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愛しのジュリア
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大規模作戦が行われるのは、七日後。
デュラン将軍にそう聞いていた俺は、六日間の訓練を副官のレインに丸投げして休暇を取り、帰郷することにした。
ふざけんなぁっ、と背中を蹴られたが、女であるレインに背中を蹴られたところで俺には何の痛痒もない。嬉々として残っている有給休暇を申請して、レインも渋々認めてくれた。
勿論、ジュリアに会うためだ。
俺はこれから、大規模作戦に参加するのである。大規模作戦というのがどのくらい大規模なのかはよく分からないが、とりあえず大規模だという話だし、長くなるだろうという読みだ。
数ヶ月――下手をすれば一年以上、帰ってくることができないかもしれない。
だからせめて、出立する前に、ジュリアに会いたかったのだ。
「ふぅ……馬車の停留所が遠いのが困りものだな……」
俺の故郷は、ドがつくほどの田舎だ。
最も近い乗合馬車の停留所に向かうまで、二つ村を越えなければならない。そして道なき道を経て山の奥に入って、ようやく到着する場所だ。
そんな立地のせいで、ほとんど村には行商人なども訪れることはなく、都会に出た者が帰省することもほとんどない。
そのせいで、俺も年に二度しか帰ってこれないんだけど。
全力疾走で山を登り、ようやく懐かしい故郷が見えてきた。
「よ、っと。ふぅ……さすがにちょっと疲れたな」
半日ほど全力疾走してきた足は、さすがに疲労を訴えている。
ちなみに、他の連中だと故郷の村から次の村に向かうまで一日、その次の村に向かうまで二日ほどかかるらしい。どうしてそんなにも時間かかるんだろうなぁ、と常々不思議だ。俺なら全力疾走して、半日で到着するのに。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
村に到着して俺はまず、自分の実家など二の次にジュリアの家へと向かった。
「ジュリア!」
「ギルフォード!」
そして、まるで俺を待っていたかのように、畑で作業していたジュリア。
俺の帰還に笑顔を見せてくれるジュリアは、まさに女神のような姿。色褪せた赤毛と、常に畑仕事をしているからやや浅黒い肌。しかしその顔立ちは整っており、つぶらな茶色の瞳に俺が映っているというだけで嬉しくなってくる。
畑を荒らさないように慎重に駆けて、ジュリアを抱きしめる。
勿論、ちゃんと力加減の調節は忘れない。俺が全力で抱きしめたら、ジュリアは多分潰れる。何せ俺、全身鎧の騎士を締め潰したことあるし。
やっべ、いい匂い。
「ジュリア……会いたかった」
「もぉ……痛いよ、ギルフォード」
「あ、ああ、わ、悪……」
「……離れちゃ、や。わたしも、会いたかったよ。ギルフォード」
「うっ……!」
ぎゅっ、とか弱い力で、俺を抱きしめてくれるジュリア。
ああ、ここが天国か。幸せとは、こんな身近にあったのか。青い鳥は家にいたんだよ。
「でも、ギルフォード……一体、どうしたの? 五日前に、帝都に戻ったばかりじゃない。わたしは……帰ってきてくれて、嬉しいけど」
「ああ……除隊の申請を、してきてな」
「うん……本当に、ごめん。わたしのために……」
「いや、それは俺の事情だ。俺が、ジュリアを支えたいと、そう思っている。だから今後は、一緒にご両親の遺した土地を、守っていこう。俺はそのために、除隊を申請したんだ」
「ありがとう……ギルフォード」
ジュリアは一度も、俺に除隊して欲しいとは言わなかった。
だから除隊は、俺の勝手な判断だ。結婚して幸せな家庭を築いても、俺が軍に所属している以上、ここに帰ってくることは難しい。そもそも、夫が年に二度しか帰ってこない家庭など、決して続かないだろう。
かといって、ジュリアを帝都に呼び寄せることもできない。何せ、ジュリアの両親は既に亡くなっており、ジュリアは一人娘だ。父母の遺した農地を捨てて、都会に行くなど言語道断である。
つまり、俺が戻ってくる――それが、最善なのだ。
「それじゃ……ギルフォードは、これから、ずっといてくれるの……?」
「いや……それが、事情が変わったんだ」
抱きしめたままで、溜息を吐く。
本当は、除隊を申請して認められて、こうして戻ってくるつもりだった。
だけれど、俺はもう一度、帝都に戻らなければならない。
「すまない、ジュリア……軍の方で、これから大規模作戦が行われる。詳細は言えないが、長い戦争になるだろう」
「えっ……」
ジュリアの、驚いたような声。
勿論、詳細など俺は知らない。ちょっと格好付けたかった。ほら、機密事項だからー、とか言われると格好良くない?
