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10cm先のラブソング
6.まるで夢みたい
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「な、んで急にそんなこと訊くんだよ」
「急に、じゃないよ!」
不意に陽太が大きな声をあげて、俺の手を掴んできた。
「お、おい、なんだ突然……っ」
戸惑う声は、形にはならなかった。
陽太の唇が、俺の唇を塞いでいるせいだ。
咄嗟に抵抗しようとしたが、両手ともしっかり抑え込まれているせいで、俺の力ではどうにもできない。そうしているうちに、唇の隙間を割って、熱く濡れたモノが入り込んできた。
「ん……」
それはまるで生き物のように動き回って、歯列をなぞり、口蓋を舐め上げて、俺の中の弱い部分を蹂躙していく。
粘膜同士が絡まり合う、ぐちゅぐちゅといういやらしい音が耳の奥で響いて、体の中から溶かされてしまいそうだった。
「ばか、やめろ……っ」
唇が一瞬離れた隙にそう訴えるも、俺の弱々しい抗議など聞き入れられず、またすぐに唇が重なる。舌の先を絡め取られて、キツく吸い上げられた瞬間、電流のような甘ったるい痺れが背筋を走り抜けた。
下腹部に熱が集まっているのが分かる。まずい。このままだと……
「…………この、バカ!やめろって言ってるだろ!!」
ほんのわずかに力が緩んだ隙をついて、陽太の手を振り払う。既に硬く張り詰めたそこに気づかれないよう、ソファの上に膝を立てて距離を取る。心臓は今にも爆発しそうなくらいに早鐘を打っていた。
「なんで逃げるの」
「なんでって……当たり前だろ、こんな強引に」
陽太を睨みつけようとして、その顔が今にも泣きそうに歪んでいることに気がついた。
「陽太……?」
「いつもそう。和威さん、おれが触るといつも嫌そうにするよね」
「嫌そうって……してないだろ、別に」
「嘘!和威さんから触ってくれた時でも、おれが触ったら手離したり、抱きつこうとしたら避けたり……ずっと、そんなのばっかり……」
「それは……」
それは、お前に触れたら、いろんなものが我慢できなくなりそうで、けれどその先に進むのが怖くて。だから、俺は。
「そしたら、この前柾さんと話した時から、連絡すらあんまりしてくれなくなって……男同士で付き合うとか、そういうの、やっぱり気持ち悪いって思われたんじゃ、ないかって」
「違う!」
思わず叫んでしまった俺の声に、陽太が肩を震わせる。
「違うんだよ、陽太。気持ち悪いとか、そんなんじゃなくて……」
どうしよう、なんて伝えればいい?
俺は必死に言葉を探しながら、ほとんど無意識に陽太の手を取っていた。酒のせいか、それとも感情が昂っているせいか。いつもより体温の高いそれにそっと触れて、強く握りしめる。
気持ち悪いだなんてこと、あるわけがない。
だって、こんなにも愛おしいのに。
「俺は……ただ、嫉妬してただけなんだよ」
「嫉妬……?」
「そうだよ。……お前の体に俺以外の奴が触れてたって、考えただけで死にそうなくらいムカついて……そのくせお前を大事にしたくて、触れるのが怖くて。こんな子供っぽい我儘な感情、お前に知られたくなかっただけなんだ」
言葉にしてしまうと、それはなんて滑稽でくだらない感情なのだろうか。
こんなもののために、俺は、一番傷つけてはいけない人を傷つけた。
繋いだままの手を軽く引いて、陽太の体を優しく抱き寄せる。俺の腕の中には収まりきらないその体が、今はやけに小さく、頼りなく思えた。
「かずい、さん」
迷子の子供のような声が、俺の名前を呼ぶ。
