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閑話:故郷のジュリア
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「あ、またギルから手紙が来てる」
僻地の村。
そこでジュリアは、相変わらず年に四度ほどしかやってこない手紙の束――その中から一通、自分宛のものを発見した。
ジュリアにとって、村の外にいる知り合いはギルフォードだけである。ゆえに、今まではこんな風に手紙を楽しみにすることはなかった。だけれど前回、ギルフォードから手紙が来たことを契機に、こうして手紙が届けられるたびに足を運ぶようになったのだ。
相変わらず、宛名に『愛しのジュリアへ』と書かれたそれを見て、ふふっ、と微笑む。
手紙が来るということは、それだけで安心するものだ。
少なくとも、手紙を書いた時点でギルフォードは生きている。いつ死ぬかもしれない戦場にいるギルフォードが、生きているか死んでいるかすらジュリアには分からないのだ。
だからジュリアは、その場で開くことなく大事に、家まで手紙を持ち帰った。
既に、ジュリアとギルフォードの結婚は決まっている。
ジュリアの両親は既に亡くなっているし、現在も村に住んでいるギルフォードの両親は、ジュリアとの結婚を認めてくれている。元よりギルフォードが三男というのもあるし、仮にギルフォードの二人の兄に何かあったとしても、近くにギルフォードがいるというのは心強いだろう。少なくとも、遠くの戦場にいるよりは。
そんな今後義理の両親ともなるギルフォードの父母と、ジュリアの関係は良好だ。たまにギルフォードの母が、作りすぎた食事を持ってきてくれるくらいには仲が良い。
「ふふっ……相変わらず汚い字ね、ギル」
宛名に書かれた『愛しのジュリアへ』。
そして取り出した便箋も、同じく『愛しのジュリアへ』という文言で始まっている。しかし、やはり戦場での暮らしで文字の綺麗さというのは身につかないのか、相変わらず癖のある汚い字だった。
そんな字でも、一生懸命ギルフォードが書いてくれたことが伝わってきて、ジュリアは笑みを浮かべる。
『俺は今、メイルード王国を陥落させて、ジュノバ公国を占領した。
相変わらず総将軍ってば俺のことこき使いやがって、ずっと最前線にいるよ。そっちはどうだ? ジュリアは病気とかしていないか? こんなにも長く里帰りをできないなんて初めてだから、ジュリアのことや両親のことが、すごく気になってる』
「……うん、大丈夫だよ、ギル」
ジュリアは元気だし、ギルフォードの両親も共に壮健だ。
でも確かに、以前ギルフォードは年に三度は帰ってきてくれていた。帰ってくる期間自体は短いものの、それでも帰ってきてくれたのだ。
だけれど、前回ジュリアに会いに来てくれてから、もう半年以上が経っている。
大規模作戦に参加するという話は聞いていたけれど、これほど長引くものなのだろうか、と不安になってしまうほどだ。
「えっと……アリオス王国を倒して、まだ暫く作戦に時間がかかるって書かれてたけど……え、それで、メイルード王国を陥落させた? その上でジュノバ公国も占領……えっ、もう、国を三つも陥落させたの?」
ギルフォードの前回の手紙を思い出して、ジュリアは眉を寄せる。
軍人でないジュリアには分からないけれど、一度の出撃で三つもの国を打破できるものなのだろうか。むしろ、そんなにも国が広がってガーランド帝国は大丈夫なのだろうか。
だけれど、あくまでジュリアは何も知らない素人だ。頭のいい軍の上層部ならば、そのこともしっかり考えているのだろう。
『これから、俺たちは■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。今後は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■の予定だ。まだ、俺が戻るには時間がかかると思う。でも、大丈夫。俺は絶対に、ジュリアを幸せにするまでは死なないから』
「……」
まだ時間がかかる――その言葉に、ジュリアは目を伏せる。
流行病で両親を亡くし、それからずっと暮らしている家。ギルフォードが来てくれたときには、狭いとすら感じたこの家が、随分と広く思える。
あの日は、幸せだった。
ギルフォードがどれくらい食べるのか分からなくて、ジュリアがついつい作りすぎた夕食を、うまいうまいと言いながら全部食べてくれた。そんな夕食の席で、他愛のない話をたくさんした。
あれから半年――ジュリアは、いつも一人で食事を摂っている。
一日でも早く、ギルフォードと食卓を囲める日を待ち望んで。
『この戦争が終わったら、俺は除隊する。除隊した後には、一緒に畑を耕して暮らそう。そうだ、新婚旅行とか行こうぜ。どこか行きたいところとかあったら、色々考えていてくれ。貯金は結構あるし、外国とかでも大丈夫だから』
「……」
『新しい家具とか、そういうのも考えよう。俺の体が大きいから、寝台も大きいのに変えなきゃな。戻ったら、麓の街まで色々買いに行こう。心配かけるけど、絶対に生きて帰ってくるから。俺が戦争から帰ってきたら、結婚しよう。それじゃ、また手紙を書くよ』
「……」
『ギルフォードより』
新婚旅行で行きたいところとか。
結婚してからの新しい家具とか。
そういう、未来の話をいっぱいしてくれることが、嬉しい。
だけれど。
「ねぇ……ギル、さみしいよ……」
行きたいところとか、買いたいものとか、そういうのじゃなくて。
ジュリアは、ただ。
「まだ、戦争終わらないの……?」
ただ、ギルフォードと一緒にいたい。
