10cm先のラブソング

村井 彰

文字の大きさ
3 / 16
10cm先のラブソング

3.少年だった

しおりを挟む
 十一月も終わろうという週末の午後。
 俺はひとり電車を乗り継いで、郊外のライブハウスを訪れていた。
 黒い箱のような外観のそこは、オールスタンディングで収容人数は千人程度。陽太はそんなに大きなキャパじゃないと言っていたが、この手の会場としては、なかなかの規模なのではないだろうか。もっとも俺は、たいして詳しい訳では無いのだが。
 ともかく、そうして辿り着いたホールを見回して見れば、そこに集まっているのは半分以上が若い女の子ばかり。予想していた事ではあるが、どうにも居心地の悪さを感じてしまう。
 先日城崎のやつが「ボーカルの顔人気」だとかほざいていたが、正直なところ、そういう側面が全く無いわけでもないのだろう。人それぞれ好みはあれど、実際陽太はイケメンと形容してもなんら問題ない顔立ちをしているのだから。
 そう。だからこそ、時々不思議に思う。
 どうして陽太は、俺みたいな普通の男を恋人に選んだのだろう。
「まもなく開場しまーす。チケットをお手元にご用意くださーい」
 俺が考え込んでいると、スタッフのTシャツを着た女性がホールに向かって呼びかける声が響いてきた。
 まもなく、始まるようだ。


 会場の中は薄暗く、ステージを覆う緞帳だけがライトで照らされている。そんな空間に何百もの人間がひしめき合う光景に、自然と非日常感が高まって、気分が高揚していくのが分かる。この開演前の独特な空気感も、陽太と出会わなければ一生知る事はなかったんだろう。
 雰囲気だけ味わえれば十分なので、俺は会場の後ろの方に場所を取った。すると俺のすぐ前に立っていた、着飾った女の子達の会話が耳に飛び込んでくる。
「やばー……なんか緊張してきた」
「ミホ、今日めっちゃ気合い入れてるもんね」
「当たり前じゃん、初現地だもん!……はー、ヨウくん早く会いたい」
 耳まで真っ赤にして呟く彼女の後ろ姿を、俺は少々複雑な心持ちで見ていた。真後ろに立っているおっさんが、憧れのヨウくんの彼氏だと分かったら、この子は一体どんな顔をするのだろうか。もちろん絶対にバラすつもりはないが。
「!」
 不意に会場の照明が落ちて、目の前の彼女達が息を呑む気配があった。
 ざわめきの中、鳴り響いたギターの音に歓声があがる。
 未だ幕は下りたままだが、姿は見えなくても分かる。陽太の相棒である、キサラギの演奏だ。
 疾走感のある音色と共に幕が開き、歓声がさらに大きくなった。
 演奏しているのは、彼らの新曲『ナイトウォーカー』。この前陽太に貰ったCDで何度も聴いたこの曲は、たしか車のCMソングに起用されたのだったか。
 そんなことを考えながらも、俺は既にステージから目を離せなくなっていた。
 ああ、本当に。こうしてステージに立つ陽太は、俺が知っているあいつとは、まるで別人のようだ。
 客席を真っ直ぐに見据えて、陽太が……いや、夜色のヨウが、深く息を吸い込んだのが分かる。
 客席の熱気に負けない程に鋭く、けれど決して優しさを失わないその歌声を初めて聞いたのは、もう五年も前のことだ。

 その時の俺は、まだ高校生だった裕翔と一緒に、ここよりもずっと小さなライブハウスを訪れていた。
 と言っても、当時の俺は音楽になんて興味がなくて、未成年である裕翔の付き添いとして渋々参加していただけ。
 陽太も、陽太と組んでいるという女の子もまだ十代だと聞いていたし、所詮子供が趣味でやっているバンドだと。そう高を括っていたのだ。
 けれど、そんな俺の舐め切った態度は、曲が流れ出したその瞬間、粉々に破壊されることになる。
 音楽というものに心動かされるなんて、それが初めての経験だった。
 キサラギという少女が奏で出す、どこか切なさを孕んだメロディに。そして、まだ幼さの残る陽太が紡ぐ、どこまでも真っ直ぐに伸びやかなその歌声に。気づけば俺は、一瞬で心を奪われていた。

 そして今。俺の遥か先にいる二人は、あの頃よりもずっと大きな舞台に立っていた。あの小さなライブハウスから、二人は確かに夢を掴んで、ここにいる。
 そうだ。やっぱり、俺の周りにいるのはすごい奴らばっかりだ。
 そうして開幕から立て続けに三曲ほど演奏しきった彼らは、息をついて一度それぞれの楽器やマイクから手を離した。
 その途端、会場が静寂に包まれる。だがそれも一瞬のことで、次の瞬間には陽気な若い女の声が、マイクを通して会場全体に響き渡っていた。
「今日は来てくれてありがとー!ギターのキサラギでーす!ひゅー!」
 そう叫んで、小柄な影がマイクを持っていない方の手をぶんぶん振るのが遠目に見えた。キサラギとは何度か話したことがあるのだが、今日は普段以上にテンションが高い気がする。舞台の上という状況に、彼女も高揚しているのかもしれなかった。
「ボーカルのヨウです。こんにちは」
 キサラギの隣で陽太がそう名乗って軽く手を振ると、俺の前の少女……ミホの方が、小さく悲鳴をあげた。陽太が普通に喋りだした途端、どうにも気の抜けた空気になるのはご愛嬌だ。
 そんな調子でサポートのバンドメンバーの名前を紹介しながら、ステージの上で二人が軽く雑談をしている。かと思うと、不意にキサラギが少し真面目な調子になって、客席を見渡した。
「んじゃ、そういうわけで……次はアレやりましょうか。もともとはインディーズ時代の曲なんすけど、うちらにとっては思い出深い曲なんで」
「あの頃はずっと配信とか動画だけで活動してて……それで初めてお客さんの前に立つことになった時、一番最初に歌った曲なんだよね」
「そういうこと。んじゃ、ここからはしばらくノンストップでいくよー」
 言い終わると同時に、キサラギはスタンドにマイクを戻し、抱えたままだったギターに手を触れた。
 そうして流れ出した曲は、二人だけでなく、俺にとっても非常に思い出深いものだった。
 それは、五年前のあの日初めて聞いた歌。……そう。俺が一番好きな、あの歌だ。

