沈黙(アルファポリス版)

玄道

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 私は号令をかける。
「起立、礼」
「「お早うございます」」
「着席」
今日は佐藤先生休みか、珍しい。
スマホが振動する。
祖父の秘書から渡されたスマートウォッチで、通知を確認する。
『Maria:デートだったりして』
真理亜まりあめ。あの人がそんなこと……するかも知れない。人間の本性というものは、他人にはわからないから。

「えー、今日から佐藤祥子さとう しょうこ先生の代わりに三週間、あなたたちを担当する佐藤眞衣まいです、短い間ですがよろしくお願いします」
「え?」
「祥ちゃんどうしたんだろ」
「病気?」
「え、佐藤?姉妹?」
ざわつく教室。
「静かに。姓については偶然です」
「なーんだ」
さえずりが止む。
女子の比率が多いので女子校と勘違いされるが、一応共学だ。
とは言え、うちのクラス2-Dは、女子しかいない。
然るに、HRの話題は自然とこうなる。
「は~い、質問質問!眞衣先生何歳ですか!?」
「好きな食べ物!」
「どんな本読みます?」
「推し!」
「彼氏います!?」
──やはりこうなったか。
こんな話題では出る幕がない、私は既に教頭から紹介済みなので、ここは狸寝入りを決め込む事にした。
どうせ短いお付き合いなのだ。貝になってやり過ごす事にした。


体育は、月の物を言い訳に休んだ。
保健室で、ベッドに入る。
家の煎餅布団とは格が違う、まるで天国だ。
即座に、深い眠りに落ちた。


夢を見た。
夢の中でも二匹の鬼は私を殴った。蹴った。
そして、焼けたカッターを持ち出して言う。
「歳の数な。自分でやれ」
「────はい、ママ」
「あ?今何つったテメエ糞が」
「ひっ!ご…………ご主人……様……」
「そうだ牝犬、さっさとやれ」
「はい」
「んだその目は!!股ぐら裂かれてえか!!」
「も、申し訳……ありません……」
私は三村の家に産まれてしまった罪に対する罰を、腕に刻み込む。

────熱い。
目頭も。
腕も。
「ひっく、うぅ……できました……」
「ちょっと浅いな、手本見せてやるよ」
なんて事を言うのだろう、この女は。
「ほら寄越せ!」
血と脂で、切れ味の落ちたカッターを奪い取って、刃を折る。
新しい刃が、キチキチと出てくる。
今日こそ殺される。私は漸く安息を得られるのか。
それにしても短い生涯だった。殺すために私を産んだの?お母さん。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
そこで目が覚めた。汗だくだった。
佐藤眞衣先生が覗き込んでいた。
「三村さん、大丈夫!?酷くうなされてたわよ?」
「はっ……はぁ……あ、あの日、なんで」
「にしても尋常じゃないわ。何かあったの?」
「やだな、ただの夢ですよ」
「体拭かなきゃね」
「やめて」
声の温度が凍る。
「え、何?」
「やめろっつってんだよ!!この保健室は私の城だ!!出てけ!!ぶっ殺すぞこのクソアマ!!」
汗と涙で濡れた枕を、喚きながら力無く振り回す。
貴重な体力が減るのを感じる。
今日の朝食は、バランス栄養食1本だと言うのに。
「落ち着いて三村さん!深呼吸して!」
必死になだめようとする先生。

──何だこの状況は?私は何をしている?

深呼吸する。
先生が手を握る。冷たい。
「見られたくないなら自分で拭くと良いわ、カーテン閉めとくから」
水上みなかみ先生は?養護教諭なんですけど」
「私も頭痛かったから来たんだけど……用事でさっき出てったわ。留守番頼まれた」
「そうですか……あの」
「?」
「ごめんなさい……つい取り乱して」
「怖い夢だったのね。忘れなさい」
「はい」

────死にたい。

いっそその冷たい手で首を絞めてくれたらと願った。


体を清拭する。毎日の事なので慣れていた。
「三村さん、よかったら少し話さない?今朝は軽い自己紹介だけだったし……無理にとは言わないけど」
「……」
「そうよね、ごめんね」
「水上先生、何か言いました?」
「────三週間で……どうやって解決しろってのよ」
──話したのか。自分は事なかれ主義の癖に。否、ここの教師は全員そうだ。
「私は大人だけど、凡人よ。サラ・コナーにはなれないわ……知ってる?」
「古い映画ですね」
「児相に相談したりとか……」
「あいつら外面良いんで……実際、傷も自分で付けさせてますし」
「────ッ!?」
「命令なんです、じゃなきゃもっと酷い目に……」
「どうしてよ……どうしてそんな大事なことを話さないの!!」
突然カーテンを開け、涙声で怒鳴る。
こういう顔もするのか?顔が紅潮こうちょうしていた。
そんな事より、この傷を目にして平気なのかと、疑問に感じた。
「貴女はまだ分からないかもしれない!だけどね、三村さん。世の中にはあなた達の味方も沢山いるのよ?それくらい覚えておいて」
「──────心得てます、ごめんなさい」
「謝るのが癖になってるのね」
「…………」
「よしよし」
正面から抱き締めてくる。
こんな状況を何と言うのか──蛇に睨まれた蛙?違う気もする。
初めて人間に抱き締められた。弱い骨が、軋みそうだった。
甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
少しと似た香り。冷や汗が出てくる。
「う……ぐずっ……えぐ……」
我慢の限界だった。
先生ぜんぜえええ先生助けてぜんぜえだずげで!!このままじゃごどばばじゃ私殺されるわだじごどざえる!!」
泣きながら口にした言葉は、訳が分からない雑音になってしまった。
「──大丈夫、大丈夫よ」
彼女の声も、少し湿っていた。
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