台風のよる、君ひそやかに、魔女高らかに

にしのくみすた

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第2章

お尻と魔窟ときゅっきゅっきゅっ(中編)

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 メイド館に戻ったモチコは、昼食を取ることにした。
 休憩スペースにあるテーブルでお弁当を広げる。

 自分で作ったお弁当は、メインのおかずが鶏肉とジャガイモの煮物。
 添えものにピーマンを塩昆布とごま油で炒めたもの。
 あときゅうりの漬物も入れた。
 お弁当箱の半分がおかずで、残りの半分には白米が詰めてある。

 箸でジャガイモをつかんで持ち上げながら、ミライアの言葉を思い出す。
 先輩はジャガイモが好きって言っていたな。
 あと『今度はモチコが好きなものを食べてみたい』と言われたのだった。

 モチコが好きな食べもの――。
 そう聞かれて真っ先に浮かぶのは、白米だ。
 これされあれば、おかずが少なくても問題ない。
 なんならお米だけでも全然食べられる。

「でも、先輩にお米だけ食べてもらう訳にもいかないしな……」
「ん? お米がどうしたって?」

 モチコの独り言は、ちょうど部屋に入ってきたメイド長に聞かれていたらしい。

「あっ、いえ。別に大したことではなく……」
「そう? カザミモリさんのお弁当、いつも美味しそうね。将来は恋人に作ってあげたりして、胃袋をつかんで落とすタイプ」
「えっ!? そ、そうですかね?」

 一瞬、先輩にご飯を作ってあげていることを言っているのかと思って、ドキリとした。
 メイド長が知っている訳はないのだが、なんだか挙動不審になってしまう。

「おやぁ? なんだか怪しい反応だなあ。ちょうど誰かを、餌付けしてる最中だった?」
「い、いえ。そういうのではないです、ので……」
「ふふ。ま、いいけどね」

 メイド長はそう言いながら、部屋の隅にある給湯スペースでお茶を淹れ、モチコと同じテーブルの向かい側に座って飲み始めた。
 知的な印象の黒い瞳に、赤いアンダーリムのメガネが似合っている。
 メイド服をいつもシャキッと着こなしていて、『仕事のできるメイドさん』を絵に描いたようだ。

「カザミモリさん、シグナスでの仕事はどう?」
「まだ初日が終わったばかりですが、同じチームのみなさんが良い方々なので、楽しくやれています」
「そう、それは良かった。けど、少し残念ね」
「え?」

 メイド長は、その落ち着いた黒い瞳でまっすぐにモチコを見つめる。
 そして、にやりと微笑みながら言った。

「カザミモリさんは勤務態度はすこぶる真面目。変に凝り性なところも掃除に活かされてる。さらにお勉強もできて、図書館の担当を任せられるほどに優秀」
「そ、そんな大したことはないですけど……」
「10年後には私の後を継いで、メイド長になってほしいくらい」
「ひえぇ。荷が重すぎます!」
「まあ、私としてはね、お気に入りのスタッフを、そう簡単にはシグナスに取られたくない訳よ。だから、これからすることは、いわゆる引き止め工作ね」

 メイド長はそう言いながら、テーブルの上に何かを置いた。
 コトリ、と固い音がする。

「……これは何ですか?」

 それが鍵だということは分かったが、モチコには見覚えのないものだった。
 妙な光沢のある金属で出来ていて、かなり古いものに見える。

魔窟まくつの鍵」

 ――魔窟。それは図書館の奥にある書庫の呼び名だ。
 迷路のように入り組んだ本棚に、あまりにも膨大な数の本が収められているので、一度奥まで入り込んだら迷って出て来られないとか。
 蔵書のなかには取り扱いの難しい古い魔導書も多く、その魔力に呼び寄せられた幽霊が出る、なんて怪談めいた噂もある。

