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もしかして世話係って違った?

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 ラルフの言葉に対して、固まるジェイル。
 そしてタリアが信じられないとばかりに目を見開き、ジュリもまた驚きに口に手を当てていた。
 そんな反応に対して、ラルフは首を傾げる。
 当たり前のことを言っただけのはずなのに、どうしてこんな反応なのだろう。

「てめぇ……!」

「ん?」

「俺に、世話係が必要ない、だと……!?」

「当然だろう。お前は、一人で大丈夫じゃないか」

「お前は二人もいるじゃないか!」

「俺は、二人とも必要なんだ」

 ジェイルの言葉に、そうラルフは端的に返す。
 ラルフはまだ、東の獅子一族の集落にやってきて一月ほどだ。そのため、未だに集落での常識が分からない部分も多い。例えば、朝に集落で共有している湧き水――あそこで顔を洗ってはいけないということも、先日初めて知ったことだし。
 だから、そういったことを教えてくれる相手が、世話係であるタリアだ。そしてジュリは、帝国語と島の言葉の両方が分かる数少ない人材であるため、分からない単語などがあればその都度教えてくれるのだ。
 そのため、ラルフとしてはどちらが欠けても問題がある。
 それに比べればジェイルは、集落生まれであり常識も知っているだろうし、言葉に困っていることもあるまい。

「二人とも必要だと……? てめぇ、調子に乗るのもいい加減にしろ!」

「は?」

「タリアは元々、俺の世話係になる予定だったんだ! それをいきなり、横から攫ったのがお前だ!」

「……そうなのか?」

 タリアを見る。
 元々ジェイルの世話係になる予定だった――その言葉の内容は、よく分からない。もしかすると、ジェイルは他の集落の生まれなのだろうか。
 いや、それにしては幼い頃から知っている風なことを、以前タリアが言っていた気もするけれど――。
 そんなラルフの言葉に、タリアは痛そうに頭を押さえた。

「ジェイルが勝手に言っているだけだ。私は元より、ジェイルの世話係になどなるつもりはない」

「だが! お前は、部族で最も強い男の世話係になると言っただろう! 俺は今、東の獅子一族でも五本の指に入る強さだ!」

「圧倒的に最も強い男は、ラルフだ。お前が強い戦士だと証明したいならば、一人で鼻長を倒してみろ。ラルフが鼻長と戦っているとき、遠くから見ることができなかった腰抜けが」

「――っ!!」

 ぎりっ、と歯を軋ませる音が、ラルフまで聞こえる。
 ジェイルの強さがどれほどかは分からないけれど、確かにラルフには及ばないと思う。そもそも、ラルフの武器である石の棍棒は、ラルフ以外の誰にも持ち運ぶことができないほどの重さなのだ。
 ジェイルも一度持ち上げてみせると頑張っていたが、微動だにしなかったのを見た。

「……?」

 うぅむ、とそこでラルフは腕を組む。
 ジェイルがやたら、タリアを世話係にしたいと言っているのが疑問だ。そもそもタリアは、集落で一番強い男の世話係になると――。
 あれ、とそこで疑問に思った。

 そもそもタリアは、ラルフがまだ集落に不慣れだから、色々と世話をしてくれる。つまり今後、ラルフが集落に慣れてくれば、お役御免になるだろう。
 だが、タリアは集落で一番強い男の世話係になるという話だ。そして現状、その立場は族長でもあるラルフである。つまり、ラルフが集落に慣れてきても、タリアはラルフの世話係を続けてくれるということだ。
 それが、意味が分からない。
 集落に慣れさえすれば、タリアの世話にならなくてもいいはずだ。それなのに身の回りの世話をしてくれるというのは、まるで結婚相手のように思える。この集落に結婚という概念があるのかは分からないけれど。

「タリア、どけ!」

「むっ!?」

「ラルフ! お前に勝負を挑む! 俺と戦士の誇りを賭けて勝負しろ!」

「ん……?」

 きっ、とラルフを睨み付けてくるジェイル。
 それと共に、突き出してくるのは釣り竿だ。当然ながら、先端が鋭いわけでもないそれを突き出されたところで、何の恐怖もない。
 だが、ラルフは今、挑まれた。
 何故か、戦士の誇りを賭けた勝負とやらを。

「俺が勝てば、タリアは俺の世話係だ! どうせてめぇは腑抜けだ! まだ何も手を出していないだろう!」

「は?」

「ジェイル!?」

「俺が必ず勝って、タリアを俺の世話係にする! いいな!」

「……」

 そこで、ふとラルフに疑問が過った。
 もしかしたら、ラルフは致命的な勘違いをしているのではなかろうかと。

 やたらとジェイルが拘っている、世話係としての役割。
 それはあくまで、ラルフが集落の新入りだからタリアがその役目になっているだけのことだ。そこに、ラルフの希望もタリアの希望もない。ただ最初に出会ったのがタリアだったから、こうして世話を焼いてくれるだけのことだ。
 だが、もしかするとラルフが受け取っている『世話係エフィゥ』という島の言葉は。
 妻という意味だったりするのではなかろうか。

「……」

 考える。
 何度も聞いてきた言葉――『世話係エフィゥ』。
 これを白い肌の一族、ゲイルは「よんめご」と言っていた。その詳しい内容は、「おめの世話すてくれるへなべさ。おなごだ」とのことだった。だから純粋に、ラルフは『よんめご=世話係』という認識をした。
 だが、世話をする女――つまり妻という認識ならば、どうだろう。
 つまり、エフィゥ=よんめご=妻――こうなるならば。

――エフィゥ、タリア、いいドォグ

――けんど強ぇおんさ、よんめごさいっぺおんべ。わすの孫、おめのよんめごさしてぇべ

――よんめごさ、もろでぐれっか?

――問題ない。私はラルフのエフィゥだからな

――では、ラルフ。私が第一のエフィゥで、ジュリが第二のエフィゥということでいいんだな?

――大体、何故タリアがこいつのエフィゥなんだ! こんな余所者の! お前は、集落の男のエフィゥになるのが当然だろうが!

――ジェイル。お前にエフィゥは必要ないだろう?

――お前は、部族で最も強い男のエフィゥになると言っただろう!

 色々と思い出して、背中に嫌な汗が流れる。
 もしも、ラルフが分かっていなかっただけで、エフィゥという言葉が妻という意味であるならば。
 既に、ラルフはタリアを妻として迎えている――!

「じ、ジュリ! ちょっと教えてくれ!」

「へ? 帝国語だべか? わがんね言葉あっべか?」

「そ、そうだ! エフィゥって……」

「え……」

「エフィゥって、世話係ってことだよな? もしかして、俺が勘違いしていただけで、妻って意味なのか!?」

 ラルフのそんな疑問に対して、ジュリは僅かに眉を寄せ。
 そして、ラルフに見えないように顔を横に向け、薄く微笑みを浮かべた。

「そかぁ……」

「えっ……ち、違うのか?」

「いんや。ラルフさ合うとるべ、エフィゥは、世話係だべ」

「あ、そうだったのか……あー、良かった。勘違いしてたのかと思ってたよ」

 ほっ、とラルフは胸を撫で下ろす。
 もしも妻だったら、ジェイルに物凄く失礼なことを言ってしまっていたところだ。
 勘違いで良かった。
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