「その作戦は、既に俺の参加が決定されていたんだ。軍人としての責任を果たすため、その作戦にだけは、俺は参加しなければならない」
「それじゃ……戦争に、行くの……?」
「ああ。将軍からは、大規模作戦を終えたら除隊していいと……そう、許可を得た」
「そんな……」
そう、許可は得たのだ。
俺はこの戦争が終わったら、必ず除隊してここに戻ってくる。
そのときこそ、ジュリアと共に幸せな家庭を築くのだ。
「だから、待っていて欲しい」
「ギルフォード……」
「この戦争が終わったら、結婚式を挙げよう。村の皆を呼んで、盛大に」
「……ええ、分かった。待ってるわ」
再び、ジュリアの腕に力がこもる。
本当は俺だって、行きたくない。もしかしたら死んでしまうかもしれない戦場に行って、ジュリアを心配させたくないのが本音だ。
だが、軍人として、隊長として、俺にだって責任がある。
だから――。
「絶対に……生きて、帰ってきてね」
「ああ」
ジュリアと交わしたその約束を。
俺は必ず、守ると誓う。
乗合馬車で二日、走って半日。
ジュリアに事情を説明して、結婚の約束をして、一晩愛を囁き。
走って半日、乗合馬車で二日。
俺は六日間の休暇のうち五日を、故郷への往復に費やした。
レインからは、「普通、隊長の実家に行こうとしたら往復で十日以上かかるんですけどねぇ……」と言われたが、意味が分からなかった。
デュラン将軍にそう聞いていた俺は、六日間の訓練を副官のレインに丸投げして休暇を取り、帰郷することにした。
ふざけんなぁっ、と背中を蹴られたが、女であるレインに背中を蹴られたところで俺には何の痛痒もない。嬉々として残っている有給休暇を申請して、レインも渋々認めてくれた。
勿論、ジュリアに会うためだ。
俺はこれから、大規模作戦に参加するのである。大規模作戦というのがどのくらい大規模なのかはよく分からないが、とりあえず大規模だという話だし、長くなるだろうという読みだ。
数ヶ月――下手をすれば一年以上、帰ってくることができないかもしれない。
だからせめて、出立する前に、ジュリアに会いたかったのだ。
「ふぅ……馬車の停留所が遠いのが困りものだな……」
俺の故郷は、ドがつくほどの田舎だ。
最も近い乗合馬車の停留所に向かうまで、二つ村を越えなければならない。そして道なき道を経て山の奥に入って、ようやく到着する場所だ。
そんな立地のせいで、ほとんど村には行商人なども訪れることはなく、都会に出た者が帰省することもほとんどない。
そのせいで、俺も年に二度しか帰ってこれないんだけど。
全力疾走で山を登り、ようやく懐かしい故郷が見えてきた。
「よ、っと。ふぅ……さすがにちょっと疲れたな」
半日ほど全力疾走してきた足は、さすがに疲労を訴えている。
ちなみに、他の連中だと故郷の村から次の村に向かうまで一日、その次の村に向かうまで二日ほどかかるらしい。どうしてそんなにも時間かかるんだろうなぁ、と常々不思議だ。俺なら全力疾走して、半日で到着するのに。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
村に到着して俺はまず、自分の実家など二の次にジュリアの家へと向かった。
「ジュリア!」
「ギルフォード!」
そして、まるで俺を待っていたかのように、畑で作業していたジュリア。
俺の帰還に笑顔を見せてくれるジュリアは、まさに女神のような姿。色褪せた赤毛と、常に畑仕事をしているからやや浅黒い肌。しかしその顔立ちは整っており、つぶらな茶色の瞳に俺が映っているというだけで嬉しくなってくる。
