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儀式
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夜の帳が落ち、集落の中央広場に火が焚かれている。
そんな中を、ラルフは両方に集落の人間たちが頭を下げている道――そんな、どうしようもなく歩きにくい道を、火に向けて歩いていた。
ラルフの僅かに後ろを、タリアと老婆が続いて歩く。最初はタリアに先に行くように言ったのだが、「ラルフ、先、行く」とタリアが譲らなかったのだ。
一体何故、こんな風に崇められるような感じになっているのだろう。
「……もしかして、これが部族に新しく入った人間を歓迎する風習なのか?」
考えてみるが、当然ラルフに分かるはずがない。
とりあえずラルフに現状分かるのは、タリア曰く真っ直ぐ火に向けて進むことだけだ。
焚かれた赤い光の向こうに、大きな毛皮――柵の向こうに見えるそれは、ラルフに従ってくれた象、エソン・グノルだ。
何か名前でもつけてやった方がいいかなぁ、とは思うが、もしかすると今夜には逃げ出すかもしれないし、特に気にしなくていいかもしれない。
そう考えながら歩き、ラルフはようやく巨大な焚き火の近くへとやってきた。
「アウリアリア神。
あなた様の化身を連れて参りました」
火に向けて、厳かにそう告げる老婆。
当然、ラルフには何を言っているか分からない。だが周りの部族民たちも同じく、「アウリアリア。アウリアリア」と呟いている。
アウリアリアって結局何なんだろう――そう、ラルフは首を傾げた。
「東の獅子一族に、化身をお遣いくださったこと、心より感謝いたします。
アウリアリア神の加護の下、我々に鼻長の肉をお与えくださったことに感謝いたします」
「感謝いたします」
「アウリアリア神の化身、ラルフは今後、東の獅子一族を率いる族長になっていただきます。
アウリアリア神の御心のままに。
我々の心を、アウリアリア神に捧げます」
「捧げます」
老婆に続く言葉は、部族民全員で。
いつの間にか顔を上げ、ラルフの後ろで集うように両膝をつき、全員で合唱している。どういう風習なのか、まるで理解ができない。
ラルフもやった方がいいのだろうか――そう思ってタリアを見やると、ゆっくりと首を振られた。
老婆も、部族民も、タリアも全員両膝をついているのに、ラルフだけが立っている。
「我ら東の獅子一族の御印を、あなた様の化身に預けます。
どうか、これからも我らにご加護を」
「ご加護を」
「ふぅ……」
老婆が立ち上がり、その頭――額に巻いていた七色の羽飾りを外した。
そういえば、他の部族民は誰もつけていないのに、老婆だけついているな、とは気になっていた部分だった。
老婆はそれを、ラルフへ向けて両手で渡してくる。
「受け取りな」
「……? え、俺?」
「ああ、そうさ。
これは族長の証。本来、これを持つべきは部族で一番強い男だ。
こないだ死んじまったから、仕方なくあたしが持っていただけさね。
七色の羽は、森の奥でも族長がどこにいるか教えてくれる。
闇夜の中で道標になる。
獣に見つかっても、倒せるだけの武勇を持つ者しか、この冠を被ることはできない」
「……相変わらず、何言ってるか分かんねぇ」
老婆は早口かつ、言葉の癖が強い。理解できたのは最初の「ああ、そうさ」だけである。
とりあえず、ラルフに渡すと言うならば受け取るのが礼儀だろう。これが恐らく、新しい部族の一員を歓迎してくれる儀式みたいなものだと思う。
ラルフが冠を受け取り、自分の頭につける――それと共に、歓声が沸き起こった。
「族長、万歳!」
「最強の族長だ!」
「神の化身が、我々の族長だ!」
「……?」
意味が分からない盛り上がりに、ラルフは戸惑う。
そんなラルフの様子がおかしかったのか、老婆がウシャシャ、と笑った。
「さぁ、宴を始めるよ。
お前さんは主役だ、ラルフ。そのあたりに座っとけ。
お前さんに、優先的に肉を届けるように言っておくからね」
「え……」
「ラルフ。ここ、座る。椅子」
「あ、ああ。座ればいいのか? ありがとう、タリア」
老婆の言葉が分からないラルフに、タリアが近くの椅子を示してくれた。
椅子といっても、草の蔓を編んだものだ。割と作りはしっかりしており、ラルフが腰掛けても壊れる様子はない。
しかし、何故ラルフだけ椅子に座っているのだろう。他の皆には、特に椅子など用意されていない様子だ。
新入りだから、歓迎の意味で椅子に座らせてくれているのだろうか。
「預言者ジャリエから、部族の女、皆に伝えておく」
「……」
唐突に、老婆がそう全員を睥睨して告げる。
それと共に、老婆を見るのは部族の女だけだった。男は特に気にしない、といった様子で肉を切り分けたり、土でできた器に水を入れたりしている。
タリアもまた、真剣な眼差しで老婆を見ていた。
「族長の妻は、タリア。
だが、強い男の妻は何人いてもいい。
強い戦士の子種を授かり、強い子供を育むのが女の仕事だ。
旦那に先立たれた女は、ラルフの妻になれ。
未婚の女はラルフの妻になれ。
東の獅子一族は、ラルフの子を育むことを第一とせよ。
最初にラルフの子を授かった女を、族長の正妻とする」
「はい!」
「……何度も俺の名前言ってるけど、何て言ってんだ?」
首を傾げ、タリアを見る。
タリアの方は、どことなく不機嫌そうに周りの女を見ていた。そして、部族の他の女も同じく、タリアを見て不機嫌そうな素振りをしており、そしてラルフの方を見てにっこりと微笑み、手を振ってきた。
微笑んでくれるということは、悪い感情を抱かれるようなことを言ったわけではないだろう。とりあえず、ラルフの方も手を振り返しておいた。
きっ、と何故かタリアがラルフを睨み付ける。
「ラルフ! タリア、いい、言った!」
「……へ?」
「ラルフの妻はタリア! 他の女が、手を出すのは認めない!
