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愚者への沙汰
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「ふぅ……まぁ、これで大丈夫だよな?」
ラルフは一人で、自分が狩った獣を抱えながらそう呟いた。
やはり昼過ぎから夕方までという短い時間だったし、それほど長く探索することができなかった。どうにかラルフは森の中での探索を行ったが、なかなか大きな獣と遭遇しなかったのだ。
そんな中で、ようやく見つけたのが熊だった。
タリアは以前『剛毛獣』と言っていたが、確かにラルフの知っている帝国の熊よりも、遥かに固い体毛で身を包んでいる。そして人間の五割増しほどもある背丈に、横幅に至っては倍ほどもある大型の獣だ。本来、東の獅子一族の人間は、この獣に森の中で遭遇した場合、全力で逃げる相手である。
当然ながら、ラルフは棍棒の一撃でぶっ倒した。
「まぁ、ジェイルがこれより大きい獲物は……さすがに獲ってないだろ」
肩に熊を抱えて、森の中を歩く。
勿論、ラルフの背丈ではどうしても熊を完全に抱えることができず、両足をずるずると引きずる形だ。だがわざわざ、熊を運ぶためだけに集落から人を呼ぶわけにもいくまい。
そうラルフが考えながら、森の中を歩く。
そろそろ、東の獅子一族の集落が見えてくる頃か――そう考えながら、顔を上げる。
ラルフの視線の先には、当然ながら東の獅子一族の集落、その入り口が見えた。
何故か、そこに十数人が集まっている状態で。
「……何かあったのか?」
呟くが、その言葉に対する答えはない。
どこか焦燥を感じて、ラルフは急いで集落の入り口へと向かった。
「一体、何故……」
「……族長に……この……」
「馬鹿なことを……」
ようやく、声が聞き取れる位置まで戻ってきた。
それと共に、そこに集まっている面々の姿も、ようやく分かる。集落でも一番狩りが上手な茶の目のユージン、家具作りが得意な青い髪のマドマド、家の修理を任せられる黒い目のラグゥ、他にも腕一本のムシェル、片足のタエザなど、東の獅子一族の大人たちが勢揃いしていた。
当然そこには長老ジャリエもいたし、先に戻っていたのだろうタリアとジュリの姿もある。
そして――その中央で座らされているのは、ジェイル。
「はっ! ラルフ!」
「ああ……タリア、一体どうした?」
タリアがそうラルフの名を呼ぶと共に、そこにいた大人たちが一斉にラルフを見た。
大人の数人は、怒りに眉を寄せて。数人は、とても哀れそうにジェイルを見て。そしてタリアは、激しい怒りに肩を震わせている。
「ラルフ! ジェイルが、とんでもないことをやった!」
「タリア!」
「黙れ! 腰抜けジェイル! お前がやったことだ! ラルフがいくら優しくても、今回は絶対に許さない!」
「うっ……お、俺は……俺は……」
何かジェイルがやらかした――その雰囲気は、察することができた。
何より、そんなジェイルは体中が傷だらけで、ところどころ血を流しているところもある。致命的な傷はなさそうだが、その状態で集落の入り口にいながら、何の治療も施されていない。
つまり、治療を施す必要もない――そう判断されたということだ。
「タリア、説明してくれ。一体何があったんだ?」
「ジェイルは、卑怯な真似をした。ラルフに勝てないからと、嘘を吐いて草番を交代し、ジャックを刺した」
「えっ……」
「こいつは、大きな獲物を狩ってくると言って、ジャックを狩ろうとしたんだ!」
タリアの言葉に、思わず目を見開く。
ジャックは、ラルフに従ってくれているエソン・グノル――象だ。
そして現在、エソン・グノルが住み着いた場所は他の猛獣も近寄らないという話もあって、集落の入り口で飼っている。そしてその言葉は正しかったのか、一度草を食べさせるためにジャックが集落を離れたときに牙虎が襲ってきた以外、この集落に他の猛獣が襲ってきたことはない。
つまりジャックは現在、集落の一員としての存在でもある。
そんなジャックを、刺した――。
「俺は! お前との勝負に勝ちたかった! 大きな獲物を狩ってきた方が勝ちだっただろう! 鼻長ほど大きな獲物は、他にいない!」
「ジャックは、集落の入り口を守ってくれていた! 我々の仲間だ! 何故お前は仲間を刺すことができる!」
「鼻長なんて、仲間なものか! あんな男に従う鼻長だ! いつ集落に牙を剥くか分からないだろう!」
「とんでもないことを、やらかしてくれたな!」
マドマドやラグゥといった、他の人間からも責められるジェイル。
