雨のカーポート、止まった時間を修理する ―「ゴミ」と呼ばれたラジコンがGT-Rになった奇跡―

Tom Eny

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青春リペア ― 1/10から始まった奇跡 ―

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1. カーポートの神様

朝5時。リビングのエアコンがまだ眠りについているような冷え込みの中、庭の波板カーポートから、アルミを削る高い振動音が響いていた。 隣で寝ていた妻、美咲が深い溜息を吐く。その背中は「またなのね」と静かに絶望していた。

カーポートは、家族の軽自動車を停める場所ではない。そこは夫・**賢一(ケンイチ)**の「聖域」だ。 作業灯の下、彼が指先で愛でるのは、三十年来の相棒であるタミヤ製のRCカー、スカイラインGT-R(R32)。 賢一はこのマシンのために、息子の高校の授業料から密かに工面し、イタリアから廃盤のダンパーを落札した。かつては白かったボディは、親友が逝ったあの日、喪に服すように漆黒に塗り替えられている。

サイドウインドウには、親友が「いつか本物に乗る時に貼れよ」と笑って描いた炎のステッカー。 「……まだだ。まだ、終わらせない。お前も、俺も」 賢一は独りごちる。友との約束を、1/10の世界に閉じ込めて繋ぎ止めるための、孤独な戦いだった。 深夜のカーポートで、マシンが正確な弧を描いてドリフトを繰り出す。疲労困憊で泥のように眠りについた彼の横で、激しい雷雨がカーポートを叩きつけていた。

2. 真鍮の恩返し

午前7時。けたたましい雨音を打ち破る、異様な金属の唸り声で賢一は飛び起きた。 「あなた! 泥棒よ! カーポートに、何か……!」

美咲の悲鳴に導かれ、外へ走る。 そこにいたのは、1/10の模型ではない。豪雨を切り裂くような威容を放つ、本物のBNR32だった。 低く構えた車高、鈍く光る漆黒の塗装。サイドウインドウには、あの「炎のステッカー」が、雨に濡れながらも鮮やかに躍っていた。

足元には、削り出されたばかりの真鍮パーツの残骸と、粉々に砕け散ったプラスチックの破片が散乱している。 「まさか、お前……」 賢一が震える手でボンネットを開けると、そこには実車のエンジンに混じって、彼が昨日まで削り出していた真鍮のパーツが、誇らしげに鎮座していた。

「うそだろ……お父さん。これ、ホントに……?」 いつの間にか背後にいた息子の隼人が、呆然と、しかし憧憬を隠せない瞳でその鉄塊を見つめていた。 「お前がゴミって言ってたやつだ。……どうだ、隼人」 隼人は、父の油汚れが染み付いた大きな手に視線を落とし、それから力強く頷いた。 「ゴミなんて言って、ごめん。……すげえよ、父さん」 十数年続いていた親子の「見えない壁」が、エンジンの熱気に溶けて消えていくのを賢一は感じた。

3. 青春の山

賢一は、その「本物」の存在を家族だけの秘密にした。 一方で、彼の指先が持つ魔法は、SNSを通じて世界に見つかってしまった。彼が自作のパーツを組み上げ、調整し尽くされたRCカーを走らせる動画が、爆発的に拡散されたのだ。

コメント欄には、かつて少年だった男たちの熱狂が溢れた。 『この世のどこを探しても直せませんでした。どうか、私の青春に息を吹き込ませてください』

ボロボロだった実家の倉庫は、全国から届く「思い出の残骸」で埋め尽くされた。 ある日、美咲は倉庫の隅で、一人の依頼者が涙を流すのを見た。リストラで自信を失っていた男が、賢一に修理されたマシンを抱え、「もう一度、前を向いて走れます」と震える声で告げた。 美咲は気づいた。賢一が削っていたのはアルミの破片ではなく、誰かの止まった時間だったのだ。 今では、学校帰りの隼人が「父さん、このパーツのバリ取り終わったよ」と、助手として隣に座るようになっていた。

4. 最後の調整

季節が巡り、賢一は正式に「株式会社 青春リペア」の看板を掲げた。 かつて家族を困らせた「部品の買い占め」は、今や「ホビー文化を次世代に繋ぐ投資」へと形を変えた。

美咲の誕生日。賢一は、小さな青い箱を差し出した。 「美咲。あの時、ケーキ代を部品に変えてしまったこと、ずっと後悔してたんだ」 中に入っていたのは、かつて彼女が「綺麗ね」と呟いた指輪と、三人の名前が書かれた旅行の予約票だった。

「……さすがね。あなたは昔から、動かなくなったものを動かすことだけは、天下一品だったもの」 美咲は笑い、今は自信に満ちた顔になった夫を強く抱きしめた。 「でも、ありがとう。あなたは、壊れかけていた私たちの家族も、ちゃんと修理してくれたのね」

その夜、賢一はガレージに眠るGT-Rの重厚なドアを開けた。 「隼人、助手席に乗れ」 初めて息子を特等席に乗せ、エンジンを始動させる。 直列6気筒の咆哮の中に、一瞬だけ、あの懐かしいラジコンの高いモーター音が混じった気がした。 漆黒のボディは、親友との過去を、家族との未来へと繋ぎながら、力強く夜明けの道を走り出した。
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