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慌てるタリア

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 タリアから告げられた言葉に、ラルフは首を傾げる。
 白い肌の一族。
 少なくとも、タリアのいる――ラルフが所属したばかりの東の獅子一族は、総じて肌の色が褐色だ。これは恐らく、この島の住民特有のものだろうと、ラルフは考えている。大陸の方でも、南に行くほど肌の色が濃い者が多くなり、北に行くほど肌の色は白い者が多くなる。
 そのため、地方によって肌の色は変わる――それくらいはラルフも知っている。

 しかし、同じ島に暮らしていて片方は褐色、もう片方は色白という形で、肌の色が変わることはあるのだろうか。

「あー……タリア。白い肌の一族エティフゥ・ニクス・エビルトどこネフゥ?」

白い肌の一族エティフゥ・ニクス・エビルト山の中ニアトヌオム・ニ食べ物ドォフ交換するエグナフク

「ドォフ……食べ物ってことだよな? エグナフク……? タリア、エグナフク、タフゥ?」

交換エグナフク? アー……ラルフ、タェム。タリア、エノブ渡すドナゥ貰うテグ

「肉と骨……を、ああ、交換か。ってことは、白い肌の一族と取引をしてるってことか?」

 ラルフの拙い言語能力では、なかなか内容に辿り着くことができない。
 だが、とりあえず分かったことは、白い肌の一族と東の獅子一族は、別段反目しているというわけではないらしい。そして、白い肌の一族が持ってきた食べ物を、東の獅子一族と交換する形で取引を行っているのだろう。

東の獅子一族ツサェ・ノイル・エビルト強いグノルスツ強い戦士グノルスツ・レイドロス肉を狩るタェム・トヌフ
 白い肌の一族エティフゥ・ニクス・エビルト弱いカエゥ弱い戦士カエゥ・レイドロス肉を狩れないタェム・トヌフ・オン
 だからオス交換するエグナフク白い肌の一族エティフゥ・ニクス・エビルト葉と実を持ってくるファエル・ツン・グニルブ

「ファエル、ツン……?」

葉と実ファエル・ツン……食べ物ドォフ
 白い肌の一族エティフゥ・ニクス・エビルト持ってくるグニルブ汁に入れるプォス・ニ肉と一緒タェム・フティゥ食べるタェ

「肉と一緒……もしかして、野菜のことか? それとも山菜か?」

葉はファエル丸いドヌォル切ってツク汁に入れるプォス・ニ

「やっぱり、野菜か!?」

 思わず、ラルフは目を見開く。
 白い肌の一族――その取引内容は、肉と野菜の交換ということだ。そしてタリア曰く、白い肌の一族は戦士として弱い。だから肉を狩ることができず、野菜を持ってきて肉と交換している。
 ならば、その白い肌の一族――彼らは、野菜を作っている可能性が高い。
 つまり、農耕をしているということだ。

「タリア、白い肌の一族エティフゥ・ニクス・エビルト行くオグ

「――っ!? ラルフ、白い肌の一族に行くエティフゥ・ニクス・エビルト・オグ!? 駄目だオン
 ラルフは東の獅子一族に来たツサェ・ノイル・エビルト・エモク
 族長としてエビルト・レダエル・サ神としてドグ・サ私の良人としてイ・ドナブスゥここで暮らすエレフ・エヴィル
 白い肌の女の方がいエティフゥ・ニクス・ナモゥ・いのかドォグ!?
 私では駄目なのかイ・ウォン・ドォグ・オン!?」

「……え、ちょ、早」

私はラルフに命を捧げているエフィル・レッフォ
 族長の妻としてエビルト・レダエル・エフィゥ・サ一族を率いるエビルト・ダナッモクラルフの力になると誓うレウォプ・テグ・ラエゥス
 ラルフは東の獅子一族ツサェ・ノイル・エビルトに降臨された神だ・トネヴダ・ドグ!」

「いや、全然分からん……なんでこんなに反対されてるんだ……?」

 ラルフからすれば、白い肌の一族――彼らが、もしかすると同郷の人間ではないかと、そう考えた。
 同郷でなくとも、もしかすると大陸からやってきた異邦人の団体かもしれない、と。もしもそうなら、こうして話をすることすら困難なラルフの、通訳にもなってくれるかもしれないと考えたのだ。
 だから、一度行ってみたい――そう考えたのだが。

駄目だオン! 長老に言うレドレ・ヤス
 ラルフを白い肌の一族にエティフゥ・ニクス・エビルト会わせてはいけない・テェム・ダブ
 我らの神をエゥ・ドグ白い肌の一族にエティフゥ・ニクス・エビルト奪われてたまるかドル・エイド!」

「レドレ……? あー……ええと、どうすりゃいいんだ……?」

「ラルフ、タリア嫌いかエタゥ? タリアでは満足できないかウォン・ノイトカシフタス・オン
 確かに私は処女だしエルス・イ・ニグリヴ経験はないエクネイレプクセ・オン
 だけれどツブ、ラルフがやりたいことツナゥ・グニフト、タリアにしていいツナゥ・ドォグ
 妻としてエフィゥ・サ、ラルフの言葉には全部従うドロゥ・ッラ・ウォッロフ
 だからオスここにいてエレフ・エブ

「……」

 早口の、タリアの言葉。そして、ずいっと身を乗り出して、吐息がかかりそうな距離で、涙目になりながらラルフを見てくる。
 こうして見ると、タリアって美人だな――そう、改めてラルフは思った。
 そして同時に、最後の言葉――早口ながら、それだけははっきり聞こえた。
ここにいてエレフ・エブ」――と。
 そこで、ようやくラルフも、自分の失言に気がついた。

