22 / 33
神、猫を殺す
しおりを挟む
「族長!」
「さすが族長!」
「お願いします、族長!」
部族の皆からそう声援を受けながら、ラルフは集落の入り口へと向かった。
東の獅子一族の集落の前には、小さな川が流れている。東の獅子一族の水源であり、昼間には洗濯をする女たちで埋まる場所だ。
だが現在、誰もその川の近くにはいない。
代わりに――対岸にいるのは、巨大な犬歯を持つ虎の群れだった。
「あれが、グナフ・レギトか」
虎は、ラルフも見たことがある。森でのゲリラ戦を行ったときには、遭遇して倒したこともある。
だが、それはラルフの知る虎とは明らかに異なっていた。
体の大きさ自体が、ラルフの知る虎よりも五割増し程度には大きい。エソン・グノルも象に比べて大きかったけれど、恐らくこの島の生物はラルフの知るそれより大きいものばかりなのだろう。
集落の入り口に立てかけていた、石の棍棒を抱える。
ずしりとした重みと共に、ラルフは一歩踏み出して。
「ほんどにそい、持でんだべな……」
「ん……? ジュリ、危ないぞ。集落の中にいろ」
「わすさ、こごおんべ。ラルフさ、どんだげ強ぇがか見でぇ」
「別に、普通だと思うんだがな」
どれだけ強いのか、と言われても。
ラルフからすれば、比較対象がいないせいで分からないというのが本音だ。今まで、まともに戦える相手もいなかったし。
だから、こうして強い強いと騒がれても、別に嬉しくなどない。強いせいで、ラルフは今までずっと戦場に送られ続けてきたし、戦争が終わった瞬間に流刑に処されたのだ。
「さぁ、やるか――」
だけれど、今のラルフは東の獅子一族の一員。
何故か神様扱いされているらしいけれど、ラルフからすれば、初めてできた家族なのだ。タリアと同じ家で食事を摂り、言葉は分かりにくいけれど語り合える――そんな関係こそ、ラルフの欲しかった家族なのである。
そんな集落に危機が迫っているならば、ラルフは動かねばならない。
ラルフの強さが集落の役に立つならば、どれほどでも戦ってみせよう――。
「いくぞ、猫どもっ!」
「グルル……!」
ラルフの叫びに対して、数頭の虎が臨戦態勢を整える。
体躯の巨大な虎からすれば、川向こうにいるとはいえ、この距離は飛ぶことができるだろう。だからこそ、女たちは川から離れ、集落の中にいるのだ。
さらに奥から、数匹の虎が現れる。恐らく、十頭は下らないだろう。
「グォォォォォ!!」
虎の一頭が叫び声を上げると共に、巨大な体で川を飛び越えてくる。
それに伴って、二頭、三頭と川を飛び越え、ラルフの目の前で牙を剥いていた。一匹たりとも、集落の中には入れない――その気合いで、ラルフは棍棒を振り上げ。
「おぉぉぉぉっ!!」
「グォォォォォ!!」
まず、襲いかかってきた一匹の虎――その脳天へ向けて、棍棒を振り抜く。
べきぃっ、とさほど重くない衝撃が走ると共に、牙を剥いていた虎の頭が、文字通り粉砕していた。
ラルフの異常な膂力と、遠心力の加わった棍棒の振り抜き――その二つが合わされば、虎の頭など吹き飛ばすほどの威力になるのだ。
「グオッ!?」
「グルル……」
頭部を失った虎が、そのままくたりと倒れる。
ラルフはそれでも油断することなく、全ての虎から等距離を保ったままで身構えた。いつ襲いかかってきても、万全に棍棒を振るえるように。
虎たちからすれば、意味の分からない状況だろう。
彼らにとって、人間とは捕食する存在だ。決して、自分たちにとって恐ろしい相手ではない。
そもそも自然界において、人間とは弱者だ。
犬より足も遅く、鼻も利かない。猫より体が固く、夜目も利かない。様々な獣より体が小さく、力も劣る。ゆえに、この島において人間とは捕食される側なのだ。
そんな人間を強者たらしめるのは、知恵と道具である。
獣が本来持ち得る牙や爪に対し、人間は武器を手に持った。武器を手に持ち、言語によって連携し、多数で知恵を持って戦うことで、獣と対等に戦うことができるのだ。
ゆえに虎からすれば、たった一人でやってくる人間など、怖いわけがない。
「おぉぉぉぉぉっ!!」
ラルフは一歩踏み出し、棍棒を振り抜く。
風よりも早いその速度を、虎は僅かな回避行動で避け、そのまま巨大な顎門を開いて飛びかかってくる。
しかし、ラルフはそんな虎の動きよりも、遥かに素早く棍棒を動かした。
振り抜いた先で止め、逆方向に振り抜く。その棍棒はまさに飛びかかってきた虎の腹部に思い切りめり込むと共に、その巨大な体を吹き飛ばした。
吹き飛ばした先で、ぴくぴくと痙攣する虎――恐らく、背骨は折れただろうし内臓は破裂したはずだ。
虎たちからすれば、唯一の誤算。
それは、目の前に居る男――ラルフが、彼らの知っている人間の強さではないということ。
