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釣り
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ゲイルが用意してくれた竿は、竹の先に糸が結ばれ、その先端に針がついているだけの簡素なものだった。
しかも、針は金属製ではなく、恐らく骨を加工したものである。鋭く先端が尖り、ちゃんと抜けないようにかえしをつけているものだ。それは、かつて帝国の入り江でラルフが使っていたものとよく似ていた。
「族長は初めてか? 初めてならば教えるが」
「いや、初めてじゃない。俺に教える必要はない。それより、タリアに教えてやってくれ」
「わかりました」
人数分――とはいえラルフ、ゲイル、タリア、ジュリの四人だけだが――用意してくれたゲイルが、一応そう言ってくる。だけれどラルフは初めてというわけではないし、帝都近くにいた頃には休みの日に行っていたものだ。休みの日といっても、帝都に戻って二日後には次の戦場へ向かっていたから、ほとんど無いに等しかったけれど。
だがそれでも、ラルフは自分で釣った魚を夕食にする程度に、釣果はあった。
むしろ、ラルフよりもタリアとジュリに教えてやった方がいいだろう。二人は、釣りをしたことがないだろうし。
「ふむ……妙な棒だな。この垂らしてあるのは、糸か? 糸などを垂らしてどうするのだ」
「これは……針ですか? この曲げてある針は、一体どういう役割なのでしょう」
「まずは、私と族長がやってみせる。お前たちは、それをまず見てくれ」
流暢な島言葉で、タリアとジュリにそう告げるゲイル。
一緒にゲイルが用意してくれたのは、小さな桶の中に入れてある沙蚕のような紐状の虫だ。うねうねと桶の中で動いている。
普通、女性はこういう虫を見れば困惑したり、悲鳴を上げたりするものだが――。
「ふむ。虫を使うのか?」
「そうだ。この虫を針の先につけて、そのまま海へ放る。そうすれば、餌を求めて銀の恵みが食らいついてくる。食らいついてくれば、針がそのまま銀の恵みに刺さる」
「なるほど。考えられているのだな」
ふむ、と沙蚕の一つを手に取り、納得したように頷いているタリア。この島に住む女性に、そういう可愛らしさは期待しない方がいいのかもしれない。
そして、タリアがラルフの方を見る。
「どのようにつけるのだ?」
「ああ。この頭の部分を、針にこうやって刺すんだ」
「なるほど」
そして元々釣りが趣味のラルフにとって、沙蚕を針先につける作業など慣れたものである。もっとも、帝国でやっていた頃は金属製の針だったし、ここまで太くはなかったが。
恐らく、この島にやってきたゲイルが、手ずから作った針なのだろう。
手早く餌を針先につけて、そのまま海へ向けて垂らす。
「ゲイルは、どうしてこれを持っていたんだ? 白い肌の一族でも、銀の恵みは食べない様子だが」
「まだ東の獅子一族と取引をしていない頃は、肉も調達することができなかった。そのとき、銀の恵みを食べていたんだ。今は東の獅子一族と肉を取引することができているから、誰も使わなくなった」
「ああ、なるほど」
確かにそう聞けば納得だ。
使いもしない釣り竿が何故あるのか疑問だったけれど、過去には使っていたものだったのだ。
そこで、ラルフは逆に楽しみになってくる。
誰も釣りをしていないということは、この島周辺の魚は、警戒心が薄いということだ。帝国の釣り場はどうしても人が多かったため、魚も警戒してなかなか食いついてこなかった。
それに加えて、釣り人が多く訪れる場所というのは、釣った魚が多少小さくても、持ち帰って食べる場合が多い。そうなると海の中で魚が育たず、小さいものしか釣れない。その点、この島の周辺は誰も釣りをしていない様子であるため、大物が育っている可能性もある。
「おっ……」
そこで、くいっ、とラルフの竿に走る感覚。
今まさに、海の中で餌へと食いついているのだ。暫し待ち、その感覚が強くなってきたあたりで、ラルフは手首を返す。
それと共に、ずしりとした重みが竿へと掛かった。
「よしっ!」
「おぉ、さすがは族長。早いな」
「ああ。結構大きいぞ」
