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閑話:妻への手紙
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「あ、これ……ギルフォードからだ」
最前線より遥か遠い、ガーランド帝国の中でもかなりの僻地にある村――僻地すぎて領主すらその存在を把握していない、税の徴収に行くために徴収する税以上の支出が必要と言われるほどの田舎。それゆえに領主から税をとられることがなく、自分で作ったものは自分たちの備蓄とし、余所の家と交換するのが当然となっている。
そんな僻地の中の僻地ではあるが、それでも一応郵便は届く。とはいえ、麓の郵便局に纏められているのを、行商に向かった村人が帰り道で一緒に持って帰るだけである。ゆえに、この村に郵便が届くのは年に四度ほどだ。
ジュリアは、そんな郵便の中の一つに、自分の名前が刻まれているのを見て、持ち帰った。親も既に亡くなり、友人もいないジュリアからすれば、こんな風に手紙を貰ったのは初めてだった。
「ふふ……ギルフォードったら、汚い字」
手紙には、『愛しのジュリアへ』という宛名が書いてある。
本来帝国の識字率はそれほど高くないが、ジュリアは元々村長の娘だったということで、読み書きだけは教育を受けたのだ。もっとも、その父も流行病で亡くなってしまったため、今は村の別の者が村長になっているけれど。
だから、恐らく軍に入って覚えたのだろうギルフォードの文字――それはところどころ歪で、しかし愛嬌のあるものになっていた。
「何が書いているのかしら……」
ギルフォードは、ジュリアの幼馴染だ。
幼い頃から家が近く、ギルフォードの兄も交えて一緒に遊んだこともある。しかし年を重ねるにつれて、やはり男女ということであまり一緒に過ごすことがなくなり、お互いに家の畑の手伝いをする毎日だった。
そんな中、突然ギルフォードが軍に入ると言い出したときには、村の皆が驚いたものだ。
村一番の狩人であるサムおじさんや、村一番の力持ちであるヘンリーおじさんに及ばないギルフォードが、軍に入って活躍できるなんて誰も思っていなかった。
だけれど、実際には軍に入ってめきめきと成長し、今では大隊長も務めているほどらしい。
「……」
いつだったか、ギルフォードが少しだけ里帰りをしたとき、ジュリアは両親を失ってすぐだった。心にぽっかりと穴が空いたような、そんな気持ちでいながら、しかし両親が遺した畑はちゃんと管理しなければ、とまるで人形のように働いていた。
そんなとき、突然ギルフォードから声を掛けられた。子供の頃、遊んでいた日々のように。真っ直ぐに。
涙が止まらなくなってしまって、ギルフォードの胸に抱きついたのを、今でも覚えている。それを切っ掛けに、ジュリアはギルフォードから「結婚しよう」と、そう言われたのだ。俺は三男だし、実家の畑は既に兄が継いでいる。だから、ジュリアの両親が遺したこの畑を、俺たちで一緒に守っていこう――そう言ってくれた。
熱くなってきた目頭の熱を払うように、ジュリアはかぶりを振る。
「えっと……」
手紙の最初も同じく、『愛しのジュリアへ』という文言から始まった。
『愛しのジュリアへ
俺は今、アリオス王国の王都にいる。ジュリアと結婚するために終わらせなければならなかった作戦は、アリオス王国の陥落作戦だった。俺は第三師団の『切り込み隊』を率いて、戦争に参加した。だが今、アリオス帝国の王族を捕らえて、降伏させた。
俺も割と活躍したよ。竜尾谷っていう、難攻不落の道があったんだが、俺が先頭に立って部隊を率いて、一人も部下を死なせずに攻略した。この成果で、勲章と報奨金を貰えるらしい。この報奨金で、結婚指輪を買ってくるよ。センスがないとか言わないでくれよな』
「ふふ……ギルらしいわね」
そんな風に保険をかけなくても、ギルフォードが選んでくれた物なら何だっていい――ジュリアは、そう考えながら笑みを浮かべる。
昔――男女ということで距離が生まれていたあの頃から、ジュリアはきっとギルフォードに惹かれていたのだと思う。いつだって優しくて、いつだって気遣ってくれたギルフォードを、いつだったか目で追っている自分がいるのが分かった。
