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慌てるタリア
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タリアから告げられた言葉に、ラルフは首を傾げる。
白い肌の一族。
少なくとも、タリアのいる――ラルフが所属したばかりの東の獅子一族は、総じて肌の色が褐色だ。これは恐らく、この島の住民特有のものだろうと、ラルフは考えている。大陸の方でも、南に行くほど肌の色が濃い者が多くなり、北に行くほど肌の色は白い者が多くなる。
そのため、地方によって肌の色は変わる――それくらいはラルフも知っている。
しかし、同じ島に暮らしていて片方は褐色、もう片方は色白という形で、肌の色が変わることはあるのだろうか。
「あー……タリア。白い肌の一族、どこ?」
「白い肌の一族、山の中。食べ物、交換する」
「ドォフ……食べ物ってことだよな? エグナフク……? タリア、エグナフク、何?」
「交換? アー……ラルフ、肉。タリア、骨。渡す。貰う」
「肉と骨……を、ああ、交換か。ってことは、白い肌の一族と取引をしてるってことか?」
ラルフの拙い言語能力では、なかなか内容に辿り着くことができない。
だが、とりあえず分かったことは、白い肌の一族と東の獅子一族は、別段反目しているというわけではないらしい。そして、白い肌の一族が持ってきた食べ物を、東の獅子一族と交換する形で取引を行っているのだろう。
「東の獅子一族、強い。強い戦士、肉を狩る。
白い肌の一族、弱い。弱い戦士、肉を狩れない。
だから、交換する。白い肌の一族、葉と実を持ってくる」
「ファエル、ツン……?」
「葉と実……食べ物。
白い肌の一族、持ってくる。汁に入れる。肉と一緒、食べる」
「肉と一緒……もしかして、野菜のことか? それとも山菜か?」
「葉は、丸い。切って、汁に入れる」
「やっぱり、野菜か!?」
思わず、ラルフは目を見開く。
白い肌の一族――その取引内容は、肉と野菜の交換ということだ。そしてタリア曰く、白い肌の一族は戦士として弱い。だから肉を狩ることができず、野菜を持ってきて肉と交換している。
ならば、その白い肌の一族――彼らは、野菜を作っている可能性が高い。
つまり、農耕をしているということだ。
「タリア、俺、白い肌の一族、行く」
「――っ!? ラルフ、白い肌の一族に行く!? 駄目だ!
ラルフは東の獅子一族に来た!
族長として、神として、私の良人として、ここで暮らす!
白い肌の女の方がいいのか!?
私では駄目なのか!?」
「……え、ちょ、早」
「私はラルフに命を捧げている!
族長の妻として、一族を率いるラルフの力になると誓う!
ラルフは東の獅子一族に降臨された神だ!」
「いや、全然分からん……なんでこんなに反対されてるんだ……?」
ラルフからすれば、白い肌の一族――彼らが、もしかすると同郷の人間ではないかと、そう考えた。
同郷でなくとも、もしかすると大陸からやってきた異邦人の団体かもしれない、と。もしもそうなら、こうして話をすることすら困難なラルフの、通訳にもなってくれるかもしれないと考えたのだ。
だから、一度行ってみたい――そう考えたのだが。
「駄目だ! 長老に言う!
ラルフを白い肌の一族に会わせてはいけない!
我らの神を、白い肌の一族に奪われてたまるか!」
「レドレ……? あー……ええと、どうすりゃいいんだ……?」
「ラルフ、タリア嫌いか? タリアでは満足できないか?