今までラルフが釣りをしてきた中でも、トップクラスに重い感覚。
だけれど、石の棍棒を抱えて走り回ることのできるラルフの腕力で、釣り上げることができない魚などいない。腕に力を込めて、思い切り振り上げる。
それと共に、水面から飛び出てきたのはよく太ったアジだった。
「おぉ、これはでかいな!」
「いい大きさだ。塩焼きにして食べたら美味しいぞ」
「ははっ! この感じは久しぶりだ!」
上がってきたアジを掴む。
活きが良く、ばたばたと体を捻らせているけれど、陸に上がれば魚は無力だ。先に水を張ってあった桶へと、針から外したアジを放す。
「おぉぉ……!」
「川にいる銀の恵みとは、違いますね。本当に美味しいのでしょうか……」
「ああ、すごく美味しいぞ」
ジュリの呟きに、ラルフは頷く。
これだけ肥えたアジならば、軽く塩を振って焼いただけでも美味しいだろう。
さらにラルフは、次の沙蚕を針先へとつける。
「ラルフ。私もやってみたいぞ」
「ああ、やってみてくれ」
「わ、わたしもやりたいです」
「ああ」
タリア、ジュリがそれぞれ沙蚕を手に取り、針先へとつけていく。
勿論最初から上手くいくわけではないけれど、初心者とは思えないくらいに上手につけていた。
さらに、最初に考えたように警戒心が薄いのか、放ったラルフの餌へとまたすぐに魚が食いついてくる。
「はははっ! 今日は大漁だな!」
「タイリョー?」
思わず帝国語でそう叫んだラルフに、不思議そうにタリアが首を傾げていた。
この日の釣果は、三十匹以上にも及んだ。それも、よく太ったものばかりが。
フグなどの毒のある魚は外して再び海に放ち、食べられるものだけを持って帰ったのだが、それでも大量と言っていいほどだ。
不思議そうに見ていた集落の民に対して、ラルフは調理法を教えた。
とはいえ内臓を取り綺麗に洗って、塩を振って焼くだけというシンプルなものだが。
「うまい! 銀の恵みとはこれほどうまいのか!」
「ああ、タリア。満足してくれたか?」
「ああ! 潮の川にいる銀の恵みは、川にいるものとは全く違うのだな!」
そして、魚の美味しさを覚えた東の獅子一族は。
翌日から、若い衆の釣り竿を持って潮の川――海へと向かう当番が新たに加えられた。
しかも、針は金属製ではなく、恐らく骨を加工したものである。鋭く先端が尖り、ちゃんと抜けないようにかえしをつけているものだ。それは、かつて帝国の入り江でラルフが使っていたものとよく似ていた。
「族長は初めてか? 初めてならば教えるが」
「いや、初めてじゃない。俺に教える必要はない。それより、タリアに教えてやってくれ」
「わかりました」
人数分――とはいえラルフ、ゲイル、タリア、ジュリの四人だけだが――用意してくれたゲイルが、一応そう言ってくる。だけれどラルフは初めてというわけではないし、帝都近くにいた頃には休みの日に行っていたものだ。休みの日といっても、帝都に戻って二日後には次の戦場へ向かっていたから、ほとんど無いに等しかったけれど。
だがそれでも、ラルフは自分で釣った魚を夕食にする程度に、釣果はあった。
むしろ、ラルフよりもタリアとジュリに教えてやった方がいいだろう。二人は、釣りをしたことがないだろうし。
「ふむ……妙な棒だな。この垂らしてあるのは、糸か? 糸などを垂らしてどうするのだ」
「これは……針ですか? この曲げてある針は、一体どういう役割なのでしょう」
「まずは、私と族長がやってみせる。お前たちは、それをまず見てくれ」
流暢な島言葉で、タリアとジュリにそう告げるゲイル。
一緒にゲイルが用意してくれたのは、小さな桶の中に入れてある沙蚕のような紐状の虫だ。うねうねと桶の中で動いている。
普通、女性はこういう虫を見れば困惑したり、悲鳴を上げたりするものだが――。
「ふむ。虫を使うのか?」
「そうだ。この虫を針の先につけて、そのまま海へ放る。そうすれば、餌を求めて銀の恵みが食らいついてくる。食らいついてくれば、針がそのまま銀の恵みに刺さる」
「なるほど。考えられているのだな」
ふむ、と沙蚕の一つを手に取り、納得したように頷いているタリア。この島に住む女性に、そういう可愛らしさは期待しない方がいいのかもしれない。