だから軍に入ると言い出したときにも、本当は止めたかった。そんな危険な場所に行くなんて、と。
だけれどギルフォードは、ジュリアと共に畑を守っていくことを選んでくれた。
出世をしたはずの軍を選ばずに、ジュリアを選んでくれたのだ。
それを少しだけ――少しだけ、後悔している。
「……ギルがどうしても軍にいたいって言うなら、私も村を出たんだけど」
今更言っても、詮無きことではあるけれど。
小さく溜息を吐いて、続きを読む。
『アリオス王都でも、俺は活躍したよ。王城の中にいた王族を、■■■■■■■■■■■■■■■捕まえに向かったんだけど、■■■■■■■■■■■村一番の軽業師のゲンさんよりも■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■俺はそれよりも、ジュリアと一緒にいる未来の方がいいと思ったから、断ったよ』
「……?」
ところどころが、炭で黒く塗りつぶされている。
多分ギルフォードのことだから、知らずに機密のことを書いてしまったのだろう。頑張れば読めるかもしれないけれど、無理に軍の機密を知る必要はない。そう思いながら、脈絡のないその文章を読み飛ばして。
『愛しいジュリア。今すぐにでも会いたいけれど、まだ作戦が終わってくれないんだ。アリオス王国を打破したことで、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。だから俺は待機を命じられたんだ。すぐに帰れるだろうって思ってたんだけど、今度は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。どうにか追い払ったけれど、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。これはあくまで作戦の継続なんだって。だから、もう少し帰るのが遅れると思う。待っていてくれ、俺の愛するジュリア。
ギルフォードより』
「え……」
ジュリアは思わず、そう呟く。
この戦争が終わったら帰ってくると、そうギルフォードは言っていた。
だけれど。
「……まだ戦争終わらないの?」
最前線より遥か遠い、ガーランド帝国の中でもかなりの僻地にある村――僻地すぎて領主すらその存在を把握していない、税の徴収に行くために徴収する税以上の支出が必要と言われるほどの田舎。それゆえに領主から税をとられることがなく、自分で作ったものは自分たちの備蓄とし、余所の家と交換するのが当然となっている。
そんな僻地の中の僻地ではあるが、それでも一応郵便は届く。とはいえ、麓の郵便局に纏められているのを、行商に向かった村人が帰り道で一緒に持って帰るだけである。ゆえに、この村に郵便が届くのは年に四度ほどだ。
ジュリアは、そんな郵便の中の一つに、自分の名前が刻まれているのを見て、持ち帰った。親も既に亡くなり、友人もいないジュリアからすれば、こんな風に手紙を貰ったのは初めてだった。
「ふふ……ギルフォードったら、汚い字」
手紙には、『愛しのジュリアへ』という宛名が書いてある。
本来帝国の識字率はそれほど高くないが、ジュリアは元々村長の娘だったということで、読み書きだけは教育を受けたのだ。もっとも、その父も流行病で亡くなってしまったため、今は村の別の者が村長になっているけれど。
だから、恐らく軍に入って覚えたのだろうギルフォードの文字――それはところどころ歪で、しかし愛嬌のあるものになっていた。
「何が書いているのかしら……」
ギルフォードは、ジュリアの幼馴染だ。
幼い頃から家が近く、ギルフォードの兄も交えて一緒に遊んだこともある。しかし年を重ねるにつれて、やはり男女ということであまり一緒に過ごすことがなくなり、お互いに家の畑の手伝いをする毎日だった。
そんな中、突然ギルフォードが軍に入ると言い出したときには、村の皆が驚いたものだ。
村一番の狩人であるサムおじさんや、村一番の力持ちであるヘンリーおじさんに及ばないギルフォードが、軍に入って活躍できるなんて誰も思っていなかった。
だけれど、実際には軍に入ってめきめきと成長し、今では大隊長も務めているほどらしい。
「……」