た、確かに私は処女だし、経験はない。
だけれど、ラルフがやりたいこと、タリアにしていい。
妻として、ラルフの言葉には全部従う。
だから、ここにいて」
「……」
早口の、タリアの言葉。そして、ずいっと身を乗り出して、吐息がかかりそうな距離で、涙目になりながらラルフを見てくる。
こうして見ると、タリアって美人だな――そう、改めてラルフは思った。
そして同時に、最後の言葉――早口ながら、それだけははっきり聞こえた。
「ここにいて」――と。
そこで、ようやくラルフも、自分の失言に気がついた。
「あー……そうか。俺が白い肌の一族に行くって言ったから、部族から抜けるって思ったんだな」
「ラルフ!」
「ええと……タリア、大丈夫。俺、ここ、いる」
「本当に……?」
「ああ。ええと……タリア、言葉、早い。分からない」
「ア! ご、ごめん……ラルフ、白い肌の一族、行く、言った……から……」
微笑み、タリアの髪を撫でる。
ラルフと同じ、黒い髪。だけれど、ラルフのように重苦しい感じではなく、輝くような黒だ。
そんなラルフの撫でる手に対して、タリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ラルフは神、アウリアリア。私は、ラルフに従う。
ラルフに命を捧げる。これから、共に暮らす」
「ああ……」
アウリアリア。
それはラルフの認識では、超強い戦士のことだ。そしてタリアは、ラルフのことを何度となくそう呼んでいる。
そこで、ようやく分かった。あれほど、タリアが興奮した理由を。
東の獅子一族は、強い戦士が揃っている。しかし、白い肌の一族は弱いと言っていた。
弱いからこそ、白い肌の一族は野菜を持ってきて、東の獅子一族と取引をしている。その状態で、ラルフが白い肌の一族の一員になれば、ラルフが狩りをすることができるようになるだろう。
そうなれば、東の獅子一族と白い肌の一族の間に、取引がなくなってしまう。
つまり、東の獅子一族が野菜を入手する手段が失われてしまうのだ。
タリアもそう考えたからこそ、ラルフを引き留めたのだろう。
「大丈夫、タリア。俺、ここ、いる」
「良かった……」
「いちゃついてるところ、申し訳ないがね」
「――っ!?」
唐突に、そんな嗄れた声が、家の入り口から響いた。
当然ながら、そこにいたのは老婆――長老《レドレ》だ。そういえば、この婆さんの名前をラルフは知らない。
そして、顔を真っ赤にしながらタリアはラルフから離れ、あわあわと慌てるように老婆を見る。老婆もまた、そんなタリアに向けてにやにやと笑みを返していた。
「い、いちゃついて、など……! 長老、入るなら、一言……!」
「ああ、すまないね。
お盛んになるなら、せめて扉は閉めておくことだよ。
まぁ、来たのがあたしで良かったね。
腰抜けのジェイルあたりが来ていたら、嫉妬に血迷っていたかもしれないよ」
「う、うるさい! 長老! 何の用!?」
「つれないね。
わざわざあたしの方から、宴の準備ができたって言いに来たのさ。
ラルフが狩った鼻長の肉だ。あたしも長く生きてるが、初めて食べる代物だよ。
ああ、毛皮は今、燻してる途中だよ。なめしたら、またこの家に持ってくる。
それまでは、とりあえずこれで暖を取りな」
相変わらず、長老の言葉は全く聞き取れない。なんとかラルフに聞き取れたのは、ジェイル、という人名だけだ。
だがそんな長老の後ろに控えていた、若い男――それが差し出したものに、ラルフは衝撃すら覚えた。
毛皮である。
それも、しっかりなめしてある手触りの良いものだ。
「……えーと、これ、何故?」
「ラルフ、長老が、毛皮、くれた。これ、夜、寝る」
「あー……毛布代わりに使えってことか? えと、ありがとう」
「ああ、いいってことさ。とにかく、宴の準備はできたよ。
タリア、そこの節操ない神様と、一緒においで」
「ち、違う! ラルフはそうじゃなく……!」
感謝の気持ちは伝えたが、やはり老婆の言葉は分からない。
