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家が貰えた
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「うーん……まず何からやっていくかな」
老婆から貰った家――高床になっているそこへと入り、ラルフは小さく溜息を吐いた。
ひとまず全体的に確認したが、造りそのものは立派であり、今のところ補修が必要そうなところはない。仮に寝たとしても、隙間風は入ってこないだろう。
だが問題は、その家自体がほとんどがらんどうだということだ。家具の一つもなければ、今晩眠るための寝台すらない。
「ラルフ。タリア、何する?」
「いや……えーと」
「大丈夫。タリア、ラルフの世話する」
「……そもそも、ここ俺の家だよな?」
当然のように、一緒に家の中に入ってきたタリア。
少し休もう、と腰を下ろした、すぐ隣にタリアも腰を下ろす。エラク、と言っていたが、その単語は今のところラルフが学んでいないものだ。
「……タリア、エラク、何?」
「世話? 料理する。掃除する。服を洗う。体を拭く。暑ければ仰ぐ、寒ければ添う。近くで何でも、命令を聞く」
「……」
タリアの仕草から、単語単語を抜き出して考える。
グニコォク――鍋をかき混ぜるような仕草をしていたことから、料理だと思われる。
プナェルプ――何かを捨てるような仕草をしていた。石を拾って投げることだろうか。
フサゥ――手と手を合わせて擦っていた。何かに祈るということだろう。
エピゥ――片手で何かを撫でるような仕草。つまり、動物の世話ということだろう。
今のところ、ラルフに聞き取ることのできた単語は、それだけだ。
「タリア……えーと、言葉、ゆっくり」
「ア! ごめん、ラルフ。喋る、早かった」
「うん、うん。それくらいで……えーと、それで」
「分かった。アー……私は、ラルフ、近くで……見る。近くに、いる」
「ああ!」
そこで、ようやく理解できた。
タリアは、あくまで部族の一員として不慣れなラルフに対して、色々教えてくれるために近くにいてくれるということだ。
恐らく、部族のことを何も知らないラルフを、一人で放逐するわけにはいかないと老婆が気をきかせてくれたのだろう。そしてそんな説明役として、最初から一緒にいたタリアの方が変に別の人をあてがうよりも自然だから、選ばれたのだ。
ラルフとしては、気を利かせてくれたことに感謝するしかない。
「ええと……タリア。これから、よろしく」
「――っ!! ラルフ、タリア、いい?
他の女、いる。タリア、選ぶ?」
「レゥトナが確か、他のって意味で……トセレス……えーと、何か選ぶって意味だったよな。他の人? 選ぶ……説明役に別の人の方がいいんじゃないかってことか? えーと……違う。タリア、いい」
「――っ! ありがとう、ラルフ。タリア、頑張る」
「あ、ああ」
何故か、真っ赤な顔をして喜んでいるタリア。
異邦人の説明役というのは、そんなにも栄誉なことなのだろうか。
とりあえず、今後部族の中で分からないことなどは、タリアに聞けばいいということだろう。
すると、もじもじと指先をくるくる回しながら、タリアが尋ねてくる。
「ラルフ……わ、私も、これから、ここ、住む、いい?」
「ここ、住む?」
「うん。ラルフ、タリア、いい、言った」
「まぁ……」
タリアは、タリアの家があるのではないかと思うが。
若い娘が、いくら説明役であるとはいえ、男の家に住むというのは大丈夫なのだろうか。それとも、そういうのは問題ない文化なのだろうか。
だが、下手にここで断るのも不味い気がする。
どうしてもラルフはまだ言葉が拙く、本音を伝えることができない。この状態でラルフがタリアに、「家、帰れ」と言うと、それこそ突き放しているように聞こえると思う。
それに、朝にどうすればいいかとか、この部族における風習なども知らないし、言葉もまだまだ覚えたい。そして同時に本人も納得しているのならば、ここで一緒に暮らすのは問題ないだろう。
「分かった。一緒、住む」
「良かった! ありがとう!」
「ありがとう、言う、俺。これから、よろしく」
「ああ、勿論だ!
