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1.眞斗
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捨て犬みたいな子だと思った。
*
「おはよう悠くん」
「…………ん」
寝起きでボサボサの髪をぐしゃぐしゃと掻き回しながら、悠は気のない返事をして、ダイニングテーブルを挟んだ向かい側に座った。寝室側に位置するそこが、彼の定位置である。
「ご飯食べる?」
「……いらね」
横向きに腰を下ろした悠は、背もたれに肘をかけてスマホをいじりながら、いかにも怠そうに答える。
「じゃあコーヒーだけでも淹れよっか」
悠は何も答えない。しかし、その問いを発した眞斗は特に落胆するでもなく、黙って微笑んでいる。こんなやり取りはいつものことだからだ。
「あのさ悠くん」
返事はない。
「悠くん。良かったら今日、これから一緒に出かけない?」
「…………は? なんで?」
「なんでもないけど、せっかく晴れてるし、休みだし、悠くんとデートしたいなって」
「デートって……」
眞斗の言葉を繰り返して、一瞬呆れたように笑った悠は、けれど少し考えるような間を置いて、眞斗の方に視線だけを向けた。
「……まあ、行ってもいいけど」
「ほんと? 嬉しいよ」
言葉の通り嬉しそうに笑った眞斗をちらりと見て、悠は再びスマホに目を戻した。
「で? どこ行くんだよ」
「まだ決めてない。悠くんの行きたい所でいいよ」
「別にない」
「じゃあ映画にしよっか。映画館で何か面白そうなの探して観よう」
「……ん」
眞斗の言葉を聞いているのかも分からない悠の態度に怒る事もなく、眞斗は微笑みを崩さずにいる。
これが、この二人にとっての日常だった。
*
彼らが出会ったのは、今から半年ほど前のことだった。繁華街のゴミ捨て場に落ちていた悠を、飲み会帰りの眞斗が見つけて拾ったのだ。
泥まみれで座り込んでいる悠に気づいた時、眞斗はすぐに警察と救急車を呼んで、それ以上は関わらないつもりだった。けれど、
『……あんた、だれ』
目を覚ました悠と視線がぶつかったのが、運の尽きだったのだと思う。
“運命”なんて陳腐な言葉だ。けれどあの瞬間、たしかに感じた。彼と自分は、出会うべくして出会ったのだと。
結局その後、警察も病院も嫌だと言う悠を家に連れ帰り、今日までなし崩しに同居を続けてきた。悠には家も家族も無ければ、他に行くあても無かったのだ。
*
「映画、おもしろかったね」
相変わらず何も答えない悠の隣を、眞斗はそれでも楽しそうに歩いている。ただの同居人というには近く、友人や恋人というには遠い距離だ。
「悠くん、そろそろお腹空いてない? 何か食べに行く?」
「…………眞斗の作ったやつがいい」
「そう? じゃあ帰ろっか。家に何かあったかなー」
そうして冷蔵庫の中身を思い返しながら帰路につき、二人が自宅の最寄り駅まで辿り着いた時の事だった。
「眞斗!」
不意に背後から名前を呼ばれ、眞斗は足を止めて辺りを見回した。
「眞斗、久しぶりだな」
「秋人! 帰ってたんだ!」
足早に改札を出てきたその人物を見た瞬間、眞斗は思わず声を上げて駆け寄っていた。
「こっちに来てるなら一言連絡くれたら良かったのに」
「悪い悪い。驚かせようと思ったんだ」
親しげに言葉を交わす二人を離れた場所から不満気に見ている悠に気づいて、眞斗は彼の方を振り返った。
「悠くん、この人は秋人だよ。俺の従兄弟で、最近まで仕事の都合で海外にいたんだ」
「…………ふーん」
不機嫌を隠そうともせずに答えると、悠はピアスだらけの耳の後ろをガリガリと掻いた。秋人とは目も合わせようとしない。
「……眞斗、彼は友達か?」
「まあそんな感じ。今一緒に住んでるんだよ」
「一緒に? 初めて聞いたな、その話」
「ああ、そういえば言って無かったっけ。なんか忙しそうだったから」
「最近はそんなにだっただろ。なあ、せっかく帰ってきたんだから、その辺も含めて今度ゆっくり話さないか」
「良いね。ちょうど秋人と行きたいと思ってたお店があるんだよ。覚えてる? 学生の頃よく行ってた所が、最近リニューアルオープンして……」
「……眞斗!!」
数年ぶりに再会した二人の会話は、刺々しい声によって遮られた。
「……眞斗。オレ腹減ってんだけど」
「あ、そうだよね。ごめんね悠くん」
眞斗が言い終わらないうちに、悠はその腕を乱暴に掴んで歩き始めた。
「悠くん、そんなに引っ張ったら痛いよ……ごめん秋人! また連絡するから!」
悠に引きずられながら、眞斗は後ろを振り返って大きな声で詫びた。秋人はその光景を、ただ呆然と見送ることしか出来なかった。
*
「おはよう悠くん」