ただ、タリアは随分と慌てた様子だ。先程もそうだったけれど、一体何をそこまで慌てる必要があるのだろうか。
「ラ、ラルフ、こっち。来て」
「あ、ああ……」
タリアが、ラルフの手を引く。
そして、高床の家から顔を出すと。
「――っ!!」
思わず、ラルフはその光景に驚いた。
ラルフの家――その玄関先から見える広場。その中央で焚かれている大きな火。
そして、その続く道を作っているかのように、部族の人間たちが左右で頭を下げているのだ。
一体、これはどういう光景なのだろう。
「え……こ、これ、どういう……」
「当然だろう、神を迎える宴だ。
祝福を与えながら、向こうの火まで行きな」
「ラルフ、行く。向こう。火」
「あ、ああ……」
両隣に、頭を下げた人間たちが揃う中を、歩く。
そのあまりにも奇妙な状況に、ラルフは戸惑いながら火へと歩いていった。
白い肌の一族。
少なくとも、タリアのいる――ラルフが所属したばかりの東の獅子一族は、総じて肌の色が褐色だ。これは恐らく、この島の住民特有のものだろうと、ラルフは考えている。大陸の方でも、南に行くほど肌の色が濃い者が多くなり、北に行くほど肌の色は白い者が多くなる。
そのため、地方によって肌の色は変わる――それくらいはラルフも知っている。
しかし、同じ島に暮らしていて片方は褐色、もう片方は色白という形で、肌の色が変わることはあるのだろうか。
「あー……タリア。白い肌の一族、どこ?」
「白い肌の一族、山の中。食べ物、交換する」
「ドォフ……食べ物ってことだよな? エグナフク……? タリア、エグナフク、何?」
「交換? アー……ラルフ、肉。タリア、骨。渡す。貰う」
「肉と骨……を、ああ、交換か。ってことは、白い肌の一族と取引をしてるってことか?」
ラルフの拙い言語能力では、なかなか内容に辿り着くことができない。
だが、とりあえず分かったことは、白い肌の一族と東の獅子一族は、別段反目しているというわけではないらしい。そして、白い肌の一族が持ってきた食べ物を、東の獅子一族と交換する形で取引を行っているのだろう。
「東の獅子一族、強い。強い戦士、肉を狩る。
白い肌の一族、弱い。弱い戦士、肉を狩れない。
だから、交換する。白い肌の一族、葉と実を持ってくる」
「ファエル、ツン……?」
「葉と実……食べ物。
白い肌の一族、持ってくる。汁に入れる。肉と一緒、食べる」
「肉と一緒……もしかして、野菜のことか? それとも山菜か?」
「葉は、丸い。切って、汁に入れる」
「やっぱり、野菜か!?」
思わず、ラルフは目を見開く。
白い肌の一族――その取引内容は、肉と野菜の交換ということだ。そしてタリア曰く、白い肌の一族は戦士として弱い。だから肉を狩ることができず、野菜を持ってきて肉と交換している。
ならば、その白い肌の一族――彼らは、野菜を作っている可能性が高い。
つまり、農耕をしているということだ。
「タリア、俺、白い肌の一族、行く」
「――っ!? ラルフ、白い肌の一族に行く!? 駄目だ!
ラルフは東の獅子一族に来た!
族長として、神として、私の良人として、ここで暮らす!
白い肌の女の方がいいのか!?
私では駄目なのか!?」
「……え、ちょ、早」
「私はラルフに命を捧げている!
族長の妻として、一族を率いるラルフの力になると誓う!
ラルフは東の獅子一族に降臨された神だ!」
「いや、全然分からん……なんでこんなに反対されてるんだ……?」
ラルフからすれば、白い肌の一族――彼らが、もしかすると同郷の人間ではないかと、そう考えた。
同郷でなくとも、もしかすると大陸からやってきた異邦人の団体かもしれない、と。もしもそうなら、こうして話をすることすら困難なラルフの、通訳にもなってくれるかもしれないと考えたのだ。
だから、一度行ってみたい――そう考えたのだが。
「駄目だ! 長老に言う!
ラルフを白い肌の一族に会わせてはいけない!
我らの神を、白い肌の一族に奪われてたまるか!」
「レドレ……? あー……ええと、どうすりゃいいんだ……?」
「ラルフ、タリア嫌いか? タリアでは満足できないか?
