俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里

文字の大きさ
53 / 61

帝都への帰還

しおりを挟む
 夏になった。
 結局、ここに至るまで俺たち第三師団『切り込み隊』がやってきたのは、穴掘りだけだった。時々ライオス帝国軍と諍いが起こることはあったみたいだけれど、ほとんど第一師団や第十師団だけで事足りたらしい。
 何せ、こちらにはおそろしく広く作った空堀がある。
 下手に落ちたら上がってこられないほどに深く、そして対岸まで数メートルあるという空堀だ。そして、こちら側は空堀から少し離れた塹壕に第十師団――|十字弓(クロスボウ)の扱いに長けた者が潜り、適宜空堀の向こうにいる敵軍に矢を仕掛けるだけだったとか。
 結局、敵軍は空堀を攻略することができずに退却したらしい。

 まぁ、今後は向こうも空堀への対策を立てるだろうけれど、とりあえず現状上手くいっている。
 正直、総将軍の作戦が上手くいくって信じられない部分が多いけど、上手くいってるのだから仕方ない。
 そして、夏になって俺たちがどうしているかというと。

「はー、ようやく帰れんのか」

「そっすね」

 つい先程、俺とレインから後任――第六師団へと引き継ぎをしてきたところだ。
 結局、春先いっぱいをかけて俺たちは空堀と塹壕を掘り続けた。そしてようやく盤石の体制になった、という段階で交代である。
 もっとも、ここからは第四師団から第八師団までの四師団が、野戦砦の建設を行っていくらしいから、どっちもどっちだ。ちなみに現状第五師団は解体されているため、第四、第六、第七、第八の四師団である。
 そして俺たちは、ようやく帝都への帰路につくこととなった。

「戦争に出向いた感じがしねぇな」

「んだのぅ。わしら、土木業者ではないぞ」

「オレもマメできてますよぉ。めっちゃ痛いっす」

 結局俺たち第三師団がまともに戦ったのって、最初の一戦だけだった。
 それも俺が一生懸命綱を引いて、敵軍を足止めしたアレだけである。グランドの言う通り、他はほとんど土木業者のように穴を掘っていただけだった。
 まぁそれでも、ようやく戻れるのだ。戻れることを喜ぼう。戦争終わんねぇけど。

「隊長、帰還準備できました」

「よっしゃ。それじゃグランドを先頭に、全員進軍。俺が殿を務める」

「うす」

 俺の指示に、そう頷くグランド。
 行きは『切り込み隊』が先頭を行くが、帰りは『切り込み隊』が殿を務めるのが流れだ。仮に後ろから襲撃があってもいいように、いつでも戦える部隊を最後方に置いているのである。
 そしてこういう一時撤退の場合には、俺が部隊の最後で備えるのも、いつものことだ。

「では隊長、お願いしますね」

「おう。まぁ、特に道中何事もねぇだろうがな」

 ちなみに、そんな部隊の最後方というのは、つまりレインと一緒なわけだが。
 レインは基本的に、部隊の後ろで全軍を睥睨して指示を出す必要があるため、常に最後方にいるのだ。

「んで、戻ったら一旦休暇か?」

「ええ。一応、全軍に三日間の休暇を与えられています」

「三日か。短ぇな」

「さすがに、隊長が故郷に帰る時間はなさそうですね」

「頑張れば一日は過ごせる」

「……さすがにそれは、頑張りすぎでは?」

 とりあえず、少し計算してみる。
 休暇を与えられる前日の晩から走れば、翌々日の朝には到着してくれるだろう。そこからジュリアといちゃいちゃしながら過ごして、その日の夜に出発すれば、休暇が終わって翌日の朝には帝都に到着できるはずだ。
 俺の体がめちゃくちゃしんどい以外は、何の問題もない。
 よし、ジュリアといちゃいちゃするために帰ろう。

「まぁ、隊長がそれで良いなら止めませんが……」

「だが、休暇が終わったらどうなるんだ? また訓練の日々か?」

「そうなりますね。ガーランドは現状、ライオス帝国以外との戦線については維持し続ける方向みたいですので」

「まぁ、そりゃいい報告だ。さすがに、このまま他の国に攻め込むとか言い出したら、総将軍の頭を疑うところだわ」

「ウルスラ王国あたりは、こっちに茶々を入れてきそうではありますけどね」

 ウルスラ王国――それは、ガーランド帝国の西にある国の一つで、国境を隔てている。
 そして、同じく国境を隔てているもう一国――フェンリー法国と同盟関係にあり、どちらもガーランドを仮想敵国としているのだ。そのため、関係性はあまり良くない。
 現状、ライオス帝国との最前線に兵力を集中させているガーランドに、攻め込んでくる可能性は確かにゼロではないだろう。

「ただ、西の二国については現状、放置でも問題ないと思います」

「そうなのか?」

「ええ。ウルスラ王国に対しては、ユーリア王国の方が牽制してくれています。仮にウルスラがガーランドへ宣戦布告してきた場合、ユーリア王国も動いてくれますから」

「なら安心だな」

 ユーリア王国。
 それはガーランドと国境を隔てる国で、唯一友好関係にある国だ。既に十年以上にも及ぶ同盟関係を築いており、そしてウルスラ王国とも国境を隔てている。
 ユーリア王国自体は小国だけれど、ガーランドの属国のような扱いであるためにウルスラもなかなか攻めることができず、小康状態にあるのだとか。そしてユーリア王国は兵の数こそ少ないものの、『ユーリア機動兵団』という戦車部隊が非常に有名であるため、戦力としては非常に高い。
 まぁ、そのあたりの国の関係については、俺よりレインの方が詳しいだろうけど。

「お……それじゃ、俺たちもそろそろ出発するか」

「そうですね」

 前方の隊員たちは大体出発し、残るのは俺を含む少数だ。
 さっさと帝都に戻って、丸一日以上走って、ジュリアといちゃいちゃしよう――そう考えるだけで、口元が緩んだ。
 そんな俺に対して、「何も言わずにただニヤニヤしているのは非常に気持ち悪いですよ」とレインが余計なことを言ってきた。














 帝都。
 行軍を終えて、さぁ休暇だと走る準備をしていた俺は、唐突に総将軍に呼び出された。
 いやいやまさか別の国と戦争するとかそんな頭おかしいことしないよね絶対――とか思ってはいたけれど、今まで何度となく頭おかしいことをされてる前科があるから、少しだけ覚悟して呼び出しに応じたのだけれど。

「ギルフォード……まぁ、全ての師団に、今夜の内に伝えようと思っていたのだが」

「はぁ」

「お前の場合、先に伝えなければ今から里帰りをしそうだから、先に伝えておく」

「……」

 なんでそこ読まれてんだよ。
 というかそれつまり、休暇なしってことじゃねぇの?

「三日後から、ウルスラ王国へ攻め込む」

「……」

――さすがに、このまま他の国に攻め込むとか言い出したら、総将軍の頭を疑うところだわ

 やっぱり、軍の上層部ってバカなんじゃないだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...