そして、タリアがラルフの方を見る。
「どのようにつけるのだ?」
「ああ。この頭の部分を、針にこうやって刺すんだ」
「なるほど」
そして元々釣りが趣味のラルフにとって、沙蚕を針先につける作業など慣れたものである。もっとも、帝国でやっていた頃は金属製の針だったし、ここまで太くはなかったが。
恐らく、この島にやってきたゲイルが、手ずから作った針なのだろう。
手早く餌を針先につけて、そのまま海へ向けて垂らす。
「ゲイルは、どうしてこれを持っていたんだ? 白い肌の一族でも、銀の恵みは食べない様子だが」
「まだ東の獅子一族と取引をしていない頃は、肉も調達することができなかった。そのとき、銀の恵みを食べていたんだ。今は東の獅子一族と肉を取引することができているから、誰も使わなくなった」
「ああ、なるほど」
確かにそう聞けば納得だ。
使いもしない釣り竿が何故あるのか疑問だったけれど、過去には使っていたものだったのだ。
そこで、ラルフは逆に楽しみになってくる。
誰も釣りをしていないということは、この島周辺の魚は、警戒心が薄いということだ。帝国の釣り場はどうしても人が多かったため、魚も警戒してなかなか食いついてこなかった。
それに加えて、釣り人が多く訪れる場所というのは、釣った魚が多少小さくても、持ち帰って食べる場合が多い。そうなると海の中で魚が育たず、小さいものしか釣れない。その点、この島の周辺は誰も釣りをしていない様子であるため、大物が育っている可能性もある。
「おっ……」
そこで、くいっ、とラルフの竿に走る感覚。
今まさに、海の中で餌へと食いついているのだ。暫し待ち、その感覚が強くなってきたあたりで、ラルフは手首を返す。
それと共に、ずしりとした重みが竿へと掛かった。
「よしっ!」
「おぉ、さすがは族長。早いな」
「ああ。結構大きいぞ」
今までラルフが釣りをしてきた中でも、トップクラスに重い感覚。
だけれど、石の棍棒を抱えて走り回ることのできるラルフの腕力で、釣り上げることができない魚などいない。腕に力を込めて、思い切り振り上げる。
それと共に、水面から飛び出てきたのはよく太ったアジだった。
「おぉ、これはでかいな!」
「いい大きさだ。塩焼きにして食べたら美味しいぞ」
「ははっ! この感じは久しぶりだ!」
上がってきたアジを掴む。
活きが良く、ばたばたと体を捻らせているけれど、陸に上がれば魚は無力だ。先に水を張ってあった桶へと、針から外したアジを放す。
「おぉぉ……!」
「川にいる銀の恵みとは、違いますね。本当に美味しいのでしょうか……」
「ああ、すごく美味しいぞ」
ジュリの呟きに、ラルフは頷く。
これだけ肥えたアジならば、軽く塩を振って焼いただけでも美味しいだろう。
さらにラルフは、次の沙蚕を針先へとつける。
「ラルフ。私もやってみたいぞ」
「ああ、やってみてくれ」
「わ、わたしもやりたいです」
「ああ」
タリア、ジュリがそれぞれ沙蚕を手に取り、針先へとつけていく。
勿論最初から上手くいくわけではないけれど、初心者とは思えないくらいに上手につけていた。
さらに、最初に考えたように警戒心が薄いのか、放ったラルフの餌へとまたすぐに魚が食いついてくる。
「はははっ! 今日は大漁だな!」
「タイリョー?」
思わず帝国語でそう叫んだラルフに、不思議そうにタリアが首を傾げていた。
この日の釣果は、三十匹以上にも及んだ。それも、よく太ったものばかりが。
フグなどの毒のある魚は外して再び海に放ち、食べられるものだけを持って帰ったのだが、それでも大量と言っていいほどだ。
不思議そうに見ていた集落の民に対して、ラルフは調理法を教えた。
とはいえ内臓を取り綺麗に洗って、塩を振って焼くだけというシンプルなものだが。
「うまい! 銀の恵みとはこれほどうまいのか!」
「ああ、タリア。満足してくれたか?」
「ああ! 潮の川にいる銀の恵みは、川にいるものとは全く違うのだな!」
そして、魚の美味しさを覚えた東の獅子一族は。
翌日から、若い衆の釣り竿を持って潮の川――海へと向かう当番が新たに加えられた。
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