た、確かに私は処女だし、経験はない。
だけれど、ラルフがやりたいこと、タリアにしていい。
妻として、ラルフの言葉には全部従う。
だから、ここにいて」
「……」
早口の、タリアの言葉。そして、ずいっと身を乗り出して、吐息がかかりそうな距離で、涙目になりながらラルフを見てくる。
こうして見ると、タリアって美人だな――そう、改めてラルフは思った。
そして同時に、最後の言葉――早口ながら、それだけははっきり聞こえた。
「ここにいて」――と。
そこで、ようやくラルフも、自分の失言に気がついた。
「あー……そうか。俺が白い肌の一族に行くって言ったから、部族から抜けるって思ったんだな」
「ラルフ!」
「ええと……タリア、大丈夫。俺、ここ、いる」
「本当に……?」
「ああ。ええと……タリア、言葉、早い。分からない」
「ア! ご、ごめん……ラルフ、白い肌の一族、行く、言った……から……」
微笑み、タリアの髪を撫でる。
ラルフと同じ、黒い髪。だけれど、ラルフのように重苦しい感じではなく、輝くような黒だ。
そんなラルフの撫でる手に対して、タリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ラルフは神、アウリアリア。私は、ラルフに従う。
ラルフに命を捧げる。これから、共に暮らす」
「ああ……」
アウリアリア。
それはラルフの認識では、超強い戦士のことだ。そしてタリアは、ラルフのことを何度となくそう呼んでいる。
そこで、ようやく分かった。あれほど、タリアが興奮した理由を。
東の獅子一族は、強い戦士が揃っている。しかし、白い肌の一族は弱いと言っていた。
弱いからこそ、白い肌の一族は野菜を持ってきて、東の獅子一族と取引をしている。その状態で、ラルフが白い肌の一族の一員になれば、ラルフが狩りをすることができるようになるだろう。
そうなれば、東の獅子一族と白い肌の一族の間に、取引がなくなってしまう。
つまり、東の獅子一族が野菜を入手する手段が失われてしまうのだ。
タリアもそう考えたからこそ、ラルフを引き留めたのだろう。
「大丈夫、タリア。俺、ここ、いる」
「良かった……」
「いちゃついてるところ、申し訳ないがね」
「――っ!?」
唐突に、そんな嗄れた声が、家の入り口から響いた。
当然ながら、そこにいたのは老婆――長老《レドレ》だ。そういえば、この婆さんの名前をラルフは知らない。
そして、顔を真っ赤にしながらタリアはラルフから離れ、あわあわと慌てるように老婆を見る。老婆もまた、そんなタリアに向けてにやにやと笑みを返していた。
「い、いちゃついて、など……! 長老、入るなら、一言……!」
「ああ、すまないね。
お盛んになるなら、せめて扉は閉めておくことだよ。
まぁ、来たのがあたしで良かったね。
腰抜けのジェイルあたりが来ていたら、嫉妬に血迷っていたかもしれないよ」
「う、うるさい! 長老! 何の用!?」
「つれないね。
わざわざあたしの方から、宴の準備ができたって言いに来たのさ。
ラルフが狩った鼻長の肉だ。あたしも長く生きてるが、初めて食べる代物だよ。
ああ、毛皮は今、燻してる途中だよ。なめしたら、またこの家に持ってくる。
それまでは、とりあえずこれで暖を取りな」
相変わらず、長老の言葉は全く聞き取れない。なんとかラルフに聞き取れたのは、ジェイル、という人名だけだ。
だがそんな長老の後ろに控えていた、若い男――それが差し出したものに、ラルフは衝撃すら覚えた。
毛皮である。
それも、しっかりなめしてある手触りの良いものだ。
「……えーと、これ、何故?」
「ラルフ、長老が、毛皮、くれた。これ、夜、寝る」
「あー……毛布代わりに使えってことか? えと、ありがとう」
「ああ、いいってことさ。とにかく、宴の準備はできたよ。
タリア、そこの節操ない神様と、一緒においで」
「ち、違う! ラルフはそうじゃなく……!」
感謝の気持ちは伝えたが、やはり老婆の言葉は分からない。
ただ、タリアは随分と慌てた様子だ。先程もそうだったけれど、一体何をそこまで慌てる必要があるのだろうか。
「ラ、ラルフ、こっち。来て」
「あ、ああ……」
タリアが、ラルフの手を引く。
そして、高床の家から顔を出すと。
「――っ!!」
思わず、ラルフはその光景に驚いた。
ラルフの家――その玄関先から見える広場。その中央で焚かれている大きな火。
そして、その続く道を作っているかのように、部族の人間たちが左右で頭を下げているのだ。
一体、これはどういう光景なのだろう。
「え……こ、これ、どういう……」
「当然だろう、神を迎える宴だ。
祝福を与えながら、向こうの火まで行きな」
「ラルフ、行く。向こう。火」
「あ、ああ……」
両隣に、頭を下げた人間たちが揃う中を、歩く。
そのあまりにも奇妙な状況に、ラルフは戸惑いながら火へと歩いていった。
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