「はぁっ!!」
「グオゥッ!?」
ゆえに、これは既に捕食者に抗う弱者の構図ではなく。
捕食者と、捕食者よりも絶対的に強い何者かが対峙している図である。
ラルフの棍棒の一振りで、吹き飛び命を刈られる虎。
十頭以上いたはずの虎たちは次第にその数を減らし、残るはたったの三頭。
「グ、ル……」
唸り声も、最早弱々しいものになっている。
獣とは本能で動くものだ。それゆえに、本能で分かっている。目の前にいる男――ラルフには、絶対に勝つことができないと。
最後方にいた一頭が、背を向けて駆け出す。そして、川を飛び越えて逃げようとし――。
「逃がすかっ!!」
ラルフはその背に向けて、思い切り石を投げつけた。
投石――それは、人間の持つ技術の一つだ。
何かを持ち、投げる。器用な人間だからこそできる技術の一つではあるけれど、しかしそれが獣を殺すほどの威力となるわけではない。
だが、その投石が。
思い切り虎の腹部に当たると共に、飛び越えている途中でバランスを崩し、川へと落ちてゆく。
「お……珍しく当たったな。あんまり得意じゃないんだが」
「グル……」
「さぁ、次はどっちが来るよ」
残る虎は二頭。
逃げても殺される――その状況を理解した虎は。
「グォォォォォッ!!」
二頭一斉に、ラルフへ向けて飛びかかり。
そして二頭一斉に、ラルフの棍棒で吹き飛ばされることとなった。
「……あがさ、強ぇべか」
「さすがはラルフ。
我らの神アウリアリアの強さは、凄まじいな」
タリアがラルフの強さにうんうんと頷いている中、ジュリは頬に一筋の汗を流していた。
明らかに人間とは異なる強さ。まさに、神として崇められて当然の強さだ。せいぜい、一般人より少し強い程度だろうと思っていたのに。
十二頭のグナフ・レギトを、一蹴する武力。
これは確かに、エソン・グノルという自然の災害を打破したというのも、頷ける話だ。
そして、東の獅子一族が神と崇めている理由も。
「青い目のタリア」
「どうした、白い肌のジュリ」
「もし……もしも、だが
ラルフ、神ではないと言ったら、どうする?」
ラルフは、神様ではない。あくまで、人間だ。
だが、その持つ強さは、明らかに神のそれである。
だから、そんなジュリの言葉に、タリアは笑って。
「そんなわけがない」
そう、一蹴した。
「さすが族長!」
「お願いします、族長!」
部族の皆からそう声援を受けながら、ラルフは集落の入り口へと向かった。
東の獅子一族の集落の前には、小さな川が流れている。東の獅子一族の水源であり、昼間には洗濯をする女たちで埋まる場所だ。
だが現在、誰もその川の近くにはいない。
代わりに――対岸にいるのは、巨大な犬歯を持つ虎の群れだった。
「あれが、グナフ・レギトか」
虎は、ラルフも見たことがある。森でのゲリラ戦を行ったときには、遭遇して倒したこともある。
だが、それはラルフの知る虎とは明らかに異なっていた。
体の大きさ自体が、ラルフの知る虎よりも五割増し程度には大きい。エソン・グノルも象に比べて大きかったけれど、恐らくこの島の生物はラルフの知るそれより大きいものばかりなのだろう。
集落の入り口に立てかけていた、石の棍棒を抱える。
ずしりとした重みと共に、ラルフは一歩踏み出して。
「ほんどにそい、持でんだべな……」
「ん……? ジュリ、危ないぞ。集落の中にいろ」
「わすさ、こごおんべ。ラルフさ、どんだげ強ぇがか見でぇ」
「別に、普通だと思うんだがな」
どれだけ強いのか、と言われても。
ラルフからすれば、比較対象がいないせいで分からないというのが本音だ。今まで、まともに戦える相手もいなかったし。
だから、こうして強い強いと騒がれても、別に嬉しくなどない。強いせいで、ラルフは今までずっと戦場に送られ続けてきたし、戦争が終わった瞬間に流刑に処されたのだ。
「さぁ、やるか――」
だけれど、今のラルフは東の獅子一族の一員。
何故か神様扱いされているらしいけれど、ラルフからすれば、初めてできた家族なのだ。タリアと同じ家で食事を摂り、言葉は分かりにくいけれど語り合える――そんな関係こそ、ラルフの欲しかった家族なのである。
そんな集落に危機が迫っているならば、ラルフは動かねばならない。
ラルフの強さが集落の役に立つならば、どれほどでも戦ってみせよう――。
「いくぞ、猫どもっ!」
「グルル……!」
ラルフの叫びに対して、数頭の虎が臨戦態勢を整える。
体躯の巨大な虎からすれば、川向こうにいるとはいえ、この距離は飛ぶことができるだろう。だからこそ、女たちは川から離れ、集落の中にいるのだ。
さらに奥から、数匹の虎が現れる。恐らく、十頭は下らないだろう。
「グォォォォォ!!」
