俺この戦争が終わったら結婚するんだけど、思ってたより戦争が終わってくれない

筧千里

文字の大きさ
59 / 61

膠着する戦況

しおりを挟む
 ゴーガン湿地帯を抜けた、かつて街道だった峡谷。
 そこで、我らがガーランド軍とウルスラ王国軍は睨み合いを続けていた。

「……そろそろ冬になるな」

 ゴーガン湿地帯を抜けて、この峡谷さえ抜ければ、あとはウルスラ王都まで一直線。
 俺は、このまま真っ直ぐ抜ければ問題なく、冬までにはウルスラ王国との諍いに決着がつくだろうと考えていた。何せ狭い峡谷だし、竜尾谷のように高所をとられるわけでもないし、ひたすら俺が先頭に立って前進すればいいだけの話だと、そう考えていたのだ。
 だが、ここでユーリア王国の方が面倒なことを言い出したのである。
 ゴーガン湿地帯ではクソの役にも立たなかった『ユーリア機動兵団』だが、俺たちの素早い行動もあって、さほどの被害も出なかったらしい。それを『ユーリア機動兵団』の指揮官であったパットンに心から感謝され、その上で謝罪を行われたのである。

 結果として、どうなったかというと。
 次の峡谷での先頭は、我が軍が務める――そう言って譲らなかったのである。

「ええ……レインも色々と想定外ではあったのですが」

「……ああ」

「『ユーリア機動兵団』は本当に、防衛戦にだけ特化した軍ですね」

「そんな軍を、出してくんなっての……」

 結局、『ユーリア機動兵団』を先頭に峡谷を抜ける形で布陣したわけだが、あっさり抜けさせてくれるほどウルスラ王国も甘くない。当然、峡谷には敵軍が控えており、侵攻に対して防衛の陣を築いていたのだ。
 そんなウルスラ王国軍の陣を、既に二月ほども抜けることができないまま、今に至る。
 何せ『ユーリア機動兵団』はその進軍速度が、異常なまでに遅いのだ。

「正直、レインは今回の戦いは、楽勝だと考えていました」

「ああ」

「足場も悪くない狭い峡谷で、『ユーリア機動兵団』は全軍が重装鎧です。並の兵が相手ならば蹴散らすほどの装備をしていますし、あっさり決着がつくものと」

「ああ」

「……何故、こんなにも膠着しているのでしょうか」

「向こうの指揮官が上手いからだな」

 大きく、溜息を吐くレイン。
 俺たちは現在、後方の部隊だ。しかし、何故このような状況になったのか大体理解している。
 純粋に『ユーリア機動兵団』の進軍速度が遅いのもあるけれど、ウルスラ王国側の指揮官が非常に上手いのだ。緩急をつけて『ユーリア機動兵団』の突撃をいなし、状況に応じて適宜前進後退を行って翻弄し、時間を稼ぐことに腐心している。俺が先頭を走れば全部蹴散らすのに、と何度思ったことか知れない。
 何せ、こんな風に膠着して二月だ。
 向こうが待っているのは、冬の訪れである。南方に位置するガーランドとウルスラの国境では、ライオス帝国との境界線ほど冬将軍が猛威を振るうことはない。だが少なからず雪は降るし、特にこの峡谷で降ったとなれば、足場も悪くなる。それに何より、冬の寒い環境というのは兵の体力をごりごり奪っていくのだ。

 正直、俺も冬の訪れを待っている。
 ウルスラ王国がどうにか凌いでいる現状に、下手にてこ入れをしていないのだ。このまま上手いことウルスラ王都まで攻めてしまった場合、今度は逆に冬になっても帰れないと思って。

「はぁ……でもそろそろ、本気で子供の名前考えなきゃなんだよなぁ……」

「……まだ決まっていなかったのですか?」

「お前らがわちゃわちゃ言ってくるから、まだ決めあぐねてんだよ」

「……レインは話にしか聞いていませんが、もうそろそろ産まれる頃では?」

「多分な」

 冬になる前には産まれると、嬉しそうにジュリアが言っていたことを思い出す。
 できれば初めての子供だし、立ち会いたかったというのが本音だ。状況は膠着してるし、俺が多少故郷に帰ってもいいんじゃないかと少しだけ思う。
 そして何より、まだ名前が決まっていない。
 男の子ならクッキー、女の子ならプリン――俺がそう決めていた名前は、レインをはじめとした『切り込み隊』の面々から非難囂々だったのだ。
 いい名前だと思ったのに。

「レインはもう考えていますけどね」

「何をだ?」

「男の子ならユリアン、女の子ならプリシラです」

「何がだ?」

「レインと隊長の子供に決まっているではありませんか」

「寝言は寝て言え」

 唐突に言い出した名前に、俺は冷静にそう告げる。
 なんで俺が、レインと子供を作ってんだよ。意味が分からん。ただでさえ、故郷では子供が生まれているはずだというのに。

「まぁ、それは冗談ですが」

「冗談であれ」

「レインから、少し隊長に具申したいことがありまして」

「……おう」

 レインが、真剣な眼差しでこちらを見てくる。
 先程までの冗談めかした様子ではなく、真剣な表情だ。つまり、今後の行動について副官として意見してくるということ。
 そして俺たちの行動の、全てを決めるのはレインだと言っていい。

「状況を考えると、膠着状態が続きそうな様子です。このまま『ユーリア機動兵団』が先頭に居続ける限り、戦場の状況は亀の歩みです」

「んだな」

「かといって、『ユーリア機動兵団』に先頭を変わると申し出た場合、侮辱と思われるかもしれません。それが巡り巡って、ユーリア王国との関係性にも繋がりかねます」

「……面倒すぎる」

 戦場において一番の敵は、有能な敵ではない。無能な味方だ。
 そんな言葉があるけれど、確かにその通りだとしみじみ思う。もし『ユーリア機動兵団』がいなければ、既にウルスラ王都を落としていてもおかしくないのだ。

「そこで、この状況の膠着を、むしろ冬まで続けてしまえばどうかと」

「ほう」

「ウルスラ王国の背後にはサルドペル共和国が控えていますが、まだ積極的に介入してくる様子はありません。つまり、状況を考えればこの膠着状態を続ける方が、一時的に撤退する名目が立ちます」

「まぁ、確かにそうだな。下手に王都を落とすと、そこ防衛しろって言われそうだし」

 レインの言葉に頷く。
 冬になる前にウルスラ王都を落としてしまうと、今度はウルスラ王都でサルドペル共和国と睨み合う必要がある。その結果、冬になっても帰れない可能性が高い。
 そう考えれば、今この膠着状態を継続して、冬に撤退する方が――。

「そこで隊長、そのあたりの話を書簡にまとめますので、帝都の方で総将軍に奏上していただけますか?」

「……俺が?」

「はい。脚力で隊長に勝てる者はいませんし」

 なんてひどい部下だ。
 こいつ、上官を何だと思ってやがる。
 さすがにそれは、こき使いすぎだ――そう怒ろうとして。

「お戻りになる道は、隊長が選んでいいですよ。多少、隊長の故郷の方に寄り道をしても、誰にも分かりません」

「……」

 前言を撤回しよう。
 なんていい部下だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...