俺の肩に頭を乗せて、陽太は遠慮がちに、俺の背中へと手を回してきた。
そうだ、これまで伝えたことがなかったけれど、今なら素直に言えるかも知れない。
「陽太……陽太、愛してる」
陽太の背中が小さく震えて、今にも泣き出しそうな吐息に耳を擽られた。
ああ、たったこれだけの短い台詞、もっと早くに伝えてやればよかったな。
「和威さん……それ、ほんと?……ほんとに、おれのこと」
「そうじゃなきゃ、こんなことしてねぇよ」
「だって、おれ、男だし……体もこんな、ゴツくて。和威さんが、今まで付き合ってた女の人達と、全然違ってて」
「知ってるよ。そんなこと、全部知ってる。……全部知ってて、それでも、お前が良いと思ったんだよ。俺は」
涙声に気づかないふりをしてやりながら、猫のような柔らかい髪に指を絡ませた。
「和威さん……和威さん、和威さん……っ」
何度も俺の名前を呼ぶ陽太が可愛くて、俺はその顔をそっと上げさせて……触れるだけの、軽いキスを落とした。
「か、ずいさん」
驚いて目を丸くする陽太の頬を撫でて、何度も何度も、あやすように口付ける。
俺だけの、可愛い恋人。誰にも渡すもんか。
「……こんなの、夢みたいだ。ずっとずっと、あの頃は想像するだけで……絶対叶わないって、思ってた」
堪えきれずに零れた涙が、陽太の頬を流れて俺の手の中に落ちた。
「バカ、夢じゃないだろ」
こつん、と額同士をぶつけて、少しぶっきらぼうに言う。
手のひらに感じるこの体温も、胸の奥にある熱も、何もかも、夢なんかであるはずがない。
*
「……ちょっと落ち着いたか?」
陽太の顔を見上げてそう訊ねると、鼻の頭を真っ赤にしながら、陽太は頷いた。
「ん。ごめんね、泣いたりして」
「いや。こっちこそ、泣かせて悪かった……ああでも、さっき無理矢理舌入れてきたのは、まだちょっと許してない」
上目遣いに俺がそう言うと、陽太は露骨に慌てた様子で俺から体を離した。
「あっ、あれは……あの、ほんとにごめんなさい……おれ、酔ってて、それで」
「へえ?酔った勢いでああいうことすんのか、お前」
焦る陽太が可愛くて、俺は少し意地悪してやりたくなった。逃げようとする陽太の腰を抱いて、そのままソファの上にゆっくりと押し倒す。
「か、和威さん、ほんとにごめん……ゆるして」
「いーや、許さない。お前、責任取れよ」
耳元で囁きながら、未だ熱を持ったままの昂りを、陽太の太腿に強く押し付けた。
「え、あ……嘘」
「嘘でこんなんなるかよ。……全部、お前のせいだからな」
声が若干上擦っているのが自分でも分かる。
俺は陽太が着ている白いセーターを下のシャツごと捲り上げて、その中に手を滑り込ませた。
「あっ……ま、待って和威さん」
陽太が焦った声をあげるが、それすらも今の俺を甘く刺激するだけだ。
引き締まった体に指を這わせ、吸い付くような肌の感触を味わう。
よく鍛えられた胸に手のひら全体で触れて、その先の尖りを指で軽く弾いてやると、陽太が小さく声をあげた。
「和威さん……っ、お願い、ほんとに待って……おれ、こういうの初めて、だから……」
顔を真っ赤にしながら陽太が言った、その言葉を聞いた瞬間手が止まった。
今なんて言った?初めて?
「お前、だって亀井と付き合ってたって」
「そう、だけど……柾さんとは何もしてないよ。そういうのは、おれが大人になってからって言ってくれてて。でも、その前に別れちゃったから……」
そう言った陽太の表情に、嘘やごまかしの色はない。
どういうことだ?だったらなんであいつは、あんな思わせぶりな事を言ったんだ。
まさか……俺に対する、嫌がらせか?