理屈は、大体分かった。ジェイルはラルフに勝とうと思って、より大きな獲物を用意しようとしたのだ。だけれど、タリア曰く兎くらいしか一人で狩ることができないというジェイルに、そんな大きな獲物なんて用意することができない。
だから手近な、集落に懐いているからこそ襲いやすいジャックへ、襲いかかったのだ。
「……ジャックは、無事なのか?」
「ジャックは、ジェイルの槍に目を貫かれて、そのまま暴れたらしい。ジェイルが持っていった槍を全部刺したが、止まらなかったそうだ」
「そ、そうだ! 俺は殺していない! 罰を受ける必要はない!」
「だが、殺そうとしたんだろう! 我々の仲間を!」
「うるさい! あいつを狩れば、俺が族長になるはずだったんだ!」
「お前さんみたいな腰抜けが、族長になれるわけがないだろう。皆に尊敬され、皆から信頼されるのが族長だ。お前さんが族長になったら、少なくともあたしは、東の獅子一族を離れるね」
「うっ……!」
ジェイルの言葉に対して、長老が厳しくそう告げる。
同時にラルフは、自分のあまりにも軽率すぎた発言を後悔した。ジェイルから「勝ったら俺が族長だ!」と言われてそのまま頷いてしまった、自分の短慮を。
もしもラルフが軽率に勝負を受けなければ、ジャックは襲われなかった。まだ生きているとはいえ、片目を槍で貫かれたのだ。野生の獣が片目を失った場合、その視野が大きく狭まる。つまり、片方から来る捕食者に対して抵抗することができなくなるのだ。
もはや、ジャックは死んだも同然――。
「くそっ! 俺があいつの肉さえ持って帰れば!」
「そんなにも、お前は族長になりたいのか」
「当たり前だ! 俺が族長になったら、余所者なんて全員追放してやる! 白い肌の一族なんかとなれ合うものか! お前みたいな余所者が、族長に相応しいわけがない!」
「そうか」
冷たく、限りなく感情を殺した目で、ラルフはジェイルを見据える。
そして、そんなジェイルを囲む全員を睥睨し。
「全員、ジェイルから離れろ」
「族長!」
「ジェイル、立て」
ラルフは、抱えていた熊の死体、そして石の棍棒を捨てる。
ずしんっ、と石の棍棒が、地響きと共に大地に落ちて。
「俺は今から、お前を殺す」
「――っ!!」
「死にたくないなら、戦いで俺に勝ってみろ」
帝国の黒い悪魔は。
ぐっ、とその拳を握りしめた。
ラルフは一人で、自分が狩った獣を抱えながらそう呟いた。
やはり昼過ぎから夕方までという短い時間だったし、それほど長く探索することができなかった。どうにかラルフは森の中での探索を行ったが、なかなか大きな獣と遭遇しなかったのだ。
そんな中で、ようやく見つけたのが熊だった。
タリアは以前『剛毛獣』と言っていたが、確かにラルフの知っている帝国の熊よりも、遥かに固い体毛で身を包んでいる。そして人間の五割増しほどもある背丈に、横幅に至っては倍ほどもある大型の獣だ。本来、東の獅子一族の人間は、この獣に森の中で遭遇した場合、全力で逃げる相手である。
当然ながら、ラルフは棍棒の一撃でぶっ倒した。
「まぁ、ジェイルがこれより大きい獲物は……さすがに獲ってないだろ」
肩に熊を抱えて、森の中を歩く。
勿論、ラルフの背丈ではどうしても熊を完全に抱えることができず、両足をずるずると引きずる形だ。だがわざわざ、熊を運ぶためだけに集落から人を呼ぶわけにもいくまい。
そうラルフが考えながら、森の中を歩く。
そろそろ、東の獅子一族の集落が見えてくる頃か――そう考えながら、顔を上げる。
ラルフの視線の先には、当然ながら東の獅子一族の集落、その入り口が見えた。
何故か、そこに十数人が集まっている状態で。
「……何かあったのか?」
呟くが、その言葉に対する答えはない。
どこか焦燥を感じて、ラルフは急いで集落の入り口へと向かった。
「一体、何故……」
「……族長に……この……」
「馬鹿なことを……」
ようやく、声が聞き取れる位置まで戻ってきた。
それと共に、そこに集まっている面々の姿も、ようやく分かる。集落でも一番狩りが上手な茶の目のユージン、家具作りが得意な青い髪のマドマド、家の修理を任せられる黒い目のラグゥ、他にも腕一本のムシェル、片足のタエザなど、東の獅子一族の大人たちが勢揃いしていた。
当然そこには長老ジャリエもいたし、先に戻っていたのだろうタリアとジュリの姿もある。
そして――その中央で座らされているのは、ジェイル。
「はっ! ラルフ!」
「ああ……タリア、一体どうした?」
タリアがそうラルフの名を呼ぶと共に、そこにいた大人たちが一斉にラルフを見た。