“いくつも色を重ねて 大人になっていく
あの夏の日差しだけ いつまでも褪せないまま”

 確かこの曲の歌詞は、当時の陽太が書いたのだと言っていた。
 あの頃、まだ少年だった陽太が紡いだ言葉を、大人になったあいつはどんな思いで歌うのだろう。

 *

 終演後、他の客達が捌けるのを待って、俺は陽太達がいる楽屋へと向かっていた。出演者の友人ということでちゃんと許可も貰っているし、別に悪いことをしている訳でもないのだが、さっきのファンの子達を思い返すと、なにやら抜け駆けしているような気分になる。
 どうにも場違いな気分を味わいながら、雑然とした狭い廊下を歩いていると、角から飛び出してきた小さい人影にぶつかりそうになった。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそー……って、あれ?もしかしてカズイさんすか?」
 元気の良い声に視線を下げてみれば、頭のてっぺんで金とピンクの二色にくっきり分かれた、豪快な髪の色が目に飛び込んできた。
「キサラギさん、お疲れ様。直接話すのって結構久しぶりだよな?」
 人影の正体は、ついさっきまでステージに立ってギターを弾いていた、キサラギその人だった。ステージ用の照明の下ではあまり気にならなかったが、こうして間近に見るとなかなか迫力のある髪色である。一体どうやって染めているんだ。
「へへっ、ほんとっすね。前ヨウちゃんが、カズイさんと付き合うことになった~って報告してくれた時以来っすか?今日は来てくれてありがとうございますっ!」
 ラクダのようなもさもさの睫毛に縁取られた目を細くして、キサラギが快活に笑う。
 陽太とはあまり似ていない雰囲気の彼女だが、二人の気が合う理由はなんとなく分かる気がした。二人とも邪気が無いというか、話していると自分の中の悪い感情が消えていくような、そんな気持ちになる。
「こちらこそ、呼んでくれてありがとうな。すげぇ楽しかった」
「そう言ってもらえるのが一番嬉しいっすよ。あ、ヨウちゃんだったらさっき楽屋の前でマサキさんと喋ってたんで、まだその辺にいるんじゃないすかね」
「そうか。わかった、探してみる」
 マサキとは誰のことかと思ったが、おそらくスタッフの人とかそんなところだろう。
 キサラギと別れてさらに廊下を少し進むと、すぐに目当ての人影は見つかった。
 アンコールの時に着ていたTシャツのまま、陽太は背の高い男となにやら話し込んでいる。彼がキサラギの言っていた「マサキさん」だろうか。
「あっ、和威さん!」
 会話に割り込んでいいものかと俺が様子を窺っていると、陽太の方が俺に気づいて駆け寄ってきた。
「来てくれたんだ!」
「そりゃ約束したからな」
 いつもの調子で抱きつこうとする陽太を、手のひらで押し留めながら軽く答える。人前だというのに、いくらなんでも無防備すぎる。さっきのファンの子が知ったら泣くぞ。
「和威さん?ヨウ、その人が和威さんなの?」
 不意に、やたらと甘ったるいテノールに名前を呼ばれた。声の方に視線を向けてみれば、マサキさん(仮)が、イマイチ感情の読めない目で、俺をじっと見つめている。
まさきさん……えっと、そうだよ。この人が和威さん」
 男の方を振り向いて、なぜか少し気まずそうな様子で陽太がそう言った。やはりこの男がマサキさんで合っていたらしい。
 マサキさんは陽太の言葉に、
「そっか……」
 と小さく呟いて、穏やかそうな笑顔を浮かべながら、こちらに近づいてきた。おそらく年頃は俺と同じか少し下くらい。陽太とはタイプが違うものの、よく見ればこの男もなかなかのイケメンだ。
 陽太がネコ科の生き物だとするなら、この男は狐とかイタチとか、そういう類の雰囲気がある。あと、ついでに言うとかなり背が高い。陽太より高いところに頭があるということは、身長は確実に一八〇センチを越えているだろう。
 俺は少しおもしろくない気持ちで、男に向かって会釈した。
「あ、あのね和威さん。この人は亀井かめい柾さんっていって、デビュー前からおれ達をサポートしてくれてるマネージャーで……」
「それだけじゃないでしょ、ヨウ」
 陽太の隣で歩みを止めた男は、囁くようにそう言ったかと思うと、次の瞬間とんでもない行動に出た。
「な、なにするの柾さん」
 亀井柾という男は、戸惑う陽太の声を無視して、その細い腰に手を回したかと思うと、あろうことか強引に自分の元へと引き寄せた。そして、
「初めまして和威さん。僕の名前は亀井柾。……ヨウがまだデビューする前、僕らは恋人同士だったんですよ」
 俺の目の前で、堂々と、そう言い放った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

仮面の王子と優雅な従者

emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。 平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。 おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。 これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。

処理中です...