も翼も、その圧倒的な威圧感の前に、言葉を失い立ち尽くす。
一人の隊員が、銃口のような装置を一同に向けた。装置から放たれた、耳に聞こえない低周波が、その場の全員の三半規管を揺さぶり、立っていることすら困難にさせる。
だが、その絶望を最初に切り裂いたのは、この中で最も現実的で、最も夢やロマンを信じていなかったはずの女だった。弁護士、氷川玲子。彼女はよろめきながらも一歩前に出ると、その法廷で鍛え上げた、鋼のような声で部隊の前に立ちはだかった。
「許可なき私有地への不法侵入、及び威力を用いた強要行為!その装備からして銃刀法違反の疑いも濃厚ね!令状はどこ?あなたたちの所属と責任者の氏名を、代理人である私が全て記録させてもらう!」
玲子の放つ、チクチクと尖った言葉の矢。それは、法律という、彼女が唯一信じる武器だった。圧倒的な暴力に対し、論理の盾で、ほんのわずかな時間を稼ぐ。プロトコルにない「弁護士」というイレギュラーな抵抗に、隊員たちの動きが一瞬、確かに止まった。
その、玲子が命がけで稼いだ数秒を、大輝は見逃さなかった。彼は地面に膝をつきながらも、リュックから取り出した堅牢なノートパソコンを開き、凄まじい速度でキーを叩く。
「…行け」
彼の呟きと共に、手のひらサイズの小型ドローンが射出され、森の別方向へと猛スピードで飛んでいく。ドローンは、この山には生息しないはずの、大型の熊の唸り声と熱源反応を擬似的に発生させ、敵の注意をわずかに逸らした。数人の隊員が、その陽動に釣られて森の奥へと消える。
「こっちだ、間抜け!」
その隙に、翼が動く。彼はこの山を、遊び場のように駆け回って育った。土地勘は、誰よりもある。彼は敵の進路に巧みに回り込み、石を投げてぬかるみへと誘導し、獣道と見せかけて茨の茂みへと誘う。それは戦闘ではない。ただ、彼の身軽さと土地勘だけを頼りにした、必死の「遅延行為」だった。
「この神社の裏手にはな、古来より、入った者が二度と戻れないっていう『黄泉の沼』があるんだぞ!祟られても知らねえからな!」
健太の、場違いなほどの大声が響き渡る。彼の都市伝説の知識が、今、心理的な揺さぶりをかけるための、唯一の武器となっていた。それは滑稽に見えるかもしれない。しかし、この神秘的な静寂に包まれた神社で、その言葉は奇妙な説得力を帯びていた。
そして、雄斗はただ、ソラの手を固く握り、彼女を自分の背中に隠し、決して前線に出さないよう、物理的な壁となっていた。彼の背中は震えていた。しかし、その瞳には、ソラだけは絶対に渡さないという、揺ぎない決意の光が宿っていた。
ソラの目には、その全てが映っていた。
自分を守るために、恐怖に震えながらも、必死に巨大な敵に立ち向かう仲間たちの姿が。
玲子のチクチクした空気は、今や仲間を守るための鋭い剣だった。大輝の無口は、冷静な判断力に変わっていた。翼の軽やかさは、敵を翻弄する舞となり、健太の馬鹿げた大声は、士気を鼓舞する鬨(とき)の声に聞こえた。
そして、雄斗の背中は、世界で一番、温かくて安全な壁だった。
(なぜ?)
ソラの心に、純粋な問いが浮かぶ。
(私のため? 痛いのは、怖くないの?)
血の繋がりも、法的な義務もない。ただ、カフェで出会った、少し変わった人たち。彼らが、なぜ。
その答えを、ソラは知っていた。カフェのマスター、桜花が教えてくれた、あの言葉。
「仲間」。
受け取るばかりだった自分が、今、確かに彼らの「献身」によって守られている。その事実が、ソラの胸の奥を、熱く、切ないほどの温かさで満たしていく。
それは、神社の心臓で感じた、他者の苦しみの流入とは違う。自分一人のために注がれる、あまりにも贅沢で、あまりにも温かい、感情の奔流だった。
ソラの頬を、涙が伝う。それは、神社の社で流した、苦しみが故の涙ではない。生まれて初めて、守られることの幸福を知った、温かい涙だった。
敵の包囲網は、ゆっくりと、しかし確実に狭まってきている。絶望的な状況は、変わらない。しかし、その温かい涙と共に、ソラの心の中に、今までなかった、一つの強い感情が、静かに芽生え始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる