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第5章 堕天使は聖教徒教会の
32話3Part "あまい"約束...?③
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「なつちー、寒い?」
「いや、平気......だけど......」
......私立聖ヶ丘學園敷地内の、北の端の方にある一際人気の少ない旧校舎の、4階。
今現在は学校の古い資料や安置されていたタイムカプセル等も全て新しい校舎の方に移されて、暗所同好会とかいうよく分からない部活の生徒達がたまにやって来て屯するだけの場所と化している旧校舎は、冬の風は案外しっかりと凌いでくれていた。
今年の1月の寒さは、しっかり着込んでいて風さえ弱まっていればそこそこ耐えられる程度のもので、隙間風がたまに吹き込む程度では、多少寒くとも凍えるレベルでは到底ない。
そんな旧校舎の中で、声をかけてくれた町川に微笑みつつ、帝亜羅は2年生も終盤の自分ですら見慣れぬ校舎をゆっくりと見回した。
「......もうここ7年くらいはちゃんと使ってないって聞いてたから、もう少しくたびれてると思ってたけど......」
「今でもぜんっぜん使えるレベルで綺麗じゃん、ここ」
......窓や壁、床等に古い家屋にありがちな穴や大きな傷も特に見受けられないし、照明も一応つく。蛇口を捻れば綺麗な水が出る、歩いていても床はそこまで軋まないetc......
新しい校舎ほどではなくとも、小さめの教室をあてられて"もっと大きな部室がいい"と泣く泣く使っている部活の人達に貸せばいいのに......と思えるくらいには、設備は十分生きている。
それこそ、なんでまだこんなに綺麗なのに使われていないのかが不思議......と、まだ何も知らない町川が思っても何らおかしくはない、そんな状態だ。
「......ここね、幽霊が出るとか何とか言われてるらしいんだ」
帝亜羅から数m先を行きながら辺りを興味深そうに観察している町川に向けて、帝亜羅はそう、小さく話しかけた。
「......」
無言で、特に驚いた表情も見せずに振り返った町川は、帝亜羅のやや上辺りに視線を向けて、ふいにゆっくりと口を開いた。
「......われは、前の学校ではオカルト研究部に入ってたんだ~」
「オカルト、研究部......?」
町川からぽんと飛び出した単語を、帝亜羅は口の中で1度だけ反芻した。
「うん、そう。オカルト研究部。......あそこって、幽霊とか妖怪とかそういう色々を面白いな~って思う人が入る所、なんだけど、」
中途半端に言葉を切って、町川はふいと沈んでいく日が見える窓の方へと視線を向ける。
「......われは、幽霊なんかいないと思って入ってた」
「え?」
町川から出てきた言葉は、帝亜羅の想像からは少し外れたものだった。
そんな、目を瞬かせる帝亜羅の視界の右端......窓際の方をあの白黒の羽が舞っていたので、そちらの方を一瞬だけ気にかけてから、ふっ......と町川に意識を戻した。
「......、......幽霊とか、悪魔とか天使とか、神サマとか......そういうの、昔っから信じらんなくてさぁ......われの親は神サマにご執心で、ちっさい頃から困ったことがあったら神様に頼りなさい、って、いっつもそればっかりだった」
「......」
「親の世界じゃ運命とかは神サマの気まぐれで決まってて、人間の力じゃどう頑張っても変えられないから、神サマに向かってお願いします!!って頭下げて変えてもらうんだってさ。......努力は必ず報われる、とも思ってないけど、目先で何か大きなことがある時に頑張るんじゃなくて、神サマに祈って祈って祈り倒して......あぁ、そんなことしてる暇があったら頑張れよ、バカだなぁこいつって思って」
感情が籠っているわけでもなく、ただ"自分の親"という近い存在の話を遠巻きで眺めていた野次馬のように淡々と、つらつらと語る町川の視線は、窓から少し下の虚空を見つめていた。
「......自分の職場がダメになったのも、子供がいい子に育たないのも、それが原因で自分の苦労が増えて何も手につかなくなって現実逃避すんのも、ぜーんぶ神サマに祈りが届いてないから、とか宣っちゃってさぁ......」
2色の瞳に何かをぼんやりと映したまま、町川は続ける。