その気持ちが抑えきれず。
便箋に一つ涙が落ち、インクが滲んだ。
僻地の村。
そこでジュリアは、相変わらず年に四度ほどしかやってこない手紙の束――その中から一通、自分宛のものを発見した。
ジュリアにとって、村の外にいる知り合いはギルフォードだけである。ゆえに、今まではこんな風に手紙を楽しみにすることはなかった。だけれど前回、ギルフォードから手紙が来たことを契機に、こうして手紙が届けられるたびに足を運ぶようになったのだ。
相変わらず、宛名に『愛しのジュリアへ』と書かれたそれを見て、ふふっ、と微笑む。
手紙が来るということは、それだけで安心するものだ。
少なくとも、手紙を書いた時点でギルフォードは生きている。いつ死ぬかもしれない戦場にいるギルフォードが、生きているか死んでいるかすらジュリアには分からないのだ。
だからジュリアは、その場で開くことなく大事に、家まで手紙を持ち帰った。
既に、ジュリアとギルフォードの結婚は決まっている。
ジュリアの両親は既に亡くなっているし、現在も村に住んでいるギルフォードの両親は、ジュリアとの結婚を認めてくれている。元よりギルフォードが三男というのもあるし、仮にギルフォードの二人の兄に何かあったとしても、近くにギルフォードがいるというのは心強いだろう。少なくとも、遠くの戦場にいるよりは。
そんな今後義理の両親ともなるギルフォードの父母と、ジュリアの関係は良好だ。たまにギルフォードの母が、作りすぎた食事を持ってきてくれるくらいには仲が良い。
「ふふっ……相変わらず汚い字ね、ギル」
宛名に書かれた『愛しのジュリアへ』。
そして取り出した便箋も、同じく『愛しのジュリアへ』という文言で始まっている。しかし、やはり戦場での暮らしで文字の綺麗さというのは身につかないのか、相変わらず癖のある汚い字だった。
そんな字でも、一生懸命ギルフォードが書いてくれたことが伝わってきて、ジュリアは笑みを浮かべる。
『俺は今、メイルード王国を陥落させて、ジュノバ公国を占領した。
相変わらず総将軍ってば俺のことこき使いやがって、ずっと最前線にいるよ。そっちはどうだ? ジュリアは病気とかしていないか? こんなにも長く里帰りをできないなんて初めてだから、ジュリアのことや両親のことが、すごく気になってる』
「……うん、大丈夫だよ、ギル」
ジュリアは元気だし、ギルフォードの両親も共に壮健だ。
でも確かに、以前ギルフォードは年に三度は帰ってきてくれていた。帰ってくる期間自体は短いものの、それでも帰ってきてくれたのだ。
だけれど、前回ジュリアに会いに来てくれてから、もう半年以上が経っている。
大規模作戦に参加するという話は聞いていたけれど、これほど長引くものなのだろうか、と不安になってしまうほどだ。
「えっと……アリオス王国を倒して、まだ暫く作戦に時間がかかるって書かれてたけど……え、それで、メイルード王国を陥落させた? その上でジュノバ公国も占領……えっ、もう、国を三つも陥落させたの?」
ギルフォードの前回の手紙を思い出して、ジュリアは眉を寄せる。
軍人でないジュリアには分からないけれど、一度の出撃で三つもの国を打破できるものなのだろうか。むしろ、そんなにも国が広がってガーランド帝国は大丈夫なのだろうか。
だけれど、あくまでジュリアは何も知らない素人だ。頭のいい軍の上層部ならば、そのこともしっかり考えているのだろう。
『これから、俺たちは■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。今後は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■の予定だ。まだ、俺が戻るには時間がかかると思う。でも、大丈夫。俺は絶対に、ジュリアを幸せにするまでは死なないから』
「……」
まだ時間がかかる――その言葉に、ジュリアは目を伏せる。
流行病で両親を亡くし、それからずっと暮らしている家。ギルフォードが来てくれたときには、狭いとすら感じたこの家が、随分と広く思える。
あの日は、幸せだった。
ギルフォードがどれくらい食べるのか分からなくて、ジュリアがついつい作りすぎた夕食を、うまいうまいと言いながら全部食べてくれた。そんな夕食の席で、他愛のない話をたくさんした。
あれから半年――ジュリアは、いつも一人で食事を摂っている。
一日でも早く、ギルフォードと食卓を囲める日を待ち望んで。
『この戦争が終わったら、俺は除隊する。除隊した後には、一緒に畑を耕して暮らそう。そうだ、新婚旅行とか行こうぜ。どこか行きたいところとかあったら、色々考えていてくれ。貯金は結構あるし、外国とかでも大丈夫だから』
「……」
『新しい家具とか、そういうのも考えよう。俺の体が大きいから、寝台も大きいのに変えなきゃな。戻ったら、麓の街まで色々買いに行こう。心配かけるけど、絶対に生きて帰ってくるから。俺が戦争から帰ってきたら、結婚しよう。それじゃ、また手紙を書くよ』
「……」
『ギルフォードより』
新婚旅行で行きたいところとか。
結婚してからの新しい家具とか。
そういう、未来の話をいっぱいしてくれることが、嬉しい。
だけれど。
「ねぇ……ギル、さみしいよ……」
行きたいところとか、買いたいものとか、そういうのじゃなくて。
ジュリアは、ただ。
「まだ、戦争終わらないの……?」
ただ、ギルフォードと一緒にいたい。
その気持ちが抑えきれず。
便箋に一つ涙が落ち、インクが滲んだ。
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