「…………ん」
寝起きでボサボサの髪をぐしゃぐしゃと掻き回しながら、悠は気のない返事をして、ダイニングテーブルを挟んだ向かい側に座った。寝室側に位置するそこが、彼の定位置である。
「ご飯食べる?」
「……いらね」
横向きに腰を下ろした悠は、背もたれに肘をかけてスマホをいじりながら、いかにも怠そうに答える。
「じゃあコーヒーだけでも淹れよっか」
悠は何も答えない。しかし、その問いを発した眞斗は特に落胆するでもなく、黙って微笑んでいる。こんなやり取りはいつものことだからだ。
「あのさ悠くん」
返事はない。
「悠くん。良かったら今日、これから一緒に出かけない?」
「…………は? なんで?」
「なんでもないけど、せっかく晴れてるし、休みだし、悠くんとデートしたいなって」
「デートって……」
眞斗の言葉を繰り返して、一瞬呆れたように笑った悠は、けれど少し考えるような間を置いて、眞斗の方に視線だけを向けた。
「……まあ、行ってもいいけど」
「ほんと? 嬉しいよ」
言葉の通り嬉しそうに笑った眞斗をちらりと見て、悠は再びスマホに目を戻した。
「で? どこ行くんだよ」
「まだ決めてない。悠くんの行きたい所でいいよ」
「別にない」
「じゃあ映画にしよっか。映画館で何か面白そうなの探して観よう」
「……ん」
眞斗の言葉を聞いているのかも分からない悠の態度に怒る事もなく、眞斗は微笑みを崩さずにいる。
これが、この二人にとっての日常だった。
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彼らが出会ったのは、今から半年ほど前のことだった。繁華街のゴミ捨て場に落ちていた悠を、飲み会帰りの眞斗が見つけて拾ったのだ。
泥まみれで座り込んでいる悠に気づいた時、眞斗はすぐに警察と救急車を呼んで、それ以上は関わらないつもりだった。けれど、
『……あんた、だれ』
目を覚ました悠と視線がぶつかったのが、運の尽きだったのだと思う。
“運命”なんて陳腐な言葉だ。けれどあの瞬間、たしかに感じた。彼と自分は、出会うべくして出会ったのだと。
結局その後、警察も病院も嫌だと言う悠を家に連れ帰り、今日までなし崩しに同居を続けてきた。悠には家も家族も無ければ、他に行くあても無かったのだ。
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「映画、おもしろかったね」
相変わらず何も答えない悠の隣を、眞斗はそれでも楽しそうに歩いている。ただの同居人というには近く、友人や恋人というには遠い距離だ。
「悠くん、そろそろお腹空いてない? 何か食べに行く?」
「…………眞斗の作ったやつがいい」
「そう? じゃあ帰ろっか。家に何かあったかなー」
そうして冷蔵庫の中身を思い返しながら帰路につき、二人が自宅の最寄り駅まで辿り着いた時の事だった。
「眞斗!」
不意に背後から名前を呼ばれ、眞斗は足を止めて辺りを見回した。
「眞斗、久しぶりだな」
「秋人! 帰ってたんだ!」
足早に改札を出てきたその人物を見た瞬間、眞斗は思わず声を上げて駆け寄っていた。
「こっちに来てるなら一言連絡くれたら良かったのに」
「悪い悪い。驚かせようと思ったんだ」
親しげに言葉を交わす二人を離れた場所から不満気に見ている悠に気づいて、眞斗は彼の方を振り返った。
「悠くん、この人は秋人だよ。俺の従兄弟で、最近まで仕事の都合で海外にいたんだ」
「…………ふーん」
不機嫌を隠そうともせずに答えると、悠はピアスだらけの耳の後ろをガリガリと掻いた。秋人とは目も合わせようとしない。
「……眞斗、彼は友達か?」
「まあそんな感じ。今一緒に住んでるんだよ」
「一緒に? 初めて聞いたな、その話」
「ああ、そういえば言って無かったっけ。なんか忙しそうだったから」
「最近はそんなにだっただろ。なあ、せっかく帰ってきたんだから、その辺も含めて今度ゆっくり話さないか」
「良いね。ちょうど秋人と行きたいと思ってたお店があるんだよ。覚えてる? 学生の頃よく行ってた所が、最近リニューアルオープンして……」
「……眞斗!!」
数年ぶりに再会した二人の会話は、刺々しい声によって遮られた。
「……眞斗。オレ腹減ってんだけど」
「あ、そうだよね。ごめんね悠くん」
眞斗が言い終わらないうちに、悠はその腕を乱暴に掴んで歩き始めた。
「悠くん、そんなに引っ張ったら痛いよ……ごめん秋人! また連絡するから!」
悠に引きずられながら、眞斗は後ろを振り返って大きな声で詫びた。秋人はその光景を、ただ呆然と見送ることしか出来なかった。
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