畑を荒らさないように慎重に駆けて、ジュリアを抱きしめる。
勿論、ちゃんと力加減の調節は忘れない。俺が全力で抱きしめたら、ジュリアは多分潰れる。何せ俺、全身鎧の騎士を締め潰したことあるし。
やっべ、いい匂い。
「ジュリア……会いたかった」
「もぉ……痛いよ、ギルフォード」
「あ、ああ、わ、悪……」
「……離れちゃ、や。わたしも、会いたかったよ。ギルフォード」
「うっ……!」
ぎゅっ、とか弱い力で、俺を抱きしめてくれるジュリア。
ああ、ここが天国か。幸せとは、こんな身近にあったのか。青い鳥は家にいたんだよ。
「でも、ギルフォード……一体、どうしたの? 五日前に、帝都に戻ったばかりじゃない。わたしは……帰ってきてくれて、嬉しいけど」
「ああ……除隊の申請を、してきてな」
「うん……本当に、ごめん。わたしのために……」
「いや、それは俺の事情だ。俺が、ジュリアを支えたいと、そう思っている。だから今後は、一緒にご両親の遺した土地を、守っていこう。俺はそのために、除隊を申請したんだ」
「ありがとう……ギルフォード」
ジュリアは一度も、俺に除隊して欲しいとは言わなかった。
だから除隊は、俺の勝手な判断だ。結婚して幸せな家庭を築いても、俺が軍に所属している以上、ここに帰ってくることは難しい。そもそも、夫が年に二度しか帰ってこない家庭など、決して続かないだろう。
かといって、ジュリアを帝都に呼び寄せることもできない。何せ、ジュリアの両親は既に亡くなっており、ジュリアは一人娘だ。父母の遺した農地を捨てて、都会に行くなど言語道断である。
つまり、俺が戻ってくる――それが、最善なのだ。
「それじゃ……ギルフォードは、これから、ずっといてくれるの……?」
「いや……それが、事情が変わったんだ」
抱きしめたままで、溜息を吐く。
本当は、除隊を申請して認められて、こうして戻ってくるつもりだった。
だけれど、俺はもう一度、帝都に戻らなければならない。
「すまない、ジュリア……軍の方で、これから大規模作戦が行われる。詳細は言えないが、長い戦争になるだろう」
「えっ……」
ジュリアの、驚いたような声。
勿論、詳細など俺は知らない。ちょっと格好付けたかった。ほら、機密事項だからー、とか言われると格好良くない?
「その作戦は、既に俺の参加が決定されていたんだ。軍人としての責任を果たすため、その作戦にだけは、俺は参加しなければならない」
「それじゃ……戦争に、行くの……?」
「ああ。将軍からは、大規模作戦を終えたら除隊していいと……そう、許可を得た」
「そんな……」
そう、許可は得たのだ。
俺はこの戦争が終わったら、必ず除隊してここに戻ってくる。
そのときこそ、ジュリアと共に幸せな家庭を築くのだ。
「だから、待っていて欲しい」
「ギルフォード……」
「この戦争が終わったら、結婚式を挙げよう。村の皆を呼んで、盛大に」
「……ええ、分かった。待ってるわ」
再び、ジュリアの腕に力がこもる。
本当は俺だって、行きたくない。もしかしたら死んでしまうかもしれない戦場に行って、ジュリアを心配させたくないのが本音だ。
だが、軍人として、隊長として、俺にだって責任がある。
だから――。
「絶対に……生きて、帰ってきてね」
「ああ」
ジュリアと交わしたその約束を。
俺は必ず、守ると誓う。
乗合馬車で二日、走って半日。
ジュリアに事情を説明して、結婚の約束をして、一晩愛を囁き。
走って半日、乗合馬車で二日。
俺は六日間の休暇のうち五日を、故郷への往復に費やした。
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