クローズド・ルーム

村井 彰

文字の大きさ
1 / 3

1.眞斗

しおりを挟む
  捨て犬みたいな子だと思った。

  *

「おはようゆうくん」
「…………ん」
  寝起きでボサボサの髪をぐしゃぐしゃと掻き回しながら、悠は気のない返事をして、ダイニングテーブルを挟んだ向かい側に座った。寝室側に位置するそこが、彼の定位置である。
「ご飯食べる?」
「……いらね」
  横向きに腰を下ろした悠は、背もたれに肘をかけてスマホをいじりながら、いかにも怠そうに答える。
「じゃあコーヒーだけでも淹れよっか」
  悠は何も答えない。しかし、その問いを発した眞斗まさとは特に落胆するでもなく、黙って微笑んでいる。こんなやり取りはいつものことだからだ。
「あのさ悠くん」
  返事はない。
「悠くん。良かったら今日、これから一緒に出かけない?」
「…………は? なんで?」
「なんでもないけど、せっかく晴れてるし、休みだし、悠くんとデートしたいなって」
「デートって……」
  眞斗の言葉を繰り返して、一瞬呆れたように笑った悠は、けれど少し考えるような間を置いて、眞斗の方に視線だけを向けた。
「……まあ、行ってもいいけど」
「ほんと? 嬉しいよ」
  言葉の通り嬉しそうに笑った眞斗をちらりと見て、悠は再びスマホに目を戻した。
「で? どこ行くんだよ」
「まだ決めてない。悠くんの行きたい所でいいよ」
「別にない」
「じゃあ映画にしよっか。映画館で何か面白そうなの探して観よう」
「……ん」
  眞斗の言葉を聞いているのかも分からない悠の態度に怒る事もなく、眞斗は微笑みを崩さずにいる。
  これが、この二人にとっての日常だった。


  *


  彼らが出会ったのは、今から半年ほど前のことだった。繁華街のゴミ捨て場に落ちていた悠を、飲み会帰りの眞斗が見つけて拾ったのだ。
  泥まみれで座り込んでいる悠に気づいた時、眞斗はすぐに警察と救急車を呼んで、それ以上は関わらないつもりだった。けれど、
『……あんた、だれ』
  目を覚ました悠と視線がぶつかったのが、運の尽きだったのだと思う。
  “運命”なんて陳腐な言葉だ。けれどあの瞬間、たしかに感じた。彼と自分は、出会うべくして出会ったのだと。
  結局その後、警察も病院も嫌だと言う悠を家に連れ帰り、今日までなし崩しに同居を続けてきた。悠には家も家族も無ければ、他に行くあても無かったのだ。


  *


「映画、おもしろかったね」
  相変わらず何も答えない悠の隣を、眞斗はそれでも楽しそうに歩いている。ただの同居人というには近く、友人や恋人というには遠い距離だ。
「悠くん、そろそろお腹空いてない? 何か食べに行く?」
「…………眞斗の作ったやつがいい」
「そう? じゃあ帰ろっか。家に何かあったかなー」
  そうして冷蔵庫の中身を思い返しながら帰路につき、二人が自宅の最寄り駅まで辿り着いた時の事だった。
「眞斗!」
  不意に背後から名前を呼ばれ、眞斗は足を止めて辺りを見回した。
「眞斗、久しぶりだな」
秋人あきひと! 帰ってたんだ!」
  足早に改札を出てきたその人物を見た瞬間、眞斗は思わず声を上げて駆け寄っていた。
「こっちに来てるなら一言連絡くれたら良かったのに」
「悪い悪い。驚かせようと思ったんだ」
  親しげに言葉を交わす二人を離れた場所から不満気に見ている悠に気づいて、眞斗は彼の方を振り返った。
「悠くん、この人は秋人だよ。俺の従兄弟で、最近まで仕事の都合で海外にいたんだ」
「…………ふーん」
  不機嫌を隠そうともせずに答えると、悠はピアスだらけの耳の後ろをガリガリと掻いた。秋人とは目も合わせようとしない。
「……眞斗、彼は友達か?」
「まあそんな感じ。今一緒に住んでるんだよ」
「一緒に? 初めて聞いたな、その話」
「ああ、そういえば言って無かったっけ。なんか忙しそうだったから」
「最近はそんなにだっただろ。なあ、せっかく帰ってきたんだから、その辺も含めて今度ゆっくり話さないか」
「良いね。ちょうど秋人と行きたいと思ってたお店があるんだよ。覚えてる? 学生の頃よく行ってた所が、最近リニューアルオープンして……」
「……眞斗!!」
  数年ぶりに再会した二人の会話は、刺々しい声によって遮られた。
「……眞斗。オレ腹減ってんだけど」
「あ、そうだよね。ごめんね悠くん」
  眞斗が言い終わらないうちに、悠はその腕を乱暴に掴んで歩き始めた。
「悠くん、そんなに引っ張ったら痛いよ……ごめん秋人! また連絡するから!」
  悠に引きずられながら、眞斗は後ろを振り返って大きな声で詫びた。秋人はその光景を、ただ呆然と見送ることしか出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...