俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里

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『遊撃隊』大隊長アンナ

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「さすがにそれは、言葉のあやではありませんか?」

 行軍中。
 俺の疑問を隣にいたレインに聞いてみたが、そんなにべもない答えが返ってきた。
 当然、その疑問とは皇帝の言った「この大陸をガーランドの旗に染めよ」などの発言である。その言葉だけを聞けば、まるで大陸全土を支配しようとしているように聞こえたのだが。
 まぁ、普通に考えればそうだよな。
 仮想敵国だけでめちゃくちゃ多いのに、この一戦で全部の決着をつけようとか、そんなこと思うはずがないだろうし。
 俺ですら馬鹿馬鹿しいと思うような作戦を、俺より頭のいい上層部がやるわけないだろう。

「ふむ……だったら、いいんだけどな」

「隊長は、難しく考えすぎなんですよ。いつも通りシンプルに、先頭で暴れてくださればそれで良いですから」

「ああ。まぁ、俺にはそれしかできないからな」

 正直俺は、ただの大隊長だ。
 そして、平民の出自で大隊長になれるのも、かなり珍しい例ではある。少なくとも、俺以外の大隊長は全員貴族の出身だ。平民から軍に入るのと、貴族から軍に入るのでは、そのスタート地点すら違うからである。
 まぁ、軍に入隊した平民のほとんどは、家業を継ぐとかで除隊するんだけどな。俺みたいに。

「しかし、隊長は十分な功績を残しておりますし、将軍に任命されてもおかしくないと思うんですけどね」

「あー……俺には荷が重い。大隊長も、俺には見合ってないと思ってるよ」

「ですが、それだけの功績は残しているんですよ? 以前の作戦なんて、隊長がいなければ間違いなく不可能な作戦でしたし」

「浮島の河賊か。あれは大変だったなぁ」

 はぁ、と小さく溜息を吐く。
 レインが言っているのは、ガーランド帝都の近くを流れる大河、セント・ガーランド川に出現した河賊の討伐だ。
 橋を落とし、船での渡河を余儀なくされた商人や旅人を襲い、浮島にあるアジトに金を溜めていた連中である。被害額が相当なものになり、軍に討伐依頼が来たのだ。
 だが、この討伐が何度となく失敗する。
 そもそも俺たちは陸での戦いを主として訓練しているため、船の上での戦いというものに慣れていないのだ。最初に向かった大隊は船で体当たりをされて沈められ、次に向かった大隊は浮島に到着する前に矢の餌食になった。その次に向かった大隊は夜に奇襲をかけようとしたが、夜の暗さの中で逆に河賊から奇襲を受けたのだとか。
 見通しの良い浮島に居を構えていたからこそ、軍がどのようにやってくるかの確認も容易であり、そして河での戦いは向こうに分があったのである。
 そこで、最終的に俺の率いる『切り込み隊』に、討伐要請が回ってきたのだが。

「さすがにわたしも、あの馬鹿みたいな作戦で成功するとは思っていませんでしたが」

「その馬鹿みたいな作戦を立案したのは誰だよ」

「わたしです」

 まぁ、結論から言うと。
 俺が夜中に、浮島まで泳いでいった。
 奴らは夜も篝火を焚いていたし、常に監視の目もいた。だからこそ、敵の目に触れることなく近付いて、内部に入ることを前提としたのだ。
 だから、俺が泳いでいった。武器だけ背中に抱えてひたすら泳いで、敵の目を掻い潜ってアジトに侵入し、そのまま大暴れをした。結果的に、河賊はそれで全滅したわけなのだが。
 この作戦立案、全部レインである。
 当時、「隊長なら大丈夫です」と太鼓判を押された覚えがある。

