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第3章
ナイトフライト・イズ・グッド(中編)
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「あの……先輩。ちょっと休憩してもいいですか?」
「ん? あ、いいよ」
モチコは休憩と言ったが、別に疲れている訳ではない。
お手洗いに行きたいだけだった。
ミライアもそれは分かっているようで、深くは聞かずにホウキの高度を下げ始める。
――シグナスで働き始めたばかりの頃の話。
モチコは空の上で、お手洗いに行きたくなった。
どうしていいか分からず、ホウキの後ろでモジモジしていたら、ミライアが気づいた。
そのとき先輩が繰り出した言葉。
「急ぎなら、ホウキの上からでもいいよ。どうせ海に流れるし」
という衝撃発言が、いまも頭に残っている。
一瞬、夜空を仰いで覚悟を決めかけたが、乙女であることのデッドラインを完全に越えると思ったので、固くお断りした。
そのあと恐る恐る、先輩はしたことがあるのか聞いてみたところ「無いよ」との返事が聞けて安堵したものだ。
飛んでいるあいだはお手洗いに行きたくならないらしい。マジすか。
あれだけ大量の魔力を使うと、体内の水分も一緒に蒸発しているんだろうか……。
ほどなくして、高度を下げたホウキは、海面に浮かぶ小さな島に着陸する。
それは正確には島ではなく、魚礁というものらしい。
巨大な浮き輪のようなもので、漁業のために魚を集めたりするものだそうだ。
空を飛ぶ魔女の休憩所としても使われている。
モチコがホウキから漁礁の上に降り立つと、ミライアは「気をつけて」とだけ言って、ひとりで上空へ飛び立ってしまった。
お手洗いなので気をつかってくれたのだ。
漁礁の上にあるお手洗いは、とりあえず付けただけ、という感じの簡素なものだった。
人間がひとり入れる程度の、ぼろい小屋だ。
骨組みは金属だが、そこに打ち付けてある木の板はつねに潮風に晒されているので、朽ちて隙間だらけだった。
中からは外の大海原が見えて絶景だが、逆に外からも中が見えるので、全然ありがたくない。
下は人間が落ちないように工夫されてはいるが、このお手洗い、というか漁礁自体がけっこう揺れる。
海の上に浮いているので、こればかりは仕方がない。
お手洗いを済ませて出ようとした時、大きな波が来たのか、漁礁がぐらりと揺れた。
「うぉっと! 危ない……あ!」
倒れずに済んだが、制服の右腕のケープの部分が少し破けていた。
揺れたときに、小屋の朽ちた木が飛び出たところにでも引っ掛けたようだ。
あちゃー、帰ったらおシズさんに謝らないと……。
そのあとミライアへ大きく手を振って合図をして、ふたたびホウキに乗せてもらう。
上空から見ると、波がさっきよりも高くなっていることが分かった。
どうりで漁礁が揺れるはずだ。
風も明らかに強くなっていた。
「これは、台風かな」
ミライアはそうつぶやくと、ホウキのスピードを上げて安全飛行限界まで飛ばす。
すると水平線のあたりに、それほど大きくは無いが、雲のかたまりが見えた。
やはり台風だ。
すぐに通信圏内まで戻ってリサと連絡を取り、台風への攻撃の許可を得た。
今回のタイフーンシグナルは3。
このまま攻撃せずに街に上陸しても、それほど大きな被害は出ない程度の強さだ。
だが、今回は上陸が深夜になるため、住民の避難活動が難しいこともあり、大事を取ってシグナル2以下に落とすことになった。
「モチコ、頼んだよ」
「はいっ」
今回はモチコがスクロールを撃つ。
ここ最近のフライトで、スクロールを撃つ姿勢を何度も練習した。
魔力をスクロールに流すイメージトレーニングもたくさんやった。
大丈夫、今日は決めるっ。
ホウキが台風にまっすぐ向かっていく。
風と雨が激しくなり、ホウキが大きく揺れ出した。
モチコは正面にある台風を見る。
視界いっぱいに広がる雲のかたまり。
怪物が迫ってくるみたいだ。
「ギリギリまで近づいて左旋回する! そこで撃とう!」
「はいっ!」
叫ぶように言うミライアに、モチコも叫び返す。
台風はもう目の前だ。
轟々と耳に襲いかかる嵐の音。
もう風と雨のどちらの音なのかも、区別がつかない。
モチコは風に飛ばされないよう気をつけながら、左胸のポケットからスクロールを取り出した。
「3秒前!」
ミライアの声が聞こえた。
左旋回までのカウントダウンだ。
モチコはスクロールを握った右手を、右前方へまっすぐに伸ばす。
視線と腕は目標に向けてまっすぐ、練習どおり。
「2!」
モチコは大きく息を吸う。
マナが全身を循環し、身体から緑色のオーラが湧きあがる。
「……1!」
台風の根本がまだ見えない。スクロールを撃ちこむ海面はどこだ?
落ち着け。ここで焦っちゃだめだ。
大丈夫。先輩が必ず、見える場所まで連れていってくれる!
ぐいん、と身体が大きく傾く。
次の瞬間、ホウキが左へ急旋回した。
ホウキの先が台風をかすめる。
台風の渦に飲み込まれるギリギリのところだ。
視界の右下のほうに、台風の根本と、海面が現れた。
モチコは練ったオーラをスクロールに流し込む。
スクロールに刻まれた文字のような模様が、青白い光を放ち始めた。
そのままオーラを流し続ける。
焦るな。イメージトレーニングどおり、一定の量で。
流し込んだオーラに少し抵抗を感じたところで、止める。
あとはゆっくり息を吐けばいい――。
ばすん!