族長の妻としてこれから、ラルフの力になれるように頑張る!」
「ちょ、後半早い!」
勿論《セスルォク・フォ》、と聞こえたから、これから一緒に暮らしていくことには間違いないだろう。だけれど、タリアは興奮すると言葉が随分早くなるらしい。後半はほとんど聞き取ることができなかった。
まぁ、タリアのことだから変なことは言っていないだろう――そう信じて、小さく溜息。
「えーと……タリア」
「どうした、ラルフ?」
「俺、言葉、少ない。これから、教えて」
「ああ、私が教える。分からない、あれば聞いて」
「ありがとう」
分からないこと――正直、分からない単語だらけだ。
だけれどそれも、繰り返し繰り返し聞いて覚えていくしかない。そして、今のところラルフは帝国の共通語が主言語になってはいるものの、タリアを含めて今後、周りではこの言葉を喋る者ばかりなのだ。部族の皆との交流を深め、分からない単語をタリアに教えてもらうことで、覚えていくことができるだろう。
「あー……タリア」
「うん」
「婆さん……長老、話す……えーと、タリア、名前、前、何かあった」
「タリアの名前、前にあった……ア! 青い目のタリア?」
「そう。言葉、何?」
「青い目、これ」
タリアはそう言って、自分の目を指す。
その瞳は、鮮やかな青だ。透き通るような海の色に近い、綺麗な青い瞳である。
そんなタリアが自分の目を指差したままで。
「目」
「エィエが目か。じゃあ、エビルト……そっか、青いってことか?」
「タリア、目、青い。だから、青い目のタリア」
「名前の前に、そういう特徴を言う文化なのか……? えーと、俺、何?」
「ラルフ、黒い目。黒い髪。名前、言う、黒い目のラルフ、黒い髪のラルフ」
リアフ、のときに自分の髪を指差すタリア。
つまり、リアフとは髪。そしてクキャルブというのが、黒いという意味だろう。クキャルブ・エィエは黒い目。そう聞いて、よく分かった。
「部族の人間、目、髪、名前の前、つけて名乗る。タリア、黒い髪。
黒い髪、多い。青い目、少ない。だから、青い目」
「はー……つまり、自分の特徴の珍しい方を名乗る文化ってことか。ん……?」
そこで、ラルフに浮かぶ疑問。
集落に入って、何人か大人も子供も見た。その中には、黒い髪や黒い目をした者も何人かいたはずだ。
それなら、ラルフの特徴として黒い目と黒い髪は珍しくないだろう。
むしろ、それより。
「タリア、目、髪、違う、名前、ある?」
「目と髪以外で名乗る? 人による。
腕一本のムシェル、片足のタエザ……色々、いる。
髪と目、特徴ない者が言う」
「別に髪と目じゃなくてもいいのか……? それだと、俺の特徴って」
今まで見てきた、部族の人間たち。
老婆、それに目の前のタリア、腰を抜かしていたジェイル。
彼らは総じて肌が褐色であり、ラルフは白い。
つまり、ラルフはむしろ『白い肌のラルフ』と名乗った方が、特徴になるのではなかろうか。
「タリア、俺、名前、前、これ、違う?」
「これ?」
「えーと、肌って何って言うんだ? これ、言葉、何?」
「腕?」
ラルフはひとまず、自分の右手――その皮を引っ張ってみる。
これで伝わるかどうかは分からないが――。
「……皮? 白い皮?」
「エティフゥ・ニクス……? ニクス、これ?」
「そう、皮。白い……色、ない。白い……雲の色」
「ドゥオルク……? ええと……ニクスが肌でいいんだよな? つまり白い肌が、エティフゥ・ニクスってことになるんだろ。だから……俺、白い肌のラルフ、大丈夫?」
「駄目」
だけれど、ラルフのそんな言葉に首を振るタリア。
珍しい方の特徴を言えばいいのではないかと、そう思っていたのだが――。
「白い肌は、名前、駄目」
「駄目? どうして?」
「部族、ある。白い肌の一族、いる」
「……え」
白い肌の一族。
それは、タリアの部族――東の獅子一族とは、また異なる部族の名前。
