沈黙(アルファポリス版)

玄道

文字の大きさ
2 / 10

2

しおりを挟む
 私は号令をかける。
「起立、礼」
「「お早うございます」」
「着席」
今日は佐藤先生休みか、珍しい。
スマホが振動する。
祖父の秘書から渡されたスマートウォッチで、通知を確認する。
『Maria:デートだったりして』
真理亜まりあめ。あの人がそんなこと……するかも知れない。人間の本性というものは、他人にはわからないから。

「えー、今日から佐藤祥子さとう しょうこ先生の代わりに三週間、あなたたちを担当する佐藤眞衣まいです、短い間ですがよろしくお願いします」
「え?」
「祥ちゃんどうしたんだろ」
「病気?」
「え、佐藤?姉妹?」
ざわつく教室。
「静かに。姓については偶然です」
「なーんだ」
さえずりが止む。
女子の比率が多いので女子校と勘違いされるが、一応共学だ。
とは言え、うちのクラス2-Dは、女子しかいない。
然るに、HRの話題は自然とこうなる。
「は~い、質問質問!眞衣先生何歳ですか!?」
「好きな食べ物!」
「どんな本読みます?」
「推し!」
「彼氏います!?」
──やはりこうなったか。
こんな話題では出る幕がない、私は既に教頭から紹介済みなので、ここは狸寝入りを決め込む事にした。
どうせ短いお付き合いなのだ。貝になってやり過ごす事にした。


体育は、月の物を言い訳に休んだ。
保健室で、ベッドに入る。
家の煎餅布団とは格が違う、まるで天国だ。
即座に、深い眠りに落ちた。


夢を見た。
夢の中でも二匹の鬼は私を殴った。蹴った。
そして、焼けたカッターを持ち出して言う。
「歳の数な。自分でやれ」
「────はい、ママ」
「あ?今何つったテメエ糞が」
「ひっ!ご…………ご主人……様……」
「そうだ牝犬、さっさとやれ」
「はい」
「んだその目は!!股ぐら裂かれてえか!!」
「も、申し訳……ありません……」
私は三村の家に産まれてしまった罪に対する罰を、腕に刻み込む。

────熱い。
目頭も。
腕も。
「ひっく、うぅ……できました……」
「ちょっと浅いな、手本見せてやるよ」
なんて事を言うのだろう、この女は。
「ほら寄越せ!」
血と脂で、切れ味の落ちたカッターを奪い取って、刃を折る。
新しい刃が、キチキチと出てくる。
今日こそ殺される。私は漸く安息を得られるのか。
それにしても短い生涯だった。殺すために私を産んだの?お母さん。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
そこで目が覚めた。汗だくだった。
佐藤眞衣先生が覗き込んでいた。
「三村さん、大丈夫!?酷くうなされてたわよ?」
「はっ……はぁ……あ、あの日、なんで」
「にしても尋常じゃないわ。何かあったの?」
「やだな、ただの夢ですよ」
「体拭かなきゃね」
「やめて」
声の温度が凍る。
「え、何?」
「やめろっつってんだよ!!この保健室は私の城だ!!出てけ!!ぶっ殺すぞこのクソアマ!!」
汗と涙で濡れた枕を、喚きながら力無く振り回す。
貴重な体力が減るのを感じる。
今日の朝食は、バランス栄養食1本だと言うのに。
「落ち着いて三村さん!深呼吸して!」
必死になだめようとする先生。

──何だこの状況は?私は何をしている?

深呼吸する。
先生が手を握る。冷たい。
「見られたくないなら自分で拭くと良いわ、カーテン閉めとくから」
水上みなかみ先生は?養護教諭なんですけど」
「私も頭痛かったから来たんだけど……用事でさっき出てったわ。留守番頼まれた」
「そうですか……あの」
「?」
「ごめんなさい……つい取り乱して」
「怖い夢だったのね。忘れなさい」
「はい」

────死にたい。

いっそその冷たい手で首を絞めてくれたらと願った。


体を清拭する。毎日の事なので慣れていた。
「三村さん、よかったら少し話さない?今朝は軽い自己紹介だけだったし……無理にとは言わないけど」
「……」
「そうよね、ごめんね」
「水上先生、何か言いました?」
「────三週間で……どうやって解決しろってのよ」
──話したのか。自分は事なかれ主義の癖に。否、ここの教師は全員そうだ。
「私は大人だけど、凡人よ。サラ・コナーにはなれないわ……知ってる?」
「古い映画ですね」
「児相に相談したりとか……」
「あいつら外面良いんで……実際、傷も自分で付けさせてますし」
「────ッ!?」
「命令なんです、じゃなきゃもっと酷い目に……」
「どうしてよ……どうしてそんな大事なことを話さないの!!」
突然カーテンを開け、涙声で怒鳴る。
こういう顔もするのか?顔が紅潮こうちょうしていた。
そんな事より、この傷を目にして平気なのかと、疑問に感じた。
「貴女はまだ分からないかもしれない!だけどね、三村さん。世の中にはあなた達の味方も沢山いるのよ?それくらい覚えておいて」
「──────心得てます、ごめんなさい」
「謝るのが癖になってるのね」
「…………」
「よしよし」
正面から抱き締めてくる。
こんな状況を何と言うのか──蛇に睨まれた蛙?違う気もする。
初めて人間に抱き締められた。弱い骨が、軋みそうだった。
甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
少しと似た香り。冷や汗が出てくる。
「う……ぐずっ……えぐ……」
我慢の限界だった。
先生ぜんぜえええ先生助けてぜんぜえだずげで!!このままじゃごどばばじゃ私殺されるわだじごどざえる!!」
泣きながら口にした言葉は、訳が分からない雑音になってしまった。
「──大丈夫、大丈夫よ」
彼女の声も、少し湿っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...