「だとしたら、余計腹立つな……」
「和威さん?」
「いや、こっちの話だよ」
胸元まで捲り上げたシャツを直してやりながら、俺はそう言った。
亀井がどういう人間なのか、いまいちわからないが、陽太が傷つくようなことがなかったのならそれで良い。
それよりも、これが初めてだというのなら、なおのこと大切にしてやりたいと思った。
「今日は触るだけ……で、次会った時は最後までする。……それでいいか?」
体を起こさせながら訊ねると、耳まで赤くしながらも、陽太はハッキリと頷いた。可愛いやつめ。
そうして俺達は見つめ合って、もう一度軽いキスを交わした。
俺の中にはもう、迷いも躊躇いもない。
「急に、じゃないよ!」
不意に陽太が大きな声をあげて、俺の手を掴んできた。
「お、おい、なんだ突然……っ」
戸惑う声は、形にはならなかった。
陽太の唇が、俺の唇を塞いでいるせいだ。
咄嗟に抵抗しようとしたが、両手ともしっかり抑え込まれているせいで、俺の力ではどうにもできない。そうしているうちに、唇の隙間を割って、熱く濡れたモノが入り込んできた。
「ん……」
それはまるで生き物のように動き回って、歯列をなぞり、口蓋を舐め上げて、俺の中の弱い部分を蹂躙していく。
粘膜同士が絡まり合う、ぐちゅぐちゅといういやらしい音が耳の奥で響いて、体の中から溶かされてしまいそうだった。
「ばか、やめろ……っ」
唇が一瞬離れた隙にそう訴えるも、俺の弱々しい抗議など聞き入れられず、またすぐに唇が重なる。舌の先を絡め取られて、キツく吸い上げられた瞬間、電流のような甘ったるい痺れが背筋を走り抜けた。
下腹部に熱が集まっているのが分かる。まずい。このままだと……
「…………この、バカ!やめろって言ってるだろ!!」
ほんのわずかに力が緩んだ隙をついて、陽太の手を振り払う。既に硬く張り詰めたそこに気づかれないよう、ソファの上に膝を立てて距離を取る。心臓は今にも爆発しそうなくらいに早鐘を打っていた。
「なんで逃げるの」
「なんでって……当たり前だろ、こんな強引に」
陽太を睨みつけようとして、その顔が今にも泣きそうに歪んでいることに気がついた。
「陽太……?」
「いつもそう。和威さん、おれが触るといつも嫌そうにするよね」
「嫌そうって……してないだろ、別に」
「嘘!和威さんから触ってくれた時でも、おれが触ったら手離したり、抱きつこうとしたら避けたり……ずっと、そんなのばっかり……」
「それは……」
それは、お前に触れたら、いろんなものが我慢できなくなりそうで、けれどその先に進むのが怖くて。だから、俺は。
「そしたら、この前柾さんと話した時から、連絡すらあんまりしてくれなくなって……男同士で付き合うとか、そういうの、やっぱり気持ち悪いって思われたんじゃ、ないかって」
「違う!」
思わず叫んでしまった俺の声に、陽太が肩を震わせる。
「違うんだよ、陽太。気持ち悪いとか、そんなんじゃなくて……」
どうしよう、なんて伝えればいい?
俺は必死に言葉を探しながら、ほとんど無意識に陽太の手を取っていた。酒のせいか、それとも感情が昂っているせいか。いつもより体温の高いそれにそっと触れて、強く握りしめる。
気持ち悪いだなんてこと、あるわけがない。
だって、こんなにも愛おしいのに。
「俺は……ただ、嫉妬してただけなんだよ」
「嫉妬……?」
「そうだよ。……お前の体に俺以外の奴が触れてたって、考えただけで死にそうなくらいムカついて……そのくせお前を大事にしたくて、触れるのが怖くて。こんな子供っぽい我儘な感情、お前に知られたくなかっただけなんだ」
言葉にしてしまうと、それはなんて滑稽でくだらない感情なのだろうか。
こんなもののために、俺は、一番傷つけてはいけない人を傷つけた。
繋いだままの手を軽く引いて、陽太の体を優しく抱き寄せる。俺の腕の中には収まりきらないその体が、今はやけに小さく、頼りなく思えた。
「かずい、さん」
迷子の子供のような声が、俺の名前を呼ぶ。
俺の肩に頭を乗せて、陽太は遠慮がちに、俺の背中へと手を回してきた。
そうだ、これまで伝えたことがなかったけれど、今なら素直に言えるかも知れない。
「陽太……陽太、愛してる」