老婆から貰った家――高床になっているそこへと入り、ラルフは小さく溜息を吐いた。
ひとまず全体的に確認したが、造りそのものは立派であり、今のところ補修が必要そうなところはない。仮に寝たとしても、隙間風は入ってこないだろう。
だが問題は、その家自体がほとんどがらんどうだということだ。家具の一つもなければ、今晩眠るための寝台すらない。
「ラルフ。タリア、何する?」
「いや……えーと」
「大丈夫。タリア、ラルフの世話する」
「……そもそも、ここ俺の家だよな?」
当然のように、一緒に家の中に入ってきたタリア。
少し休もう、と腰を下ろした、すぐ隣にタリアも腰を下ろす。エラク、と言っていたが、その単語は今のところラルフが学んでいないものだ。
「……タリア、エラク、何?」
「世話? 料理する。掃除する。服を洗う。体を拭く。暑ければ仰ぐ、寒ければ添う。近くで何でも、命令を聞く」
「……」
タリアの仕草から、単語単語を抜き出して考える。
グニコォク――鍋をかき混ぜるような仕草をしていたことから、料理だと思われる。
プナェルプ――何かを捨てるような仕草をしていた。石を拾って投げることだろうか。
フサゥ――手と手を合わせて擦っていた。何かに祈るということだろう。
エピゥ――片手で何かを撫でるような仕草。つまり、動物の世話ということだろう。
今のところ、ラルフに聞き取ることのできた単語は、それだけだ。
「タリア……えーと、言葉、ゆっくり」
「ア! ごめん、ラルフ。喋る、早かった」
「うん、うん。それくらいで……えーと、それで」
「分かった。アー……私は、ラルフ、近くで……見る。近くに、いる」
「ああ!」
そこで、ようやく理解できた。
タリアは、あくまで部族の一員として不慣れなラルフに対して、色々教えてくれるために近くにいてくれるということだ。
恐らく、部族のことを何も知らないラルフを、一人で放逐するわけにはいかないと老婆が気をきかせてくれたのだろう。そしてそんな説明役として、最初から一緒にいたタリアの方が変に別の人をあてがうよりも自然だから、選ばれたのだ。
ラルフとしては、気を利かせてくれたことに感謝するしかない。
「ええと……タリア。これから、よろしく」
「――っ!! ラルフ、タリア、いい?
他の女、いる。タリア、選ぶ?」
「レゥトナが確か、他のって意味で……トセレス……えーと、何か選ぶって意味だったよな。他の人? 選ぶ……説明役に別の人の方がいいんじゃないかってことか? えーと……違う。タリア、いい」
「――っ! ありがとう、ラルフ。タリア、頑張る」
「あ、ああ」
何故か、真っ赤な顔をして喜んでいるタリア。
異邦人の説明役というのは、そんなにも栄誉なことなのだろうか。
とりあえず、今後部族の中で分からないことなどは、タリアに聞けばいいということだろう。
すると、もじもじと指先をくるくる回しながら、タリアが尋ねてくる。
「ラルフ……わ、私も、これから、ここ、住む、いい?」
「ここ、住む?」
「うん。ラルフ、タリア、いい、言った」
「まぁ……」
タリアは、タリアの家があるのではないかと思うが。
若い娘が、いくら説明役であるとはいえ、男の家に住むというのは大丈夫なのだろうか。それとも、そういうのは問題ない文化なのだろうか。
だが、下手にここで断るのも不味い気がする。
どうしてもラルフはまだ言葉が拙く、本音を伝えることができない。この状態でラルフがタリアに、「家、帰れ」と言うと、それこそ突き放しているように聞こえると思う。
それに、朝にどうすればいいかとか、この部族における風習なども知らないし、言葉もまだまだ覚えたい。そして同時に本人も納得しているのならば、ここで一緒に暮らすのは問題ないだろう。
「分かった。一緒、住む」
「良かった! ありがとう!」
「ありがとう、言う、俺。これから、よろしく」
「ああ、勿論だ!