「だから、ちっさい時からもう自分は、1人で生きていかなきゃなんないんだろうなって覚悟決めてて、高校生になってから必死で働いて金貯めてコネ作って、親が決めた高校をサボりまくって、進級不可......2年に上がれなくなったから、スパッと退学して単身でこっちに来たってわけ。..................、」
「......そう、なんだ」
その時、すっ......と、自分の身の上話まで他人事のテンションで語る町川の視線が、気まずそうに相槌を打つ帝亜羅の方に明確な意思を持って向けられた。
「......?」
少しくすんだ窓から差し込む、夕陽の赤色に照らされてきらきらと輝いて見える白黒に少しだけ気を取られていた帝亜羅は、頭上に疑問符を浮かべる。
「............ねぇ、」
そんな帝亜羅を真っ直ぐに見据えた町川から発された声は、
「そこに何かあんの?」
「............ぇ、?」
懐疑的ではなく妙に語気のある、少しの好奇心が含まれた、何かを確信したようなものだった。
思いもよらぬ質問に分かりやすく動揺した帝亜羅は、声に成りかけた声を上げて、自分の視界だと黒白の羽が落ちている辺りに視線を向ける。
え、え......?と、自分でもよく分からないものに対しての問いに戸惑いすぎて唖然とし、ぼー......っとしてしまっている帝亜羅を気にしながら、町川はとてとてとて......と窓際の方へと歩いていく。
「んっとぉー......この辺り?」
町川が今、やけに真顔でいけしゃあしゃあと言ってのけながら佇んでいる場所には、帝亜羅の視界でまさしく黒白の羽が落ちている場所だった。
え、町川くんにも見えてるの......?という言葉が口からとび出そうになったのを慌てて飲み込んだ。
「......なん、で、そう......思ったの......?」
帝亜羅が、つっかかりながらも恐る恐る訊ねると、
「いやー、朝のHRの時から今まで、ずっと何もないようなとこ見つめて固まったりしてたから、他人に見えない何かでも見えてんのかなーって気になって」
まるで何でもない事のようにさらりと返されたので、帝亜羅は困惑を顔にありありと滲ませながら町川の足元......にある、黒白の羽を見つめる。
町川によって日光が遮られてからも、床に当たった宵空の色と光を受けて尚もきらきらしている羽は、確かに......この世のものとは思えない程、綺麗で透けていた。
一点を見つめて固まってしまった帝亜羅を特に訝しげに眺めるでもなく、町川は今立っている場所からそっと歩いて立ち去った。
「......まぁ、いーや」
子供が遊んでいた玩具に飽きて放り投げる時のような仕草とテンションで......或いは、事故かなんかを見に来ていた野次馬が一通り見終わったと見切りをつけて離れていく時のようなノリで、町川はスタスタと帝亜羅とは反対方向......元々向かっていた方に向けて歩き始める。
「......」
それに気付いてはいるものの、その場で固まってしまった帝亜羅の方に町川が振り返る途中で、
「......あ、」
すっかり日が落ちていたのを窓越しに確認して、未だに考え込むようにぼーっとしている帝亜羅の手を引いて慌てて教室に戻って帰路に着いたのだった。
──────────────To Be Continued────────────
「いや、平気......だけど......」
......私立聖ヶ丘學園敷地内の、北の端の方にある一際人気の少ない旧校舎の、4階。
今現在は学校の古い資料や安置されていたタイムカプセル等も全て新しい校舎の方に移されて、暗所同好会とかいうよく分からない部活の生徒達がたまにやって来て屯するだけの場所と化している旧校舎は、冬の風は案外しっかりと凌いでくれていた。
今年の1月の寒さは、しっかり着込んでいて風さえ弱まっていればそこそこ耐えられる程度のもので、隙間風がたまに吹き込む程度では、多少寒くとも凍えるレベルでは到底ない。
そんな旧校舎の中で、声をかけてくれた町川に微笑みつつ、帝亜羅は2年生も終盤の自分ですら見慣れぬ校舎をゆっくりと見回した。
「......もうここ7年くらいはちゃんと使ってないって聞いてたから、もう少しくたびれてると思ってたけど......」
「今でもぜんっぜん使えるレベルで綺麗じゃん、ここ」
......窓や壁、床等に古い家屋にありがちな穴や大きな傷も特に見受けられないし、照明も一応つく。蛇口を捻れば綺麗な水が出る、歩いていても床はそこまで軋まないetc......