大人の数人は、怒りに眉を寄せて。数人は、とても哀れそうにジェイルを見て。そしてタリアは、激しい怒りに肩を震わせている。
「ラルフ! ジェイルが、とんでもないことをやった!」
「タリア!」
「黙れ! 腰抜けジェイル! お前がやったことだ! ラルフがいくら優しくても、今回は絶対に許さない!」
「うっ……お、俺は……俺は……」
何かジェイルがやらかした――その雰囲気は、察することができた。
何より、そんなジェイルは体中が傷だらけで、ところどころ血を流しているところもある。致命的な傷はなさそうだが、その状態で集落の入り口にいながら、何の治療も施されていない。
つまり、治療を施す必要もない――そう判断されたということだ。
「タリア、説明してくれ。一体何があったんだ?」
「ジェイルは、卑怯な真似をした。ラルフに勝てないからと、嘘を吐いて草番を交代し、ジャックを刺した」
「えっ……」
「こいつは、大きな獲物を狩ってくると言って、ジャックを狩ろうとしたんだ!」
タリアの言葉に、思わず目を見開く。
ジャックは、ラルフに従ってくれているエソン・グノル――象だ。
そして現在、エソン・グノルが住み着いた場所は他の猛獣も近寄らないという話もあって、集落の入り口で飼っている。そしてその言葉は正しかったのか、一度草を食べさせるためにジャックが集落を離れたときに牙虎が襲ってきた以外、この集落に他の猛獣が襲ってきたことはない。
つまりジャックは現在、集落の一員としての存在でもある。
そんなジャックを、刺した――。
「俺は! お前との勝負に勝ちたかった! 大きな獲物を狩ってきた方が勝ちだっただろう! 鼻長ほど大きな獲物は、他にいない!」
「ジャックは、集落の入り口を守ってくれていた! 我々の仲間だ! 何故お前は仲間を刺すことができる!」
「鼻長なんて、仲間なものか! あんな男に従う鼻長だ! いつ集落に牙を剥くか分からないだろう!」
「とんでもないことを、やらかしてくれたな!」
マドマドやラグゥといった、他の人間からも責められるジェイル。
理屈は、大体分かった。ジェイルはラルフに勝とうと思って、より大きな獲物を用意しようとしたのだ。だけれど、タリア曰く兎くらいしか一人で狩ることができないというジェイルに、そんな大きな獲物なんて用意することができない。
だから手近な、集落に懐いているからこそ襲いやすいジャックへ、襲いかかったのだ。
「……ジャックは、無事なのか?」
「ジャックは、ジェイルの槍に目を貫かれて、そのまま暴れたらしい。ジェイルが持っていった槍を全部刺したが、止まらなかったそうだ」
「そ、そうだ! 俺は殺していない! 罰を受ける必要はない!」
「だが、殺そうとしたんだろう! 我々の仲間を!」
「うるさい! あいつを狩れば、俺が族長になるはずだったんだ!」
「お前さんみたいな腰抜けが、族長になれるわけがないだろう。皆に尊敬され、皆から信頼されるのが族長だ。お前さんが族長になったら、少なくともあたしは、東の獅子一族を離れるね」
「うっ……!」
ジェイルの言葉に対して、長老が厳しくそう告げる。
同時にラルフは、自分のあまりにも軽率すぎた発言を後悔した。ジェイルから「勝ったら俺が族長だ!」と言われてそのまま頷いてしまった、自分の短慮を。
もしもラルフが軽率に勝負を受けなければ、ジャックは襲われなかった。まだ生きているとはいえ、片目を槍で貫かれたのだ。野生の獣が片目を失った場合、その視野が大きく狭まる。つまり、片方から来る捕食者に対して抵抗することができなくなるのだ。
もはや、ジャックは死んだも同然――。
「くそっ! 俺があいつの肉さえ持って帰れば!」
「そんなにも、お前は族長になりたいのか」
「当たり前だ! 俺が族長になったら、余所者なんて全員追放してやる! 白い肌の一族なんかとなれ合うものか! お前みたいな余所者が、族長に相応しいわけがない!」
「そうか」
冷たく、限りなく感情を殺した目で、ラルフはジェイルを見据える。
そして、そんなジェイルを囲む全員を睥睨し。
「全員、ジェイルから離れろ」
「族長!」
「ジェイル、立て」
ラルフは、抱えていた熊の死体、そして石の棍棒を捨てる。
ずしんっ、と石の棍棒が、地響きと共に大地に落ちて。
「俺は今から、お前を殺す」
「――っ!!」
「死にたくないなら、戦いで俺に勝ってみろ」
帝国の黒い悪魔は。
ぐっ、とその拳を握りしめた。
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