元神の少女に恋を教えたら、その愛が世界を救う力に。変人だらけの仲間と紡ぐ、終焉に抗う僕らの日常と奇跡の物語

papa

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第二部:絆の証明 - 仲間と守るべきもの

第17話:君のせいじゃない

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悪夢のような高周波が消え去った神社の境内には、本来の音がゆっくりと戻りつつあった。
風が木々の葉を揺らす、さわさわという優しい音。遠くで鳴くひぐらしの声。仲間たちの、安堵と疲労が入り混じった荒い息遣い。頭蓋骨に突き刺さっていたガラスの針は消え、鈍い頭痛だけが、先ほどの戦いが現実だったことを告げていた。

「……終わった、のか?」

健太が、泥だらけの顔を上げて呟いた。その声は、いつものような熱血漢の張りはなく、かすれていた。

「連中の目的は、ソラさんの確保。それが不可能と判断し、一時撤退したと見るべきでしょう」

大輝が、ドローンのカメラが捉えていた映像を確認しながら、冷静に分析する。しかし、その額にも玉のような汗が浮かんでいた。玲子は、忌々しげに森の闇を睨みつけながら、スーツについた土を払っている。その指先が、わずかに震えていた。誰もが、生と死の境界線を歩いていたのだ。

「ったく、洒落になんねーよ……」

雄斗もまた、ソラの無事を確かめ、大きく息をついた。ソラは、まだ少し呆然としているようだったが、彼女の周りから「痛い」が消えたことに、心の底から安堵していた。

「ま、まあ、何はともあれ、全員無事だったんだ! 俺たち、最強じゃん!」

健太が、無理やりいつもの調子を取り戻そうと、拳を突き上げた。その空元気は、しかし、張り詰めていた空気を和らげるのに十分な効果があった。皆の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。

だが、その安堵は、一瞬で凍りついた。

「おい、翼? お前、いつまで寝てんだよ。起きろって」

健太が、うつ伏せに倒れたまま動かない翼の肩を揺する。反応がない。雄斗が胸騒ぎを覚え、翼の元へ駆け寄った。

「翼さん!」

翼の身体を仰向けにした瞬間、雄斗は息を飲んだ。翼の左腕。その服が赤黒く濡れ、そこから滴る液体が、地面に小さな染みを作っていた。戦闘の混乱の中、ソラを庇った際に、アルゴ社の兵士が投げた閃光弾の破片を受けたのだ。

「血……! 翼さんが、血を流してる!」

リナの悲鳴に近い声が、静まり返った境内に響いた。
その光景を、ソラは、まるで時間が止まったかのような感覚の中で見つめていた。

(あかい)

翼の腕から流れる、液体。それは、ソラの知らない色だった。でも、本能が理解していた。あれは、命が外に漏れ出している色だ。翼の、苦痛に歪む顔。浅く、速い呼吸。
その全てが、一本の線で、自分自身へと繋がった。

(どうして、翼くんが、あかいの?)
(どうして、翼くんが、痛いの?)

(……わたしの、せい?)

論理的な思考ではない。ただ、どうしようもない事実として、その感覚がソラの全身を貫いた。あの兵士たちは、自分を捕まえに来た。翼は、自分を守って、こうなった。

その瞬間。
ソラの胸の中に、ずしり、と重たい何かが生まれた。それは冷たくて、硬くて、呼吸をするたびに、彼女の心臓をじわじわと圧迫する、まるで石のような感覚だった。
今まで感じてきた、どんな「不快」とも違う。
頭に針が刺さるような、鋭い痛みではない。
神社の禁域で感じた、たくさんの人の感情が流れ込んでくるような、嵐のような苦しみでもない。
もっと静かで、もっと重たくて、どこまでも深く、自分の内側へと沈んでいくような、逃げ場のない痛み。
自分自身を、内側から責める痛み。

「しっかりしろ! 今、止血する!」

雄斗の声が、遠くに聞こえる。玲子がテキパキと指示を出し、健太と大輝がそれを実行している。リナが、青い顔で翼の手を握っている。仲間たちが、一つの命を救うために必死に動いている。
その光景が、ソラにはまるで、分厚いガラスの向こう側で起きている出来事のようにしか感じられなかった。動けない。声も出ない。ただ、胸に生まれた「重たい石」が、彼女の全ての思考と感情を吸い込んでいく。