虎の一頭が叫び声を上げると共に、巨大な体で川を飛び越えてくる。
それに伴って、二頭、三頭と川を飛び越え、ラルフの目の前で牙を剥いていた。一匹たりとも、集落の中には入れない――その気合いで、ラルフは棍棒を振り上げ。
「おぉぉぉぉっ!!」
「グォォォォォ!!」
まず、襲いかかってきた一匹の虎――その脳天へ向けて、棍棒を振り抜く。
べきぃっ、とさほど重くない衝撃が走ると共に、牙を剥いていた虎の頭が、文字通り粉砕していた。
ラルフの異常な膂力と、遠心力の加わった棍棒の振り抜き――その二つが合わされば、虎の頭など吹き飛ばすほどの威力になるのだ。
「グオッ!?」
「グルル……」
頭部を失った虎が、そのままくたりと倒れる。
ラルフはそれでも油断することなく、全ての虎から等距離を保ったままで身構えた。いつ襲いかかってきても、万全に棍棒を振るえるように。
虎たちからすれば、意味の分からない状況だろう。
彼らにとって、人間とは捕食する存在だ。決して、自分たちにとって恐ろしい相手ではない。
そもそも自然界において、人間とは弱者だ。
犬より足も遅く、鼻も利かない。猫より体が固く、夜目も利かない。様々な獣より体が小さく、力も劣る。ゆえに、この島において人間とは捕食される側なのだ。
そんな人間を強者たらしめるのは、知恵と道具である。
獣が本来持ち得る牙や爪に対し、人間は武器を手に持った。武器を手に持ち、言語によって連携し、多数で知恵を持って戦うことで、獣と対等に戦うことができるのだ。
ゆえに虎からすれば、たった一人でやってくる人間など、怖いわけがない。
「おぉぉぉぉぉっ!!」
ラルフは一歩踏み出し、棍棒を振り抜く。
風よりも早いその速度を、虎は僅かな回避行動で避け、そのまま巨大な顎門を開いて飛びかかってくる。
しかし、ラルフはそんな虎の動きよりも、遥かに素早く棍棒を動かした。
振り抜いた先で止め、逆方向に振り抜く。その棍棒はまさに飛びかかってきた虎の腹部に思い切りめり込むと共に、その巨大な体を吹き飛ばした。
吹き飛ばした先で、ぴくぴくと痙攣する虎――恐らく、背骨は折れただろうし内臓は破裂したはずだ。
虎たちからすれば、唯一の誤算。
それは、目の前に居る男――ラルフが、彼らの知っている人間の強さではないということ。
「はぁっ!!」
「グオゥッ!?」
ゆえに、これは既に捕食者に抗う弱者の構図ではなく。
捕食者と、捕食者よりも絶対的に強い何者かが対峙している図である。
ラルフの棍棒の一振りで、吹き飛び命を刈られる虎。
十頭以上いたはずの虎たちは次第にその数を減らし、残るはたったの三頭。
「グ、ル……」
唸り声も、最早弱々しいものになっている。
獣とは本能で動くものだ。それゆえに、本能で分かっている。目の前にいる男――ラルフには、絶対に勝つことができないと。
最後方にいた一頭が、背を向けて駆け出す。そして、川を飛び越えて逃げようとし――。
「逃がすかっ!!」
ラルフはその背に向けて、思い切り石を投げつけた。
投石――それは、人間の持つ技術の一つだ。
何かを持ち、投げる。器用な人間だからこそできる技術の一つではあるけれど、しかしそれが獣を殺すほどの威力となるわけではない。
だが、その投石が。
思い切り虎の腹部に当たると共に、飛び越えている途中でバランスを崩し、川へと落ちてゆく。
「お……珍しく当たったな。あんまり得意じゃないんだが」
「グル……」
「さぁ、次はどっちが来るよ」
残る虎は二頭。
逃げても殺される――その状況を理解した虎は。
「グォォォォォッ!!」
二頭一斉に、ラルフへ向けて飛びかかり。
そして二頭一斉に、ラルフの棍棒で吹き飛ばされることとなった。
「……あがさ、強ぇべか」
「さすがはラルフ。
我らの神アウリアリアの強さは、凄まじいな」
タリアがラルフの強さにうんうんと頷いている中、ジュリは頬に一筋の汗を流していた。
明らかに人間とは異なる強さ。まさに、神として崇められて当然の強さだ。せいぜい、一般人より少し強い程度だろうと思っていたのに。
十二頭のグナフ・レギトを、一蹴する武力。
これは確かに、エソン・グノルという自然の災害を打破したというのも、頷ける話だ。
そして、東の獅子一族が神と崇めている理由も。
「青い目のタリア」
「どうした、白い肌のジュリ」
「もし……もしも、だが
ラルフ、神ではないと言ったら、どうする?」
ラルフは、神様ではない。あくまで、人間だ。
だが、その持つ強さは、明らかに神のそれである。
だから、そんなジュリの言葉に、タリアは笑って。
「そんなわけがない」
そう、一蹴した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる