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ついに気付く
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ラルフをはじめとした集落の皆で、ジェイルの亡骸を埋めた。
東の獅子一族において、亡くなった者に対して行うのは土葬だったらしい。長老曰く、「人は森から生まれる。そして森に帰る。だから、亡骸は森に埋めるのさ」とのことだった。ラルフからすれば、土葬をした場所を野生動物が掘り起こしたりしないのだろうか、くらいの感想だったが。
淡々と、タリアを筆頭にした集落の若者が穴を掘り、そこにジェイルの亡骸を埋めて、土を被せる。その間、長老が何やらブツブツと言っていたけれど、その意味は分からなかった。
それから、数日が経た。
この数日、ラルフは何もやる気が起こらず、釣りにも行かなかった。
ジェイルを殺したことに対して、誰もラルフを責めようとはしなかった。集落の一員を殺したことに対して、ラルフに何か言ってくる者は誰もいなかった。
タリアの態度も、ジュリの態度も、長老の態度も、極めていつも通りだった。ラルフの姿を見る集落の子供も大人も、少しの恐怖すら抱いていなかった。罪を犯したとはいえ、仲間を殺したラルフに対して、まるで何事もなかったかのように。
「……なんか、怖いな」
「ラルフさ、どなしたべ? 帝国語さ言だほ良さか?」
「あ、い、いや、何でもない。ちょっと、独り言だ」
「せか?」
こてん、と首を傾げるジュリ。
今日は、家にジュリと二人だ。タリアは「何日も狩りをしていないと、腕が鈍る。だから、少し村の衆と一緒に行ってくる」とのことだった。ジュリも来るように言われていたが、ジュリは頑なに拒否して、こうして家に残っている。ちなみに、ラルフは誘われもしなかった。
だから今、こうして帝国の言葉で喋ることには、問題ない。普段島の言葉を喋っているのは、あくまでタリアのことを仲間はずれにしないためなのだ。
「あー……ジュリ、少し、聞きたいんだけどな」
「どなしたべ?」
「俺は……皆に嫌われていないかな? いくらジャックに手を上げたからって、さすがに殺してしまうのはやり過ぎだったかと、少し後悔しているんだが……」
ジェイルの胸を貫手で抉った感触が、まだ残っている。
ラルフの掌に握った心臓の鼓動――その名残も。
そんなラルフの呟きに対して、ジュリは大きく溜息を吐いた。
「……わす、ひがすの一族さ、よ知んね。けんど、ラルフさ間違っだごとさしでね」
「そうか?」
「んだ。ジェイルさ、ジャック襲っだべ。仲間さ手ぇ上げたべ。仲間殺しさ、ぜって許さんねぇ」
「……」
ジェイルの言葉が、蘇る。
ラルフのことを余所者と言い続け、エソン・グノルなど信用できないと声高に言っていたジェイル。
彼にとって、ジャックは仲間ではなかったのだ。
そして、同じくラルフのことも、族長とは認めていなかった――。
「あー……もしかしで、ラルフさ、ちっと勘違いしでんべ?」
「……勘違い?」
「ひがすの一族でん死人さ出んの、珍しぐね。よぐあんこどだべ」
「いや……まぁ、確かにそうかもしれないが」
「へば、ひがすの一族さすりゃ、死ぬんさ別れでねぇべ。死んだもんさ、全員森さ還んべ。そさ、早ぇか遅ぇかだべさ」
「……」
なんとなく、ジュリの言っていることは理解できる。
この島では、人が死ぬことなど珍しくない。それこそ、ラルフがいなければこの集落は、最初のエソン・グノルが襲ってきた段階で破壊し尽くされているだろうし、その後に逃げ込んだ場所も安全とは限らない。
ラルフは異常な身体能力と戦闘能力があるから、この島でも相手になる生物などいない。だが、部族の人間はそれこそ大きな猫――グナフ・レギトを相手にしても戦えないだろう。
だからこそ、死というものに慣れている――。
「ラルフさ、わす、聞きでぇこどあんべけんど」
「ん……? あ、ああ、どうした?」
「ラルフさ、タリアんこど、どう思っでんべ?」
「……?」
思わぬジュリの質問に、ラルフは眉を寄せる。
タリアのことをどう思っているか――それは正直、何度か考えたことではある。
ラルフのような、言ってみれば身寄りの知れない怪しい者を東の獅子一族まで連れてきてくれて、あまつさえ現在、世話係を担ってくれているのだ。
可愛らしい顔立ちをしているし、それこそ集落の男と幸せになる未来が待っているのではないかと、そう思っているのだが。
「まぁ……そうだな。いつも、感謝してる」
だからラルフは、極めて無難な答えを返す。
いつも、タリアに助けられていることは事実だ。もしもタリアがいなければ、今こうして東の獅子一族の一員として、受け入れてもらえていないだろう。
だから、命の恩人と言える相手だと、そう思っているのだが――。
「んな答えが、聞きでぇんでねぇべ」
「……」
だが、ジュリが返してきたのは、眼差しを細くして告げたそんな言葉。
ジュリはまだ幼いし、無難な答えを返しておけばいいと、そう思っていた。
だけれど。
「ラルフさ、タリアと結婚す気があんべか?」
「……いや、結婚って」
「若ぇ身空ん男と女さ、同じ家で暮らしでんべ。タリアさ、身ん周りさこど全部しでくれてんべ。わすさ見でも、わがんべさ。タリアさ、ラルフさ好いどんべ」
「……」
どこか、目を逸らしてきたことではある。
今までも、タリアはラルフの世話係だからと、一歩退いてきたことではある。
だけれど、確かにそろそろはっきりするべきなのかもしれない。
その、答えは――。
「想いさ、応えでやんべか?」
「……無理、だな」
無理だ。
それが、ラルフの考えて出した結論である。
ラルフはただ、エソン・グノルを倒すような力を持っていたから、族長に担ぎ上げられたに過ぎない。
そもそも余所者であるラルフは、部族の一員として受け入れてもらって、この集落で余生を過ごすことさえできればいいのだ。戦いしか知らないラルフに、戦うことしかできないラルフに、家庭を築くような幸せは望めないと想っている。
そんなラルフの答えに、ジュリは肩をすくめた。
「だっだら、早めに言うでやんのさ、優しさだべ。ラルフさ、タリアと結婚す気さねぇなら、いつまでんもこん家さ置いどかん方がええべさ」
「……そう、か。確かに、そうだな」
「んだ。そすんば、タリアさ集落ん誰かんよんめごさ行ぐべさ」
「そう、だな……ん?」
確かに、タリアはまだ若いし、集落の誰かのところに嫁に行くべきかもしれない。
そう、ジュリの言葉を解読しながら返答して、違和感に気付く。
よんめご。
それは、何度となくジュリの父――ゲイルに言われていたが、分からなかった言葉。
島の言葉『エフィゥ』と同じように、恐らく世話係の意味だと理解していたが――。
「……なぁ、ジュリ」
「どしたべさ?」
「よんめごって……何なんだ?」
「……」
さぁ、と。
そこでジュリの表情から血の気が引くのが、ラルフにも分かった。
東の獅子一族において、亡くなった者に対して行うのは土葬だったらしい。長老曰く、「人は森から生まれる。そして森に帰る。だから、亡骸は森に埋めるのさ」とのことだった。ラルフからすれば、土葬をした場所を野生動物が掘り起こしたりしないのだろうか、くらいの感想だったが。
淡々と、タリアを筆頭にした集落の若者が穴を掘り、そこにジェイルの亡骸を埋めて、土を被せる。その間、長老が何やらブツブツと言っていたけれど、その意味は分からなかった。
それから、数日が経た。
この数日、ラルフは何もやる気が起こらず、釣りにも行かなかった。
ジェイルを殺したことに対して、誰もラルフを責めようとはしなかった。集落の一員を殺したことに対して、ラルフに何か言ってくる者は誰もいなかった。
タリアの態度も、ジュリの態度も、長老の態度も、極めていつも通りだった。ラルフの姿を見る集落の子供も大人も、少しの恐怖すら抱いていなかった。罪を犯したとはいえ、仲間を殺したラルフに対して、まるで何事もなかったかのように。
「……なんか、怖いな」
「ラルフさ、どなしたべ? 帝国語さ言だほ良さか?」
「あ、い、いや、何でもない。ちょっと、独り言だ」
「せか?」
こてん、と首を傾げるジュリ。
今日は、家にジュリと二人だ。タリアは「何日も狩りをしていないと、腕が鈍る。だから、少し村の衆と一緒に行ってくる」とのことだった。ジュリも来るように言われていたが、ジュリは頑なに拒否して、こうして家に残っている。ちなみに、ラルフは誘われもしなかった。
だから今、こうして帝国の言葉で喋ることには、問題ない。普段島の言葉を喋っているのは、あくまでタリアのことを仲間はずれにしないためなのだ。
「あー……ジュリ、少し、聞きたいんだけどな」
「どなしたべ?」
「俺は……皆に嫌われていないかな? いくらジャックに手を上げたからって、さすがに殺してしまうのはやり過ぎだったかと、少し後悔しているんだが……」
ジェイルの胸を貫手で抉った感触が、まだ残っている。
ラルフの掌に握った心臓の鼓動――その名残も。
そんなラルフの呟きに対して、ジュリは大きく溜息を吐いた。
「……わす、ひがすの一族さ、よ知んね。けんど、ラルフさ間違っだごとさしでね」
「そうか?」
「んだ。ジェイルさ、ジャック襲っだべ。仲間さ手ぇ上げたべ。仲間殺しさ、ぜって許さんねぇ」
「……」
ジェイルの言葉が、蘇る。
ラルフのことを余所者と言い続け、エソン・グノルなど信用できないと声高に言っていたジェイル。
彼にとって、ジャックは仲間ではなかったのだ。
そして、同じくラルフのことも、族長とは認めていなかった――。
「あー……もしかしで、ラルフさ、ちっと勘違いしでんべ?」
「……勘違い?」
「ひがすの一族でん死人さ出んの、珍しぐね。よぐあんこどだべ」
「いや……まぁ、確かにそうかもしれないが」
「へば、ひがすの一族さすりゃ、死ぬんさ別れでねぇべ。死んだもんさ、全員森さ還んべ。そさ、早ぇか遅ぇかだべさ」
「……」
なんとなく、ジュリの言っていることは理解できる。
この島では、人が死ぬことなど珍しくない。それこそ、ラルフがいなければこの集落は、最初のエソン・グノルが襲ってきた段階で破壊し尽くされているだろうし、その後に逃げ込んだ場所も安全とは限らない。
ラルフは異常な身体能力と戦闘能力があるから、この島でも相手になる生物などいない。だが、部族の人間はそれこそ大きな猫――グナフ・レギトを相手にしても戦えないだろう。
だからこそ、死というものに慣れている――。
「ラルフさ、わす、聞きでぇこどあんべけんど」
「ん……? あ、ああ、どうした?」
「ラルフさ、タリアんこど、どう思っでんべ?」
「……?」
思わぬジュリの質問に、ラルフは眉を寄せる。
タリアのことをどう思っているか――それは正直、何度か考えたことではある。
ラルフのような、言ってみれば身寄りの知れない怪しい者を東の獅子一族まで連れてきてくれて、あまつさえ現在、世話係を担ってくれているのだ。
可愛らしい顔立ちをしているし、それこそ集落の男と幸せになる未来が待っているのではないかと、そう思っているのだが。
「まぁ……そうだな。いつも、感謝してる」
だからラルフは、極めて無難な答えを返す。
いつも、タリアに助けられていることは事実だ。もしもタリアがいなければ、今こうして東の獅子一族の一員として、受け入れてもらえていないだろう。
だから、命の恩人と言える相手だと、そう思っているのだが――。
「んな答えが、聞きでぇんでねぇべ」
「……」
だが、ジュリが返してきたのは、眼差しを細くして告げたそんな言葉。
ジュリはまだ幼いし、無難な答えを返しておけばいいと、そう思っていた。
だけれど。
「ラルフさ、タリアと結婚す気があんべか?」
「……いや、結婚って」
「若ぇ身空ん男と女さ、同じ家で暮らしでんべ。タリアさ、身ん周りさこど全部しでくれてんべ。わすさ見でも、わがんべさ。タリアさ、ラルフさ好いどんべ」
「……」
どこか、目を逸らしてきたことではある。
今までも、タリアはラルフの世話係だからと、一歩退いてきたことではある。
だけれど、確かにそろそろはっきりするべきなのかもしれない。
その、答えは――。
「想いさ、応えでやんべか?」
「……無理、だな」
無理だ。
それが、ラルフの考えて出した結論である。
ラルフはただ、エソン・グノルを倒すような力を持っていたから、族長に担ぎ上げられたに過ぎない。
そもそも余所者であるラルフは、部族の一員として受け入れてもらって、この集落で余生を過ごすことさえできればいいのだ。戦いしか知らないラルフに、戦うことしかできないラルフに、家庭を築くような幸せは望めないと想っている。
そんなラルフの答えに、ジュリは肩をすくめた。
「だっだら、早めに言うでやんのさ、優しさだべ。ラルフさ、タリアと結婚す気さねぇなら、いつまでんもこん家さ置いどかん方がええべさ」
「……そう、か。確かに、そうだな」
「んだ。そすんば、タリアさ集落ん誰かんよんめごさ行ぐべさ」
「そう、だな……ん?」
確かに、タリアはまだ若いし、集落の誰かのところに嫁に行くべきかもしれない。
そう、ジュリの言葉を解読しながら返答して、違和感に気付く。
よんめご。
それは、何度となくジュリの父――ゲイルに言われていたが、分からなかった言葉。
島の言葉『エフィゥ』と同じように、恐らく世話係の意味だと理解していたが――。
「……なぁ、ジュリ」
「どしたべさ?」
「よんめごって……何なんだ?」
「……」
さぁ、と。
そこでジュリの表情から血の気が引くのが、ラルフにも分かった。
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