「あー……そうか。俺が白い肌の一族に行くって言ったから、部族から抜けるって思ったんだな」

「ラルフ!」

「ええと……タリア、大丈夫ここエレフいるエブ

本当にィッラエル……?」

「ああ。ええと……タリア、言葉ドロゥ早いィルラェ分からないドナツスレドヌ・オン

「ア! ごめんィッロス……ラルフ、白い肌の一族エティフゥ・ニクス・エビルト行くオグ言ったヤス……からオス……」

 微笑み、タリアの髪を撫でる。
 ラルフと同じ、黒い髪。だけれど、ラルフのように重苦しい感じではなく、輝くような黒だ。
 そんなラルフの撫でる手に対して、タリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「ラルフは神ドグ、アウリアリア。私は、ラルフに従うウォッロフ
 ラルフに命を捧げるエフィル・レッフォこれからトスジ共に暮らすフティゥ・エヴィル

ああセイ……」

 アウリアリア。
 それはラルフの認識では、超強い戦士のことだ。そしてタリアは、ラルフのことを何度となくそう呼んでいる。
 そこで、ようやく分かった。あれほど、タリアが興奮した理由を。

 東の獅子一族は、強い戦士が揃っている。しかし、白い肌の一族は弱いと言っていた。
 弱いからこそ、白い肌の一族は野菜を持ってきて、東の獅子一族と取引をしている。その状態で、ラルフが白い肌の一族の一員になれば、ラルフが狩りをすることができるようになるだろう。
 そうなれば、東の獅子一族と白い肌の一族の間に、取引がなくなってしまう。
 つまり、東の獅子一族が野菜を入手する手段が失われてしまうのだ。
 タリアもそう考えたからこそ、ラルフを引き留めたのだろう。

大丈夫、タリア。ここエレフいるエブ

良かったドォグ……」

いちゃついてるところクセン・エカルプ申し訳ないがねィッロス・ツブ

「――っ!?」

 唐突に、そんな嗄れた声が、家の入り口から響いた。
 当然ながら、そこにいたのは老婆――長老《レドレ》だ。そういえば、この婆さんの名前をラルフは知らない。
 そして、顔を真っ赤にしながらタリアはラルフから離れ、あわあわと慌てるように老婆を見る。老婆もまた、そんなタリアに向けてにやにやと笑みを返していた。

いちゃついてクセンなどドナ……! 長老レドレ入るならニ・フィ一言ネオ・ドロゥ……!」

ああセイすまないねィッロス
 お盛んになるならスオロギヴ・テグせめて扉はタ・トサエル・ロォド閉めておくことだよ・エソルク・グニフト
 まぁ来たのがあたしでエモク・イ良かったねドォグ
 腰抜けのドラウォクジェイルあたりが来ていたらツオバ・エモク嫉妬に血迷ってィヴネ・ィザルクいたかもしれないよ・エブ・ヤム

うるさいィシオン! 長老レドレ! 何の用タフゥ・ッセニスブ!?」

つれないねドロク
 わざわざレフトブあたしの方から・イ・ヤゥ宴の準備ができたラヴィトセフ・ノイタラペルプって言いに来たのさ・ィダエル・ヤス・エモク
 ラルフが狩った鼻長の肉だトナゥ・エソン・グノル・タェムあたしも長くイ・グノル生きてるが・エヴィル初めて食べる代物だよトスリフ・タナゥ・グニフト
 ああ毛皮は今ルフ・ウォン燻してる途中だよエコムス・ヤゥフラゥなめしたらナツ・フィまたニァガこの家に持ってくる・シフト・エモゥ・グニルブ
 それまではィブ・ネフトとりあえずヤゥィナこれで暖を取りなシフト・ムラゥ・エカト

 相変わらず、長老の言葉は全く聞き取れない。なんとかラルフに聞き取れたのは、ジェイル、という人名だけだ。
 だがそんな長老の後ろに控えていた、若い男――それが差し出したものに、ラルフは衝撃すら覚えた。
 毛皮である。
 それも、しっかりなめしてある手触りの良いものだ。

「……えーと、これシフト何故ィフゥ?」

「ラルフ、長老がレドレ毛皮ルフくれたエヴィグこれシフトトゥギン寝るペェルス

「あー……毛布代わりに使えってことか? えと、ありがとうゥオィ・クナフト

ああいいってことさドォグ・グニフトとにかくヤゥィナ宴の準備はできたよラヴィトセフ・ノイタラペルプ・ィダエル
 タリア、そこの節操ない神様とタフト・スオルプスクスヌ・ドグ一緒においでフティゥ・エモク

違うオン! ラルフはそうじゃなくレッフィド……!」

 感謝の気持ちは伝えたが、やはり老婆の言葉は分からない。
 ただ、タリアは随分と慌てた様子だ。先程もそうだったけれど、一体何をそこまで慌てる必要があるのだろうか。

「ラ、ラルフ、こっちタフト来てエモク

「あ、ああセイ……」

 タリアが、ラルフの手を引く。
 そして、高床の家から顔を出すと。

「――っ!!」

 思わず、ラルフはその光景に驚いた。
 ラルフの家――その玄関先から見える広場。その中央で焚かれている大きな火。
 そして、その続く道を作っているかのように、部族の人間たちが左右で頭を下げているのだ。
 一体、これはどういう光景なのだろう。

「え……こ、これ、どういう……」

当然だろうエスルォク・フォ神を迎える宴だドグ・エモクレゥ・ラヴィトセフ
 祝福を与えながらッセルブ・エヴィグ向こうの火まで行きなドノィエブ・エレフ・オグ

「ラルフ、行くオグ向こうドノィエブエレフ

「あ、ああ……」

 両隣に、頭を下げた人間たちが揃う中を、歩く。
 そのあまりにも奇妙な状況に、ラルフは戸惑いながら火へと歩いていった。
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