「私が魔窟に入っても良いんですか?」

 モチコは尋ねた。
 魔窟には貴重で高価な本や、危険な魔導書があるため、許可を得た者しか立ち入りが出来ないはずだ。

「いいよ。奥様にも許可は貰ってきた」
「お、奥様に……!?」
「魔窟にはふだん奥様しか入らないから、かなり散らかっているらしいけど」
「……どうして私が許可を頂けたんでしょうか?」

 モチコは奥様にお会いしたことがない。
 今まで特に接点はなかったはずだ。

「カザミモリさんにはいつも『手前の書庫』の整理を担当してもらってるでしょう?」
「はい」

 書庫は2つのエリアに分かれている。
 手前側がいわゆる普通の書庫、奥側が魔窟と呼ばれる立ち入り禁止の書庫になっていた。
 この普通の書庫の部分だけでも、かなり大きい。

「カザミモリさんが来てから、書庫が良くなったって奥様が褒めていたわ」
「ひょえぇ、恐れ多い……」
「奥様が言うには『本の置き方が美しい』そうよ。このあたりの良し悪しは、私には良くわからないけど」
「ありがたきお言葉でございまするでする」

 奥様にお褒め頂くなんて恐縮すぎる。
 思わず言葉づかいがおかしくなってしまった。

「それで試しに、カザミモリさんを魔窟に入れていいか奥様に聞いてみたら、オーケーが出たってわけ」
「そ、そうでしたか」
「魔窟に入るにあたって、奥様からの伝言が3つあるわ」
「はい」

 モチコは姿勢を正して、奥様からのお言葉を聞く準備を整える。

「まずは『蔵書は好きに読んで構わない』と。あと『手が空いたら適当に片づけてもらえると助かる』ね」
「ふおぉ……! 貴重な本を読ませて頂けるなんて、ありがた過ぎます!」

 モチコは興奮して思わず声が大きくなる。
 メイド長は続けた。

「そしてこれが一番大事。3つめは『危険を感じたら本を捨てて全力で逃げること』だそうよ」
「ひぇっ……!」

 貴重な本が読めると聞いて浮かれていた心が、一瞬にして固まる。
 それ、絶対なんかあるやつじゃん……。

「まあ、気をつけていれば大丈夫だって、奥様も言っていたわ。その日に予定している分の仕事が終わったら、余った時間で魔窟の本を読んでいいから」
「えっ、そんなことしていいんですか!?」
「予定さえきちんとこなしてくれれば、構わないよ」
「……ありがとうございます!」

 浮かれ心が再び戻ってきたモチコは、魔窟の鍵を握りしめて、いろんな角度から眺めてみた。
 その様子を見たメイド長が、笑いながら言う。

「私は魔女じゃないから良くわからないけど、ほんとに魔女っていう生き物はみんな、本が好きだよねぇ。カザミモリさんはその中でも、特別に本好きみたいだけど」
「ば、ばれてましたか」
「うん。休憩中も隙あらば読んでるし、図書館の仕事になると明らかにうきうきしてる」
「うわ、お恥ずかしい……」
「ま、そういうわけで、この魔窟の鍵は私からカザミモリさんへの賄賂だよ。シグナスもいいけど、お屋敷の仕事もものですなぁ」
「わ、わいろですか……。メイド長もわるですのぅ」


 そんなメイド長とのやりとりの後、午後の仕事が始まった。
 午後は予定どおり図書館へ。もちろん魔窟の鍵も持っていく。
 入口の重い鉄扉を開けて室内の灯りをつけると、図書館のロビーが目に入った。
 このロビーは、四方の壁が天井まで本棚になっている。

「ふー。このにおい、最高だね」

 ロビーは、本のにおいで満ちていた。
 モチコは深呼吸をして、その空気をめいっぱい味わう。

 図書館には3つの部屋がある。
 ロビーを中心に、右側にある扉の先がティールームと呼んでいる閲覧室。
 左側にある扉が書庫へつながっている。
 この書庫のさらに奥にあるのが、魔窟と呼ばれるエリアだ。

 なによりも魔窟が気になっていることは否定できないが、まずは仕事を片付けよう。
 今日は書庫の掃除をするローテーションの日だった。

(後編へ続く)
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