族長の妻としてこれから、ラルフの力になれるように頑張る!」
「ちょ、後半早い!」
勿論《セスルォク・フォ》、と聞こえたから、これから一緒に暮らしていくことには間違いないだろう。だけれど、タリアは興奮すると言葉が随分早くなるらしい。後半はほとんど聞き取ることができなかった。
まぁ、タリアのことだから変なことは言っていないだろう――そう信じて、小さく溜息。
「えーと……タリア」
「どうした、ラルフ?」
「俺、言葉、少ない。これから、教えて」
「ああ、私が教える。分からない、あれば聞いて」
「ありがとう」
分からないこと――正直、分からない単語だらけだ。
だけれどそれも、繰り返し繰り返し聞いて覚えていくしかない。そして、今のところラルフは帝国の共通語が主言語になってはいるものの、タリアを含めて今後、周りではこの言葉を喋る者ばかりなのだ。部族の皆との交流を深め、分からない単語をタリアに教えてもらうことで、覚えていくことができるだろう。
「あー……タリア」
「うん」
「婆さん……長老、話す……えーと、タリア、名前、前、何かあった」
「タリアの名前、前にあった……ア! 青い目のタリア?」
「そう。言葉、何?」
「青い目、これ」
タリアはそう言って、自分の目を指す。
その瞳は、鮮やかな青だ。透き通るような海の色に近い、綺麗な青い瞳である。
そんなタリアが自分の目を指差したままで。
「目」
「エィエが目か。じゃあ、エビルト……そっか、青いってことか?」
「タリア、目、青い。だから、青い目のタリア」
「名前の前に、そういう特徴を言う文化なのか……? えーと、俺、何?」
「ラルフ、黒い目。黒い髪。名前、言う、黒い目のラルフ、黒い髪のラルフ」
リアフ、のときに自分の髪を指差すタリア。
つまり、リアフとは髪。そしてクキャルブというのが、黒いという意味だろう。クキャルブ・エィエは黒い目。そう聞いて、よく分かった。
「部族の人間、目、髪、名前の前、つけて名乗る。タリア、黒い髪。
黒い髪、多い。青い目、少ない。だから、青い目」
「はー……つまり、自分の特徴の珍しい方を名乗る文化ってことか。ん……?」
そこで、ラルフに浮かぶ疑問。
集落に入って、何人か大人も子供も見た。その中には、黒い髪や黒い目をした者も何人かいたはずだ。
それなら、ラルフの特徴として黒い目と黒い髪は珍しくないだろう。
むしろ、それより。
「タリア、目、髪、違う、名前、ある?」
「目と髪以外で名乗る? 人による。
腕一本のムシェル、片足のタエザ……色々、いる。
髪と目、特徴ない者が言う」
「別に髪と目じゃなくてもいいのか……? それだと、俺の特徴って」
今まで見てきた、部族の人間たち。
老婆、それに目の前のタリア、腰を抜かしていたジェイル。
彼らは総じて肌が褐色であり、ラルフは白い。
つまり、ラルフはむしろ『白い肌のラルフ』と名乗った方が、特徴になるのではなかろうか。
「タリア、俺、名前、前、これ、違う?」
「これ?」
「えーと、肌って何って言うんだ? これ、言葉、何?」
「腕?」
ラルフはひとまず、自分の右手――その皮を引っ張ってみる。
これで伝わるかどうかは分からないが――。
「……皮? 白い皮?」
「エティフゥ・ニクス……? ニクス、これ?」
「そう、皮。白い……色、ない。白い……雲の色」
「ドゥオルク……? ええと……ニクスが肌でいいんだよな? つまり白い肌が、エティフゥ・ニクスってことになるんだろ。だから……俺、白い肌のラルフ、大丈夫?」
「駄目」
だけれど、ラルフのそんな言葉に首を振るタリア。
珍しい方の特徴を言えばいいのではないかと、そう思っていたのだが――。
「白い肌は、名前、駄目」
「駄目? どうして?」
「部族、ある。白い肌の一族、いる」
「……え」
白い肌の一族。
それは、タリアの部族――東の獅子一族とは、また異なる部族の名前。
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