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言葉は覚えた!(ドヤ顔

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 ラルフがこの島に流されて、一月ほどが経った。
 正直、最初は全く理解のできなかった集落の文化だが、習うより慣れろとはよく言ったもので、大分集落での生き方というのが分かってきた気がする。

 そもそも東の獅子一族というのは、狩猟民族だ。
 集落の大人が集団で狩りに向かい、肉を狩ってくる。その肉を集落の皆で燻製にし、集落の中央に置いておいて皆が好きに食べる。そして、肉がなくなれば再び狩りに向かう――そんな生活をしているのだそうだ。
 現状、ラルフが討伐したエソン・グノルの肉――それが大量にあるため、ほとんど狩りに出なくてもいい生活ではあるらしいが、それでも狩人の腕が落ちるのを防ぐためということで、数日に一度は狩りに出ている。

 そしてラルフはこの一月ほど、とにかく言語の習得を頑張った。
 分からないことをとにかく減らしていこうと、タリアとの会話においてジュリを挟むことで、適宜分からない単語を一つずつ聞いていった。その結果、とりあえず八割方言語は分かるようになった。
 やはり、意味を教えてくれる相手が近くにいるのといないのでは、訳が違う。

「それで、ジュリ」

「んだべ? あー、えんと、も島ん言葉さで言うだ方がえがべか?」

「ん……ああ、そうだな。俺も島の言葉で喋るようにするよ」

 基本的に、ラルフは島での会話で、なるべく帝国語を使わないようにしている。
 というのも、帝国語が分かるのはジュリだけであり、ジュリとしか意思疎通をすることができないのだ。そうなると、何故かタリアがむくれるのである。
 それもあって、早く言葉を覚えなければと思っていた部分もあったのだ。現に今も、部屋の端でタリアが恨めしそうに見ているし。

「ジュリ。俺、狩り行かなくてもいい?」

「ラルフ様が取ってきた鼻長の肉は、まだたくさんあります。戦士がこれ以上、狩りに出なくても問題ありません。特にラルフ様は、鼻長をたくさん倒しました。集落が何日も過ごせる肉を集めた戦士は、しばらく休むのが当然。そうジェイルが言っていました」

 おお、と感動で僅かに目を見開く。
 言っていることが、ほぼ分かる。内容が全部、ちゃんと理解できるのだ。
 これも全て、根気よく言語を教えてくれたジュリのおかげだ。
 そして、分かる言語で話すようにしたからか、タリアが嬉しそうに笑みを浮かべながら近付いてきた。

「そうだ。ラルフ、この集落の族長。族長は狩りに行かなくてもいい。族長は、集落の肉を管理する。全員に行き渡らせる」

「……エビルト・レダエル?」

 何度か聞いていたけれど、理解の出来ていなかった言葉――『エビルト・レダエル』。
 しかしジュリから、エビルトは集落、レダエルは長、と意味を聞いている。その二つを合わせると、完全に『族長』という意味だ。
 ジュリが小さく「ずんた……族長だべ」と言ってきた。

「俺、族長、どうして?」

「何を言っている。強い戦士は族長になる。それが東の獅子一族の掟だ」

「……本当に?」

「そうだ。ラルフ、どうした? 知らなかったのか?」

 不思議そうに、そうラルフを見てくるタリア。
 知らなかったかどうかと問われると、知らなかった。
 だけれど、多分だが分からないことをうんうん頷いていた頃、ラルフが何かしらの質問に頷いたのだと思う。その結果、族長として扱われているのではなかろうか。

「族長は、長老、違う?」

「長老は長老だ。我々に色々教えてくれる。族長になれるのは強い戦士の男。長老は弱い女だ。族長にはなれない」

「そうか……」

「ラルフ、族長嫌か?」

「……」

 うーん、と少し悩む。
 いつの間にか自分が族長になっていた。よく分からないけれど、その結果として集落に受け入れられてもらっているわけだから、良かったのかもしれない。
 むしろ、無自覚に族長になっていたわけではあるけれど、ラルフが族長であるから、我儘も通すことができたのだろうか。白い肌の一族――ゲイルたちと集落を共にすることを。
 ちなみに現在、白い肌の一族は東の獅子一族の集落の端で、全員が暮らしている。今後は、集落を少しずつ広げつつ畑を開墾していく予定らしい。

「いや、ありがとう。俺、族長、頑張る」

「良かった。ラルフ、腹は減っていないか? 私、肉持ってくるぞ」

「ああ、今は大丈夫。ありがとう」

「問題ない。私はラルフの世話係だからな」

 ふふんっ、と嬉しそうなタリア。
 現状、特に腹は減っていないのだ。というか、ここのところ室内でジュリから言語を教わってばかりだったため、ほとんど動いていない。
 そしてラルフは長きに渡って暮らしていた戦場で、まともに食事を摂ることも贅沢だった。だからこそ、動いていない状態では腹が減らないという謎の体質を身につけてしまったのである。
 少しくらいは運動がてら、ラルフも狩りに出た方がいいかもしれない。

「しかし、私は嬉しい。こうしてラルフと話ができること」

「そうなのか?」

「ああ。今まで、分かっているのか分かっていないのか、妙な返事をしていたことも多くあった。私は本当に分かっているのかと心配していたぞ」

「……ごめん」

 タリアの言うとおり、分からずに適当に返事をしていた部分が多々ある。心当たりがありすぎて、申し訳なさすら感じてきた。
 でも、こうして日常会話を身につけた。今後は、分からないままで適当に返事をすることもないだろう。もし分からなくても、ジュリが教えてくれるだろうし。

「ところで、ラルフ」

「うん、どうした? タリア」

「ラルフは……私は、ラルフの第一の世話係だと思っている」

「ああ、うん」

 タリアの言葉に、ラルフは頷く。
 集落に連れてきてくれたのタリアだし、その後の面倒を見てくれたのもタリアだ。第一の世話係――番号をつける理由は分からないけれど、ラルフもそう思っている。

「では、ラルフ。私が第一の世話係で、ジュリが第二の世話係ということでいいんだな?」

「……あ、ああ、そうだよ」

「良かった! ははっ! 小娘! 私が第一の世話係だ!」

「……それで喜んでも仕方ないと思いますが」

 嬉しそうなタリアと、呆れた表情のジュリ。
 世話係に序列があってどうするのだろう、とは疑問に思うけれど、とりあえずそれ以上聞かないことにした。

「でも、タリア」

「うん?」

「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」

「ああ、何でも聞いてくれ。私は何でも答えよう」

「ええと……」

 ラルフは、以前から疑問に思っていた。
 この集落では、いつも肉だ。そして、白い肌の一族が作った野菜と一緒に肉を食べるのが、この集落での普通の食事である。
 戦場でまともな食事を与えられていなかったラルフであるけれど、そろそろ思ってきたのだ。
 魚が食べたい、と。

「ジュリ」

「はい、ラルフ様」

「…………魚って島の言葉で何?」

「……」

 基本的には使っていない帝国語で、そうラルフはジュリに尋ねる。
 しかし、ジュリから返ってきたのは。

「サカナ? そさ何だべ?」

 そんな、まさかの答えだった。
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