破裂音がして、スクロールから光の矢が放たれた。
(後編へ続く)
「ん? あ、いいよ」
モチコは休憩と言ったが、別に疲れている訳ではない。
お手洗いに行きたいだけだった。
ミライアもそれは分かっているようで、深くは聞かずにホウキの高度を下げ始める。
――シグナスで働き始めたばかりの頃の話。
モチコは空の上で、お手洗いに行きたくなった。
どうしていいか分からず、ホウキの後ろでモジモジしていたら、ミライアが気づいた。
そのとき先輩が繰り出した言葉。
「急ぎなら、ホウキの上からでもいいよ。どうせ海に流れるし」
という衝撃発言が、いまも頭に残っている。
一瞬、夜空を仰いで覚悟を決めかけたが、乙女であることのデッドラインを完全に越えると思ったので、固くお断りした。
そのあと恐る恐る、先輩はしたことがあるのか聞いてみたところ「無いよ」との返事が聞けて安堵したものだ。
飛んでいるあいだはお手洗いに行きたくならないらしい。マジすか。
あれだけ大量の魔力を使うと、体内の水分も一緒に蒸発しているんだろうか……。
ほどなくして、高度を下げたホウキは、海面に浮かぶ小さな島に着陸する。
それは正確には島ではなく、魚礁というものらしい。
巨大な浮き輪のようなもので、漁業のために魚を集めたりするものだそうだ。
空を飛ぶ魔女の休憩所としても使われている。
モチコがホウキから漁礁の上に降り立つと、ミライアは「気をつけて」とだけ言って、ひとりで上空へ飛び立ってしまった。
お手洗いなので気をつかってくれたのだ。
漁礁の上にあるお手洗いは、とりあえず付けただけ、という感じの簡素なものだった。
人間がひとり入れる程度の、ぼろい小屋だ。
骨組みは金属だが、そこに打ち付けてある木の板はつねに潮風に晒されているので、朽ちて隙間だらけだった。
中からは外の大海原が見えて絶景だが、逆に外からも中が見えるので、全然ありがたくない。
下は人間が落ちないように工夫されてはいるが、このお手洗い、というか漁礁自体がけっこう揺れる。
海の上に浮いているので、こればかりは仕方がない。
お手洗いを済ませて出ようとした時、大きな波が来たのか、漁礁がぐらりと揺れた。
「うぉっと! 危ない……あ!」
倒れずに済んだが、制服の右腕のケープの部分が少し破けていた。
揺れたときに、小屋の朽ちた木が飛び出たところにでも引っ掛けたようだ。
あちゃー、帰ったらおシズさんに謝らないと……。
そのあとミライアへ大きく手を振って合図をして、ふたたびホウキに乗せてもらう。
上空から見ると、波がさっきよりも高くなっていることが分かった。
どうりで漁礁が揺れるはずだ。
風も明らかに強くなっていた。
「これは、台風かな」
ミライアはそうつぶやくと、ホウキのスピードを上げて安全飛行限界まで飛ばす。
すると水平線のあたりに、それほど大きくは無いが、雲のかたまりが見えた。
やはり台風だ。
すぐに通信圏内まで戻ってリサと連絡を取り、台風への攻撃の許可を得た。
今回のタイフーンシグナルは3。
このまま攻撃せずに街に上陸しても、それほど大きな被害は出ない程度の強さだ。
だが、今回は上陸が深夜になるため、住民の避難活動が難しいこともあり、大事を取ってシグナル2以下に落とすことになった。
「モチコ、頼んだよ」
「はいっ」
今回はモチコがスクロールを撃つ。
ここ最近のフライトで、スクロールを撃つ姿勢を何度も練習した。
魔力をスクロールに流すイメージトレーニングもたくさんやった。
大丈夫、今日は決めるっ。
ホウキが台風にまっすぐ向かっていく。
風と雨が激しくなり、ホウキが大きく揺れ出した。
モチコは正面にある台風を見る。
視界いっぱいに広がる雲のかたまり。
怪物が迫ってくるみたいだ。
「ギリギリまで近づいて左旋回する! そこで撃とう!」
「はいっ!」
叫ぶように言うミライアに、モチコも叫び返す。
台風はもう目の前だ。
轟々と耳に襲いかかる嵐の音。
もう風と雨のどちらの音なのかも、区別がつかない。
モチコは風に飛ばされないよう気をつけながら、左胸のポケットからスクロールを取り出した。
「3秒前!」
ミライアの声が聞こえた。
左旋回までのカウントダウンだ。
モチコはスクロールを握った右手を、右前方へまっすぐに伸ばす。
視線と腕は目標に向けてまっすぐ、練習どおり。
「2!」
モチコは大きく息を吸う。
マナが全身を循環し、身体から緑色のオーラが湧きあがる。
「……1!」
台風の根本がまだ見えない。スクロールを撃ちこむ海面はどこだ?
落ち着け。ここで焦っちゃだめだ。
大丈夫。先輩が必ず、見える場所まで連れていってくれる!
ぐいん、と身体が大きく傾く。
次の瞬間、ホウキが左へ急旋回した。
ホウキの先が台風をかすめる。
台風の渦に飲み込まれるギリギリのところだ。
視界の右下のほうに、台風の根本と、海面が現れた。
モチコは練ったオーラをスクロールに流し込む。
スクロールに刻まれた文字のような模様が、青白い光を放ち始めた。
そのままオーラを流し続ける。
焦るな。イメージトレーニングどおり、一定の量で。
流し込んだオーラに少し抵抗を感じたところで、止める。
あとはゆっくり息を吐けばいい――。
ばすん!
破裂音がして、スクロールから光の矢が放たれた。
(後編へ続く)
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