ラルフの子を授かるのは、タリアの仕事!」
「……いや、だから早いんだけど」
タリアの、この興奮すると早口になる癖、どうにかならないものだろうか。
とりあえず、今のところは理解できないけれど、そのうち分かってくるだろう。どうせこの先、長くこの集落にいることになるのだ。のんびり言葉を覚えていけばいい。
そう考えているうちに、ラルフの目の前に火で炙られた肉――恐らく象の肉が、巨大な皿に乗せられてやってきた。
「族長! 肉焼けた! 食べろ!」
「おぉ……!」
「大きい! これが、鼻長の肉!」
まだ、ぱちぱちと表面で弾ける脂。
ごくりと、思わず唾を飲み込む。そういえば朝から何も食べていない、と今更ながら思い出した。
そして同時に、渡される水の入った盃。
こういうときには酒でもあればいいのだけれど、恐らく酒を飲む文化は今のところないのだろう。
「さぁ、宴だ!
食べて飲んで、歌って踊って騒ごう!」
「おう!!!」
そして――夜通しの宴が、始まった。
そんな中を、ラルフは両方に集落の人間たちが頭を下げている道――そんな、どうしようもなく歩きにくい道を、火に向けて歩いていた。
ラルフの僅かに後ろを、タリアと老婆が続いて歩く。最初はタリアに先に行くように言ったのだが、「ラルフ、先、行く」とタリアが譲らなかったのだ。
一体何故、こんな風に崇められるような感じになっているのだろう。
「……もしかして、これが部族に新しく入った人間を歓迎する風習なのか?」
考えてみるが、当然ラルフに分かるはずがない。
とりあえずラルフに現状分かるのは、タリア曰く真っ直ぐ火に向けて進むことだけだ。
焚かれた赤い光の向こうに、大きな毛皮――柵の向こうに見えるそれは、ラルフに従ってくれた象、エソン・グノルだ。
何か名前でもつけてやった方がいいかなぁ、とは思うが、もしかすると今夜には逃げ出すかもしれないし、特に気にしなくていいかもしれない。
そう考えながら歩き、ラルフはようやく巨大な焚き火の近くへとやってきた。
「アウリアリア神。
あなた様の化身を連れて参りました」
火に向けて、厳かにそう告げる老婆。
当然、ラルフには何を言っているか分からない。だが周りの部族民たちも同じく、「アウリアリア。アウリアリア」と呟いている。
アウリアリアって結局何なんだろう――そう、ラルフは首を傾げた。
「東の獅子一族に、化身をお遣いくださったこと、心より感謝いたします。
アウリアリア神の加護の下、我々に鼻長の肉をお与えくださったことに感謝いたします」
「感謝いたします」
「アウリアリア神の化身、ラルフは今後、東の獅子一族を率いる族長になっていただきます。
アウリアリア神の御心のままに。
我々の心を、アウリアリア神に捧げます」
「捧げます」
老婆に続く言葉は、部族民全員で。
いつの間にか顔を上げ、ラルフの後ろで集うように両膝をつき、全員で合唱している。どういう風習なのか、まるで理解ができない。
ラルフもやった方がいいのだろうか――そう思ってタリアを見やると、ゆっくりと首を振られた。
老婆も、部族民も、タリアも全員両膝をついているのに、ラルフだけが立っている。
「我ら東の獅子一族の御印を、あなた様の化身に預けます。
どうか、これからも我らにご加護を」
「ご加護を」
「ふぅ……」
老婆が立ち上がり、その頭――額に巻いていた七色の羽飾りを外した。
そういえば、他の部族民は誰もつけていないのに、老婆だけついているな、とは気になっていた部分だった。
老婆はそれを、ラルフへ向けて両手で渡してくる。
「受け取りな」
「……? え、俺?」
「ああ、そうさ。
これは族長の証。本来、これを持つべきは部族で一番強い男だ。
こないだ死んじまったから、仕方なくあたしが持っていただけさね。
七色の羽は、森の奥でも族長がどこにいるか教えてくれる。
闇夜の中で道標になる。