新しい校舎ほどではなくとも、小さめの教室をあてられて"もっと大きな部室がいい"と泣く泣く使っている部活の人達に貸せばいいのに......と思えるくらいには、設備は十分生きている。
それこそ、なんでまだこんなに綺麗なのに使われていないのかが不思議......と、まだ何も知らない町川が思っても何らおかしくはない、そんな状態だ。
「......ここね、幽霊が出るとか何とか言われてるらしいんだ」
帝亜羅から数m先を行きながら辺りを興味深そうに観察している町川に向けて、帝亜羅はそう、小さく話しかけた。
「......」
無言で、特に驚いた表情も見せずに振り返った町川は、帝亜羅のやや上辺りに視線を向けて、ふいにゆっくりと口を開いた。
「......われは、前の学校ではオカルト研究部に入ってたんだ~」
「オカルト、研究部......?」
町川からぽんと飛び出した単語を、帝亜羅は口の中で1度だけ反芻した。
「うん、そう。オカルト研究部。......あそこって、幽霊とか妖怪とかそういう色々を面白いな~って思う人が入る所、なんだけど、」
中途半端に言葉を切って、町川はふいと沈んでいく日が見える窓の方へと視線を向ける。
「......われは、幽霊なんかいないと思って入ってた」
「え?」
町川から出てきた言葉は、帝亜羅の想像からは少し外れたものだった。
そんな、目を瞬かせる帝亜羅の視界の右端......窓際の方をあの白黒の羽が舞っていたので、そちらの方を一瞬だけ気にかけてから、ふっ......と町川に意識を戻した。
「......、......幽霊とか、悪魔とか天使とか、神サマとか......そういうの、昔っから信じらんなくてさぁ......われの親は神サマにご執心で、ちっさい頃から困ったことがあったら神様に頼りなさい、って、いっつもそればっかりだった」
「......」
「親の世界じゃ運命とかは神サマの気まぐれで決まってて、人間の力じゃどう頑張っても変えられないから、神サマに向かってお願いします!!って頭下げて変えてもらうんだってさ。......努力は必ず報われる、とも思ってないけど、目先で何か大きなことがある時に頑張るんじゃなくて、神サマに祈って祈って祈り倒して......あぁ、そんなことしてる暇があったら頑張れよ、バカだなぁこいつって思って」
感情が籠っているわけでもなく、ただ"自分の親"という近い存在の話を遠巻きで眺めていた野次馬のように淡々と、つらつらと語る町川の視線は、窓から少し下の虚空を見つめていた。
「......自分の職場がダメになったのも、子供がいい子に育たないのも、それが原因で自分の苦労が増えて何も手につかなくなって現実逃避すんのも、ぜーんぶ神サマに祈りが届いてないから、とか宣っちゃってさぁ......」
2色の瞳に何かをぼんやりと映したまま、町川は続ける。
「だから、ちっさい時からもう自分は、1人で生きていかなきゃなんないんだろうなって覚悟決めてて、高校生になってから必死で働いて金貯めてコネ作って、親が決めた高校をサボりまくって、進級不可......2年に上がれなくなったから、スパッと退学して単身でこっちに来たってわけ。..................、」
「......そう、なんだ」
その時、すっ......と、自分の身の上話まで他人事のテンションで語る町川の視線が、気まずそうに相槌を打つ帝亜羅の方に明確な意思を持って向けられた。
「......?」
少しくすんだ窓から差し込む、夕陽の赤色に照らされてきらきらと輝いて見える白黒に少しだけ気を取られていた帝亜羅は、頭上に疑問符を浮かべる。
「............ねぇ、」
そんな帝亜羅を真っ直ぐに見据えた町川から発された声は、
「そこに何かあんの?」
「............ぇ、?」
懐疑的ではなく妙に語気のある、少しの好奇心が含まれた、何かを確信したようなものだった。
思いもよらぬ質問に分かりやすく動揺した帝亜羅は、声に成りかけた声を上げて、自分の視界だと黒白の羽が落ちている辺りに視線を向ける。
え、え......?と、自分でもよく分からないものに対しての問いに戸惑いすぎて唖然とし、ぼー......っとしてしまっている帝亜羅を気にしながら、町川はとてとてとて......と窓際の方へと歩いていく。
「んっとぉー......この辺り?」
町川が今、やけに真顔でいけしゃあしゃあと言ってのけながら佇んでいる場所には、帝亜羅の視界でまさしく黒白の羽が落ちている場所だった。
え、町川くんにも見えてるの......?という言葉が口からとび出そうになったのを慌てて飲み込んだ。
「......なん、で、そう......思ったの......?」
帝亜羅が、つっかかりながらも恐る恐る訊ねると、
「いやー、朝のHRの時から今まで、ずっと何もないようなとこ見つめて固まったりしてたから、他人に見えない何かでも見えてんのかなーって気になって」
まるで何でもない事のようにさらりと返されたので、帝亜羅は困惑を顔にありありと滲ませながら町川の足元......にある、黒白の羽を見つめる。
町川によって日光が遮られてからも、床に当たった宵空の色と光を受けて尚もきらきらしている羽は、確かに......この世のものとは思えない程、綺麗で透けていた。
一点を見つめて固まってしまった帝亜羅を特に訝しげに眺めるでもなく、町川は今立っている場所からそっと歩いて立ち去った。
「......まぁ、いーや」
子供が遊んでいた玩具に飽きて放り投げる時のような仕草とテンションで......或いは、事故かなんかを見に来ていた野次馬が一通り見終わったと見切りをつけて離れていく時のようなノリで、町川はスタスタと帝亜羅とは反対方向......元々向かっていた方に向けて歩き始める。
「......」
それに気付いてはいるものの、その場で固まってしまった帝亜羅の方に町川が振り返る途中で、
「......あ、」
すっかり日が落ちていたのを窓越しに確認して、未だに考え込むようにぼーっとしている帝亜羅の手を引いて慌てて教室に戻って帰路に着いたのだった。
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