(守りたかったのに)

仲間を、守りたいと願った。その結果が、これだ。
自分の願いが、仲間を傷つけてしまった。
この、どうしようもない矛盾。理解不能な現実に、ソラはどうすればいいのか、全く分からなかった。



幸い、翼の傷は見た目ほど深くはなく、村に一軒だけある古い診療所で、迅速な処置を受けることができた。命に別状はない。その事実に、診療所の待合室は、安堵のため息に包まれていた。
静が、村の医者である老人に、深々と頭を下げている。玲子は、今回の件を警察にどう届け出るべきか、腕を組んで思考を巡らせていた。健太と大輝は、翼の無事を喜びながらも、次のアルゴ社の襲撃にどう備えるか、小声で議論を始めていた。

その輪の中に、ソラはいなかった。
彼女は一人、待合室の隅にある、古びた木の長椅子に、体育座りのように膝を抱えて座っていた。
彼女の周りだけ、空気が違う。
雄斗が、かつて自分の部屋でまとっていた、あの「灰色」の空気に、ソラは自ら閉じこもっていた。
その変化に気づいたのは、雄斗だけだった。彼は、仲間たちに一言断ると、音を立てないように、ゆっくりとソラの隣に腰を下ろした。

ソラは、顔を上げない。ただ、抱えた膝に、自分の顔をうずめている。

「……自分のせいで、翼が怪我したって思ってるんだろ」

雄斗が、静かに、優しく声をかけた。
ソラの小さな肩が、こくり、と小さく揺れた。肯定だった。

「その気持ち、分かるよ」

雄斗は、ソラの頭に、そっと手を置いた。

「俺も、ソラを危険な目に遭わせるたびに、そう思うから」

その言葉に、ソラはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、涙はなかった。ただ、どうすればいいのか分からない、迷子の子供のような、深い混乱の色が浮かんでいる。

「胸の、ここが、重たい。石みたいに。冷たい」
「どうしたら、この『重たい石』は、消えるの?」

か細い声で、ソラが尋ねる。生まれて初めて感じた、自分を責める痛み。「罪悪感」と名付けられたその感情の、あまりの重さに、彼女は押しつぶされそうになっていた。

雄斗は、ソラの目を見て、静かに、そしてはっきりと答えた。

「消さなくていいんだ、ソラ」

「え……?」

「その『重たい石』はな、翼のことを、ソラがすごく大切に思ってるっていう、証拠なんだよ。だから、無理に消そうとしなくていい。なくならないし、なくしちゃいけない気持ちなんだ」

雄斗の言葉は、ソラの心に、すぐには届かない。大切に思う気持ちが、なぜ、こんなに痛くて、重たいのか。彼女には、まだ理解できなかった。

「じゃあ、どうしたら……」

「今は、翼のそばにいてやろう。何もできなくてもいい。何か、気の利いたことを言う必要もない。ただ、そばにいて、『心配してる』って気持ちを向けてあげること。それだけで、翼はきっと嬉しいはずだから」

寄り添うこと。
それは、雄斗がかつて、灰色の空気に沈んでいた自分に、ソラがしてくれたことだった。
それは、ソラが、孤独だった巫女の静の心を開かせた、あの純粋な行動の根源にあるものだった。

ソラは、雄...斗の言葉の意味を、まだ完全には理解できない。
しかし、「寄り添うこと」もまた、一つの温かい思いやりなのだということを、彼女は学んだ。

ソラは、静かに立ち上がった。
そして、翼が眠る病室のドアを、そっと開けた。
部屋の中は、消毒液の匂いと、窓から差し込む夕日のオレンジ色に満たされていた。翼は、腕に巻かれた包帯が痛々しいが、穏やかな寝息を立てている。

ソラは、翼のベッドのそばにあった小さな丸椅子に、ちょこんと座った。
何も言わない。何もしない。
ただ、じっと、彼の穏やかな寝息に、耳を澄ます。
すぅ、はぁ……。
その、命の音が、今は世界で一番、温かい音に聞こえた。

胸の中の「重たい石」は、まだそこにある。
でも、その石の周りを、雄斗がくれた温かい言葉と、翼の穏やかな寝息が、少しだけ、本当に少しだけ、優しく包み込んでくれているような気がした。
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