獣に見つかっても、倒せるだけの武勇を持つ者しか、この冠を被ることはできない」
「……相変わらず、何言ってるか分かんねぇ」
老婆は早口かつ、言葉の癖が強い。理解できたのは最初の「ああ、そうさ」だけである。
とりあえず、ラルフに渡すと言うならば受け取るのが礼儀だろう。これが恐らく、新しい部族の一員を歓迎してくれる儀式みたいなものだと思う。
ラルフが冠を受け取り、自分の頭につける――それと共に、歓声が沸き起こった。
「族長、万歳!」
「最強の族長だ!」
「神の化身が、我々の族長だ!」
「……?」
意味が分からない盛り上がりに、ラルフは戸惑う。
そんなラルフの様子がおかしかったのか、老婆がウシャシャ、と笑った。
「さぁ、宴を始めるよ。
お前さんは主役だ、ラルフ。そのあたりに座っとけ。
お前さんに、優先的に肉を届けるように言っておくからね」
「え……」
「ラルフ。ここ、座る。椅子」
「あ、ああ。座ればいいのか? ありがとう、タリア」
老婆の言葉が分からないラルフに、タリアが近くの椅子を示してくれた。
椅子といっても、草の蔓を編んだものだ。割と作りはしっかりしており、ラルフが腰掛けても壊れる様子はない。
しかし、何故ラルフだけ椅子に座っているのだろう。他の皆には、特に椅子など用意されていない様子だ。
新入りだから、歓迎の意味で椅子に座らせてくれているのだろうか。
「預言者ジャリエから、部族の女、皆に伝えておく」
「……」
唐突に、老婆がそう全員を睥睨して告げる。
それと共に、老婆を見るのは部族の女だけだった。男は特に気にしない、といった様子で肉を切り分けたり、土でできた器に水を入れたりしている。
タリアもまた、真剣な眼差しで老婆を見ていた。
「族長の妻は、タリア。
だが、強い男の妻は何人いてもいい。
強い戦士の子種を授かり、強い子供を育むのが女の仕事だ。
旦那に先立たれた女は、ラルフの妻になれ。
未婚の女はラルフの妻になれ。
東の獅子一族は、ラルフの子を育むことを第一とせよ。
最初にラルフの子を授かった女を、族長の正妻とする」
「はい!」
「……何度も俺の名前言ってるけど、何て言ってんだ?」
首を傾げ、タリアを見る。
タリアの方は、どことなく不機嫌そうに周りの女を見ていた。そして、部族の他の女も同じく、タリアを見て不機嫌そうな素振りをしており、そしてラルフの方を見てにっこりと微笑み、手を振ってきた。
微笑んでくれるということは、悪い感情を抱かれるようなことを言ったわけではないだろう。とりあえず、ラルフの方も手を振り返しておいた。
きっ、と何故かタリアがラルフを睨み付ける。
「ラルフ! タリア、いい、言った!」
「……へ?」
「ラルフの妻はタリア! 他の女が、手を出すのは認めない!
ラルフの子を授かるのは、タリアの仕事!」
「……いや、だから早いんだけど」
タリアの、この興奮すると早口になる癖、どうにかならないものだろうか。
とりあえず、今のところは理解できないけれど、そのうち分かってくるだろう。どうせこの先、長くこの集落にいることになるのだ。のんびり言葉を覚えていけばいい。
そう考えているうちに、ラルフの目の前に火で炙られた肉――恐らく象の肉が、巨大な皿に乗せられてやってきた。
「族長! 肉焼けた! 食べろ!」
「おぉ……!」
「大きい! これが、鼻長の肉!」
まだ、ぱちぱちと表面で弾ける脂。
ごくりと、思わず唾を飲み込む。そういえば朝から何も食べていない、と今更ながら思い出した。
そして同時に、渡される水の入った盃。
こういうときには酒でもあればいいのだけれど、恐らく酒を飲む文化は今のところないのだろう。
「さぁ、宴だ!
食べて飲んで、歌って踊って騒ごう!」
「おう!!!」
そして――夜通しの宴が、始まった。
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