いつだったか、ギルフォードが少しだけ里帰りをしたとき、ジュリアは両親を失ってすぐだった。心にぽっかりと穴が空いたような、そんな気持ちでいながら、しかし両親が遺した畑はちゃんと管理しなければ、とまるで人形のように働いていた。
そんなとき、突然ギルフォードから声を掛けられた。子供の頃、遊んでいた日々のように。真っ直ぐに。
涙が止まらなくなってしまって、ギルフォードの胸に抱きついたのを、今でも覚えている。それを切っ掛けに、ジュリアはギルフォードから「結婚しよう」と、そう言われたのだ。俺は三男だし、実家の畑は既に兄が継いでいる。だから、ジュリアの両親が遺したこの畑を、俺たちで一緒に守っていこう――そう言ってくれた。
熱くなってきた目頭の熱を払うように、ジュリアはかぶりを振る。
「えっと……」
手紙の最初も同じく、『愛しのジュリアへ』という文言から始まった。
『愛しのジュリアへ
俺は今、アリオス王国の王都にいる。ジュリアと結婚するために終わらせなければならなかった作戦は、アリオス王国の陥落作戦だった。俺は第三師団の『切り込み隊』を率いて、戦争に参加した。だが今、アリオス帝国の王族を捕らえて、降伏させた。
俺も割と活躍したよ。竜尾谷っていう、難攻不落の道があったんだが、俺が先頭に立って部隊を率いて、一人も部下を死なせずに攻略した。この成果で、勲章と報奨金を貰えるらしい。この報奨金で、結婚指輪を買ってくるよ。センスがないとか言わないでくれよな』
「ふふ……ギルらしいわね」
そんな風に保険をかけなくても、ギルフォードが選んでくれた物なら何だっていい――ジュリアは、そう考えながら笑みを浮かべる。
昔――男女ということで距離が生まれていたあの頃から、ジュリアはきっとギルフォードに惹かれていたのだと思う。いつだって優しくて、いつだって気遣ってくれたギルフォードを、いつだったか目で追っている自分がいるのが分かった。
だから軍に入ると言い出したときにも、本当は止めたかった。そんな危険な場所に行くなんて、と。
だけれどギルフォードは、ジュリアと共に畑を守っていくことを選んでくれた。
出世をしたはずの軍を選ばずに、ジュリアを選んでくれたのだ。
それを少しだけ――少しだけ、後悔している。
「……ギルがどうしても軍にいたいって言うなら、私も村を出たんだけど」
今更言っても、詮無きことではあるけれど。
小さく溜息を吐いて、続きを読む。
『アリオス王都でも、俺は活躍したよ。王城の中にいた王族を、■■■■■■■■■■■■■■■捕まえに向かったんだけど、■■■■■■■■■■■村一番の軽業師のゲンさんよりも■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■俺はそれよりも、ジュリアと一緒にいる未来の方がいいと思ったから、断ったよ』
「……?」
ところどころが、炭で黒く塗りつぶされている。
多分ギルフォードのことだから、知らずに機密のことを書いてしまったのだろう。頑張れば読めるかもしれないけれど、無理に軍の機密を知る必要はない。そう思いながら、脈絡のないその文章を読み飛ばして。
『愛しいジュリア。今すぐにでも会いたいけれど、まだ作戦が終わってくれないんだ。アリオス王国を打破したことで、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。だから俺は待機を命じられたんだ。すぐに帰れるだろうって思ってたんだけど、今度は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。どうにか追い払ったけれど、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。これはあくまで作戦の継続なんだって。だから、もう少し帰るのが遅れると思う。待っていてくれ、俺の愛するジュリア。
ギルフォードより』
「え……」
ジュリアは思わず、そう呟く。
この戦争が終わったら帰ってくると、そうギルフォードは言っていた。
だけれど。
「……まだ戦争終わらないの?」
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