陽太の背中が小さく震えて、今にも泣き出しそうな吐息に耳を擽られた。
ああ、たったこれだけの短い台詞、もっと早くに伝えてやればよかったな。
「和威さん……それ、ほんと?……ほんとに、おれのこと」
「そうじゃなきゃ、こんなことしてねぇよ」
「だって、おれ、男だし……体もこんな、ゴツくて。和威さんが、今まで付き合ってた女の人達と、全然違ってて」
「知ってるよ。そんなこと、全部知ってる。……全部知ってて、それでも、お前が良いと思ったんだよ。俺は」
涙声に気づかないふりをしてやりながら、猫のような柔らかい髪に指を絡ませた。
「和威さん……和威さん、和威さん……っ」
何度も俺の名前を呼ぶ陽太が可愛くて、俺はその顔をそっと上げさせて……触れるだけの、軽いキスを落とした。
「か、ずいさん」
驚いて目を丸くする陽太の頬を撫でて、何度も何度も、あやすように口付ける。
俺だけの、可愛い恋人。誰にも渡すもんか。
「……こんなの、夢みたいだ。ずっとずっと、あの頃は想像するだけで……絶対叶わないって、思ってた」
堪えきれずに零れた涙が、陽太の頬を流れて俺の手の中に落ちた。
「バカ、夢じゃないだろ」
こつん、と額同士をぶつけて、少しぶっきらぼうに言う。
手のひらに感じるこの体温も、胸の奥にある熱も、何もかも、夢なんかであるはずがない。
*
「……ちょっと落ち着いたか?」
陽太の顔を見上げてそう訊ねると、鼻の頭を真っ赤にしながら、陽太は頷いた。
「ん。ごめんね、泣いたりして」
「いや。こっちこそ、泣かせて悪かった……ああでも、さっき無理矢理舌入れてきたのは、まだちょっと許してない」
上目遣いに俺がそう言うと、陽太は露骨に慌てた様子で俺から体を離した。
「あっ、あれは……あの、ほんとにごめんなさい……おれ、酔ってて、それで」
「へえ?酔った勢いでああいうことすんのか、お前」
焦る陽太が可愛くて、俺は少し意地悪してやりたくなった。逃げようとする陽太の腰を抱いて、そのままソファの上にゆっくりと押し倒す。
「か、和威さん、ほんとにごめん……ゆるして」
「いーや、許さない。お前、責任取れよ」
耳元で囁きながら、未だ熱を持ったままの昂りを、陽太の太腿に強く押し付けた。
「え、あ……嘘」
「嘘でこんなんなるかよ。……全部、お前のせいだからな」
声が若干上擦っているのが自分でも分かる。
俺は陽太が着ている白いセーターを下のシャツごと捲り上げて、その中に手を滑り込ませた。
「あっ……ま、待って和威さん」
陽太が焦った声をあげるが、それすらも今の俺を甘く刺激するだけだ。
引き締まった体に指を這わせ、吸い付くような肌の感触を味わう。
よく鍛えられた胸に手のひら全体で触れて、その先の尖りを指で軽く弾いてやると、陽太が小さく声をあげた。
「和威さん……っ、お願い、ほんとに待って……おれ、こういうの初めて、だから……」
顔を真っ赤にしながら陽太が言った、その言葉を聞いた瞬間手が止まった。
今なんて言った?初めて?
「お前、だって亀井と付き合ってたって」
「そう、だけど……柾さんとは何もしてないよ。そういうのは、おれが大人になってからって言ってくれてて。でも、その前に別れちゃったから……」
そう言った陽太の表情に、嘘やごまかしの色はない。
どういうことだ?だったらなんであいつは、あんな思わせぶりな事を言ったんだ。
まさか……俺に対する、嫌がらせか?
「だとしたら、余計腹立つな……」
「和威さん?」
「いや、こっちの話だよ」
胸元まで捲り上げたシャツを直してやりながら、俺はそう言った。
亀井がどういう人間なのか、いまいちわからないが、陽太が傷つくようなことがなかったのならそれで良い。
それよりも、これが初めてだというのなら、なおのこと大切にしてやりたいと思った。
「今日は触るだけ……で、次会った時は最後までする。……それでいいか?」
体を起こさせながら訊ねると、耳まで赤くしながらも、陽太はハッキリと頷いた。可愛いやつめ。
そうして俺達は見つめ合って、もう一度軽いキスを交わした。
俺の中にはもう、迷いも躊躇いもない。
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