「ですから、隊長が将軍になる日が来てもいいと思うんですけどね。隊長、多分世界で一番強いですし」

「そう褒めるな。あれは、たまたま上手くいっただけだよ」

「たまたまで、浮島にいた二百人からの河賊を一人で殲滅できませんよ」

「まともな武人はいなかったからな。素人が何人で掛かってきても、俺は殺せねぇよ」

「いくら達人でも、数の暴力の前には負けると思うんですけどね……」

 はぁ、と小さく溜息を吐くレイン。
 そもそも、お前がやれって言ったんだろうに。

「しっつれーい」

「うん?」

「やっほ、ギルちゃん。お取り込み中?」

「ああ、アンナか。別にいいぞ」

 そんな俺とレインの会話に入り込んできたのは、アンナ・セオード。セオード伯爵家の次女であり、俺と同じ第三師団所属『遊撃隊』の大隊長だ。
 ちなみに、一師団は五大隊で構成されており、隊の名前はその役割に由来する。
 まず『切り込み隊』。これは全軍での激突の際に、最前線を走る部隊だ。そして、俺が率いている部隊でもある。
 そしてアンナが率いる『遊撃隊』。これは激突の際に、遊撃として働く部隊である。側面に回り込んで攻め込んだり、敵軍の退路を断ったり、そういう仕事を主に行う部隊だ。
 他にも『弓矢隊』、『騎馬隊』、『戦車隊』の三つがある。
 ちなみに、『戦車隊』の大隊長は師団長が兼任しているため、俺の同僚の大隊長は他に三人だ。

「今回の戦も、よろしくね。ギルちゃんが先頭走ってくれるから、あたしら楽させてもらえてるからさ」

「お前らを楽させるためじゃないんだがな……まぁ、役割は果たす。それだけだ」

「それより、聞いたわよ。ギルちゃん、除隊するんだって?」

「む……」

 アンナの言葉に、思わず眉を寄せる。
 俺が除隊する件は、デュラン将軍と『切り込み隊』の面々以外に知らないはずなのだが。

「どこから聞いた?」

「将軍からよ。一応、士気に関わるから吹聴はするな、って言われたけどね」

「はぁ……将軍からじゃ、何も言えないな。確かにそうだ。俺は、除隊を申請した」

「勿体ないわよねぇ……大隊長のお給料じゃ、満足できなかったの? 何なら、うちの領地来る? 私兵隊募集してるのよね。ギルちゃんなら、今のお給料の倍出してもいいけど」

「む……」

 俺たちのように、戦うことしかできない人間は、大体が軍か傭兵団のお世話になる。
 だが、それ以外での良い働き口――それが、貴族家お抱えの私兵団である。
 ガーランド帝国のように兵農分離されている国では、貴族家お抱えの私兵団は、ほとんど戦場に出ることがない。大体が領地の治安維持だったり、盗賊の討伐だったり、その程度のものだ。
 だから、アンナの実家――セオード伯爵家のお抱えともなれば、良い働き口なのだが。

「悪いが、断らせてくれ」

「……足りない? 駄目なら、お父様に言ってもっと上げてもらうけど」

「そうじゃないんだ。俺は、実家に帰って、幼馴染と結婚するために除隊するんだよ」

 アンナに、そう首を振りながら言う。
 そう、俺は結婚するために除隊するのだ。
 ジュリアという、俺の愛する妻と生涯を共にするために、俺は軍を離れるのだ。
 ああ、今からその日が楽しみでたまらない。

「……そうなの?」

「ああ、美人で気立てのいい幼馴染でな――」

「……」

 アンナが、俺を無視して踵を返し、下がっていく。
 おいおい、俺まだ自慢し足りねぇんだけど。
 ジュリアの可愛さとか美しさとか優しさとか、語りたいことたくさんあるんだけど。
 だが、そんな俺の少し後ろで。

「……どういうことよ、レイン」

「……どういうことも何も、そういうことですよ」

 何故か、俺の結婚についてレインに詰め寄るアンナの姿が見えた。
 いや、お前さ。

 そんなに俺が結婚すること、信じられねぇの?
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